第2445話 魔術の王国 ――放課後――
数年後を見据えた研究に協力するため魔術都市『サンドラ』に招かれ、サンドラ教導院にて体験授業を受けることになったカイト。そんな彼は第七等の必須科目を受けていた。
そうしてアルトゥール・アストラというマグナス六賢人の子孫の一人からの魔導書の講習を受けた後、更に数時間。放課後になった所でカイトは一旦部屋に戻ってティナと話をしていた。
「魔導書の話は久しぶりに聞いてみるとそう言えば、と思わされる点が多かったな」
『ま、そうじゃろうな。ここらは余にとっては当然と言えることであるが……お主のように近接戦闘を主体とする者にとってはあまり馴染みの無い話ではあろうて』
アルトゥールの講義であるが、基本的にはやはりティナにとっては常識としか言い様のないものだったようだ。先にティナ自身が言及していたように聞いたことのない魔導書以外についてはほぼほぼわかりきった話で、なんだったら彼女が授業をやっても良いぐらいであった。なお、彼女も招かれ本当に講義をやったことはあるらしい。
『にしても……あのアブデルをお主が討っておったのか。相当強い魔術師じゃったろうに』
「あれ? オレ言ってなかったか?」
『はっきり聞いた覚えは無いような気はするのう。何かのおり、さらりと話しておったかもしれんが』
ここら堕龍討伐の話はカイトもあまり身内にはしていない部分だ。当人が恥じているため、語ろうとしないことも大きい。さらりと流された所為でティナも気に留めていなかった可能性は大いにあった。というわけでその話になったこともあり、カイトはそういえばと問いかける。
「そういや、その父親のグザヴィエ。お前追ってたんだっけか? アイナからそんな話聞いた気がする」
『うむ。余がまだ魔王じゃった時代にのう。まだ国際警察なぞ無い時代じゃったが……グザヴィエは各地で相当な被害を出してのう。ラグナや皇国の要請を受け魔族領でも捜索を行っておった』
敢えて講習で出されるぐらいには有名なのだ。グザヴィエとアブデル親子は相当危険視されていたらしい。魔導書もそうだが、彼らが作成した魔術はその大半が禁呪扱いとなっていた。
「で、それが回り回ってここで、か」
『そうじゃのう。因果と言えば因果なものじゃ……ま、もう死んだ奴の事を言うても仕方があるまい。一応確認じゃ。確実に殺ったんじゃな?』
「オレが大鎌でやった。あれで死んでないとは、思わないな」
『大鎌……あれか。そういや、何があったんじゃ?』
あの当時のカイトは基本見境無しに旅をしており、アブデルの討伐に関わる要素はほぼほぼ無い。それが何故関わったのか。ティナにはそれが気になったようだ。
「どうってことはない。単に殺しにくい相手だからってんで神器持ちだったオレが紹介されたってだけだ。オレの方も用があったんで、お互いの利害が一致ってなってオレが殺す事になった。流石に奴さんも死神の鎌持って来られるとは思ってなかったみたいで、ほうほうの体で逃げようとしていたが……」
『逃さなかった、か』
「まぁな。で、あえなく首と胴体がおさらば……じゃなくて心臓に鎌をぐさりってわけ」
『む?』
「首チョンパより心臓の直刺しのが本当は効果あるんだよ……難しいんだけどさ」
首を傾げた様子のティナに、カイトは少しため息混じりに笑った。
『ま、良いわ。取り敢えずお主がやったなら確実じゃろう』
「そう思ってくれて結構だし、もし生きてたらオレがまた殺す。それだけだ」
『まぁの……で、それはさておいて。『神の書』か。面白い話をするものじゃな』
どうやらもう死んだ奴だし、カイトが大鎌を振るいながら仕損じるとは思っていない様だ。ティナは今度は楽しげに笑う。
「なんだ、いきなり」
『いやのう。先のアストラ家の講義じゃ。『神の書』……確かに魔術師たらば知っておいて損のない単語じゃ……関わるか否かは別にしての』
「そりゃ、『神の書』は最高位の魔導書に与えられる俗称だ。魔術師なら知っておくべきだろう……手に入るかは別にして」
ティナに応ずるように、カイトもまたはっきりと明言する。と、そんな彼にティナが笑う。
『察し悪いのう。お主の其奴ら。『神の書』と思われておらんか?』
「あー……確かに『神の書』は遺跡以外じゃ神々から直で貰うしかないもんなぁ……まさか暗に警告してくれたのか?」
『それは知らぬよ。が、偶然にしては些かタイミングは良かろう?』
「……まぁ……そうはそうだが……」
ティナの指摘に対して、カイトは訝しげだ。無理もない。今回の講習はかなり昔から計画されていた物だ。変える事は難しかった。
『ま、良い。どうにせよ来たら叩き潰すし、来ねば来ぬで良い。そうじゃろ?』
「あいあい……っと」
『なんじゃ?』
「生徒会から呼び出しだ。内容はわかるがな」
部屋に備え付けられた内線が鳴り響き、カイトは立ち上がる。そうして彼は呼び出しに従って生徒会室へ向かうのだった。
さて生徒会室に訪れたカイトであるが、彼を待っていたのはやはりシレーナだった。といっても放課後なので生徒会役員達も揃っており、それぞれがそれぞれの仕事を行っていた。
「ごめんなさい、授業も終わったのに来てもらって」
「いや、構わない。大凡の要件はわかってるからな」
「へぇ?」
「一日受けてみてどうだったか、だろ? 学院側から聞けって言われてるだろうからな」
「御明察」
カイトの問い掛けにシレーナは笑う。この時点で為政者としての才覚は彼女も認める所であり、当てずっぽうとは思わなかった。故に彼女はそのまま問いかける。
「で、答えは?」
