第2466話 魔術の王国 ――休日――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受けていたカイト達。そんな彼らは黒衣の集団による襲撃を受けつつも、週末金曜日までの授業をなんとか終える事になっていた。
というわけで訪れた土曜日の朝。カイトは魔道具の視察に行うまでの時間を暇にしていたわけであるが、そこに『サンドラ』の最高評議会の一人であるエデクスなる人物からの連絡が入る事になる。それは黒衣の集団に関する裏取引の申し出であり、彼はそれを受ける事として最高評議会との通信を終わらせていた。というわけで、裏取引に応ずる事にしたカイトはそれをティナへと告げていた。
「というわけだが……問題は?」
『無いのう。余としては元々出禁食らっとって、それを目こぼししてもらえるんじゃ。何を拒む必要がある、という所じゃわ』
そもそもティナは魔王時代に書店への出入り禁止を言い渡されているのだ。本来これを破っている以上外交問題にも成りかねないのであるが、これを目こぼししてくれるというのである。ティナからすれば大手を振って好き勝手して良いと言われたようなものだった。
「そうか……ま、そういうわけだから夜の会食にはお前も同席してくれ。向こうもお前が居た方が良いだろうし、どうせ居るのは古い最高評議会の面々だろう。御老公……もしくはご意見番と呼ばれるな」
『ま、そうじゃろうな。あれらは格の違う魔術師達じゃ。余も敬う……にしても、エデクス殿はまだ御息災変わりないか。六百と云十年前も遠からず死ぬからのう、なぞと笑っておられたが』
「ありゃ単なる死ぬ死ぬ詐欺だろ」
三百年前にも聞いたわ。ティナの言葉にカイトは苦笑を滲ませる。エデクスはこの『サンドラ』の最初期から存在する魔術師で、一説には開祖マグナスとも旧知の仲と噂されている人物だった。
『じゃな……あれは死ぬ死ぬと言いながら一番しぶとく生き残っとるパターンじゃ』
「だな……ま、それはそれとして。とりあえずは手打ちは決まった。次の襲撃は派手に終わらせて良いぞ」
『良かろ。たまさか身の程知らずに身の程を教えてやるのも面白かろう』
「身の程知らず、というより相手の力量を察せられないだけだがね」
流石にティナや自身の力量を察しろというのが難しいぐらい、カイトにはわかった話だった。が、そんな彼の指摘にティナは鼻で笑った。
『それも含め、身の程知らずじゃ。最高位の魔術師であれば、相手がどの程度の魔力を纏うか。それがどの程度洗練されておるかを見抜く。それを見抜けぬ時点でお察しじゃ』
「お前の魔力を見極めろ、なんてエネフィアと地球で何人が出来るんだよ。片手もいらないだろ。正確じゃなけりゃ何人かはいるが」
『それが出来ぬなら、喧嘩なぞふっかけるべきではないんじゃ。勝てぬ戦いはせねばならぬ時以外は避けるべきじゃからのう』
言っている事は道理なんだが、それをお前に適用するのはかなり厳しい物だと想うんだがな。カイトはそう思う。が、そんな彼はすぐに気を取り直す。
「……ま、そりゃ良い。オレから何か言える事でも無し。で、とりあえず……魔道具なんだが何か見たい物はあるのか?」
『予算の話か?』
「そんな所だな。何買うか、と決めとかないと時間は限られる」
『それもそうじゃのう……うむ。出発までに今しばらくの時間があろう。せっかくじゃ。少し詰めておくか』
エデクスの連絡により時間は中途半端な状態で、カイトとしてもティナとしてもここで何か一仕事をすると集合に遅れてしまう可能性があった。というわけで買い物を効率的に終わらせる為に事前に打ち合わせを行う事にしたようだ。そうして、そこからしばらくの間二人はここからの予定について話し合う事にするのだった。
