第2455話 魔術の王国 ――異なる星へ――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受けていたカイト率いる使節団。その中でもカイト以下冒険部の面々は今後の冒険部での活動に役立つ教本を求めて『サンドラ』でも有数の書店を訪れていた。というわけで、カイトは時にティナの暴走を掣肘し時に瞬やその他面々の手伝いをしながら、忙しなく動いていた。
「はい、これも」
「あいよ」
「こんなもんかしらねー。教本ってことだからかなり簡単なの選んだんだけど、こんなので大丈夫?」
「ああ、ダイジョブダイジョブ。というより、本当に一番簡単なのにしたいんだ」
灯里の確認に対して、カイトは彼女の見繕った錬金術の初級の教本を袋に詰め込みながら頷いた。なお、彼女向けの物に関してはティナが選んでいる為、久方ぶりに彼女は教師としての仕事をしていた。そしてであるからか、やはりいつもより真剣さはあった。
「そ。ならそれで良いんだけど……ぶっちゃけ、結構買っちゃってない? お金、大丈夫?」
「そこらは問題ねぇよ……実際、古本だからよほどプレミア価値が付いてない限りは値札が貼られてるからな。きちんと計算してるし……見直ししてない書店側が悪い」
「……とどのつまり、どういうこと?」
「プレ値が本来なら付くような商品も見付かってるって話。ま、これはどっちかっていうと時代を経たことで価値が出ちまった、って所なんだが……」
どこか楽しげにカイトは笑う。そんな彼に、灯里もおおよそを理解したようだ。
「なーる……出た当初はほとんど無名だったけど、後世になって有名になって結果価値が上がったパターン」
「ゴッホとかと同じだな。生前評価されなかったけど、ってのが時折あるんだ。ティナが小躍りしてやがった」
「あー……来たことない、って言ってたもんねー」
ありえるかも。灯里はティナが小躍りしている様子を想像し、わずかに笑う。実際、カイトもあの後何度か掣肘するべく向かったわけであるが、その度に彼女も欲しいと思っていた本が見付かったのか小躍りしているのを何度か見掛けていた。
「ああ……後はどうしても学術的な話が絡むから、時代を先取りし過ぎちまって理解されなかった理論とかが記された論文が乗ってたりすることがあるそうなんだ」
「所謂机上の空論ってやつ?」
「そ。確かに言ってることは正しいんだけど技術的に出来ないよね、って言われたりしてブレイクスルーが待たれている間に話が忘れ去られちまって、ってのが時折あるそうだ」
「それが役に立つと」
「役に立つかはわからんが、そこから更にブレイクスルーが生まれることもあるんだと」
改めて言うまでもないが、カイトは学者ではない。なのでティナがそうだ、というのならそうなのだろうと受け入れるだけであった。
「ふーん……でもそういう本って会計時に改めて査定されないの?」
「されない。というか、出来ない。この本はこの値段です、で売りに出している以上それを後追いで釣り上げるのはルール違反ってことで問題になったことがある」
「あー……流石に揉めるか」
カイトの返答に灯里はなるほど、と納得したようだ。と、そんな彼女はふとカイトの物言いがおかしいことに気が付いたようだ。首を傾げて問いかける。
「ことがある? 聞いたの?」
「ああ、いや……これは国際的な習慣というか大陸間会議で決まったことの一つなんだ。商取引に関してはどうしても国を跨ぐことが多くてある程度のルール決めがされているんだが……そこでこれも決まっててな。国際的にそういう風にルールが定められている。無論、各国が各国のやり方で遵守しなさい、という形だからここで法律があるかは知らんがな」
というわけで、この書店もこの規模ならそのルールは遵守させられているだろう。カイトは灯里へとそう語る。それに、灯里は感心したように問いかけた。
「へー……他にもあるの? そういうルール」
「国際通貨がそれだな。ほら、どこの国でも同じ通貨を使えるだろ? 勿論、物価は異なるけどな」
「あ、そっか……言われてみればそれ、普通じゃないもんね」
言われてみれば。カイトの指摘で今更ながらそこがなぜそうなったんだろうか、と灯里も思ったようだ。が、そういう物を決めるのが大陸間会議の役割だった。
「そ。他にも距離の基準を決めたりするのも大陸間会議の役割だ。で、その中でこういう取引の基本を決めたってわけ」
「なるほどねー。政治的な物を決めるばかりじゃない、ってわけ」
それでカイトも知ってたのか。灯里はおそらくカイトが大陸会議の最初期に関わっていることから、そのルール策定時に同席していたことを理解する。
「ま、そういうわけで。もし価格改定をしたいなら先にやっとかないといけないってわけ」
「そ……まぁ、私らこれが適正価格なのか、って言われてもわかんないんだけど」
「そだな……当たったら儲けもの程度で考えときゃ良いよ。それに経費だし」
「それもそっか」
改めてになるが、ここでの購入は冒険部がギルドとして動く為の参考資料として使う為のものだ。なのでこの資料は冒険部の経費として落ちるのであった。というわけで納得した灯里が問いかける。
「で、これからどうするの?」
「とりあえずはここからも引き続き何か良い本があれば入手しつつ、という所だな。ここはダウジングの練習にも丁度良い」
「ダウジングねぇ……まぁ、私もダウジングやってるけどさ。練習以来久しぶりだわー」