「面白いは面白いな。色々と知れなかった事が知れて。どうしてもオレは剣士だ。魔術には明るくない」
「貴方で明るくないならウチの生徒は大半が明るくないでしょうね……」
はぁ。シレーナは今日一日を世話役で過ごして、カイトの器用さを理解していた。故に彼の魔術師としての腕が剣士のそれとかけ離れていることも理解しており、唯々呆れるばかりであった。
「そうか? 『神の書』の話や各時代の魔術の特色など、どうしても専門じゃない分野やその筋の一般常識にはまだ理解は浅い。理解が間違っている部分も少なくはなかった」
「そう。そう思って貰えたなら何よりでしょう」
確かに言われてみれば、カイトが納得や驚いたりしている所は所々であったかも。シレーナはそう思い、これに納得する。と、そんな彼女はそういえば、と問い掛ける。
「そういえば『神の書』と言えば……ルーク先輩」
「ありがとう、話を振ってくれて。気付かれてないかと思ってたよ」
「敢えて言わなかっただけです……まぁ、丁度良かったから良いですけど。『神の書』と言えば継承が近いんじゃないでした?」
「ああ、ウチのあれかぁ……」
「『神の書』があるんですか?」
どうしよっかなー。そんな様子を見せるルークに、カイトは驚いた様子を見せる。これにルークは笑った。
「伊達にマグナス六賢人なんて言われてないよ。六賢人は一人一冊ずつ『神の書』が開祖マグナスから継承されていてね。今でも各家の当主はそれを継承しているのさ。だからそれらの『神』を『マグナスの六神』とか言うね」
どうやらシレーナが話に出すぐらいだから、本当に隠すつもりはないようだな。カイトは自身の問い掛けに隠す事なく明かすルークにそう判断する。実際、これは有名なのでカイトも知っていた話だった。
「ということは、それを継承するんですか?」
「しないといけないんだろうねぇ」
「いや、しなさいよ……アストラ家で大揉めしたの覚えてるでしょ」
「あれは弟さんが欲を掻いたからだよ。アルトーゥルさんは悪くないさ。それどころか自分で魔導書を記せる領域にまで到達したんだ。私はアルトーゥルさんを尊敬しているよ」
「ちょ……」
「言わないだけで皆わかってることさ」
自身の問い掛けをきっかけとしてあれやこれやと話し合う二人に、カイトはそんなものかと思う。
「ま、それはさておき。カイトくん。君の魔導書は『神の書』じゃないのかい?」
「まさか。流石に『神の書』じゃない……と思いますよ。自分じゃまだ全ての力を使いこなせていませんが」
「そうか……ま、『神の書』なんて滅多に無いものだからねぇ……使いこなせる魔術師がどれだけいることやら。父上も使いこなせてないしねぇ」
ルークはカイトの返答をさほど不思議に思わなかったようだ。特に興味もなく、話題を終わらせる。そんな彼に、シレーナは問い掛けた。
「で、改めて。ルーク先輩……何しに来たんですか? さっきからポンポンと何かを押してますが」
「いや、書類仕事の手伝いだよ。アネモスには許可は取ってる」
「……」
「す、すみません……ハンコを押すだけなので……つい」
「はぁ……まぁ、良いでしょう」
ルークが見た目や優雅さに似合わぬ意外な強引さを持ち合わせている事はシレーナもよく知っている。なので彼女は自らが選んだ副会長の判断を信じる事にする。
それにしているのは精査済みの書類にハンコを押すだけの作業で、量が多い癖に単調で手間になる作業だ。シレーナ自身後回しにしていた作業で、これぐらいなら良いかと思ったようだ。
「で……それと何をしに来た、という質問はリンクしていません。何をしに?」
「暇潰し」
「ぐっ……」
「まぁまぁ……」
ああ言わないとおそらくシレーナ側に遠慮が生じてしまうだろう。カイトはそれを察すればこそ、ルークの言葉に僅かに青筋を立てたシレーナを若干笑いながら制止する。
そして彼女も今は猫の手も借りたいほどに忙しいのはわかっていた。故に、愚痴の言葉をぐっと飲み込んだ。
「はぁ……じゃあ、言った以上はお願いします。それとあまり仕事を奪わない様に。先代があまり出しゃばられても体裁が悪い」
「わかっているさ。『展覧会』が終われば、手出しはしないよ」
忙しいのは全て『展覧会』があるから。それを知っているルークはそう言って笑う。と、いうわけで再度仕事に取り掛かるシレーナであるが、ふと疲れたようにため息と共に愚痴がこぼれ落ちる。
「はぁ……にしてもなんで教導院も今の時期にわざわざ……」
「シレーナ」
「っと……ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。オレがその立場でもそう言いたいからな」
若干強めのルークの嗜めの言葉にハッとなって自身に謝罪したシレーナに、カイトは笑って理解を示す。実際、巻き込まれた形のシレーナや当代の生徒会役員達からしてみれば、なぜこの一年で最も忙しい時期に体験留学なぞ、と文句の一つも言いたいことだろう。
しかも急に決定だ。教導院からしても自分の首を自分で締めるにも等しかった。が、それは彼女らの事情であり、カイト達には関係のないことだった。
「ありがとう……それで、その……」
「わかってる。オフレコにしとく」
「ありがとう」
カイトの返答にシレーナはかなり恥ずかしげに礼を述べる。というわけで話はこれでおしまいとなり、ほぼカイトが居る理由も失くなったのであるが、流石にこれから外に出るわけにもいかない。なので彼はそのままルークと共にシレーナ率いる生徒会の手伝いを行うことにするのだった。
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