第2463話 魔術の王国 ――神の書――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、交換留学の前準備の一環として体験授業を受ける事になっていたカイト達。そんな彼らは三日目に起きた謎の黒衣の集団による襲撃を凌ぐと、翌日の四日目は普通に講義を受ける事になっていた。
というわけで、朝一番にシレーナから昨日の一件の調査報告を聞いた後。カイトは彼女や『神の書』の勉強の為に偶然生徒会室にやってきたルーク、瞬の両名と共にアルトゥールの講義を受ける教室に移動していた。
「いやぁ、久しぶりだね。この大講堂での授業も」
「そういえば……別に俺に付き合って受けなくても良いと思ったんだが」
あれ前の会長だろ。なんでここに。そんな第七等の生徒達の声を横に聞きながら、瞬は楽しげなルークへと問いかける。
「ああ、世話役だからね。それにアルトゥールさんの授業なんて滅多に聞けるもんじゃない。せっかくだから聞いておきたくてね」
「そうか……」
本人が楽しげならそれで良いか。瞬はルークの様子を横目に、少しだけ据わりが悪いような様子で授業の用意を整える。その一方、カイトはというとルークが持っていた書物を読んでいた。
「ふむ……」
興味深いな。ルークが生徒会室に取りに来たのは『サンドラ』が把握している魔導書の中でも特に著名な物を集めた図鑑とでも言うべきものだ。端的に言ってしまえばどれだけ『サンドラ』が凄い街なのか、というのを自慢する目的で作られたものだった。
刊行はかなり昔らしく、時の生徒会役員が卒業後に刊行に関わったらしく教導院の生徒会へ寄贈したものらしかった。なのでルークも持っていなかったそうで、生徒会室にわざわざ取りに行ったそうだ。と、そんな彼をティナが覗き込む。
「ほぅ……また珍しい総覧を読んどるのう。状態も良い」
「ん? 見た事あるのか?」
「うむ……前にオークションに出たのを買った」
「あ、ウチあんの?」
「ウチ……まぁ、ウチじゃのう」
カイトの問いかけにティナは少しだけ困り顔で笑う。どうやらカイトが知らないだけでマクスウェル家側に置いてあったらしい。
「そうか……ここに掲載されている魔導書。この中でウチに関わりありそうなの、ありそうか?」
「そうじゃなぁ……この当時から持ち主が変わっておる物は多いから、あまりアテにはならんな」
「そうか……かなり昔の物なのか?」
「百年以上昔に刊行された図鑑じゃ。割と詳しく記載されておるから、良書と呼んで良かろうて」
へー。カイトは百年以上も昔に刊行されたらしい図鑑を改めて見る。それにしてはかなり状態がよく、一部に擦り切れが見て取れはしたもののおおよそ全てのページはしっかりと内容が確認出来た。そんな図鑑を覗き込みながら、ティナはカイトへと告げる。
「余が知り得る限りでも、『神の書』を二桁以上記載しておるのはその図鑑ぐらいじゃろう。他は載っておっても一冊二冊。オークションじゃとプレミア価格となっておるな」
「……買った言わんかったか?」
「買ったぞ……若干高く付いた事は認める」
どうやら図鑑を買うにしては相当の値段だったらしい。カイトの半眼での問いかけにティナは思わず視線を逸らす。なお、流石にここで値段を問いかけるのはカイトもマナーが悪いと思ったのか聞かなかったが、夜に気になって聞いたところ詳細はぼかされたが日本円にして二桁万円も後半との事だったらしい。あまりの値段にカイトが思わず泡を食っていた。とはいえ、それは後の事で気になりはしたものの今は聞かない事にする。
「……まぁ、良いが。そういえばこれを見てふと思ったんだが、神殿都市にもこういった図鑑を作らせた方が良いか?」
「む……そうじゃのう。あそこがああなったのは余も想定外といえば想定外じゃったんじゃが……確かに今ならそういった事も出来ようかのう……」
カイトの問いかけに、ティナはどうしたものだろうかと少し考える。神殿都市にある大図書館は数々の本が寄贈されており、その中には無主の魔導書もあったりする。中には『神の書』もあり、図鑑を作ろうと思えば普通に作る事が出来た。
「まぁ、それは帰ってからで良かろう。とりあえず図鑑の前にリストも出させねばならんじゃろうし」
「あー……リスト化だけでも時間掛かりそうか……」
「うむ。図鑑を作るのは良いアイデアであろうが、その前にじゃな。なにせあそこはとりあえず収蔵、というのが多いからのう……」
やはりカイトの性質も相まって神殿都市には様々な理由で禁書とされてしまったり、貴重だが管理が難しいのでと寄贈されたような書物が少なくない。それがどれだけあるかは誰も把握しきれないような膨大な量になっていた。と、そんな事を話し合っているとチャイムが鳴り響き、扉が開いてアルトゥールが入ってきた。
「……では、本日二回目の講義を行う事にしよう。前回、『神の書』を筆頭にした魔導書について語ったかと思う。では今回は『神の書』における『神』の話からするとしよう」
アルトゥールはルークの事を特に気にするでもなく、淡々と話を開始する。そうして、彼は『神の書』――流石に『神の書』は貴重だからか持ってこれなかったようだ――についてを語る前に、と話を進めた。
「まずこの『神の書』であるが、これを語る前に。諸君らの中に大型魔導鎧について知っている者は……そこの」
