第2429話 魔術の王国 ――サンドラ――
裏で『サンドラ』の魔術師達による暗躍が行われていた一方その頃。数年後に起きるであろう天桜学園の復興とそれに伴う交流の研究に協力するべく魔術都市『サンドラ』を訪れたカイト達はというと、入国審査を終わらせようやく『サンドラ』に入国となったわけであるが、それですんなりと入国出来るようになったわけではなかった。
「……ねぇ、カイト。この人達って入国審査は終わってんのよね?」
「終わってないと入国のゲートはくぐれないからな」
魔術都市『サンドラ』であるが、この外観としては巨大なガラスのように透明な結界で覆われた巨大都市だ。そしてこれは仕方がない事なのであるが、空港は街の外にある。なので厳密にはカイト達は『サンドラ』に入国したとは言えなかった。そんな彼らが何をしていたかというと、結界の外で何故か待たされていた。
「……今私ら何やってんの?」
「『サンドラ』の結界が開くのを待ってる」
「すんなり入らせてはくれないわけね……」
せっかく入国審査は終わっているにも関わらず、どうやらまだ街には入らせてくれないらしい。が、これは都市国家特有の事情があった。
「しゃーないだろ。ここいらは都市国家だ。基本近隣の都市国家とは仲が悪い。なんで入国審査が終わってもすぐには入らせてくれないんだ……あれ」
「ん?」
視線は動かさず手で上を指し示したカイトの指先を見て、灯里はそこに浮かぶ妙な飛翔体を確認する。これが何なのかはわからなかったが、少なくとも魔道具なのではと思われた。
「『サンドラ』製のドローン、って所か。あれで怪しい動きをしてる奴は居ないか、って確認してるんだ」
「ダブルチェックってわけ」
「そういうこと。まぁ、正規の入国手続をしてる奴らにゃ関係無いが……見ての通りやろうとすれば窓口スルーして入れるからな」
空港から街までの道のりであるが、何か乗り物で移動するわけではない。普通に徒歩で移動出来る距離だ。そしてその道も舗装されてはいるのだが、物理的に壁で覆われているわけではなかった。
一応結界で万が一の襲撃には備えているがその程度で、下手に客を威圧しないようにその強度もある程度でしかない。各国の密偵であれば、観光客に混じって忍び込む事は不可能ではなかった。
「あそこで一回閉じて提出された資料に記載の無い人物は居ないか確認してる、ってわけ」
「リアルタイムで情報はやり取り出来る、と」
「流石過ぎるよ、あんた……」
「そりゃ、この程度はねー……それに入国管理のゲートの真正面に監視カメラあったの、気付いたし」
「……」
お見事です、灯里さん。カイトは内心で称賛を浮かべつつも、言葉を失う。灯里が気付いたという監視カメラであるが、これは『サンドラ』が技術の粋を集めて作り上げた小型の物だ。
カイトといった気配を読む事にかけては化け物じみた武芸者、ティナら一流の魔術師であれば気付くが灯里程度の腕の持ち主では気付かない方が多かった。事実、今回のパーティでは随一の瞬も気付いていなかった。
「あんたの洞察力は流石過ぎるっていうか……もうそこまで行くと驚異だな」
「褒めてる? ねぇ、褒めてる?」
「ほめてまふー」
いつものじゃれ合いを行うカイトと灯里であるが、丁度その頃合いでアナウンスが流れる。それは次の開門に関するアナウンスだった。
『皆様、次の開門は10時30分となります。手荷物などお忘れ物の無いようにお気をつけください』
「後十五分ぐらいはこのままか」
「基本どれぐらい時間が掛かるわけ?」
「一応、聞いた話だと9時から19時までの十時間。三十分に一回開門されるそうだ」
「ふーん」
まぁ入国審査も終わってるしあまり待たせると不満も溜まるか。灯里はそんな『サンドラ』側の魂胆を理解し、途端に興味を無くす。実際、これが正解だ。入国審査はすでに終わっていて、この開門も表向きは大人数を入れる正面玄関の結界を解除するには時間が掛かるため、となっていた。というわけで再びじゃれ合いを開始する一方、ティナはというと楓と千早の二人と話をしていた。
