第2452話 魔術の王国 ――本屋――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、体験授業を受けることになったカイト。そんな彼は体験授業を受ける傍ら、生徒会長にして自身の世話役であるシレーナの要請を受け、彼女の父親にしてマグナス六賢人の末裔にしてヘクセレイ家の当主であるレーツェルとの会合を得ることになる。
そうしてレーツェルの要請を受けて現在『サンドラ』が開発中の自動車に関しての助言を行った後、カイトは改めてシレーナと共に教導院に戻っていた。
「ではお嬢様。19時にはお迎えに上がりますので、それまでには店の前においでください」
「ええ……場所はいつもの所で良いわね?」
「かしこまりました。もし教導員に向かわれる、ということでしたらいつも通り通信機をお使いください」
「わかった」
老執事の指示にシレーナは一つ頷く。どうやら自動車を使っての移動は何も登下校だけでなく各所への移動にも使われていたらしい。そうして再度シレーナとカイトを降ろした自動車が走り去っていくのを見送って、二人は教導院には入らず門前に用意されている待合室に入る。
「待合室なんてのもあるのか」
「ええ。基本教導院は関係者以外立入禁止だから。教導院に居る生徒に会う場合、ここを使うことが多いのよ」
待合室の椅子に腰掛けながら、カイトは待合室の中を見る。やはり国の名を冠する教導院の待合室だからか、他国の保護者等が来ることもある。かなり品の良い内装が施されていた。そんな内装を見ながら、カイトはふと思うことを問いかける。
「そういえば……教導院は完全に寮生活なのか?」
「ああ、それは違うわ。実際、私達が特例というわけではなく家々の事情によってどうしても実家から通学しなければならない、という人も少なくはないわね。多くもないけれど……七割から八割寮生活、残りは通学という所かしら」
シレーナ自身がそうであったが、どうしても魔術師の家に生まれた限り一族伝来の魔術や魔道具等を持っていることは少なくなかった。なのでそれの管理等に若くして携わる為、そういう自宅の事情で実家から通学しているとのことであった。
「ああ、やっぱりか。どう考えても生徒の規模と用意されていた寮室の数が見合わないような気がしたんだ」
「そうね……まぁ、そう言っても圧倒的に寮生の方が多いし、高学年になると研究の為にこっちに寝泊まりしたいから、という理由で寮を敢えて申請する生徒も少なくないみたい」
「なるほど……確かにわざわざ家に帰るより、こっちに部屋があった方が自由が利くもんな」
「そういうことみたいね。だから実は高学年になればなるほど、寮生は増えていくの」
ここらは魔術師の学校であるが故の特殊性という所なのかもしれないな。カイトはシレーナの言葉を聞きながら、そんなことを思う。というわけでそんな益体もないことを話しながら待つことしばらく。内線でティナらを呼び出したわけだが、二十分ほどすると彼女らが教導院から出てきた。
「来たな……楽しそうだな」
「無論じゃ」
流石は『サンドラ』にて本屋への出入り禁止を通達されている魔帝ユスティーナではない、か。カイトは長い付き合いなればこそわかる彼女の背に、わずかに笑う。
とはいえ、こんなものはわかっていたことだ。そもそも今回の招聘の裏を知りながら真正面から叩き潰せなぞというらしからぬ発言をしているのだ。相当楽しみだったというのは想像に難くなかった。
「で、今回見繕いたい物はあるのか?」
「私はとりま錬金術の指南書が欲しいわねー。今のままじゃ私が手回んないし」
「あー……確かになぁ……」
カイトとティナをして天才と言わしめる錬金術師の卵である灯里であるが、それ故にこそ冒険部での錬金術関連の負担は彼女一人にのしかかっていると言っても過言ではない。
その上で彼女は<<無冠の部隊>>で活動もしているのだ。ここに更に錬金術の指導なぞやればたまったものではなかった。
「で、他二人は?」
「私はゴーレムの製作に関する本」
「私は精霊学に関する指南書……ですね」
カイトのさらなる問いかけに、楓と千早がそれぞれ答える。その他、全体に関してはティナが見繕うことになっていた。
「で、先輩は魔術刻印と」
「ああ……見繕えなければ指南を頼む」
「あいよ……シレーナ。これで全員だ」
瞬の要請に応じたカイトであるが、彼はそのままシレーナへと準備が整ったことを告げる。それを受けて、一同はシレーナの案内で本屋へと向かうことになるのだった。
さて様々な教本を求めて向かった本屋であるが、それは教導院から徒歩で二十分ほど。『サンドラ』の街でも有数の書店だった。
「ここが、教導院周辺だと最も大きな書店かしら」
「しょて……ん? これが?」
「ええ」
しきりに訝しむカイトに、シレーナは楽しげに笑う。実際、入り口から少しの所はおしゃれなカフェが隣接された本屋に見えなくもない。が、奥がどれだけ広いかは見えず、相当広い様子だった。
間違いなく、空間は歪んでいるだろう。しかも奥はかなり薄暗く、周囲が高い本棚に覆われていることもあって少し恐怖感を与えるような印象があった。まぁ、魔術師達御用達の書店と言われれば納得してしまいそうな本屋だとは言えただろう。
「蔵書数の正確な所はわからないし、それどころか何が収蔵されているかもわからないわ。だから値段もその都度店員が判断することになるの……入り口の雑誌類を除いてね。何があるかわからないから、見てて楽しいわよ?」
「そうか」
