第2446話 魔術の王国 ――専攻――
魔術都市『サンドラ』にて数年後の交換留学に向けた事前準備の名目で体験授業を受けることになったカイト。そんな彼は初日を特別問題無く終わらせたわけであるが、放課後になりシレーナからの呼び出しを受け生徒会室にやってきていた。
というわけで、呼び出された用事も終わった後。カイトは昨日と同じくシレーナ達の手伝いを行っていたわけであるが、その最中に完全に興味本位でルークへと問いかける。
「そういえば……ルークさん」
「なんだい?」
「専攻はなんなんですか? 確か第八等で卒業論文も書き終えた、ということでしたよね?」
「ああ、そういえば君には言ってなかったね。君の所の瞬くんには教えたんだが」
あはは。ルークはカイトの問いかけに楽しげに笑う。先にも言われていたが、基本的に教導院では第七等の末からは専門の教員の下で専門分野の習得に励むことになる。なので彼にも専門があるはずだった。
「さて……どうしても、というなら教えてあげないこともない」
「「……」」
「うん。エテルノとシレーナの視線が痛いけど、無視だ……どうかな?」
「別にどうしても、というわけじゃ……すいません。教えて下さい」
どこか落ち込んだ様子を見せるルークに、カイトは空気を読んで問いかける。なお、その際エテルノとシレーナが小さく頭を下げていたことが印象的だった。というわけで、空気を読んだカイトにルークが笑う。
「良し。じゃあ、その代わりその畏まった口調はやめてくれ。あまりそういうの、好きじゃなくてね」
「はぁ……別にその程度だったら対価に出さなくてもお望み通りにするんだが」
「良し……じゃあ、答えよう。私の専攻は異なる世界の魔術だ……まぁ、君達日本人風に言えば異なる星の魔術、と言っても良いだろうね」
「異なる星の魔術?」
とんでもない内容が出たぞ。カイトはルークの語る内容に思わず目を丸くする。というより、おそらくエネフィアで彼の周辺を除いてこんなことを言ったのはルークが初めての可能性さえあった。そうして、そんな彼が僅かに真剣な顔で語る。
「ああ……本当に極稀に、なんだけれど……古代の文明の史跡で見付かる魔術に既存の魔術体系には一切共通性が見いだせない魔術があるんだ。それがなぜそこに記され、何を目的として記されていたのか。それは誰にもわからない……故に私は異なる星の魔術なのではないか、という推測を立てていてね」
「なるほど……」
もしかしなくてもルークは天才なのかもしれない。カイトは彼が語る内容が真実である可能性が非常に高いと理解していた。それは彼自身が『外なる神』に関わればこそだった。故に彼もここからは『外なる神』に関わる戦士として、僅かに真剣な顔で問いかける。
「何か論拠はあるのか?」
「勿論だとも。そうでないとこんな荒唐無稽な笑い話にもならない話を出来ないさ……論拠は簡単に言えば共通点が見出だせたことかな」
「共通点?」
「ああ……これは論ずるより見てもらった方が早いかな……ちょっと待ってくれ」
ルークは一度判を押す手を止めて、異空間の中から何かのノートを取り出す。それは謂わば研究ノートと呼ばれる物で、彼が研究路に備忘録のように使っているものだった。そうして彼はペラペラと数枚ページをめくり、一つ頷いた。
「……良し。危険性が低い物だと、これが良いだろう。これを見て欲しい」
「それは?」
「さっき言ったエネフィアの魔術体系には共通点が見出だせない魔術だ……カイト。君はこの魔術を見て、どこの魔術かわかるかい?」
「……」
ルークの問いかけに、カイトは一度しっかりと魔術を解析する。ルークはああいったものの、本当にこれがエネフィアの魔術体系に属していないかはわからない。もしかすると彼が知らないだけで、カイトにはわかることがあるかもしれなかった。が、さしもの彼も即座に音を上げることになる。
「……だめだ。どこの魔術か一切わからない……勿論、オレとて全ての魔術体系を知っているわけじゃないが……」
「だろう。これは古ラエリア文明に属する遺跡から発掘された魔導書の紙片に記載されていたいくつかの魔術の一つで、これだけどうしてか他の古ラエリア文明の魔術とは全く違う構造を取っていた。これはよくある制作者の違いとは決して言い得ない差異と言えるだろう」
「ルナリア文明などとの共通点は?」
「無論、それはいの一番に調べたさ。が、そんなものはなかった。ただし、同じ様にルナリア文明に属する遺跡で見付かった既存の魔術体系に属さない術式は除いてね。こういった風に、各地で見付かりながらその共通点を持たない魔術同士ではなぜか共通点があるのさ」
カイトの問いかけに対して、ルークははっきりと明言する。そうして、そんな彼にカイトは問いかけた。
「ちなみに、それはどんな魔術なんだ?」
「それはわからない……この魔術のもう一つの共通点として、こういった魔術の発動に成功した者がほとんど居ない点が上げられる。何かが足りないことはわかっているが、その何かがわからないんだ」
ルークはそう言うと、魔術に刻まれている妙な空白を指差す。ここに本来は何かが刻まれることになるのだが、それがわからないことには発動は出来ないようだ。それにカイトはその周辺を見て、なるほどと納得する。
「この形状は……鍵……? 何か符号にも見えるが……」
「ああ。そこは学者達の間でも議論の分かれる点でね。これを鍵と捉えるか、空白全体を含め符号と捉えるか……私は前者を取っている派閥だね」
「オレもそうする……が、そうなるとここに何がはいるか、だが……」
「それがわかれば、苦労はしないよ」
カイトの問いかけにルークは首を振る。そういうわけで少し真面目な話をしたわけであるが、ここらで良いだろうとルークは気を取り直す。
