第2435話 魔術の王国 ――談話――
数年後を見据えた研究に協力して欲しい。そんな要請を受け魔術都市『サンドラ』に招かれたカイト。そんな彼は『サンドラ』が誇るサンドラ教導院にて二週間の体験学習を行うこととなっていた。
というわけで、初日を構内の視察と翌日からのカリキュラム作成に当てた一同であったが、それも終わり一旦解散となっていた。が、そんな彼は横で相変わらずの談義を繰り広げるルークとゲンマを見て頬を引き攣らせる。
「……飽きませんね、よく……」
「あんなものですよ。兄はそもそも研究者肌なのでああですが、ルークはルークでああ見えて意外と魔術は好きですからね」
あーでもないこーでもない。ああすればここが悪化し。でもそうしなければここが悪い。魔術式を浮かべそんなある意味では堂々巡りにも聞こえる会話を幾度となく繰り広げる二人に、シレーナが少し呆れ気味に笑う。
一言で魔術師と言っても多種多様だ。ああいった学者肌の魔術師も居るし、フィールドワークを好む魔術師もいる。はたまた珍しいのでは魔術を道具としてしか考えていない、魔術使いと一般には呼ばれる者だっていた。と、そんな二人はふとこちらの用件が終わったのを見て、話をこちらに振ってきた。
「ああ、終わったのか……そうだ。カイトくん」
「あ、はぁ……なんでしょう」
頼むから専門的なことをこっちに振らないでくれよ。どちらかといえば魔術使い側に近いカイトはルークの視線にそんな内心を抱きながら先を促す。が、そんな彼の淡い願いは早々に打ち砕かれる。
「君はこの術式についてどう思う?」
「これは……また緻密な魔術式ですね……」
向けられた魔術を見て、カイトは思わず顔を顰める。組み込まれている魔術式は十や二十ではない。数千までは至らないだろうが、数百は優に上回る高度な魔術だった。それをカイトは一度しっかりと確認する。が、すぐに彼は音を上げることになった。
「これは……うん……? いや、だが……ティナ。お前の意見も聞いて良いか? ちょっとわからん」
「良いぞ。といってもまぁ、おおよそお主が考えておる点はわかる。この四方と中央に刻まれておる空白であろう?」
「ああ。この空白をどう読み解くか。四方はまだ良い。が、中央が問題だ。中央の空白……それに応じてこの魔術の意味合いは変わってくる。はっきりと言ってしまえば最も重要なコアが無いんだ」
何百という魔術式が刻まれながらも生じている妙な空白に、カイトは何か妙な違和感というか気持ち悪さを感じていた。そしてそんな彼の言葉に、すでにこの魔術式の用途などを見抜いていたティナははっきりと頷いた。
「正解じゃ。であれば、なぜないか。そこに視点を当てるべきであろうな……そしてこれを読み解くのであれば、重要なのは空白の周囲。そこに目を向けるべきじゃな」
「空白の周囲……? だが中央は……あ……四方には条件式が組まれているな。これは……あ、そうか。なるほど……条件は八つ。そしてこれは……なるほど。各属性に対応するのか。であれば……」
「「……」」
すごいな。ルークもゲンマも並の魔術師では何時間掛かっても解き明かせないような魔術をたった数分で解き明かすカイト達の腕に思わず舌を巻く。
とはいえ、これはどちらかといえばティナの手腕に対する驚きが強かった。確かに見抜けるカイトの目も確かだが、それを踏まえてもティナはすでにこの術式がどういう意図でどういうために作られたのかを理解しているのだ。天才と言えるだけの才覚だった。
「……んー……おおよそはわかったんだが、この四方の点は何だ? 点対称の位置にこれと繋げられそうな痕跡はあるが、だからこそわからん。これをどうすればあちらに繋げられる?」
「それは簡単よ。この術式そのものが球に変形する。ほれ、この弱い接合部。これが可変し、くるりとまるまるんじゃな」
「あー! そういうことか! で、これは小さくなって……あ、なるほど。ほー……面白いな」
「うむ、面白い。惜しむらくは、というのであればいささか条件が多すぎる所であろうな。即応性には優れまいて」
