第2439話 魔術の王国 ――精霊の導き――
魔術都市『サンドラ』に招かれ、数年後の交換留学を目指した体験授業を受けることになったカイト。そんな彼は最初の授業として自身が得意とする精霊学の授業を受けることになっていた。
というわけで同じく精霊学を得意とするシレーナと共に臨んだ授業であったが、それは教師をどこかの名のある精霊として、彼女の作り上げた迷路を攻略するというものだった。
そうして迷路の攻略を開始して少し。シレーナとのツーマンセルで臨んだ攻略であるが、場に満ちる小精霊達の助言により他の班員を見つけることから始めることになっていた。
「ふ……む……」
やはり系統としては大神殿と同じか。カイトはモヤに似た魔物を切り捨て、この場に確信を得る。
(この迷路はやはり概念的には大神殿で臨む契約者の試練に酷似している……ということはやはりこれらは全て魔物を模した存在か。概念的には守護者……の亜種と言っても良いかもしれないな)
学生達はどこまで勘付いているだろうか。カイトはこの場の特殊性を感じながら、そんな益体もないことを考える。と、そんな彼にシレーナが告げた。
「うーん……やっぱり物理攻撃担当が一人居ると便利ね」
「いつもは居ないのか?」
「居ないは居ないわね……精霊魔術の授業でそれ以外を使おう、っていう発想がどうしても無いから」
カイトの問いかけに対して、シレーナはどこか困ったように肩を竦める。とはいえ、これについては彼女が言うことが正しいだろう。精霊魔術の授業で精霊魔術以外の魔術を使おうとする、なぞ授業を何だと思っているのだ、と言われても不思議はない。
「まぁ……確かにそれは否定はせんね。魔術師に肉体労働を期待するってのも間違ってるだろうし」
「そうねぇ……」
「だが、あると便利は便利だぞ。精霊魔術の利点は術者の手がフリーになる、って点だからな。せっかく空いた手を使わない道理はない」
それは確かにそうだ。シレーナは改めて精霊魔術の利点を説かれ、今まで自分達がその意味では利点を上手に活かせていなかったと認識する。
「うーん……そう言われるとそれもそうなのよね……武術、学ぶべきなのかしら」
「さてな……が、高名な精霊魔術の使い手は武術に長けた者も少なくない。釈迦に説法だが」
「そうね……実際、思い当たるだけでも妖精族のユリシア・フェリシアや古くはエルフのトロネルラは武術にも長けていた、って聞くわね。弓ならハーフリングのマクガイア兄妹も優れた精霊魔術の使い手だし……勿論、伝説の勇者カイトも精霊学の第一人者でありながら武道家として有名ね」
言われてみれば。カイトの言葉にシレーナはユリィ達のことを思い浮かべ、何ら一切武芸に関心を示してこなかった自分達の不明に少しだけ恥じる。特にカイトなぞその好例と言えた。なので彼女も少し術者が何か出来ることを考える切っ掛けになってくれたようだ。
「そういうことだな……実際、精霊達の補助魔術は倍率が高いことも利点だろう。シレーナの場合せっかく三体も居るんだから、全部を攻撃一辺倒にするんじゃなくてバランスを取っても良いんじゃないか?」
「確かに……別に全部攻撃に割り振らなくても良いわね」
カイトの指摘にシレーナは自分を取り巻く三体の精霊達を見る。基本的に彼女はこの三体に同一の行動をさせている。一体一体別々の行動をするより三体で共鳴させて攻撃を放つ方が強いからだ。<<共鳴魔術>>と同様の理論だ。
が、別に同じことをさせなくても良いし、それぐらいは普通に出来るのが彼女の腕前だ。というわけで、カイトの指摘を受けて彼女も試してみる気になったらしい。
「うん。少し補助魔術を使って身体能力上げてみましょう。補佐、頼める?」
「勿論」
シレーナの要請に対して、カイトは快諾を示す。というわけで今までの遠距離重視の行動から彼女は若干中近距離の戦い方へ変更してみることにする。が、これは慣れぬことで、はじめは動くこともままならないことになってしまう。
「うわっととと……ちょっと慣れないわね」
