第2449話 魔術の王国 ――自動車――
魔術都市『サンドラ』に招かれ魔術師を育成する教導院にて体験授業を受けていたカイト。そんな彼は二日目も終わった所でシレーナからマグナス六賢人の子孫の一人にしてヘクセレイ家当主の招きを受けることとなる。というわけで、三日目の午後。カイトは午後の一限目を終わらせると、一度自室に戻って翌日の用意を整えると、一階に降りて校門前に移動していた。
「はい、確かに。君、見たことないけど留学生だね?」
「あ、はい。そうです」
「なら、門限はしっかり守るように。門限、何時かわかってる?」
「あ、一応……」
出入りの管理を行う守衛の問いかけに対して、カイトは一応聞いている旨を口にする。と、そんな彼の後ろから私服姿のシレーナが声を掛けた。
「それなら問題ありません。門限の超過許可を生徒会より発行しています。こちらを」
「ヘクセレイさん……ああ、確かに。今日はもう帰りですか?」
「はい。いつもお疲れ様です……一応、戻らないとは思いますが……彼と共に行動するので、もしかしたらこちらに顔を見せるかもしれません」
「そうですか。わかりました」
シレーナが提示した門限を超えて外に出る場合の許可証を見ながら、守衛はそれなら別に特に強く言う必要もないか、と道を空ける。そうして、まだ人気のない校門を抜けて二人は外に出た。
「門限の超過許可なんてあるのか」
「外で実験とかする場合だとどうしても門限に間に合えない場合もあるからね。生徒会に事前に申請してくれていれば、門限を超えても大丈夫な許可を下ろすことも出来るのよ。あまり公に出来ないから教えなかったけど……それに、教導院側の許可も要るしね」
「そういうことか」
今回は本屋に出るし、そもそも呼び出したのはシレーナの父だ。なので教導院側もすぐに許可を下ろしたし、特段理由も聞かれなかったらしい。
「でも良かったのか?」
「お父様が何を聞こうとしてるかは知らないけど……もしそれで時間が押しちゃったらこっちが悪いもの。念の為、二時間だけ伸ばせるようにしておいたの」
「そうか。ありがとう」
シレーナの返答にカイトは一つ礼を述べる。と、そういうわけでそうこうしていると一台の金属で出来た車のような物体が校門前に停止した。
「これは……」
「貴方なら自動車……と言えばわかるかしら。三百年前に勇者カイトが遺した情報を基にして、『サンドラ』が試験的に開発してるものよ。まだ量産体制も整ってないから、試作品だけれど」
「お嬢様」
驚いた様子のカイトに対して説明してくれたシレーナの前に、『自動車』から降りた老執事が腰を折る。そうしてそんな彼はカイトの姿を見て、再度腰を折った。
「カイト・天音様ですね。この度はお受けくださりありがとうございます」
「いえ。こちらこそお招き頂きありがとうございます」
「いえ……では、こちらへ。乗り方は大丈夫かと思いますが……」
「大丈夫です」
カイトの言葉に老執事は小さく頭を下げ、後部座席の扉を開く。そうして、カイトとシレーナは後部座席に乗り込んだ。
「ふむ……」
「……どう、かしら」
「そうだな。乗り心地としては良い。ディーゼルじゃないから嫌な匂いもない。見た目は……近現代ヨーロッパで走っていた物に似てるか……? が、静音性、振動等……そこらは十分今の自動車に比肩するか」
確かにどんな自動車があったか、と三百年前に聞かれて語ったことがあったか。カイトはシレーナの伺うような問いかけに答えながらそれを思い出す。
「見た目はわからないけれど……貴方がそう言うのなら十分開発も最終段階で良いのでしょうね。爺や」
「は……ゴライアス様もお喜びになられるかと」
「この車はゴライアス家が主導して?」
「ええ……かつて勇者カイトが遺した機械の情報を開発するのはゴライアス家が主導しているの。どうしても非魔術の物や自律的に動かすわけではない、ということだったから……そこから更に技術を修練し飛躍させるのは他の家も手伝うけどもね」
流石に機械文明の産物たる自動車を完全に魔道具のみで再現するのは無理があるか。カイトはシレーナの言葉を聞きながら、やはり興味深い様子で車内を見る。
「ふむ……かなり大味な再現かな……いや、しょうがないのかもしれないが」
「どういうこと?」
「勇者カイトがいつの時代のいつの存在かはわからないが……少なくともオレが居た地球だとAI……アーティフィシャル・インテリジェンスが車に搭載されていた。それが無いんだ」
それ以前に当時のオレが車に明るくなかったのが原因といえば原因なんだろうが。カイトはそう思いながら笑う。
「それは……仕方がないでしょう。そもそも彼は貴方達の時代より前の存在なのだから」
「そうだな……少なくともオレ達よりは前の時代だろう」
「ちなみになのだけど、どういう点が改良出来そう?」
「そうだなぁ……」
シレーナの問いかけにカイトは改めて自動車を見る。とはいえ、考えるまでもなかった。
「加速と減速の所かな。制御がかなり甘い。ここの制御の自動化が出来れば、スムーズな発進や停止が出来るようになる。少し前からだが……地球の自動車にはそこらの最適化を自動で行うシステムが搭載されているそうだ」
「どれぐらい前から?」
「さ、流石にそれはオレにもわからないよ。そういうコマーシャルが流れてたから知ってるだけだ」
これについては嘘はない。流石にカイトも自動車の歴史の詳細まで把握しているわけはなく、いつこういった高性能化がされてきたのか、なぞわかるはずもなかった。
「そう……」
