第2468話 魔術の王国 ――裏で――
魔術都市『サンドラ』に招かれて体験授業を受ける事になっていたカイト達。そんな彼らであるが、いくつかのトラブルはありながらもなんとか折返しとなる土日になっていた。
というわけで、土日を利用して平日には出来ない様々な魔道具の視察を行うべく街に繰り出していたカイト達であったが、彼らは天桜学園の魔道具を確認するカイト側。冒険部で使う魔道具を確認する瞬側の二手に分かれて行動していた。そうして数時間。昼に集合した後、一同は魔道具の調査を一旦切り上げて先にシレーナから案内されていた書店に移動していた。
「……凄い規模ですね」
やはりここまで巨大な書店は教国にも存在していないらしい。アリスが驚いた様に呟いた。
「まぁ……そうだな。そう言えばアリスとルーの二人はダウジングは使えるのか?」
「ダウジングの基礎は軍の教養に入っているが……それが?」
「ああ、それなら良いだろう……流石に規模が大きすぎてまともには探せないらしい。基本的にはダウジングを使ってくれ、とのことだ」
「「そ、それは……」」
わからないでもない規模だが。アリスもルーファウスも共に頬を引きつらせる。とはいえ、そうなってくるとルーファウスには気になる事が一つあった。
「だが……ダウジングなんて出来る道具は持ってきていないのだが」
「それなら店側で貸し出しをしてくれているから、それを使うと良い」
「そうか……ふむ。そういえばしばらくダウジングもしていなかったから、調子を試しておきたいか。アリス、少し頼まれてくれるか?」
「はい」
ルーファウスの要請にアリスは一つ頷く。これに、カイトが首を傾げる。
「アリス?」
「ああ……これでもアリスはダウジングでは俺を上回っている。父さんも時々頼るぐらいだ」
「そうなのか……」
「……」
驚いたようなカイトに視線に、アリスは少しだけ頬を赤くする。というわけで店の貸与品のダウジング用のペンデュラムを借りて二人も二人で必要な物を探し出す一方で、カイトは同じ様に探す様に見せつつ一旦店の外に出る。
そうして向かうのは、すぐ傍にあるカフェだ。そこのテラスに腰掛ける女性の前にさも待ち合わせだったかの様に腰掛ける。すると向こうもまるで打ち合わせていたかの様に、すっと包を差し出した。
「お待ちしておりました」
「……驚いたな。最高評議会お抱えが動くとは」
「老公ヴァルドよりこちらを、と」
「早いな……いや、それともこちらの動きなんて想定済みという所かな?」
差し出された包を受け取って、カイトは笑って問いかける。今回の一件の手打ちの前金という所だった。そうして、彼は返答を前に中身を検める。中身は魔導書で、先にアンテスから情報のあった卒業生が奪われたという魔導書だった。
「……確かに。アンテス殿にはそれとなく執り成しを行っておこう」
「ありがとうございます……にしても、恐ろしい。これがかの伝説の、ですか。この目で見るまで誇大広告も甚だしいと思いましたが……確かに、如何なる存在とも格が違う」
用件を終えた女性であるが、何かしらの書物を読みながら視線を上げる事なくカイトへと告げる。そんな彼女の目にはカイトを取り巻く魔術的な異常さが一目瞭然だった。
「何万……いえ、何十万……それだけの障壁を常時展開ですか。私では数千枚……が限度でしょう」
「最強は伊達じゃないさ……それに、一割ぐらい破れるなら十分自信持って良い。ああ、カフェラテで」
「かしこまりました」
流石に話すだけ話して、というのも店に悪いか。カイトが座った事でメニューを聞きに来たらしいウェイターに彼は適当に飲み物を頼んでおく。そうしてメニューを畳み横に置いた所で、彼が問いかける。
「これは完全に興味本位と考えてくれて大丈夫なんだが……元々組織の目的はなんだったんだ?」
「ご想像の通りです。元々は真っ当には手に入れられない魔導書や魔道具を収奪する為の情報交換……という所でしょうか」
「収奪は前提か」
「前提です……どこの国も似た様な物でしょう」
「くっ……」
それはそうだが、そうもあっさり言われてしまうとこちらとしても反応がし難いな。カイトは思わず失笑して呆れ返る。とはいえ、事実は事実。皇国にもそういった公に出来ない組織は少なくない。
「まぁ、そうだな。そのために裏取引がある……今回は些か派手にやり過ぎたみたいだが」
「それについては老公は重ねて謝罪する様に申し付けられております」
「そうか……で、『サンドラ』としてはどうするんだ?」
「今宵の会食以降、『サンドラ』としては貴君らの彼らに対する行動に一切の干渉をしないとの事です。各家にもその様に通達を出す用意を整えております」
カイトの確認に対して、女性は改めてはっきりと『サンドラ』はこれ以降手を引く事を明言する。そしてであれば、とカイトは告げた。
「そうか……ならば詳しい話については今宵エデクス殿と直接話す事にしよう」
「そうして頂ければ」
「あいよ……ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
カイトは運ばれてきたカフェラテを受け取って、チップをウェイターに渡す。それにウェイターが去っていったわけであるが、カップを覗き込んで彼は一つ笑う。
「妖精の絵か。品が良く、見事なものだな……ああ。たしかに『サンドラ』の『誠意』は受け取った。こちらも会合までは学生としての領分を越えない様に迂闊な事は控える事をお約束する、と御老公方にお伝えしてくれ」
「かしこまりました」
カイトの明言に女性は一つ頭を下げる。そうして彼はカフェラテを一杯頂いて、変に最高評議会お抱えの魔術師と一緒に居る所を見られない様に足早にカフェを後にする事にするのだった。