「本当に仲良いんだね、三柴先生と天音くん」
「あれ……一応聞いておくと良いのかしら」
「良いじゃろ。別に二人共良い年なんじゃから」
「……」
いや、それだから聞いたんじゃないかな。千早は楓のツッコミの意図を理解するも、生来の性質か言い出せなかったようだ。
「ま、そりゃどうでも良いじゃろ……兎にも角にも開門を待つ間暇じゃからのう」
それは確かに。じゃれ合うカイトと灯里であるが、その理由は単に暇だからという一言で片が付く。実際ここでこうして駄弁っているのだって暇だからと言ってしまえばそれまでだ。
というわけで暇なのでどうするか、という所であるが魔術師が集まっている以上魔術の話でもすれば良いのであるが、一応は全員が女子高生である。真面目な場なら兎も角、そういうわけでもないので適当に無駄話をして時間を過ごす事になるのだった。
さて一同がそれぞれの形で再度暇つぶしに興じて十数分。『サンドラ』側のダブルチェックも終わり、開門時間となっていた。
「カイト。これからどこへ向かえば良いんだ? あれか? 確か教導院とやらに向かえば良いのか?」
「いや、一応入ってすぐの所にある待合所に行くように指示があった。そこで迎えと合流して欲しい、との事だ」
瞬の問いかけに対して、カイトは事前打ち合わせで決まった内容を語る。今回は裏でどんな意図が働いていようとも、『サンドラ』の教導院が招いた形だ。なので宿泊施設なども全て教導院が用意してくれており、おおよそはそちらの指示に従う事になっていた。
「そうか……ということはひとまず入ってからか」
「ああ」
瞬の問いかけに頷きつつ、カイトは列に従って開門された結界から『サンドラ』へと入っていく。そうして入って、瞬はここが魔術都市と言われる理由を目の当たりにした。
「これ……は……」
「すごいわね」
端的だがはっきりとした驚愕の声が楓の口から溢れる。流石は魔術都市と言われるぐらいあって、一同様々な魔道具で溢れかえっているだろうとは想像していた。が、その想像以上だった。というわけで、同じく驚愕する千早がティナへと問いかける。
「ティナちゃん。あれ、どうやってるの?」
「あれは……ふむ……相対位置の固定でエレベーターのようにしておるんじゃな」
「エレベーター?」
千早は空中を真横に平行移動する大きな金属の板のような物体を見ながら、小首を傾げる。上には人が乗っていて、どこかに人や物資を搬送している様子だった。こんな金属の板が何十も街では行き来し、上へ下へ縦横無尽に動き回っていた。それを観察しながら、ティナはその金属の板のような乗り物について解説する。
「見ての通り、あれには飛翔機に類する物は存在しておらん。が、これまた見ての通り魔術的な刻印はかなり多く刻まれておる。ふむ……相対位置の固定で落下を防止しつつ、始端と終端の二つを設ける事でその間を行き来しておる様子じゃな」
「へー……」
「じゃあ、あっちはどうなの? ぐるぐる変な挙動を描いてるけど」
「む?」
横で千早とティナの会話を聞いていた楓の問いかけに、ティナは彼女の指差す方向を確認する。すると確かに先の金属の板のような乗り物が螺旋を描くように上に昇っていく様子があった。それをティナは観察。その原理を理解する。
「むぅ……あれも原理としては同じじゃな。始端終端を設け、その間を移動しておるようじゃ。螺旋を描いておるのは……ルート固定をしておるようじゃのう」
「ルート固定……なるほど」
それならどうすれば良いか、おおよその原理は理解出来る。楓はティナの解説に納得する。その一方、先頭を歩くカイトと灯里はというと、こちらも興味を持った物について話をしていた。
「ふーん……やっぱり魔術師多いのね」
「魔術都市だからな」
「ふーん……腕、どんなもん?」
「ピンきりだピンきり」