本人が楽しいのであれば良いだろう。カイトは圧倒的な蔵書数に気圧されながらも、そう思う。が、そこに疑問を呈したのは瞬だった。
「あ、あー……すまない。ここからどうやって目的の本を探すんだ?」
「大雑把にはまとめられているから、そこからね。そこに地図が置いてあるから、それで探すの」
「……そうか」
どうやら考えていた書店とは一切異なっているらしい。瞬はシレーナの指し示す地図を見ながらそう思う。というわけで、一同はひとまずは地図を手にとって各々が探したい物を探すことにする。
「……ふむ」
書店の中を散っていった一同同様に移動したカイトであるが、そんな彼が探していたのはユリィに頼まれた教本だ。どうやらこの書店には魔導書の類は勿論のこと、様々な古本の類も置いているらしい。
(『サンドラ』の特色……という所か。普通の書店が古書店の役割を兼ねているのは……まぁ、魔導書なんて一般的に出るわけでもないし、教本も新しい教本より使い古された教本の方が使える場合も少なくない……ってなると、古書の売買も兼ね備えるのが一般的にもなるか)
カイトは使い古された教本を見ながら、そんなことを考えていた。
(ふむ……これは三年前の物か。比較的新しい物の方が良いが……)
何処にあるだろうか。カイトは古書の並ぶエリアを見ながら、わずかにため息を吐いた。流石にこの中から見つけ出すのは相当に難儀だった。
「はぁ……地図は……ん?」
こうなったら地図を頼みにやるしかないか。カイトはそう思い改めて地図を見たのであるが、右下に何かが書かれていたことに気が付いた。
「書物の検索にダウジングの使用が可能となっております。道具が無い方はぜひ店員までお声がけください……つまり、ダウジングやれと。周囲が薄暗いのはダウジングがやりやすいように、ってわけか」
そりゃ、この中から目的の本なんて見付けられないよな。カイトは少しだけ呆れながら、異空間の中に収納したダウジング用のペンデュラムを取り出す。基本こういったペンデュラムに頼ることは無いカイトであるが、探せない以上は仕方がない。
「ペンデュラムでのダウジングは久方ぶりにやるが……やり方、忘れてねぇよな……いつも大鎌ありでやっちまってたからなぁ……」
実のところ、カイトの場合ダウジングは普通にペンデュラムでやることの方が少なかった。ちなみに、ダウジング用のペンデュラムは月長石や透明度の高いムーンストーンを素材としていたり、サファイアやアクアマリン等の青系統の素材を振り子として使っていることが多かった。今回はシャルロットの加護を併用したかったので、ムーンストーンを振り子の素材として使っている物を使っていた。
「……」
振り子を垂らし、ダウジング用の魔術を展開。幸いなことに周囲は薄暗く、ダウジングに意識を集中しやすい環境が整えられていた。無論、これだけの広さだ。人とすれ違うこと事態がまず無く、とことん魔術師にとって過ごしやすい環境が整えられていた。
とまぁ、それはさておき。カイトの魔術に反応して振り子が揺れて、しばらくすると特定の方向を指し示すようになった。
「こっち……か。んー……」
これはしばらくダウジングに頼って行動することになりそうかな。カイトは現状を鑑み、そう判断する。そうして少しだけ何かを悩むような姿勢を見せる。
(やっぱ、少しでもダウジングの精度は上げておいた方が効率が良さそうか……先輩の助力もしないといけないだろうし……時間は有限だしなぁ……)
カイトはここに来てシレーナが万が一に備えて門限を超えても大丈夫なような申請をしてくれていた理由を理解する。ここまで巨大かつまともに整理もされていない書店だ。
ダウジングを使って効率的に探してもかなり時間を必要とすることは察するにあまりあった。というわけで、彼は諦めたようにシャルロットから貰った衣を取り出した。
「っと……で、後は……シャル。今杖使ってる?」
『何、藪から棒に……下僕が魔術を使わないといけないような厄介な魔物でも居て?』
「ああ、いや。ダウジングに使いたいんだ。『サンドラ』にとんでもなくでかい書店があってな」
『あー……あそこならありそうね……使ってないから使いなさい』
神使としてのつながりを利用して、カイトはシャルロットから大鎌を借りられないか問いかける。そしてどうやらシャルロットも数百年前に訪れた『サンドラ』を思い出し、ここならそういう書店もあるだろうと思ったようだ。一つの古ぼけた杖が送られてきた。
「サンキュ」
『使う見込みないから、好きに使いなさい』
「サンキュ……ひさしぶりだな、杖使うの」
基本的にシャルロットと言えば死神なので大鎌を使うわけであるが、彼女が本来司るのは夜だ。魔術師達の守り神としての側面も有しており、そんな時は大鎌ではなく杖を持つ姿で描かれることがあった。その杖を借りたのである。
というわけで、その頭の部分にカイトはペンデュラムを取り付けて効果を増幅させることにする。すると先程よりかなり大きく揺れ動き、まるで引っ張られるかのような力でカイトの求める方向を指し示してくれた。
(良し……じゃ、探すかね。というか、この見た目だと完全に魔術師だな……)
黒いローブを身に纏い、杖を携えてダウジングする。そんな自身の姿を客観的に見て、カイトは思わず笑うしかなかった。というわけで、そんな彼はダウジングを頼みに比較的新し目の教本の古本を探し歩くことになるのだった。
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