さてカイトの所へエデクスが連絡を入れておよそ一時間。彼はティナと共に教導院の正門前に立っていた。そんな正門前だが、同じく休日だからか外に出る生徒達でごった返していた。
「……やはり休日だと正門も人で溢れかえるな」
「そうじゃのう……サンドラ教導院は『サンドラ』でも有数の教導院。最も生徒数が多い教導院じゃ。こうもなろうて」
「そこらは変わらないか」
魔術師だろうと剣士だろうと、結局は一生徒に違いはない。なので休日には普通に遊びに出かけるような生徒が居ても不思議はなかった。というわけで、そんな生徒達に混じって正門前で待っていると他の面々もまた姿を見せる。
「これで全員か……まぁ、今回はいつもより大所帯だが。だがルーファウスとアリスも参加するとは思わなかった。二人は魔道具あまり使わないだろう」
「使いはしないが、暇だった事と後学のためだ」
「私も暇でしたので……」
今更だが、二人も当然『サンドラ』に知り合いはいない。なので休日に何が出来るか、というと適当にぶらつくか、近所の本屋に出かけて読書ぐらいしか出来る事がなかった。
その点で言えばルーファウスに適当にぶらつくという趣味はないし、アリスは人見知り。適当にぶらつくことはない。暇を持て余しても不思議はなかった。
「そうか……まぁ、何か必要そうだと思ったら買うと良い。そこらについては『サンドラ』側からも許可出てるしな」
「ああ……ん? 出たのか?」
「別に一般販売されている物は個人輸入している者だっているんだ。別に『サンドラ』側が駄目と言わないでもそっちに頼めばどうにでもなる。拒む道理はなかったってわけだ」
ルーファウスの問いかけにカイトは隠すでもなく明かす。というより、ティナが買った数々の古い名著達でもなければ、普通はこうなる。
彼女の才能が高すぎて結果として出禁を食らってしまったのであった。その彼女だって書店は駄目と言われても魔道具の販売店は許可されていたので、特に興奮はなさそうだった。
「ま、行くか。大通り巡りゃある程度は探せるだろ……先輩。そっちは冒険部に役立つ物を探してくれ。『サンドラ』製の魔道具は良い物が多い。サンプル程度でも買っておいて損はない」
「わかっている」
基本、全体の統率が必要なカイトは天桜学園側と冒険部側の両方を見ねばならない。そして今回は招かれているのが冒険部となるため、彼は天桜学園側に主軸を置いて動く事になっていた。その代わり、瞬が冒険部側で役立つ魔道具を見る事にしていたのだ。
「で、リジェとルリアちゃんにもそこは頼む。リジェは言うまでもないが、ルリアちゃんは治療関連の物を見ておくと良い」
「うっす」
「はい」
カイトの指示に二人が一つ頷いた。今回、全体的な指示はカイトに従う様に二人も言われている。そしてどちらも自分の今後にも役立つ分野で魔道具を見るのは今回の渡航の目的にも合致している。そのついでとして、冒険部で使えそうな物を買おうというだけであった。
「良し……まぁ、ルーファウスとアリスの二人も同じ様に動いてくれ。何を見るかは二人に任せる……で、後はオレと一緒に各種の魔道具の視察だな」
とりあえずこれで人員の振り分けは良いだろう。カイトはそう決めると、改めて大通りを目指して歩く事にする。そうして、それに続いて一同揃って大通りへと向かう事になるのだった。
さて大通りに向かい二手に別れたカイトであるが、そこでカイトは灯里より問いかけを受けていた。
「そういえば天桜で使う魔道具って何買うつもりなの? 研究所で使う魔道具は今の所選別中よね?」
「ああ、研究所のはこの間のコンベンションである程度見繕ったからな。そっちは見る意味はない」
「だよね……なら何?」
「農具とか酪農とかの基本的な仕事に関する魔道具だ。そろそろ良い物に買い替えをしたい、っていう意見がちらほら見受けられてるからな。こっから規模を拡大する事を考えれば、そこを見ておく必要はある」
