第2436話 魔術の王国 ――初日――
都市国家である魔術都市『サンドラ』に招かれ、サンドラ教導院にて体験学習を行うことになったカイト達。そんな彼らであったが、ひとまず初日は生徒会長のシレーナ達からの案内を受け、更にここから二週間に渡る講義の取得予定を決定する。
そうして決定したわけであるが、そこで口を挟んだゲンマ達とティナが魔術に関する談義を行ったことにより去るに去れず、となっていた。が、流石にいつまでも終わらないことを受けて、カイトは一旦自分を除いた他の面々には帰らせていた。
「貴方も帰って良いと思うのだけど……」
「流石に発端はオレに問いかけられたんだ。その当人が居なくなっちゃまずいだろ」
「あ、あはは……」
確かにそうと言えばそうだが。シレーナはカイトの返答に乾いた笑いを浮かべる。そもそもティナがゲンマとの話し合いに乗ったのはカイトが乗せたからだ。現状もう必要が無いだろう、と思われても去るわけにもいかなかった。と、そんな彼女にカイトが問いかける。
「……何か手伝えることはあるか? 流石に手持ち無沙汰だ」
「えーっと……特に無いわね。強いて言えば……してくれるのなら資料を取ってそれを片付けてくれれば、という所かしら」
「まぁ、それぐらいか。それなら必要になったら指示してくれ。上から回収して指定の場所に動かそう」
「上から?」
「魔糸を使えるんでな」
ふわり。カイトはシレーナの机の上にあったペンを魔糸で回収してみせる。この程度の動作なら一人で数十人分の仕事をするのも造作もないことだった。
「魔糸得意なの?」
「武芸者なら基礎技術だからな……まぁ、その中でもオレは上の方らしいが」
「へー……」
実のところ、魔術師より武芸者達の方がこの魔糸については長けている者が多かった。魔術も魔術で繊細な所は多いが、武術は魔力を武器に通したりと魔糸に通ずる技術が使われている所が多いらしい。
なので武芸者や武闘家達の方が魔糸を使いこなしていることが多かった。が、逆に武術が下火の『サンドラ』ではあまり知られていないことだったようだ。意外そうというか初めて知った、というような様子があった。とまぁ、そんな一幕を挟みながらも夕方ごろまでカイトは生徒会の仕事を手伝う。
「あ、天音さん。すいません、三番の棚の二段目から資料取ってください」
「これですか?」
「あ、それです。どうも」
「あ、こっち五番の三段目から……」
はじめは遠慮がちだった生徒会役員達だったが、やはり楽だとわかるとすぐにカイトに頼るようになっていた。カイトとしても暇つぶしには良かったし、何もせずにこの場に居座るのも居心地が悪い。なのでどちらも持ちつ持たれつという所であった。そんな彼を見て、アネモスがシレーナへと告げる。
「彼……すごい腕ですね」
「みたいね……あ、カイト。次こっちの資料を二番の一段目。で、三段目から青いファイル」
「あいよ」
「ふぁー……」
シレーナの指示通りの資料が浮かび上がり、入れ替わりに棚から別の資料が浮かぶのを見てアネモスが僅かに感嘆の声を漏らす。
「あれ、外でも相当な剣士ですよ」
「でしょうね……魔術師としても相当な腕でしょう。ウチでもトップクラスの領域……じゃないかしら。それで言えばあっちのティナさんも相当な腕みたいだけど」
なにせこのカイトが彼女に助言を求めたのだ。そして彼女はその時点ですでに答えさえ導き出しており、更には今はゲンマの術式の改修作業に手を貸している。どちらが魔術師として上か、なぞ考えるまでもなかった。
「多分あっちはウチで上位数人の領域でしょうね。天才……で良いでしょう。分野は……」
ふと気になったので、シレーナはティナの取得した講義を確認する。こちらについてはティナがゲンマとの話し合いに熱中し提出してくれなかったので、カイトがそっと回収した物だ。一応ティナもこれで良い、と言っていた――念話で聞いた――らしいのでこれで確定として良いのだろう。
「魔導書……関連の講義が多いわね。後は……最先端の技術。まぁ、元々技術者ということだから当然なのでしょうけど」
ティナの取得する予定の講義は彼女が先にカイトに言っていた通り、その全てが魔術の開発者を目指す魔術師が取得する講義ばかりだ。カイトと共に本屋を見て回るつもりなので放課後に近いコマは空けている様子だが、それでもカイトよりタイトな時間割を組んでいた。
「天才はどこの世界にも居るもの……なのかしらね」
「……」
そういう会長も精霊学においては天才と謳われるんですが。アネモスは内心でそう思う。ちなみに、であるがアネモス自身も才能は当代きってのゴーレム作成の腕を持つと言われており、他人の事は言えなかった。そんな彼女にふとシレーナが思い出したかのように視線を向けた。
「あ、そうだ」
「なんですか?」
「えーっと……あったあった。えーっと……楓さんがゴーレム作成の講義を取得予定だから、お世話はよろしくね」
「あ、それですか。わかりました」
シレーナはすでに一通り提出された取得希望講義の一覧に目を透しており、楓がゴーレム関連の講義を取得することを把握している。なのでゴーレム関連に長けたアネモスに世話係を依頼することにしたようだ。
「えーっと、ほかは……」
基本的にカイト達は教導院が招いた形だ。なので生徒会にも全面的なフォローを行うように、という指示が出ており、取得講義に応じて生徒会役員を補佐役として配置する必要があった。
というわけで、それからしばらくの間シレーナは生徒会役員の取得する講義とカイト達が希望した講義をすり合わせ、誰に誰が世話役として最適かを考える。が、そうなると彼女一人でも厳しい所があったので、カイトの力も借りることになっていた。
「そう……ありがとう。となると……うん。これで良いかしら」
