第2433話 魔術の王国 ――案内――
魔術都市『サンドラ』に存在するサンドラ教導院。そこに研究の一環として招かれたカイト達であるが、到着して荷解きを行い教導院の生徒会長シレーナと副会長のアネモス。先代の生徒会長ルーク、による案内を受けることになっていた。
というわけで一旦荷解きを終えて他の面々より一足先に集合場所の談話室に入ったカイトであったが、そこにはすでにシレーナとルーク、そしてルークのお付きであるエテルノが待っており、彼らとの間で教導院での生活や魔術に関する談話を行いながら他の面々の集合を待っていた。
が、それも暫くすると全員が集まって講義など先にカイトに話された内容がさっと説明された所で、改めて談話室から出ることになっていた。そうして少し遅めの昼食を摂った後。一同はカイト達第七等、瞬とルークの第八等、アリスら第六等の三つに別れて教導院の中を案内されていた。
「では、ここからは私単独で案内します。まず今後最も多く利用することになるだろう実習場への門へ案内します」
「門?」
特殊な実習場というのがあることはカイトもこの教導院が縦長の構造をしていることからおおよそは想像していた。が、門で移動とはどういうことかあまりわからなかった。というわけで、彼の問いかけを受けたシレーナが教えてくれた。
「門は簡易の『転移門』……という所ですがそこまで高度な物ではありませんし、移動先は教導院が保有する異空間です。基本、魔術の実習は異空間を用いて行います。そこに移動するのに、というわけですね」
「異空間……広さは?」
「分野に応じて様々、でしょうか。私や貴方の精霊魔術であればその属性に応じて精霊も異なりますので、最も移動先が多くなるので注意してください」
「ほぅ……一つ一つで持っておるか。名にし負う『サンドラ』というべきか」
「ありがとうございます」
ティナの称賛にシレーナは一つ礼を述べる。一応魔術に特化した学校であればこうやって各分野の魔術を使いやすくする実習場を持っている所は少なくない。が、それでもこの教導院のように精霊魔術だけで単独、しかも属性ごとの異空間まで保有しているのは非常に稀だった。
「それ以外にもゴーレム作成の工房や大規模魔術の実習場など、必要に応じて指示があると思いますので門の前にある地図でどこに行けば良いか確認しておいてくださいね」
「地図……もらえたりは?」
「部屋に張っていますし、よく確認している生徒も居るので並んで見てください」
「了解です」
シレーナの案内にカイトは一つ頷いた。そうしてそんな話をしながら歩くこと暫く。地下一階へと降りる階段を降りてすぐが、シレーナの言う門だった。
「この下、地下一階が丸々門のある階層になります」
「ここが丸々?」
「ええ」
こつんこつんこつん、と人気のない階段を降りながら、シレーナは驚いた様子のカイトへと一つ頷いた。というわけで階段を降りてすぐに巨大な広間が現れた。
「これは……確かに門ですね」
「どうしても異空間への出入り口を安定させることを考えると、概念的な関係もあり門の形になるみたいですね。これについては私も専門外なので下手なことは言えませんが」
「ふむ」
見えたのは無数の門がある大広間だ。どうやらこの空間そのものも歪んでいるらしく、教導院の一階部分の広さより遥かに広かった。
『ティナ。お前昔これ見たのか?』
『見たは見たのう……が、相変わらず面白く素晴らしい物じゃ。まず空間の歪曲を行い、数キロにまで拡張。更にそこに異空間への『転移門』を拵え安定させる。言うは易く、行うは難し。余がまだ王位であった頃にここを拵えた魔術師とおうたことがあったが……やはりあの御仁の建築は素晴らしいのう。あの戦乱の最中に失われたのが惜しい……が、かの御仁のシェルターがなければ今頃『サンドラ』はなかったじゃろうて』
どうやらティナが称賛するぐらいの建築士がここの空間を構築したらしい。が、同時に彼女は三百年前の戦乱でその建築士が逝去していたため、少しだけ口惜しげだった。と、そんなことを念話で話しながら地下一階に降り立った一同に、シレーナが告げる。
「ここが、門のある大広間です。基本、この看板の地図を見ればどこがどこに繋がっているかわかるようになっています」
「この模様みたいなのは?」
「各門がどこに繋がっているか、というのをわかるようにしたマークのようなもの、でしょうか……精霊学ならフェアリーの絵に各種の属性が意匠として彫られています」
「なるほど……」
他にもゴーレムなら典型的なゴーレムの絵が描かれていたり、どうやら見てわかるようにされている様子だった。とはいえ、その数は本当に多く、思わずリジェが口を挟む。
「……まさか、これの中から探すんっすか……?」
「ええ……もし難しいならダウジングなどで探しても良いですよ。流石にこの中から目視で探せ、は幾らなんでも無理ですからね」
「……そっすか」
何でも魔術なんっすね。リジェはそんな言葉をそっと胸にしまい込む。とはいえ、彼がそう言いたくなったのも無理はなく、地図に刻まれている刻印の数は数十では桁が到底足りない数だ。間違いなく数百はありそうで、ティナに言わせれば魔術都市なのじゃから当然じゃろう、という塩梅であった。
「まぁ、さほど見回って意味があるわけではありませんが……そうですね。空いてそうな異空間を少し借りて中も見てみましょうか」
シレーナはそう言うと、異空間から板状の端末を取り出して少しだけ何かを検索する。