「まー、そりゃそうだ。一朝一夕で慣れられたらオレ達の立つ瀬がない」
「あはは……」
とりあえず敵は今の所見当たらなかったため、シレーナはカイトに並走する程度で走ってみたらしい。が、当然近接戦闘を行う者としての身体能力を有するカイトに並走するとなるとそれ相応の速度を出さないとだめで、慣れぬ速度に急停止などは上手くいかない様子だった。とまぁ、そんな感じで少し駆け抜けたわけであるが、それも理由があってのことだった。
「……やっぱループしてそうだな」
「みたいね」
カイトとシレーナが見たのは、壁に貼り付けた小枝だ。とりあえず他の班員と合流するべく移動していた二人であったが、どれだけ進んでも一向に人の気配はしていない。それを怪しんで目印を付けておいたのである。というわけで、再度戻ってきたスタート地点に二人は一度精霊達に問いかけることにする。
「精霊達よ」
「力を貸して」
カイトとシレーナは共に周囲に漂う精霊達に向け、現状を問いかける。それを受けて、精霊達が現在の状態を教えてくれた。
「なるほど……やはりこの霧でループさせられているのか」
「となると……この霧をなんとかするしかなさそうね。どうする?」
「どうする、ねぇ……」
この迷路に満ちる霧はどうやら<<無垢の霧>>とは違うらしいな。カイトは魔術を使うことが出来る状況からそう推測する。そしてそうなれば、魔術による解析は可能だった。
「さて……どうしたものかね。まずはこの霧を解析しないことにはどうしようもないが……類例、何かご存知は?」
「残念ながら……霧で覆われていたことがなかったわけじゃないけれど、こういったループは初ね。本当に今回は難易度激変しちゃってるわ……まぁ、今まで一度も同じ魔術を使われたことが無いからいつも初見攻略みたいになっちゃうんだけど」
どうやらこの霧がどういった類の物なのかはシレーナも知らないらしい。というわけで、ひとまずカイトは攻略の指針を定める。
「シレーナ。解析を頼めるか?」
「貴方は?」
「大規模に動員をかける。おそらくこいつは中、上位の結界だ。解析したとて生半可な力じゃ破れん」
「了解」
確かに大規模に精霊達を動員するなら高位の精霊からの加護を持つカイトの方が長け、解析などの精密作業なら精霊を付き従わせている自分の方が上。シレーナはカイトの判断が正しいものと判断し、その指示に従うことにする。
というわけで、解析に取り掛かったシレーナに対してカイトは自身の権能を使い周囲の精霊達を動員。結界の解除に向けた支度に入る。
(さて……上位の結界の解析。お手並み拝見、と行こうじゃないの)
当たり前であるが、カイトである。学生向けの結界なぞ即座に解析を終わらせていた。というわけで彼はそれに必要なだけの精霊を呼び寄せ、後はシレーナの解答を待つことにする。その一方、シレーナは精霊達の目を借り受け、自分達の周囲を満たす霧の解析を行っていた。
(この霧は……水属性と風属性の複合……かしら。水で視界を制限。風で流れを惑わし……いえ、それ以外にも光と闇属性の力も含めて……)
なにこれ。いつもよりかなり気合の入った結界に、シレーナは思わず内心で困惑する。とはいえ、客が来ているのでいつもより気合の入った迷路を、というのは最初の時点で言われていたことだ。
そして曲がりなりにも名にし負う『サンドラ』の教導院の生徒会長なのだ。シレーナはこの程度何するものぞ、と自身もまた気を引き締める。
「……見えたわ。水、風複合の結界。更に光と闇で覆っている……わね。解除するなら……」
「精霊達に直接送ってくれ。こちらはそれを統括し、最適な解除の術式を組み上げる」
「了解」
ここら、精霊魔術のもう一つの利点と言えた。精霊魔術は精霊を介して魔術を発動する物だ。故に別の術者が解析した結果を精霊達に預けることでまた別の術者が展開することも容易だったのである。というわけで送られてきた解析結果を精霊達が最適な形に組み上げ、それをカイトが起動させる。
「はっ!」