「そうか。お役に立てたなら何よりだ」
「良し……」
カイトの助言を受けながら世話役を定めたシレーナは出来上がったリストを即座に印刷機に掛け、プリントアウトする。それをカイトへと手渡した。
「これが貴方達の世話役のリスト。基本的にこのリストの世話役が講義において補佐するから、何かがあったらこっちに伝えてね」
「ありがとう……オレは君なのか」
「精霊学の取得が多かったものね」
彼女自身も言っていることであるが、シレーナの得意分野は精霊学。カイトも今回は精霊学を取得予定にしている。しかも共にトップであったことから、何かがあった時に話もしやすいと判断したようだ。
「それに伴って、精霊学を受ける上での必須科目とかも取得していたから……基本私が取得している講義を取っていることが多かったのよ」
「まぁ……そりゃそうか。精霊学だし」
「精霊学だものね」
カイトもシレーナも揃って半ば肩を竦めるように笑う。どうしても精霊学は特殊な分野だ。座学にせよ実習にせよどうしても取れる者はそれに合わせた講義を取得することになってしまう。
結果、シレーナと同じ様な時間割となってしまったのであった。というわけで、その後は誰に誰が世話役なのか、という所を聞きながらカイトはしばらくの時間を過ごすことになるのだった。
さてティナがゲンマの魔術の改良に時間を費やして更に数時間。夕食も食べて各々がひとまず荷物整理に勤しむことになったタイミングだ。カイトは魔糸、ティナは使い魔達に荷解きを任せ、二人は一旦は作戦会議を行っていた。
「で……ティナ。さんざんっぱら好き放題したんだから収穫はあったんだよな?」
『うむ。面白い術式を構築しておるな。あれは相当出来る魔術師になるぞ。将来が楽しみじゃのう』
「んなもん聞いとらんわ」
どうやらティナは先程の一幕がいたくお気に召したらしい。上機嫌な彼女に対してカイトは盛大に呆れ返っていた。そんな彼に、ティナは告げる。
『わーっとるわ。見極めはきちんとしておる……結論から言えば高確率で外れじゃ。どこかから入れ知恵されておろうが、それが何処かという所になろうな。おそらく近い所に組織はあろうが……ゲンマ当人は関わっておるまい』
「論拠は?」
『当人の術式に他者の魔術を流用した色がなかった。ありゃ、自力で編んでおるな。一応、参考や有益な部分を持ってきておる部分はあるが……あれは簒奪などをして作れる術式ではあるまい。きちんと学び、時間を掛け理解……習得し初めて成し得る領域じゃ。とっちらかったような色は無い』
とっちらかったような、ね。カイトは目下一番可能性のあった人物がハズレとなってしまい、深い溜息を吐いた。そうして、彼が口を開く。
「はぁ……つまりはごちゃまぜ感が無いと」
『そういうことじゃな。収奪を行う魔術師に多いごちゃまぜ感……そこらはお主なればよくわかろう』
「うるせぇよ」
ティナの指摘にカイトは笑う。カイトは魔術ではないが、武術に関しては他者の想念や残留思念を読み取って自らの物としてしまう特殊技能が存在している。
無論、これは収奪ではなく本来の持ち主の武芸を記憶した武器がその記憶を譲渡する形だ。だがそれをいくつも多用するとティナの言う通りごちゃまぜに近い武術となり、異質な戦士が出来上がるのである。そういった異質感が無い、というわけであった。
「とどのつまり、収奪に傾き過ぎて自らの物に出来ていないというようなことが無いってわけだろ?」
『そういうことじゃのう。ありゃ、ほぼ自分の考案した術式で構築されておる。故に改良もすぐに出来たし、改良した術式もすぐに自らの物としとる。天才……とまでは行かぬが秀才や英才の領域じゃろうて』
「自分の物でない魔術は、か?」
『そういうことじゃな。汎用的な魔術であればできようが……特に各家が独自で開発した魔術は汎用性が無い代わりに一族が使うに最適な構築をする。それの解読や流用は一朝一夕には出来ん。自分の物にしようとすれば、更に時間は掛かる』
カイトの問いかけに対して、ティナははっきりと首を振る。これは彼女自身も不可能だと言い切るし、彼女で不可能な時点で並み居る天才達も不可能なことだ。それは誰より彼女と長い付き合いのあるカイトもまた理解していた。
「となると、相当厳しいな……いや、ヘクセレイの次男坊が敵でないとわかっただけ儲けものか」
『そうじゃのう……シレーナに関しては論外と言うて良いから、ひとまずお主は自由に動けようて』
「流石に他人の物を奪うことに大義は無いか」
『無かろうな』
シレーナの使う精霊魔術。これは何より精霊に気に入られる必要があり、精霊達は悪い事をする魔術師には懐かない。なので精霊魔術を使う悪い魔術師というものは存在せず、悪い魔術師と言われてもそれは単に人の善悪に当てはめての善悪に過ぎなかった。
が、得てして人の悪は害意などの良くない感情に起因することも少なくなく、そういった感情を多く保有する魔術師には懐かない。結果、他人の物を奪うような悪い魔術師に精霊魔術は使えないことが多かった。というわけで、現状手がかりはほぼ無い、とカイトは判断する。
「ま……それなら後は相手の出方を伺うか」
『それで良かろう。別に仕掛けて来ぬのなら仕掛けて来ぬで問題はないしのう』
別に叩き潰して欲しい、と言われてはいるが叩き潰さねばならないわけではない。ついでに可能なら叩き潰して欲しい、というだけだ。それに潰すにしても大々的になるとカイト達にも不都合だ。仕掛けてこないなら、こちらから動くつもりは一切なかった。というわけで二人はしばらくは相手の動きを待つことにして、初日を終えることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