「……ああ、丁度精霊学の火属性の部屋が空いてますね。ここから近いのでそちらで良いでしょう」
「精霊学は近いんですか?」
「ええ。まぁ、受講生が多い分野ほど手前にありますから、それを目安にするのも良いでしょう」
精霊学は稀ではあるが、居ないわけではない。なのでシレーナは自身に馴染みがあることもあり、そこに移動することにしたようだ。そうして彼女に案内されて大広間の中を歩くこと十分ほど。赤い妖精が描かれた大きな門の前にたどり着いた。
「ここが精霊学の中でも特に火の精霊魔術について学ぶ所ですね。まぁ、精霊学において単独の属性を専攻することはまず無いのであくまでも練習用の小部屋に近いですが……精霊魔術についてどの程度御存知ですか?」
赤い光を湛える門の前に立ち、シレーナは楓へと問いかける。一番魔術師っぽいから彼女に聞いた、とのことであった。
「精霊魔術……精霊から力を借りて発動する魔術だとは聞いています」
「ええ……大雑把にはそれで大丈夫です。その特徴は?」
「精霊達の力を借りることから、本人が把握していない魔術も行使可能である点……でしょうか」
「そのとおりです。ただ、だからといって何でもかんでも使うことが出来るかと言われればそうではなく、限度はあります。そして基本精霊との相性がよほど悪い属性でない限り、どんな属性の魔術でも行使可能なのですが……」
シレーナはそう言うと、一度門を見る。そうして一つ頷いて改めてカイト達側を見た。
「やはり当人が得意とする属性などがあり、こういった専用の部屋は苦手な属性を練習するための小規模な異空間と考えてください。今は丁度授業中で個人練習をしている生徒も居なさそうですね」
こういう苦手分野の練習は基本は生徒が自主的に行うもので、この異空間は滅多に授業では使われないんですよ。シレーナは一同に告げながら、背を向ける。そうして彼女は門の横にあった台座に自らの学生証を乗せた。すると、一瞬だけ淡い青い光が放たれて小さく電子音に似たぴっという音が鳴り響いた。
「この実習場を使う場合、この横の台座に学生証を乗せてください。これで使用中か否か、というのが教導院のデータベースに記録されます……まぁ、貴方達にはさほど関係はないのですが、これで出席の記録も取られているというわけですね」
それでさっきあの板状の端末で使用しているか否かが見えたのか。カイトはシレーナの先程の行動に納得する。というわけで、カイト達もシレーナに習って横の台座に学生証を乗せた。
そうして全員が学生証を乗せた所で、シレーナが門を潜り先に消える。それにカイト達も続くのであるが、門を通って早々にカイトは顔を顰めることになった。
「っ……あっついな」
「火の属性が満ち溢れていますから……これでどうですか?」
ぱちん。シレーナが指をスナップさせると共に、彼女の周囲に付き従っていた精霊が周囲の火の魔力を抑制。それに合わせて気温が僅かに下がり、不快感もまた霧散する。こういった周囲の属性の魔力を抑制するのも、精霊を使う者だからこそ出来ることだった。
「ありがとうございます」
「はい……それでこういった異空間が教導院には数百存在しています……流石に私も全部は入ったことはありませんけどね」
「はぁ……」
笑うシレーナに対して、カイトは愛想笑いを浮かべる程度だ。と、その彼は少しだけ空中を見て一つ頷いた。
「精霊がやっぱり多いですね」
「精霊学の実習場ですから」
見えるのか。僅かに驚きながらも、シレーナはカイトの言葉に一つ頷いた。先にもティナが述べていたが、精霊が見えるか否かは当人の才覚に大きく依存する。
なので精霊魔術を使えながらも精霊は見えない、という者もある程度の割合で存在――ティナ同様に気配は感じられる――しており、はっきりと見えるカイトは稀有と言えた。というわけでそんな彼にシレーナが試しに問いかける。
「……視えますか?」
「精霊ですか?」
「ええ」
「ええ……三体居ますね」
シレーナの問いかけにカイトは隠すこともないだろう、とはっきりと明言する。これにシレーナも頷いた。
「……どうやら、当校の平均値さえ超えていそうですね。もしよろしければ本格的に留学します?」
「あははは。やるべきことを終えてから、とさせて頂ければ」
流石ティナをして精霊魔術や精霊学であれば自身を上回ると言わしめ、その分野では第一人者と言われるカイトだ。シレーナもその才覚の高さは理解したらしく、社交辞令的ではあったが冗談を交え合う。そんなこんなをしていると後ろから他の面々もやって来た。
「ここは……」
「へー……すっげー……」
「貴方も視えるんですか?」
「あー、いや、ウチはバーンシュタット家なんで。火の精霊だけは血筋柄視えるんっすよ」
驚いたようなシレーナの問いかけに、リジェは血筋であることを口にする。それにシレーナもなるほどと納得した。
「なるほど……確かにバーンシュタット家の方でしたら不思議はありませんね」
「うっす……で、ここで何を?」
「いえ、別に単に出入りの仕方の説明だけです。じゃあ、出ましょうか。時間もそんなあるわけではありませんし」
「あ、そっすか」
シレーナの言葉にリジェは思わずたたらを踏む。というわけで異空間に入った一同であったが、早々に外に出て再び教導院の中を歩き回ることになるのだった。
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