灯里の問いかけにカイトは僅かに目を細める。基本的な話として、魔術都市と言われる以上『サンドラ』の住人の七割は魔術師と言って良い。
残る三割だって魔術関連の仕事をしている例えば魔道具の細工師や調整を行う技術屋が大半だ。なので行き交う街の住人は基本的に魔術を使っており、普通の街では見られないような特異な光景が見られた。
「……でも結構上の人も多い、と」
「……そうだな。街でこうも多くの飛空術を見るのは滅多にないだろう」
どうやら冒険部では比較的魔術師として上位に居る自分達でもここでは平均的な領域になりそうだ。僅かに真剣な目の灯里に、カイトもまた僅かに視線を上げて頷いた。
そこでは飛空術を使って自由自在に行き来する何人もの若い魔術師の姿があり、冒険者でもなくああやって飛空術を使えるのであればかなりの腕利きや才能の持ち主と思われた。
そうして一同は様々な興味を見せながらも魔術都市の名に恥じない様々な魔道具が利用されている街の中を歩いていき、指定された待合所へと向かう事にする。
「……ここ?」
「ここ……だな。指定によると」
小首を傾げる灯里に、カイトも少し訝しみながら頷いた。やはりこうやって『サンドラ』側が客を招く事は少なくないらしく、待合所への行き方は空港から看板が立っていてよそ見でもしなければ迷う事はなかった。が、そうしてたどり着いた待合所は待合所というよりも、少し大型のカプセルが立ち並ぶ場所という方が相応しい様子の場所だった。
「なんていうか……独特ね」
「だな……えっと……五番待合所へ行くように、だったか」
カイトはスオーロが渡してくれた資料を確認し、五番と書かれたカプセルを探す事にする。幸いにして若い番号だったからか、指定の待合所はすぐに見付かった。
「これか……中には誰も居ませんよ、と……」
「とりあえず……乗っときゃ良いのかしら」
「そうなんだろうな……全員、とりあえず待合所に乗る? とりあえず乗ってくれ」
どこか乗り物にも似た形状だったから思わず乗る、と言ってしまったカイトであるが、それで良いのかわからず彼も少し困惑気味だった。というわけで彼の指示に従って全員が待合所に入る。それを確認し、カイトも待合所に乗り込んだ。
「ふむ……とりあえず座って待つか」
待合所であるが、全員が乗ってもまだかなり余裕のある半透明の青い天井で覆われた半球状の部屋、という所だろう。ちょうど壁の所には座れるような椅子もあり、中心には一つ円形のテーブルがあるだけだ。というわけで、カイトは別に立って待つ意味もないと灯里の横に腰掛けて待つ事にする。と、彼が座って少しだ。テーブルの中央が開いて、中から何かが顔を覗かせる。
「なんだ?」
『あー……あー……聞こえてますか?』
響いたのはスオーロの声だ。それにカイトが応ずる。
「あ、はい……天音です。スオーロさんですか?」
『ああ、良かった。はい……全員、大丈夫ですか?』
「え、ええ……っと」
『そうですか……では、扉付近から少し離れてください』
スオーロの指示を受けて、扉付近で座っていた面々が少しだけ扉から離れる。するとそれを受けたのか、階段がせり上がり扉が閉まった。
『皆さん、この度はよく来てくださいました。詳しい話はまた後に致しますが……ひとまずこの待合所でみなさんを教導院までご案内します』
どうやらカイトが乗り物という印象を受けた通り、この待合所は乗り物の役割も兼ね備えていたらしい。スオーロの言葉に合わせるかのように僅かに揺れると、ふわりと浮かび上がって移動を開始していた。
なお、後に聞くと教導院は外から招く事が多い上、教導院が招くとなると若い相手が多い。なので教導院行きは若い番号でなるべく迷わないようにしてくれていたそうである。そうして、そんな待合所に揺られ、一同は『サンドラ』を眼下に眺めながら教導院へと向かう事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