灯里の問いかけにカイトは今後を踏まえた上での話を行う。これに灯里もそういえば、と思い出したようだ。
「あー……そういえば私冒険部側に居てすっかり忘れてたけど、天桜で使ってる魔道具って大半貸与されてる物だっけ」
「そ。あくまでも貸与な……いつかは返さんといかん」
「いっそくれても良いのにー、って思うけどなー」
「オレを見た所で何も変わらんよ」
灯里の視線に笑いながら、カイトは肩を竦める。実際の所としては当然、彼が言えば貸与ではなく譲渡も出来た。そして譲渡も一度は考えたらしい。というわけで、彼は伝聞の体で語る。
「まぁ……一度は譲渡の話も出たそうだがな」
「あ、そうなの?」
「ああ……あれはあくまでも軽犯罪でボランティアを命ぜられた者たちが使う魔道具で、最低限の機能を有するだけだ。だからいっそ譲渡してしまって新しい物を買うか、という話があったそうだ」
「あー……そう言えば同じモデル、って聞いた事があるわね」
「そ……だが最低限の品質の物も新品で数を揃えると馬鹿にならん。しかも割と最近新しい物に買い替えたばかりだったそうだ」
「で、最終的に色々あって貸与になった、と」
「そういうこと」
というかまぁ、オレが却下したんだが。カイトは灯里の問いかけに頷きつつも、その当時の事を思い出す。そうして思い出した彼であったが、気を取り直して続けた。
「更に言うと譲渡にしちまうとずっとそれを使い続けようとしちまって、新しい物を買い換える踏ん切りが付かなくなる事もある。ある程度で見切りを付けさせる事も考えて、というわけだそうだ」
「あ、なるほど……確かに言われてみれば譲渡されちゃうといつまでもこれで良いか、ってなっちゃうもんね……それならいっそ貸与にしておいていつか返さないと、って思っておいた方が買う踏ん切りが付くか……」
カイトの言葉に納得した灯里が更に自分で噛み砕いて理解する。なお、貸与と言っても流石にリース料等は発生しておらず、あくまでも所有権がマクダウェル家にあるというだけだった。無論、返却の要請を行う見込みも今の所はない。
「ん。じゃあ、今日は基本そっちの研究所以外の魔道具見繕った方が良いかな……で、この班分けってわけ」
「そうだな……」
流石に天桜学園で使う戦闘以外の魔道具をルーファウス達に見てもらおう、としてもあの四人が四人全員困ってしまうだろう。四人とも農耕の経験も酪農の経験も無いからだ。
勿論カイト達があるかと言われれば無いが、天桜学園の話は聞いているし聞く立場だ。千早も技術班では上位層に居るので聞いている。考える程度は出来た。
「で、じゃあまず何探すつもりなの? コンバインみたいな畑仕事を楽に出来る奴?」
「とりあえずは浄水装置だな。何をするにしても水は全ての基本だ。最上級の物を買っておいて損はない」
「あー……確かに」
酪農をするにしても農耕をするにしても、必ずそこには水が付き纏う。水の確保については巨大な湖があるので問題はないが、それをそのまま使えるわけがない。一度浄水器に掛けて飲水等に使える様に加工せねばならなかった。というわけで、カイトへと灯里が問いかける。
「良い物あるの?」
「それを今から探す……が、『サンドラ』は良い魔道具が揃っている。特にここはウルカの大砂漠が近いから、水に関しては一家言存在してるんだ。良い浄水装置が見つかるかもしれない」
「へー……ここらへんに……」
どうしても世界地図がほとんど無いに等しいような世界だ。灯里も世界的に見てここがどのあたりかはほとんどわかっておらず、そうなんだというような表情を浮かべていた。というわけで、カイト達はそれからしばらくの間は天桜学園の基本的な業務で使う為の魔道具の視察を行う事になるのだった。
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