ぱりんっ。カイトの気合に合わせ発動した魔術により、周囲を満たしていた霧がまるで潮が引くかのように一気に吹き飛ばされる。そうして完全に霧が晴れることはなかったものの、数十メートルに渡り見通しが良くなった。そしてそれと同時に、壁の一部の偽装もまた晴れた。
「これは……」
「壁が……」
「なるほど。霧が壁を偽装していたのか。この壁もまた魔術で編まれた物だからな」
唐突に現れた分かれ道に、カイトはなるほどと納得する。無論ただ見えなくされていただけではなく、高濃度に圧縮されて霧自体が壁になっていた可能性は大いにあった。どうにせよ、霧を晴らさねば次に進めなかっただろう。
「……とりあえず、この先に行ってみる?」
「ひとまず、それで良いだろう……上手く行けば合流出来るだろうしな」
おそらくループから抜け出せたおかげでこのまま進んでも別の所に進めるだろうが、兎にも角にも当初の予定どおり他の面々と合流することが先決だ。
というわけで、カイトとシレーナは壁に出来た穴を通って一つ横の通路に出ることにする。が、壁は相当分厚いものだったのか、先は暗く見えなかった。と言っても、カイトもシレーナも精霊達の目を借りることで暗闇でも問題なく行動出来た。
「……出れたな」
「途中何も無くてよかったわ……」
「そうだな……道中、何か仕掛けられていた様子は見えたか?」
「いえ……少なくとも何かされた様子はなかったわ。本当に分厚いだけの壁……みたいね」
怖いのは暗闇で何かを仕掛けられていて気付けなかったパターンだ。なので二人共精霊達の目を借りてしっかり確認しながら進んでいたのだが、どちらも何も見付けられなかった。
「さて……どうするかね」
「こっちも……あ」
「どうした? あ」
何かに気付いた様子のシレーナの声で背後を振り向いたカイトであるが、彼もまた背後にあったはずの入ってきた穴が失くなっていることに気が付いた。無論出た先はカイト達が居たはずの通路と同じ霧で満たされており、同じようにループさせられてしまう可能性が高そうだった。というわけで、シレーナは解析の準備に取り掛かりながらカイトへと要請を行った。
「カイト……また動員お願い。それと可能なら周囲に誰かいないか確認も」
「りょーかい」
どうせやることは決まっている。なのでカイトは周囲の精霊達を動員しながら、シレーナの要望に従って周囲の人影が無いか確認するべく精霊達に問いかける。と、そんな彼らが行動に入って少しだ。シレーナの解析が終わる少し前に、唐突にカイトが口を開いた。
「シレーナ」
「何? まだ解析は終わらないけど……術式が少し異なってるから、解除の術式も組み換えが必要で」
「ああ、それは良い……どうやら丁度オレ達が立っている場所の近くに別の誰かが居るらしい。少し次元が歪められているな……移動していないことは確かだが……向こうが何をしているかまではわからない。休んでるなら良いが、こっちと同じことをしていると面倒だ。少し離れよう。出会い頭に敵と誤認されるのも嫌だからな」
「りょーかい」
誤認されて攻撃されるのは困る。そう判断したシレーナはカイトの指示に従い、その場から少し移動して何者かが居ると思しき場所から距離を取る。と、そんなことを言っているとシレーナ側が行動に入る前に、霧が晴れた。
「「っ!」」
「待った!」
「ストップ!」
こちらはわかっていたが、案の定相手側はわかっていなかったらしい。唐突に現れた人影に相手生徒側が咄嗟に攻撃行動に入ろうとしてしまっていたのを、カイトとシレーナが即座に制止する。と、そんな二人の声で、相手もカイト達に気が付いたようだ。
「天音くん」
「会長……」
どうやら現れた二人は千早と生徒会の役員だったらしい。共に顔見知りであったことから、即座に警戒を解いてくれた。そうして、カイトとシレーナはひとまず今回の班員に合流することに成功するのだった。
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