「確かになぁ……」
面白い術式。そう評価したティナであるが、同時にこの魔術のマイナス要素も見抜いていたようだ。それにカイトも全体を見てそう判断するしかなかったようだ。そんな二人に、ルークが笑った。
「あははは。ゲンマ。二人はどうやら僕らが考える以上に腕利きらしい」
「みたいだ……ご令嬢。よろしければ忌憚なき意見を聞かせて欲しい」
どうやら今の一幕でティナの意見は傾聴に値すると判断したようだ。ゲンマが一つ問いかける。
「先に言っていた通り、この術式の最大の難点は即応性……即座に展開出来ない点にある。確かにこれは戦闘向きの魔術ではないのでそれを気にする意味合いは薄いのだが……何にせよ遅いというのは見過ごせないデメリットだ。何か無いだろうか」
「であれば、先にそこのルーク殿が仰られていた通りで良かろう」
「ほら」
「うるさい」
どこか子供のように嬉しげなルークに、ゲンマは嗜めるように掣肘する。そうしてそんな彼がやはり、という顔で問いかける。
「であればやはり、若干簡素にするべきと」
「しかあるまい。確かにこの術式は多目的に使え、持ち運びの利便性にも優れている……が、いささか術式は煩雑で不必要と思しき点は少なくない。余は流石にかの伝説のユスティーツィアではないので簡略化が得意というわけではないが……それでもこれに無駄が多いことはわかる」
ゲンマの言葉にそう言うと、ティナは浮かべられた魔術式に対して映像の丸を当てはめる。
「まずこの可変領域。確かに弱い接合を組ませることで離れぬようにしておるが、これの所為で条件が更に増えておる。ならいっそこの接合部を無くして……」
「っ! なるほど……確かにこれなら……」
「いや、それならこっちをここまま直接……」
「そうか……確かにな」
目から鱗が落ちる。そんな様子でティナの解説を受けたゲンマは目を見開き、その場で改良を加える。そうして一つ消したら、後は連鎖的に色々と消えていき更にそこで生まれた点に改修を加え、更にルークが口を挟んだ助言を受け、と矢継ぎ早に改修を加えていく。というわけで研究者達の会話であるがゆえに置いてけぼりを食らったカイトがため息を吐いて首を振る。
「……なんていうか……すいません。あれ、多分全部終わるまで終わらない。ウチのは面倒見が良いのと魔術には一家言あるせいでなぁ……」
「ううん。良いの……ウチのもそうだから」
「「……はぁ」」
カイトとシレーナは揃ってため息を吐く。一応言うが、ここは生徒会室。そしてここで魔術の改良を行っているのは生徒会役員でもない三人だ。ルークとゲンマも先代、先々代の生徒会長なので関わりが一切無いか、と言われればそういうわけでもないがそういう話ではないだろう。
「ま、まぁ……うん。一応そういう人が来る、っていうことはわかっていたから、単に間が悪かった……という所と思うわ」
「そうしてくれ……っと」
「ああ。良いわ、それで。別に同い年だし」
カイトの返答にシレーナは肩を竦め苦笑混じりに笑う。彼女としても真面目一辺倒の少女ではないらしく、特に気にした様子は本当になかった。というわけで、カイトも良いかとそうさせて貰うことにした。
「そうか……なら、そうさせてもらおう」
「ええ……ああ、そうだ。一応だけど取得した講義の一覧、見せてもらえる? 後で教導院側に提出しないといけないから」
「ああ、どうぞ」
別にこれを見られて困るわけではなかったため、カイトは普通に取得予定の講義の一覧をシレーナへと提示する。これにシレーナは意外感はさほど得なかった。
「そう……まぁ、妥当といえば妥当なのかしら」
「そりゃ、授業である以上奇を衒うわけにもいかないさ」
「ふーん……」
カイトの取得講義であるが、先にティナと話していた通り基本は魔導書に関する講義と精霊学だ。そこに加えて一つ二つあまり有名でない講義を取っているぐらいで、一日一度ぐらいは空白があった。
「……あまり積極性が無い……?」
