第2454話 魔術の王国 ――古書――
魔術都市『サンドラ』にて交換留学に向けた体験授業を受けることになったカイト。そんな彼は三日間の講習を終えると、生徒会長シレーナの要請を受けて彼女の父であるレーツェルと会合。
それを終えた後はシレーナの案内を受けて『サンドラ』有数の書店へと足を運び、ユリィの頼みで『サンドラ』で最近使用されていた教本を探し求めることになっていた。とはいえ、それも一段落した所で彼は規模の大きさから探索が難航しているだろう瞬の助力を行うこととして、彼へとダウジングの基礎を教えながら教本の探索を行っていた。
「こんなもの……か?」
「そうだな。さっきに比べれば随分と早くなった……今はこれで十分だろう」
「むぅ……だが精度は本当にお察しだな」
「そりゃ道具も道具だからな」
どこか不満げな瞬であるが、彼が使うペンデュラムはカイトが先程渡した初心者向けの物だ。そもそも術式を彼が構築しているわけでもない。まだまだ現状で精度なぞ求めるべくもなかった。というわけで、カイトはせっかくなのでと瞬にダウジングの使い方を学ばせることにする。
「そうだな……先輩の方が時間はあるだろう。ついでにダウジングの勉強もしてみると良い。おあつらえ向きに、こんな便利な本屋まであるからな」
「そ、そうだな……」
この書店がおあつらえ向きなのか。瞬はカイトの言葉に思わず頬を引き攣らせる。というわけで、瞬は更にダウジングを使ってダウジングの教本を探すことにする。と、その最中。ふと瞬が思うことを口にする。
「……というか、今思ったんだが……」
「ん?」
「魔術師達は皆こんなことをしてるのか?」
「そりゃ……必要がありゃやるだろ。実際、手当り次第に探すよりずっと楽だろ?」
「それは確かにな」
カイトの指摘に対して、瞬もそれはそうだと頷いた。実際、今まで探すのが手間だった作業がかなり楽にはなっている。と、それに納得した瞬であったが、どこか恥ずかしそうに視線を背けた。
「が……なんというかこっ恥ずかしくてな。子供みたいというかなんというか……」
「慣れの問題だ、慣れの」
言わんとすることはわからないでもない。まるで子供が振り子を持って遊んでいるようにも見えてしまうのは見えてしまうのだ。なのでカイトも笑いながらではあったが、そう言うだけであった。というわけで、それから少しの間カイトは瞬のダウジングに付き合って、後は彼に任せることにして自身は自身の探すべき教本を探すことにするのだった。
さて瞬と別れたカイトであるが、彼は一旦はティナと合流。改めて各種の教本として役立ちそうな物を探し求めることにしていた。が、その前に彼は盛大に呆れ返ることになっていた。
「ふむ……やはり色々と面白い教本があるのう」
「……そりゃ、良い。良いんだが……なにそれ」
「何って……教本に決まっとろう」
「むっちゃくちゃ古くね? 確かに古本を買いに来たが、それもう古書のレベルじゃね? 古本の古書じゃなくて、古文書とかの古書」
ティナの周囲に浮かぶ無数の古書を見て、カイトは思わず指摘する。それもそのはず。彼女が探しだした教本はすでに二桁も後半に届こうとしており、その大半がいつ刊行されたのだ、と思わずと言いたくなるような古さだった。
「そうじゃのう……が、どれもこれも良書じゃ。これなぞ思わず感激したぞ。よもやこの御仁が執筆された教本があるなぞ……余も知らなんだ。それを売り払うなぞ、物の価値のわからぬ愚か者がこの『サンドラ』に居たものじゃ。御老公も嘆かれよう……いや、悪くは言うまい。おかげで手に入った」
「お、おぉ……え、それウチの奴らが読んでわかるの?」
「……読めばわかる奴にはわかろうな」
「それ初心者向けじゃないですよね!?」
一瞬返答に困ったティナであったが、どうやら書かれている内容は到底冒険部の平均値に合致する内容ではなかったらしい。しらばっくれる彼女にカイトは思わず声を荒げる。が、そこにティナが彼の頭を叩く。
「いっつぅ!」
「バカモン。本屋で大声を出すバカがおるか……まぁ、余が悪い事は認める。が、これは本当に良書の数々じゃ。今は役に立たずとも、遠い未来には役に立とう……いつになるかはわからぬがのう。あ、それとこれは灯里殿に渡せ。灯里殿に良い教本となろう」
「そっちは、使えるんだな?」
「それは余が保証する。高等教導院が高度な錬金術師向けに使っておった教本じゃ」
どうやらこれは役に立つ教本らしい。カイトもそれを見てそれについては受け取っておく。
「そうか……で、一応ウチ向けの物は見付かってんのか?」
「それは……まぁ、そこそこじゃな。一応数冊は見繕っておるよ」
