第2457話 魔術の王国 ――闇夜の襲撃――
数年後を見据えた魔術都市『サンドラ』の協力要請を受け、『サンドラ』の教導院にて二週間程度の体験授業を受けることになったカイト。そんな彼であるが、三日目の放課後に生徒会長のシレーナの実家であるヘクセレイ家にてシレーナの父レーツェルとの会合を終えると、その後は冒険部で使用する教本や参考書の購入を行うべく『サンドラ』有数の書店へと足を運んでいた。
というわけで、そこで百冊以上もの教本や専門書を買い漁ったわけであるが、その後は冒険部一同と時間があったことで迎えの老執事と教導院で合流することになったシレーナと共に教導院を目指して歩いていた。その最中。カイトは夜道を歩きながら少しだけ興味深い様子でシレーナに問いかける。
「街灯……比較的古い物が多いな。結構昔から整備されていたのか?」
「ああ、街灯? そうね……言われてみれば私が子供の頃にはすでにあったし……かなり古い物じゃないかしら。お母様の子供の頃の写真を一度見たことがあるけど、そこでももう写っていたし……」
「ふむ……」
カイトは改めて『サンドラ』の夜闇を照らす街灯を興味深げに見る。やはりこういった面では為政者の顔が出るらしく、少しの真剣さがあった。
「ティナ。どれぐらいだ?」
「ざっと二百年という所かのう。所々の部品はとっかえられておるが……根幹がそれぐらいじゃ」
「そんな……」
「ふむ……かなり歴史がありそう……かな?」
どうだろうか。カイトは『サンドラ』の各所に設置されている街灯を見ながらそんなことを思う。街灯の概念が出来たのは三百年前のカイトが治世を行っていた頃だ。
その頃に魔導炉が大都市に普及し始め、犯罪率の低下を目的としたカイトが街灯の設置を領内で推し進めたのである。それから各地で街灯は普及し始めたのであるが、その中でも『サンドラ』は一際早く動いていた様子だった。
「ああ、すまん。急ごう」
興味があったので足を止めてしまったが、もう日は沈んでいるのだ。行き交う人々も少し足早に帰宅の途に着いており、あまりのんびりしているのは感心されることではなかった。というわけで再度教導院に向けて歩き出すのであるが、その直後だ。一瞬だけ街灯が消える。
「ん?」
「エネルギーが不安定になった……かしら」
一同が足を止めて一瞬だけ周囲を伺う。同じ様に周囲を行き交う人々も唐突な出来事に足を止めており、気の所為ではない様子を見せていた。が、そんな彼らもそういうこともあるだろう、とすぐに興味を失ったのか再び歩き出していた。そしてカイトもまた同様だった。
「……まぁ、気にする必要もないか。行こう」
「そうね。日も暗いし……一応、お父様にはメンテナンスをするように伝えておくわ」
何が原因かは定かではないが、少なくとも本来は安全を守る物が不安定になっているのだ。為政者の一族として見落とせることではなく、シレーナは報告の必要性を感じたらしい。
そしてカイトもそれについては為政者がするべきこと、とそうしてもらうことにして再び歩き出す。と、言うわけでしばらく歩くのであるが、更に数分。丁度教導院と書店の中間地点あたりに到達した頃だ。ふと瞬が違和感を口にする。
「……何か妙に人が少ないな。通常はこんなものなのか?」
「え? そういえば……」
瞬の指摘にシレーナは周囲を見回し、妙に人気が少ないことに違和感を得る。話しながら歩いていたので気にしていなかったが、言われてみれば確かにほぼ人がいなかった。
「いつもはもっと多いはずよ。この時間なら丁度帰宅時間と重なるし……」
「……なるほど」
「やられたのう」
シレーナの返答に何かを理解したらしいカイトとティナが揃って苦笑混じりに笑う。まさかここまで大規模に手を打つとは思っていなかったのだ。と、それとほぼ同時だ。周囲に巨大な結界が展開された。
「「「何!?」」」
「ティナ。支援は頼む」
「うむ。中々に見事な魔術師がおるようじゃ。油断はするでないぞ」
「あいさ」
まさか仕掛けられた仕掛けに気付けなかったとはね。カイトは少しだけ自嘲する。そうして彼は右手にナコト。左手に刀を持つ。そんな彼に、灯里が特段の疑問もなく問いかける。