「が、それで言わせて貰えれば十分地球の自動車にも匹敵する性能を持っていると言って良いんじゃないかな。量産化がされれば馬車や竜車に次ぐ第三の足として十分に選択肢に入ってくるだろう」
「そうなるように開発を進めているそうよ……馬車は兎も角、流石に竜車に完全に取って代わることが出来るわけじゃないでしょうけど」
地球でそうであるように、おそらくいつかは自動車が馬車に取って代わることは想像出来る。だが竜車には竜車の利点が存在していた。それは竜車は竜種が引くという点だった。
「どうしても竜車の安全性は馬鹿に出来んか」
「速度じゃ勝るけれど、その点だけは勝ち目ないでしょうね。更に言えば悪路を進むにもまだまだ技術が足りていない、というのがゴライアス家の見立てらしいわ」
「そりゃそうだ。大本になる地球でだって悪路に弱いのは自動車の欠点として存在しているからな」
ぬかるんだ地面に足を取られ自動車が動けなくなる。そんな話はよく聞く話だ。それに対して竜車は竜の力で大半の悪路を踏破出来る。最悪は飛翔すれば若干の無茶も可能だ。
が、自動車にそんな機能を保有させるとなれば飛翔機を搭載するしかないが、そうすると量産性が一気に悪化し、費用も高くなる。他にも竜には迎撃が可能だが、自動車にそんな機能はない。完璧な代替にはなりそうになかった。
(三百年、か……影響を受けたのはマクダウェル……いや、皇国だけではないか。ヴァルタードの電車を思い出すね)
ヴァルタード帝国はこの三百年で路面電車を完成させつつあったし、あちらに至ってはすでに実際に運行も開始されている。こちらも同じように自身の影響が出ていると思うと納得が出来ようものだった。そんなことを思っていたからか少し遠い目をしていたカイトに、シレーナは不思議そうに問いかける。
「どうしたの?」
「ん。ああ、いや……実は少し昔なんだがヴァルタードに行ったことがあってな。あっちにも勇者カイトの遺した情報を基に作られたものがあるんだ」
「電車のこと?」
「知ってたのか」
一応、ここは皇国ではなく大陸でも西側寄りな魔術都市『サンドラ』だ。なので皇国より遥かにヴァルタード帝国に近い位置にあるのだが、それでも異大陸に違いはない。知っていたことにカイトは驚きを隠せなかった。これに、シレーナは笑う。
「あれの開発に『サンドラ』も一枚噛んでるらしいわ。この自動車にもその技術の応用がある……そうね。詳しくはゴライアス家でもないとわからないけれど。興味があるのならアネモスに聞いてみる?」
「いや、良いよ。オレは技術者じゃないから聞いてもわからないだろうし……幾ら時間に余裕が出来たからとそこで時間を割いて貰うのも悪いしな」
「そう」
シレーナとしてもカイトが良いならそれで良いらしい。特段押すつもりもなかったのか、この会話はこれで終わりとなる。と、そこに先の老執事が口を開いた。
「そういえば天音様。この自動車ですが、何かその他に改良点はありますでしょうか」
「改良点、ですか? そうですね……ああ、そうだ。一つ重要な点があった」
「「重要な点?」」
「ヘッドライトとテールランプが無い。ヘッドライトは最悪良いかもしれませんが、テールランプは必要かと」
首を傾げる老執事とシレーナに、カイトははっきりと断言する。言われて思い出してみたのだが、この自動車にはヘッドライトもテールランプもなかったのだ。ヘッドライトは最悪隠れているだけかもしれないし魔術でどうにでもなるかもしれないが、テールランプだけはどうにもなりそうになかった。
「テールランプ……ですか。それは如何なる物なのですか?」
「自動車のお尻……背後の左右に取り付けて、後続車に自分がどういう動きをするか、というのを報せる役割を持つ物……という所でしょうか。例えば左だけが点滅するのなら左に曲がる。右なら右……様々な意味を信号で示すんです。他にも赤ならブレーキとか。複数台で走ることを考えれば必要になる」
「なるほど……ではヘッドライトは?」
「夜道や暗い通路で前方を照らす物です。それと共に対向車に先と同じく自分の行動を示す物も取り付けます」
「「なるほど……」」
確かにこれは今のこの自動車には無い視点だ。シレーナも老執事もカイトの指摘になるほど、と納得する。どうしてもこの自動車は一台、ないしは数台しか作られておらず、あくまでも試作品に留まっている。数百台が一つの街を行き交う場合のことなぞ考えられていないのだ。
「勿論、そうなると全ての国、街で共通したルールを作らねばならないことも事実ですし、こんな重量物だ。運転するにも地球じゃ免許が必要だ」
「免許制度については資料から『サンドラ』でも現在思案しております。ご心配なく。その際には、おそらく天桜にも意見を伺いに参るかと」
「そうですか。それなら、良いでしょう」
一応身分を偽装して日本の運転免許は取得しているカイトだ。日本の交通規則は一般的な免許取得者と同程度には理解している。なのでその面から助言することは可能だろうし、こういった地球の水準のことを話し合いたいからこそ、『サンドラ』も数年後を見据えて今回の体験授業を企画している。カイトとしても拒む意味はなかった。というわけで、そんな彼に老執事が告げる。
「今のお話。旦那様にしていただけますでしょうか。旦那様も興味がお有りかと」
「お望みであれば」
老執事の申し出に、カイトは快諾を示す。そうしてその後もしばらくの間は地球や『サンドラ』に関することや魔術に関すること等を話しながら、カイトは久方ぶりに自動車に揺られて到着までの時間を過ごすことになるのだった。
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