「まぁ、それは良いか。兎にも角にもそういうわけで、今後は高等教導院に進学して更に各地の遺跡で見付かった古い魔導書を調べようと思っていてね。『サンドラ』の高等教導院の格があれば、多くの学術機関に協力を求められるからね」
「なるほど……確かに古い魔導書ほど、厳重に管理されているからな。流石に単なる学生の身分じゃ閲覧さえきついか」
「そういうことだね。貸し出しになればまず無理だろう」
カイトの理解にルークは嬉しそうに笑う。『サンドラ』の高等教導院は教導院という学校の体裁は取りつつも、かなり名の知れた専門機関としても知られている。学生であれど、下手な研究機関より申請は通りやすかった。それがマグナス六賢人の末裔であれば、なおさらだろう。と、そんなルークにシレーナが告げた。
「その前に、先輩は留学先の提示をお願いします。せっかく進学が認められているのに、留学出来てないと意味無いですよ」
「確かに、そろそろ決めないと。まぁ、冬までには決めるから安心しておいてくれ」
「何かアテがあるの?」
どうやら生徒会長として掣肘したものの、まさかの返答でシレーナも思わず素に戻ってしまったらしい。驚いた様子で問いかける。これにルークは答えた。
「んー……まぁ、少しね。この間までは未定だったんだが……一つ思ったことがあってね。ちょっと留学に向けて何が必要か調べている所だから、追って申請の手伝いを頼むかもね」
「わかりました」
基本的に高等教導院への進学のために必要な留学には教導院が最大限サポートすることになっていた。なのでシレーナも生徒会の役目としてそれを受け入れたようだ。そうして、その後は改めて生徒会の手伝いを行うことになり、カイトのこの日の放課後は終わることになるのだった。
さて放課後の生徒会の手伝いを終えて少し。カイトは改めてティナとの話をしていたわけであるが、そこで彼は先程の驚きを彼女へと語っていた。
「ということがあった」
『ほぉ……並外れた魔術の腕を持っておると思うておったが。『外なる神』に気づく才覚を持っておったか。面白い』
カイトからの話を受けて、ティナが興味深いと笑う。この『外なる神』というのは所謂地球で言う所のニャルラトホテプやヨグ・ソトースなどの俗に言うクトゥルフ神話で語られる存在だ。その魔術は当然のことだが地球のどの技術体系とも一致しない未知の技術や魔術を使われており、地球のどの魔術系統とも合致しなかった。そうしてそんなことを思い出したティナであったが、それ故にと話を進める。
『とはいえ……やはり古くはこのエネフィアにも『外なる神』がおった痕跡があったか』
「わかりきった話だと思うがね……奴らは世界の誕生から存在する最古の神だ。居ないはずがない」
『それは言い切れぬ……とも言い切れぬか』
「奴ら自身が各世界に同じ様な存在がいる、と言っていたしな。何より世界達が人類の発展を望む以上、試練は与えるだろうというのは自然な流れだ……古くは神々がその役目を担ったが。それも神話の時代が終わった時点で終わりだった」
ティナの言葉に対して、どこか遠い過去を見るように遠くを見ながらカイトもまた同意する。
『ま、そりゃ良いわ。兎にも角にも気になるのは彼奴らの陰が出た時点で、一つに絞れよう』
「奴らが今どこでどうしようとしているか……か?」
『然り。お主がお主であり続ける限り、彼奴らが現れぬ道理はあるまいて』
「……」
ティナの指摘に対して、カイトは一度だけしっかりと自らの手を見つめる。そうして呼び出すのは、<<星の剣>>だ。
「こいつを持つ限り、『外なる神』からは逃れられんか」
『天地開闢の剣。願い叶えし万能の神具。世界を切り裂く刃。世界を侵せし毒……如何様にも言われる正真正銘の『世造魔道具』が一つ……そして真なる王を定めし選定の剣』
「真なる王……ね。如何なる者なのかニャルラトホテプ達さえ知らない真の王。その者だけが持てるとされる<<星の剣>>……」
そしてこれを手にする者を育てるのが、不条理の権現とも言える『外なる神』の真の役割。カイトはいつかニャルラトホテプ達『外なる神』から聞いたことを思い出す。
そしてそれは即ち、彼が<<星の剣>>を持つ限り如何なる世界でも『外なる神』と関わらない可能性が無いということに他ならなかった。故に、ティナは忠告する。
『気を付けよ。ああして『外なる神』に勘付く者が現れた以上、彼奴らは必ず何処かで干渉してくる。それが何時、どのような形になるかは余にもわからぬ……じゃが』
「わかってるさ……二つの世界を行き来して……それでも手に入れたいものがあると決めたんだ。覚悟なんて遠の昔にできている」
二つの世界を渡り歩き、愛した者たちを幸せにすると誓ったのだ。ならば、たかだか『外なる神』の干渉程度で怯むつもりなぞなかった。故にカイトは<<星の剣>>の柄を握りしめる。
「……託されたものがあるのなら、か」
いつかソラに告げた言葉を、カイトは少し自嘲気味に呟いた。そうして、彼は握りしめた<<星の剣>>から力を抜く。そんな彼はどこかため息を吐くように呟いた。
「……こんなもの、託してほしくはなかったんですけどね」
『……諦めよ。託された以上は、の』
「……」
どこか諭すように告げるティナに、カイトはわずかに呆れるように、自嘲するように笑う。これもまた託された物だ。ならば、それを含め覚悟を決めるべきなのかもしれなかった。が、それはまだ今ではなく、未来の話だった。故に彼はその後は一日の疲れを癒やすことにして、<<星の剣>>をしまうのだった。
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