「武器とった方が良い?」
「身を守るぐらいは」
「よね……道理でいつもと少し違うと思った」
どうやら灯里はカイトが何かを隠していることに気が付いていたらしい。すぐ手に取れる所にこの間購入したメガネと魔導書を忍ばせていたようだ。カイトと逆に左手で魔導書を支える姿勢を整える。その一方、右手には珍しいことに何かの刻印が刻まれた手袋を嵌めていた。
「ティナちゃん。これ、使って良いのよね?」
「うむ。戦闘用にも調整しておるからな」
「何なんだ? 手袋、に見えるが」
「面白いものじゃ。これはお主も驚くと思うぞ」
カイトの問いかけにティナは楽しげに笑う。どうやらまた隠れて何かをしていたらしい。なにげに一緒に居る時間であればティナの方が多いのだ。カイトの知らぬ何かを渡していても不思議はなかった。と、そんな様子で瞬も襲撃と察したらしい。懐からナイフを取り出す。
「カイト。いつもと違うから、補佐は頼めるか?」
「了解。そのナイフは姉貴の特製だ。荒い使い方も耐えられる」
「わかった」
今回、瞬は槍を使えない。なので彼はナイフを逆手に持ち左手を空にしていた。と、そんな一同を取り囲むように、周囲の路地裏からフードを目深に被った黒衣の集団が姿を現す。そんな中から、おそらくリーダーらしい一人が進み出る。
『これはこれは……驚いた。まさかこちらの襲撃を予め察していたとは』
「ちょっと派手に動き回り過ぎたな。タレコミがあったんだよ。確定情報じゃなかったが……」
『くっ……これは失礼した。諸君らの情報網を侮っていたようだ』
本来であれば、黒衣の集団は結界の展開で混乱する所に襲撃を仕掛け事を優位に進めるつもりだった。が、カイトとティナがあまりに平然としていた為、作戦の露呈を理解。若干のタイムラグがあったのはそのためだ。と、そんなリーダー格の何者かにシレーナが誰何する。
「何者です! 私がシレーナ・ヘクセレイと知っての狼藉ですか!」
『これはこれはシレーナ嬢。貴女が一緒に居ることは想定していなかったのですが……まぁ、良いでしょう。勿論、存じております。が、貴女に手を出すと面倒ですし、口を挟まれても厄介なので……少し黙って貰いましょう』
「ぐっ! っ!? っ!」
どうやら魔術師としてはこのリーダー格の何者かは圧倒的らしい。シレーナが喉を押さえ、声が出せない事に困惑する。そこに更に何者かが封印の術式を展開しようとしたのだが、そこに杖で地面を小突く音が鳴り響く。
「封印は頂けぬのう。五月蝿いのも面倒なので口は閉ざさせたが」
『なるほど。貴女も食えない人だ……さて襲撃を察していたのなら、と言いたい所ではあるのだが……それは無理そうか』
「それを踏まえて、今回はオレも支度をさせて貰っていてね。交渉には応じない。タレコミをくれた相手もお前らを叩き潰してくれ、というのが要望だったのでね。まさかこっちの戦力が整ってる状態のタイミングで仕掛けてくるとは思わず、油断してしまったがな。そこに変わりはないさ」
『それは困った』
少しもそんな様子を見せず、リーダー格の何者かは楽しげに笑う。どうやら彼だか彼女だかもこの状況を楽しんでいるらしい。そんなリーダー格が一つ問いかける。が、それは本来の問いかけではなかった。
『とはいえ、それなら話は早い。問答無用で良いかな?』
「無論、そのつもりだ。勿論、そっちが降参してくれるってんならそれでも良いけどな」
『あははは。やはり面白い』
ぱちん。リーダー格の何者かは指をスナップさせて、周囲の者たちに攻撃を命ずる。それを受けて、黒衣の集団が一斉に魔術を展開。が、それに先駆けるように、再度のスナップ音が鳴り響く。
『『『っ!?』』』
「甘い甘い。カイトがおかしい動きしてる時点で、準備はしておくもんよ」
「おぉ!? これ、錬金術か!?」
一同を取り囲むように現れた半透明の壁に、カイトは思わず目を見開く。まさに無から有が生まれるかのように、何も無い所から現れたのだ。そんな彼にティナが頷いた。
「うむ。灯里殿の手袋は錬金術の補佐をするものでの」