さてカイトが最高評議会との事前打ち合わせを兼ねたやり取りを行っていた一方、その頃。黒衣の集団の中でも幹部に位置する者たちが集まって少しの話し合いを持っていた。
「正気か?」
「勿論……最高評議会が動いた。これは確定的な情報だ。資料にある通りね。これ以上下手に動けば御老公達に目を付けられる。そもそも、ここは御老公達も把握しているだろうしね」
「「「……」」」
リーダー格の明言に、幹部達の中でもごく一握り。この場に集まった者たちが押し黙る。それは全員がおおよそこの会合の場にさほどの意味を見出していなかった面々であり、同時に先にエデクスがリーダー格ほどではないが惜しい、と言わしめた原石達だった。
そしてそれ故にこそ、彼らにとってこの組織は単にその程度の価値しかなかった。故にリーダー格の組織の解体の言葉に誰もがここが潮時と判断。反対意見もなく承諾される事になる。
「……確かにここらがこの組織の限界か」
「元々は我々には特に意味がない組織だった……が、ルーク。どこでそんな情報を手に入れたんだ?」
ルーク。リーダー格の某をそう呼んで、幹部の一人が問いかける。これにルークが笑った。
「情報源があってね……何も私とて君やエテルノ、シレーナとばかり話しているわけじゃないよ」
「そんなどうでも良い話は良い……その情報源は誰なのか、という所だ」
君。そう言われたのはシレーナの兄ゲンマだ。実のところ、この組織の幹部は全員がマグナス六賢人の近隣に位置する者達であり、ソシエール家もヘクセレイ家も揃ってこの組織の事は知っていたのだ。
というより、そもそもこの組織を立ち上げたのは昔のマグナス六賢人の門弟達で、その流れで幹部を継承しているに過ぎなかった。ルークがリーダー格なのは単に持ち回りでリーダーをしていると偶然彼になっただけであった。
「あはは……それについては伏させて貰うよ。幾ら君でもね。が、これはいつまでも明かさない、というよりも先方の意向で今は明かさないで欲しい、という話だ。私も彼……なのか彼女なのかの意向は今は無視出来なくてね」
「ふむ……お前でも誰かわかっていないのか」
「それははっきり言うよ……あれが誰……いや、何なのかは私にはまだわかっていない。少なくともとんでもない力を持つ事だけは事実だ」
先程までのどこか人を食ったかのような飄々とした態度が一変して、わずかに真剣な顔でルークは明言する。そんな彼に、ゲンマは幼馴染だからこそ察しながらも問いかけた。
「……まさかお前が持っていた『神の書』もそいつらから提供されたものなのか?」
「そうだね……もう随分と昔になる。少なくとも彼らの情報網は『サンドラ』を上回っているだろう。君だから言っておくよ。こっちに来るのなら、覚悟しておいた方が良い」
「「「……」」」
おそらくルークは自分達が知るより遥かに深い場所に立っている。僅かな畏怖の滲む彼の言葉に、幹部一同はそれを察する。故に数拍遅れ、幹部の一人が問いかけた。
「……なぜ、お前なんだ?」
「それは……運命だよ」
「「「運命?」」」
先とは一転してどこか楽しげなルークに、幹部一同は揃って顔を顰める。が、ゲンマはこれが努めて重くならない様にするルークの配慮だと理解していた。
「誰でも良かった、もしくはただそいつらの目的に合致する才能を有していたのがお前だった、というわけだろう。なるほど。随分と昔から人様の才能を見抜く力を持っているらしいな」
「あはは……ああ。少なくとも私が自分の才能を自覚するより前から、彼らは私の才能を知っているかの様だった。正直、私が天才だなんだと言われるなんて君たちに悪いとさえ思う。私は君達より何年も早く、自分の適性を見付けて……いや、彼らにより見出されてしまっていただけなんだからね」
それでも、お前の今までの努力とその才能は決して軽んじられて良いものではないのだがな。ゲンマはルークの余裕や優雅さがこれに端を発するものだと理解しながら、内心でそう思う。と、同じ様な感想を抱いていたらしい幹部の一人がそれを口にした。
「それでも、『神の書』をあそこまで使いこなしていたのは貴方の努力の賜物でしょう。与えられたからとて、『神の書』が貴方を認めるとは思わない。私はそれを侮る事も軽んじることもしません」
「そうだな……間違いなく、お前の才能は当代でも有数だろう。少なくとも、特定方面で俺が嫉妬するぐらいにはな」
「あはは……ありがとう。君達に予めここからを語っておいてよかったよ」
少しの安堵と共に、ルークは幹部達のどこか慰めるような言葉に感謝を示す。正直、彼としても少しだけ肩の荷が下りたかのような感じはあった。
今までずっと秘めてきた物だ。与えられた物に甘んじない努力もしてきた。それを明かす事が出来た、理解してもらえたというのは、彼にとっても少しだけ変化をもたらすきっかけになっていた。そうして、そんな彼は幹部達に告げる。
「ここから先、基本的には各個人の自由に任せる事にするよ。討ち死にするも自由、手を引くも自由……元々この場なんて単に身内での喧嘩にならない様にする為だけにある場だ。誰がどうなろうと問題ない」
「……下の奴らはなんと言うか、だが」
「ああ、それについては問題無いよ。すでに御老公達が手を回して、警察にはもみ消しの手配をしているはずだ。もし荒事になっても御老公が動くだろうね。これ以上関与する方が各々にとって不利益が生じる物と思うんだが……どうだろうかな?」
それ以外の選択肢は無いだろう。そういう言外の意味でルークは幹部達に告げる。そうしてカイト達を襲った集団はルークが事前にカイトと最高評議会の裏取引を察した事により、戦いが起こるまでもなく瓦解する事になるのだった。
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