「所感としては?」
「……一割」
「無いよね。オレの所感としては五分ぐらい」
「……しゃーなかろう! 余、ここまで一度もこの書店に来たことなかったんじゃもん! ずっと見たい見たいと思うとったのに御老公方が御身は駄目ですぞ、と言うもんじゃからお預け食らっとったんじゃ!」
どうやら幼児退行を起こすぐらいには来たかったらしい。開き直ったティナが声を荒げる。なお、きちんと結界を張って大声に対応しているあたり、彼女も自分の性質はわかっていたようだ。それに、カイトは肩を落とす。
「さいでっか……買うのは買うで良いから、とりあえず先に仕事してくれ。そうすりゃ文句は言わねぇよ」
「むぅ……まぁ、そうじゃのう。先に筋通すかのう」
カイトの言葉に道理を見て、ティナも一旦はそちらに取り掛かることにしたらしい。異空間から杖を取り出し、カイトと同じくダウジングに取り掛かる。
なお、一応彼女の名誉の為に言及しておくと。すでに数冊は見つけていることからもわかるように、彼女とて当初仕事を忘れていたわけではない。単に途中で名著と呼ばれる本を見つけ思わず手にとって、そこから流れで暴走してしまったようだ。
「別にこんなもん、さほど難しい話ではない……あ、それの扱いは気を付けよ。古い本じゃから物理的に傷んでおる可能性はあり得るのでのう。帰ってから修繕せねばならん」
「はいはい」
カイトはティナの浮かべた本をかき集め袋に詰め込みながら、ティナの返答に適当に相槌を打っておく。その一方、やはり魔術師としては最優にして最高と言われるティナだ。ダウジングの精度も一度に行える数も、何よりそこから先もカイトとは比べ物にならなかった。
「さて……まぁ、今回はさほど数は要るまい。ダウジングの本数は……五本ぐらいで良かろう」
「……はぁ」
五本ぐらいで良かろうですか。そうですか。カイトは相変わらず常人なら到底出来ないことを朝飯前にやってみせるティナにため息を吐いた。
基本的にダウジングは探索対象に意識を集中しなければならないので、出来て一つ。熟練で二つが限度だ。五つまで行けばもはや常軌を逸した才能と言われる。それを、朝飯前なのである。有史上最高位の魔術師と言うのは伊達ではなかった。と、そんな彼女はカイトに片手間に語る。
「さほど難しいことではない。単に思考の並列処理とマルチターゲットを応用しておるだけじゃ」
「だーらそれが常人にゃ出来ねぇんだって」
人目がないことを良いことに好き放題やりやがってからに。カイトは不貞腐れるように肩を竦める。ちなみに、シャルロットの神使である彼もダウジングは人並み以上に出来る。それを思い、ティナが指摘した。
「今のお主なら五本ぐらいはやれるじゃろう」
「ま、出来なくはねぇがね……お前みたいに朝飯前じゃねぇさ」
「そりゃ、こっちは余の土俵じゃ。お主に並ばれても困る……ん、出たのう」
五つのペンデュラムが向いた方向に向けて、ティナはペンデュラムを伸ばす。そうして後は自動的にペンデュラムが指し示した本をペンデュラムのチェーンが絡め取って持ってくるだけであった。
「うむ。これでまず五冊。後二回やりゃよかろう」
「……」
そりゃ入る前から出禁になるわな。カイトはあっという間に整った五冊を見てそう思う。敢えて言うが、作業の開始からここまで五分も経過していない。そしてこれでも本気ではないのである。
一時間も好き放題させれば軒並み『収奪』されてしまうことは火を見るより明らかだった。というわけで、入る前から出禁の才能を遺憾なく発揮したティナは十分も掛からず冒険部で使えそうな教本を集め終えた。
「……こんなもんじゃろ。中身見とらんからはっきりとしたことは言えんがの」
「そりゃ良いわ。そこまで時間があるわけじゃないからな……で、後の量産はこっちでと」
「あれば良いんじゃがのう」
「そこばかりは古本に求めるのもな……ま、ありゃ儲けもの程度に考えるさ」
どうしても探し求めているのは古本。誰かが使った後だ。なのであるかどうかは売った者が居るかどうかになってしまう。こればかりは諦めるしかなかった。
「じゃ、後はお主が頑張れよー」
「あいあい……ほどほどにな?」
「……頑張ろう」
どうやら保証は出来ないらしい。ティナの返答にカイトは度々様子を見に来ることにする。そうして、カイトはカイトでティナの見付けたサンプルを頼りに冒険部で活用できそうな古本を見付けるべく、再度行動を開始することにするのだった。
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