「うるせ」
「ふふ……まぁ、それで良いでしょう。比較的午後に空きがあるのは意図的?」
「外を見て回りたいんでね。下手に遅い時間の講習を取得したら見れなくなる」
「それなら別に土日でも良いんじゃない?」
確かにカイトの考えもわからないではないが、シレーナの言う通りそれなら別に土日でしてしまえば良い。が、これにカイトは首を振った。
「二週間後には『展覧会』があって、もう帰りだ。今週末だけでなんとかなるなら良いんだがな」
「あ……そっか。結構タイトな日程だものね……」
すっかり忘れていた。シレーナはカイトの指摘にそう言えばと思い出す。なお、先に生徒会役員が集まっていたのもそのためだ。『展覧会』では教導院の生徒も多く参加するため、生徒会も全面的に協力を余儀なくされるのである。無論、シレーナも『展覧会』には参加予定だ。と、そんなシレーナであったが、カイトの言葉に目を丸くする。
「……って、出るの?」
「? 出て欲しい、と言われたんで出る予定で来たが」
「誰から?」
「スオーロさんから、だが……腕試しでどうか、と」
「兄さん……」
また勝手に。どうやらシレーナはスオーロがそう言っていたことを知らなかったらしい。頭を抱えるような様子を見せて盛大にため息を吐いた。そんな彼女に、カイトが問いかける。
「え、えーっと……出ない方が良いか?」
「ああ、良いわ。どうせ手続きはまだ終わってないし。貴方達の名前をそこに入れておくだけで良いわ……でも兄さんが言うなんて珍しいわね」
「そうなのか?」
「あのやる気無しのぐーたら兄を見ればわかるでしょ?」
「いや、あの……ほとんど話してないんだが……」
シレーナは身内には辛辣らしい。カイトは呆れ返る彼女の問いかけに困ったように笑うだけだ。
「そう……でもスオーロ兄さんが勝手にそんなことを言うわけもないから、教導院からかしら……」
誰でも良いけど一声掛けて欲しいわね。どこか憤慨するような様子でシレーナはこの土壇場で増えた仕事にそう愚痴る。
(教導院さえすっ飛ばして、何かしらの意図が働いたのか。教導院を介したのなら生徒会が把握していないはずがない。もしかしたら、スオーロその人が裏に属している可能性もあるかもしれんか)
誰が裏で暗躍しているかは定かではないが、どこかに教導院にさえ影響を与えられる何かしらが存在していることは事実だ。確かにスオーロの可能性は低いだろう、とは言ったもののそれが確定としているわけではない。十分に有りえた。
「ああ、ごめんなさい。兎にも角にも、手続きはこっちで全部やっておくわ。ただ全員出るわけもないでしょうから、出たい人は明後日までに申請を出すようにしてください」
「わかった……全員、今日明日中に答えを出してシレーナ会長に伝えておくように」
「「「はい」」」
カイトの指示に、ティナを除く全員が応ずる。どうせティナは最初から出るつもりは一切無いのだ。彼女には伝える意味はあまりなかった。というわけでそんな話をしながら、シレーナは他に面々の講義の一覧を確認する。と、そんな中で楓の講義一覧を見て僅かに興味を見せた。
「……あら。ゴーレム作られるんですか?」
「ああ、いえ……作ったことは無いんですが、ゴーレムは比較的聞くのでどういったものか知っておくべきかな、と。『サンドラ』のゴーレムは有名ですから」
「なるほど……確かに言われてみれば当校はゴーレムにおいても一家言あります。ぜひ、学んでください」
楓の返答にシレーナは一つ頷く。彼女としても精霊達が居るのでゴーレムや使い魔の必要性はさほど無いのであるが、実家ではゴーレムに簡易な仕事を代行させている。あまりに一般的だったのでそれが常識ではないことを失念してしまっていたのだ。そうして、そんな形で気になった点については一人一人に聞いていき、最終的にシレーナの承諾が降りて教導院側に提出されることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