「はい……大型魔導鎧。古くは旧文明においても使用された形跡が見られています。使用用途は巨人種等の超大型の魔物との交戦を目的として作られる事が多く、他にも土木工事等の大規模事業において作業用魔導鎧が使われる事もあります」
「その通り。この大型魔導鎧であるが、現在は様々な用途で使われているものだ。現在であればエンテシア皇国のマクダウェル家が魔導機なる新機軸の存在を出しているが、あれも大型魔導鎧となる」
それ、ティナの前で言わんで貰いたいんだが。どこか不貞腐れた様子の彼女を横目に、カイトはそう思う。なお、その後のティナに言わせれば大別すれば同系統にして良いが操作系等様々な点が違いすぎるので一緒にはしないで欲しい、との事であった。
とはいえ、今はそんな軍事機密に属する事を口に出来るわけもないので、カイトは結界で彼女を隠しておくに留めた。
「ではこの大型魔導鎧……古くは旧文明においても使われていたというものであるが、それ以前。更に太古になると人々はどうしていたか。もしくは旧文明が崩壊し、大型魔導鎧の技術が失われた戦国時代。そういった時代に大型の魔物との戦いにおいてどうしていたか。それを語る上で欠かせないのが、この『神の書』の『神』だ」
アルトゥールはそう語ると、黒板に<<機械神>>と<<人造の神>>の二つの名を書き記す。
「かつて強大かつ巨大な魔物……それこそ厄災種のような魔物との戦いにおいて、大型魔導鎧の無い時代。『神の書』の『神』は切り札だった。これを使い『神』を召喚せしめる事で、人はああいった厄災と戦っていたのだ」
なるほど。瞬は今まで前提として大型魔導鎧や魔導機があるという観念が前提にあった事を理解する。それは今では一般的だからこそ誰もが同じ様に考えており、これがなければどうしていたのか、と考えた事もなかった。
「『神の書』の『神』であるが、大別するとこの二つ。<<人造の神>>と<<機械神>>だ……これについて。ルーク。お前に聞こう」
「はい……<<機械神>>。それは機械の神と呼ばれる様に、金属で出来た肉体を持つ『神』。<<人造の神>>。それは血肉の通った肉体を持つ『神』ですね」
「その通り……その二つの差を他に語れるか?」
それだと昨日カイトが戦ったのは<<機械神>>だったのか。瞬はルークとアルトゥールの説明を聞きながら、『神の書』で召喚されていた金属で出来た腕を思い出す。そんな彼を横目に、ルークがアルトゥールの問いかけに答えた。
「ええ。<<人造の神>>は自律性を有し、自分で考え自分で行動する……言ってしまえば超高度な使い魔と言って良いでしょう。無論、『神』の名を冠するだけの事はあり並の使い魔とは別格と言って良いだけの力を有しています」
「その通り……<<機械神>>を後回しにしたのは意図的か?」
「でなければ敢えて前後逆にはしませんよ」
アルトゥールの少しだけ楽しげな問いかけに、ルークもまた楽しげに笑う。と、言うわけでルークが告げた。
「<<機械神>>は言ってしまえば超高度なゴーレムと言えるでしょう。確かにある程度の自律性は有していますが使い魔ほどの自律性も無いですし、魔術の行使も難しい。単体での戦闘力においてであれば、圧倒的なまでに<<人造の神>>には及ばない」
「うむ。その通り……この通り一見すると<<人造の神>>と<<機械神>>では圧倒的に<<人造の神>>の方が優れている様に思える」
確かに主からの命令が無いと満足に動けないゴーレムと指示がなくても動ける使い魔だ。瞬はそう思う。この二点はゴーレムと使い魔の差異として上げられており、簡単な作業はゴーレム。難しく複雑な作業は使い魔と使い分けがされていた。
「が……これは決して<<機械神>>が劣っているというわけではない。さて、話を戻す事にしよう。大型魔導鎧が開発されるに至る経緯において、この<<機械神>>を語らず通る事は不可能に近い。では、この<<機械神>>の最大の特徴は何か。<<機械神>>最大の特徴は搭乗が可能であるという一点に尽きる」
なるほど。それは確かに大型魔導鎧だ。アルトゥールの説明に瞬はそれを理解する。そしてそれは魔導機も同じであり、この一点においては魔導機は大型魔導鎧に分類されていると考えて良さそうだった。
「つまり、大型魔導鎧は<<機械神>>を人の手で作り上げようとして模索する中で生まれたのだ。そしてそれを小型化していった結果生まれたのが中型魔導鎧であり、今一般的に軍や冒険者達が使っている魔導鎧となるわけである」
そうだったのか。アルトゥールの解説に瞬は思わず目を見開く。とはいえ、一概にそうではないらしく、アルトゥールは更に続けた。
「無論、これは諸説ありではある。逆に小型魔導鎧の開発から始まり、最終的な到達点として<<機械神>>の再現たる大型魔導鎧の開発に至った、という説もある。どちらが正しいか、という議論については私の専門ではないのでここでは述べまいが、少なくとも大型魔導鎧の開発において<<機械神>>が重要な役割を果たしている事についてはどの説においても語られる事ではある」
それではここから先日語った『神の書』の『神』について語っていくとしよう。アルトゥールはそういうと、更に詳しく『神の書』の『神』について記載を行っていく。そうして、瞬らはそれから一時間の間『神の書』についての講義を受ける事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