「媒体は? どこも変化は無いが」
「あるでしょ。この世には……どこにでも普遍的に存在してるものがあんのよ」
「ふむ?」
「だからあるでしょ」
なんだろうか。そんな様子で首を傾げるカイトに、灯里は楽しげに笑う。そうして、彼女はふーっと息を吐いた。
「これよこれ」
「え? ま、まさか……核融合……?」
「その通り。花丸あげちゃう。窒素を原子核とかに分解して、別元素に錬成したのよ……後はティナちゃんが補強してくれて、ってわけ。強度は十分よ」
「うわぁ……」
どうやら灯里は空気中の大多数を占める窒素から他の元素を錬成したらしい。原理的に出来ないわけではないが、おそらくやったのは彼女だけだろう。そして出来るのも彼女ぐらいだと思われた。とはいえ、これで後顧の憂いは断たれた。故に、カイトは楽しげに笑う。
「ま……それならそれで良いか。さ、やろうか。先輩、さっき言った通り、中衛を務めてくれ」
「了解だ」
カイトの指示に壁から外に出てナイフを構える。基本はカイトが前に出て戦い、それを抜けた攻撃を瞬が破壊だ。と、そんな彼にカイトが魔糸で繋げて念話を使う。
『先輩。可能な限り殺すな』
『何? 殺しても文句は言われん状況だと思うんだが』
『今回、状況が特殊でな。最終的に手打ちもあり得る』
『手打ち? どういうことだ?』
『相手は『サンドラ』の評議会とも繋がっている。おそらく、だがマグナス六賢人の子孫も混じっている可能性がある。殺すと後々厄介になりかねん』
『そうか。わかった』
別に瞬としても殺さないで良いのなら殺さない。なので彼はカイトの言葉を受け入れて、基本的には専守防衛に務める事を決める。どうにせよ彼は今回主兵装がナイフだ。いつもと同じ様にやると手加減が出来きれず、殺してしまう可能性も高かった。そうしてカイトが状況の伝達を終えた所で、攻撃が開始された。
「……」
放たれる数十の魔術を前に、カイトは少しだけ獰猛に笑う。先に彼が言っている通りここまで大規模な襲撃は想定外だったが、襲撃そのものは想定していた。そしてこれは椿の諫言を受けて手に入れた特製品だ。魔術に対して万全の対策が施されていた。故に、彼は一切の迷いなく数十の魔術を一太刀で切り裂いた。
『!?』
『何!?』
やはりそうしてくるか。カイトは読んでいた通り、刀身を変化させるような魔術を使ってきていた事を理解する。
「そんな見え透いた手を使っておいて、驚くなんてやめてくれよ! たかが知れてるぞ!」
爆炎を切り裂いて、カイトが敵陣へと肉薄する。この魔術の厄介な点は一つ。こうやって剣士達が切り裂いて迎撃する事を見越した上で、切り裂かれる事で刀身を変質させてしまう事だ。
なので熟達の剣士達はそうならないように刀身を自身の剣気や闘気で保護するのであるが、カイトがまだ若いのでそこまでは出来ないだろうと思っていたようだ。が、今回はそれ以上の事が起きており、彼らも困惑を隠せないでいたのである。そうして二の矢が放たれるより前に、カイトは黒衣の一人に向けて直近から刺突を放つ。
「はっ」
『っ!』
カイトの刺突が命中した直後。ローブがふぁさりと落ちて残ったローブが粉塵になって消え去った。
『身代わりの効果を持つローブじゃな。ようもまぁ、ここまで数を揃えおる。作り手がおりそうじゃな』
『ローブが一番量産が楽ではあるからな……素材は安くないんだがね』
『まぁの。とはいえ、所詮はその程度の品よ。本気でやってやるでないぞ? お主が本気なら探知する前に殺せようて』
『わーってるわーってる』
ティナの助言に対して、カイトは手加減を心掛けるように胸に刻む。身代わりの効果とは致命傷を受けると判断した場合に、装備している者を指定のポイントに逃がしてくれる物だ。
他にもネックレスや指輪等に同じ効果を持たせている事もあり、今回は一番量産が簡単とされているローブを使っている様子だった。というわけで、カイトは手加減をしながら交戦を進める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