基本的に先にカイトがしていたように、魔術師であればダウジングは基礎として学んでいることが多い。なので灯里もダウジングは使え、今回もそれを使っていた。というわけで、これにカイトは笑う。
「だろ? 案外ダウジングは依頼以外で冒険者達も使うことは少ないからな……あんたの部屋除きゃな」
「ほえ?」
「あんたの部屋でオレは定期的に使っとるわ」
「……え?」
「てめぇが人を使いっぱしりにしとっからだろ! あの脱ぎ散らかした服の山からどうやって鍵やら何やらの小物見つけ出してると思った!?」
「にゃはははは! 今思えば納得よねー!」
わかっていながら敢えてドン引きした顔をした灯里であるが、カイトのツッコミに楽しげに笑う。そうして真面目に指導者としてのやり取りを繰り広げた二人であったが、それも終わったことでいつもの二人に戻りじゃれ合いを繰り広げることになるのだった。
さてカイトが灯里とじゃれ合いを繰り広げてからしばらく。流石に二人も今回は教本という重要な案件と理解していた為、じゃれ合いもそこそこにカイトは瞬のダウジングの確認。灯里は千早の手伝いと別行動になっていた。というわけで、瞬のダウジングを確認した後。カイトは一旦シレーナの所へと赴いていた。
「ああ、いたいた。シレーナ」
「カイト? どうしたの? もうそっち終わり?」
「ああ、いや……オレは終わったんだが、ウチとしてはまだだ。そっち、何か手伝えることあるか?」
「あー……こっちは無いわ。見ての通りここはいつも来てるし」
時間が出来たということか。そう察したシレーナは読んでいた古本から顔を上げてカイトに首を振る。そんな彼女であるがいつも従えている小精霊達を使って本を探していたようだ。いつもは実体化させていない小精霊達が実体化していた。と、そんな彼女が手にしていた本にカイトはふと興味を抱く。
「何を読んでるんだ?」
「端的に言えば星辰を利用した魔術について書かれた書物……かしら。そうだ。丁度良いから一つ聞きたいんだけど、地球にも望遠鏡はあるわよね?」
「そりゃ、勿論な」
これはカイトが来る前からであったが、エネフィアにも普通に望遠鏡は存在している。なのでカイトも特に疑問はなく頷いていた。
「それがどうした?」
「ああ、いえ……それで一つ問題なのが、昔に比べて今は夜も明るくなってきたから町中だと星がいまいち確認出来ないことなのよ。それで地球だとどうしてるのかな、って」
「あー……言われてみれば確かにそうだなぁ……」
三百年前に比べ、エネフィアは大きく発展している。そもそも三百年前が戦争時代であることを考えればそれと比べるのがおかしいのであるが、復興の結果街には街灯が出来て夜闇は随分と失われた。が、それと比例するように星は見えにくくなっていた。これは星辰を使って行う魔術にとって不利益の面があった。
「一応、地球にはかなり精度の高い望遠鏡があることは知ってるが……魔術として星辰を利用する場合どうしてるか、ってのは流石にオレにもわからないなぁ……安牌なのは周囲の光を抜き取ることだろうが……」
「うーん……やっぱりそうなるかしら……」
カイトの返答にシレーナは改めて古い本に向き直る。そんな彼女にカイトは少しの意外感を持って問いかける。
「にしても、意外だな。星辰を利用する魔術はあまり使わないと思うんだが……特に精霊魔術を使うなら尚更だろ」
「あー……そうね。星辰を利用した魔術……星魔術はどうしても土地土地で使える使えないが変わるし、最悪星の巡りが悪いと使えないどころか暴発することもあるし……」
それでいて準備をしても精霊魔術を使えるなら精霊達に力を借りて代用出来ることも少なくない。シレーナはカイトへと話半分に語る。そしてシレーナほどの精霊魔術の才能を有するのであれば、わざわざ星辰を利用しなくてもよほどの大魔術でもなければ問題はなかった。
「だろう? よほど大魔術になれば星辰を利用した魔術でないと使えなくはないだろうが……」
「そうね……まぁ、私も実は特に理由があって調べてるわけじゃないのよ」
「じゃあ、なんで?」
「ルークがこういう星辰を利用した魔術を学んでるからね。で、時々兄さん達と話してるのを聞いてるんだけど……話半分だから気になっちゃって」
カイトの改めての問いかけにシレーナは少し恥ずかしげに笑う。基本的に彼女の兄のゲンマもそうであるように、ルークも卒業論文等でゲンマやスオーロに意見を求めることはあった。その場にシレーナが偶然居合わせ、中身に興味を抱いたというわけなのだろう。
「あー……そう言えばルークは異星の魔術だったっけ」
「そうね……本当にそんなものがあるのか、って話なんだけど……逆に言えばもし存在するのであれば、それを調べることも出来るんじゃないか、って。となると星辰を利用するしか手がなさそうだから」
「っ……なるほど。それは……」
盲点だった。今までカイトは存在することは知っていてもそれを調べようと思ったことはなかった。故にシレーナの思わぬ指摘にはっとなったようだ。大きく目を見開いていた。これにシレーナが驚きを浮かべる。
「どうしたの?」
「いや、可能かと思ったんだが……いや、どうだろう……」
無理かもしれない。カイトはニャルラトホテプ達『外なる神』の介在を考え、もしやすると彼らが妨害、もとい阻害してくる可能性を考慮に入れて考え始める。そうして、それからしばらくの間カイトはシレーナと共に本格的に他の星の生命体を調べる方法について議論を交わすことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




