第2464話 魔術の王国 ――『神』――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受ける事になっていたカイト達。そんな中の一人であった瞬は三日目に起きた黒衣の集団からの襲撃を受け、そのリーダー格が『神の書』と呼ばれる最高位の魔導書を持っていた事から『神の書』についての講義をカイトら第七等の生徒達に混じって受ける事となっていた。
というわけで、その講義後。カイトやシレーナらがそれぞれの専門分野に参加しに行った一方で、第八等の講義が無い瞬はカイトから返却してもらった図鑑片手にルークと共に生徒会室――図鑑の事もありシレーナの許可は取っている――にお邪魔させて貰っていた。
「と、いうわけだったんだけど……どうだったかな?」
「ああ。非常に勉強になった。そうだったのか……大型魔導鎧がなぜ開発されたのか。確かに考えてみれば何もなく唐突に出来るわけもないからな」
「そういう事だね。開発されるには開発されるなりの理由が必ずある。古くの時代には『神の書』を使って『神』を召喚し、戦っていたわけだ。その中で<<機械神>>を見て、同じ様に金属で開発しようとしたのが大型魔導鎧というわけだね」
瞬の理解にルークは感心した様に頷いた。そうして彼は改めて『神の書』について話をする。
「まぁ、『神の書』なんて御大層な名前を与えられるには与えられるなりの所以があるわけだね。そういうわけだから『神の書』を持つ相手と戦う場合、まず逃げる事を選択する冒険者は少なくないそうだよ」
「そんなに強いのか」
「らしいね……私も『神の書』を持つ者と冒険者の戦いは寡聞にして聞いた事が無いのではっきりとした事は言えないのだけどもね」
元々『神の書』そのものが珍しい事は言われていたのだ。なのでルークでさえ『神の書』の『神』が召喚された事自体、滅多に聞いた事がない自体らしかった。
「そういえば……ルークは『神の書』を継承するんだったか?」
「ああ、ソシエール家の『神の書』をね……まぁ、別に継承しないならしないでも良いんだけどもね」
「良いのか、それで」
「良いさ。別に長男だから嫡男というわけじゃないし、アルトゥールさんだって長男で才能があっても継承しているわけじゃない。私の研究に役に立つなら欲しいが、そうでないのなら別にそこまで取り立てて欲しいわけじゃないよ」
どうやらルークは物欲というか権力欲に似た物は無いらしい。が、これは別に彼に限ったわけではなく、才能のある魔術師ほどこの『サンドラ』では家を継ぐ事を厭う者は少なくなかった。ルークの様に自身の研究に邪魔になってしまう事があるからだ。
「ソシエール家の『神の書』とやらはお前の研究には役に立たないのか?」
「どうなんだろうねぇ……名前と伝え聞く限りの話からは特別役に立たない様に思うけれど」
「ちなみに、なんだが……名前は聞いて大丈夫か?」
「勿論。その図鑑にも載っているからね……『心眼の定義』。108ページに載っているよ」
「ふむ……」
ルークの言葉に瞬は図鑑を開き、該当するページを開く。後ろの方は『神の書』でまとまっているらしく、ルークの言う通りそこには『心眼の定義』と呼ばれる魔導書が掲載されていた。
「これか……『心眼の定義』。真言や現実改変についてを書き記した魔導書……つまりなんだんだ、これは?」
「んー……そうだね。瞬。君は真言というのを聞いた事は?」
「真言?」
聞いた事がない名だ。ルークの問いかけに瞬は困惑した様に首を傾げる。そんな彼の様子にルークもおおよそを察したようだ。
「聞いた事がない、もしくは聞いていてもほとんど覚えていない、という顔だね……そうだね。真言というのは言葉だけで展開する魔術だ。魔術の兆候も一切無いに等しい癖に、言葉を発するだけで現実を改変してしまう。使える魔術師なんて一握り」
「言葉だけで……」
またとんでもない魔術が来たものだ。瞬は言葉を発するだけで現実を改変してしまう力を持つという真言について空恐ろしいものを感じる。
「あはは。そこまで青ざめないでも良いよ。こんなものを使えるのは本当に魔術師でもごく一部。研究でさえ使える者はほぼ居ないよ……少なくとも私は誰かが現実的な魔術として使えると聞いた事はない。思い当たるにしても、魔帝ユスティーナぐらいじゃないかな。彼女が使えると聞いた事はないけどね」
「そ、それはまた……凄まじい魔術なんだな」
「凄まじいなんてものじゃない……一応、父さんはこれを研究しているはしているけれど……それだって非常に難しい魔術だとは思うよ。それでも準備に準備を重ねても、小さな部屋の現実を改変するぐらいしか出来ないそうだ」
カイトやティナから称賛されるほどの魔術師であるルークでさえ、難しいのか。瞬はどこか安堵しつつも、わずかに畏怖を滲ませる。と、そんな彼が問いかけた。
「その現実の改変? それを行うと例えばどうなるんだ?」
「そうだね。例えばこの部屋にはりんごなんて無いよね?」
「ああ」
「でもそのりんごが無い、という現実を改変しりんごがある、としてしまう事が出来るのが真言だ。例えばこの場合だとりんごはある、と言ってしまえばりんごが実際に出てしまうわけだね」
「お、おぉ……」
それはまた凄まじいな。確かに現実を改変していると言うしかない魔術に、瞬は思わず感心する。が、これにルークは笑って首を振った。
「あはは……うん。凄いだろ? でもこんな程度の改変でも本当に難しいんだ。それだってどこまで出来るかどうか……」
「そうなのか……」
「うん……でも『心眼の定義』に記されている『神』はこの真言を使えるらしい。まぁ、『神』と呼ばれるぐらいなのだから当然かもしれないけどね」
「そうか……そういえば『心眼の定義』の『神』とはどんなものなんだ?」
「ああ、『心眼の定義』の神? そうだね。私も現物を見たわけじゃないからはっきりとは知らないけど……」
瞬の問いかけにルークは少しだけ目を閉じて、一族が伝え聞く内容を思い出す。そうして思い出した彼はどう説明したものか、と少しだけ悩む様子を見せた。
「そうだね……どう説明したものだろうか。一応、さっきのアルトゥールさんの話で言えばカテゴリとしては<<人造の神>>。生身の肉体を持つ『神』に分類されるらしい」
「<<人造の神>>……」
となるとやはりソシエール家の関係者はあのリーダー格ではなさそうか。瞬はルークの言葉からそう判断する。そんな彼にルークは更に続けた。
「この『心眼の定義』の著者には中津国の影響が見られるそうで、修験者……どういったものだろうかな。蓮の花に似た台座に胡座をかいた存在……だそうだ。ただ『神』は召喚する者の影響を一部受けてしまうから、完全にその形で統一されるかというとそうではないそうだけどね」
「ふむ……仏教の仏……のような感じなんだろうか……」
「仏?」
瞬の呟きに今度はルークが首を傾げる。これに瞬はしまった、と思いながらも頷いた。
「あ、ああ……えっと……あまり説明は得意じゃないんだが……えーっと……」
どう説明したものだろうか。元々口下手な瞬は四苦八苦しながらも、仏教に語られる仏のイメージをなんとかルークへと伝達する。それに、ルークはなるほどと頷いた。
「ああ、それは近いかもしれないね。元々中津国と日本は影響を与えあっているのではと言われている。仏教の影響を受けていても不思議はないかもしれないね……そうだね。それを考えれば一度中津国に行ってみる様に勧めてみるか。あっちは確かに真言にも長けた方が居そうだし……いや、その程度なら普通にわかってるかな……」
どうだろうかなぁ。ルークは父へと伝えてみるべきかどうするべきか少しだけ悩ましげに思考を巡らせる。と、いうわけで考え込んだ彼であったが、そこに生徒会室の扉が開いた。
「ん? ああ、エテルノか。お疲れ。頼んでおいた仕事は?」
「片付きました……お父上よりご伝言が」
「ああ、ありがとう……なんて?」
「ひとまずクズハ様は貴方でしたら喜んで受け入れる、と仰って下さったそうです」
「お、おいおい……まだ行くと確定したわけじゃないんだが」
若干の勇み足で話をしてくれていたらしい父に、ルークは思わず引きつった笑いを浮かべる。それにエテルノもまた理解を示す。
「まぁ……そうですが。とはいえ、おおよそマクスウェルで確定としているのでは?」
「ま、そうだけどね」
「そうなのか?」
「ああ。まぁ、ここだけの話。実は最後のひと押しをしてくれたのは他ならぬ君たちなんだ」
瞬の問いかけに、ルークはどこか気恥ずかしげに答える。これに瞬は首を傾げる事になった。
「俺たちが?」
「ああ……元々異なる星の魔術について調べている、と言っただろう?」
「ああ」
「それで風の便りで地球にもそういった話があると聞いてね。是非一度しっかり調べたかったんだ」
「地球に……異なる星の……?」
そんな話があるんだろうか。ルークの指摘に瞬は困惑した様子で眉を顰める。が、すぐに思い当たる節があると気が付いた。
「そうか……そういえばカイトが……いや、だがあれは……どうなんだろうか……」
「何か知ってるのかい?」
「ああ、いや……随分と昔なんだが、ウチのまた別のサブマスターのソラという奴からクトゥルフ神話という話を聞いた事があってな。彼の親戚……いや、そいつとはもう一人別のサブマスターの弟? がそれについて詳しいらしい」
「ほう……続けてくれ」
興味深い。自身の言葉にわずかに前のめりになってメモを即座に取り出したルークに、瞬は思わず気圧される。こういったところはやはりルークも魔術師らしかった。というわけで、瞬は改めて前提を話しておく。
「これはあくまでも、そいつから聞いた話で正確なところじゃないぞ?」
「無論それはわかっているさ……続けてくれ」
「あ、ああ……そのクトゥルフ神話というのは地球外から来た神様についての話らしい。詳しくは知らないんだが……そこにはいくつもの魔導書が出てきていて、もしそれが実在した魔導書であるのならそれは地球外の魔術……お前が言うところの異なる星の魔術が記されているんじゃないか、とな」
「なるほど……そのくとぅるふ? 神話は古くから語られている話なのか?」
「古くから……えーっと……いや、確かまだ百数十年……? ぐらいだと思うから単なる創作だとは思うんだが……すまない。詳しくはわからない」
そもそも瞬自身が言っていた事であるが、クトゥルフ神話はあくまでも桜の弟の煌士からソラが聞いた話だ。ソラ自身も少し読んだぐらいしか知らないらしく、しかも瞬はその話を話半分にしか聞いていないのだ。申し訳無さそうに謝罪する。が、これにルークは慌てて首を振った。
「ああ、いや。いいさ。別に……そもそもそういったところを調べたくて、マクスウェルに行きたいんだからね。ここで全部わかったら行く意味がなくなってしまうよ」
「そう言って貰えれば助かる」
どこか安堵する様に、瞬はルークの執り成しに頭を下げる。そうしてこの話はこれで一旦は終わりとなり、その後は再び『神の書』に関する話やその他魔術についての話を繰り広げる事になるのだった。
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