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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第95章 神の書編

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第2427話 魔術の王国 ――格の違い――

 天桜学園として魔術都市『サンドラ』に招かれ、飛空艇で『サンドラ』に乗り込んだカイト率いる使節団。そこでカイトは入国審査として『サンドラ』内部で使える武器となる何か曰く付きと思しき刀一振りと、アル・アジフ、ナコトという二冊の魔導書を提出する。

 そうしてその三つに対して行われた検査であるが、幾らかの検査を経てアル・アジフが一切の調査が出来ないと判明。呼ばれた上司の取り付けたパワーアップキットを使っても検査出来ず、アル・アジフが業を煮やした事により格の違いを見せ付け、カイトの入国審査は終わりとなっていた。というわけで他の面々の入国審査を待つ間、カイトは自身の次に入国審査を行った灯里と話をしていた。


「あんた、良かったの?」

「なにが?」

「その子達……明らか真っ当な物じゃないでしょ」

「ああ、これか」


 灯里が示したのは格が違い過ぎて検査が出来なかった二冊の魔導書――そもそもナコトは検査さえなかったが――だ。これを堂々と提示してよかったのか。そんな灯里の疑念は当然の物だっただろう。そんな彼女の疑念に、カイトは少しだけ声のトーンを落として周囲に聞こえないように告げる。


「ああ、これは問題無いよ。そもそもこれは地球で手に入れたものだからな」

「そう言えばそんな事言ってたわね」

「ああ……灯里さんは桜の弟の煌士くんの事は知ってるな?」

「それは勿論。私定期的に大学であの子の研究の補佐をする、って条件で飛び級で教師してるんだし」


 以前に語られた事があったが、灯里はアメリカの大学に在学中数年分飛び級を行って日本に帰国。が、まだ飛び級が一般的ではない日本では働き口が限られていた。

 なので天道財閥とやり取りし、桜の弟にして彼女以上の麒麟児と謳われる煌士の研究の助手をするという条件で天桜学園で教師をしていたのである。ここらに関してはカイトが裏から手を回したりしていたので、彼の方が詳しかった。


「なら、一度は聞いた事があるかもしれんが……ネクロノミコンって知ってる?」

「そりゃまぁ……え、まさかそれ?」

「そ。こいつはネクロノミコン……<<死霊秘法(ネクロノミコン)>>の原典。<<キタブ=アル・アジフ>>だ」

「うへぇ……やっばいの持ってきたわねー……もう一冊はじゃあ何? ルルイエなんちゃらとか?」

「<<螺湮城本伝(ルルイエ異本)>>?」

「そうそれ」


 桜の弟はクトゥルフ神話の書物を読み漁っていたらしく、その関係で灯里も少しはクトゥルフ神話に詳しいらしい。なのでうろ覚えではあったが、<<螺湮城本伝(ルルイエ異本)>>の事も知っていたようだ。


「いや、違う……こいつはナコト……クトゥルフだと<<偽・深淵の書(ナコト写本)>>と言われる書だな」

「あー……一回だけ煌士くんがそんな名前出してたわね。地球でも最古の魔導書だとかなんとか……」

「そ。その原典がこいつだ」

「ふーん……」


 今更であるが、別に灯里その人がクトゥルフ神話に詳しいわけではない。なので実はクトゥルフ神話には<<偽・深淵の書(ナコト写本)>>の原本が存在しない事も知らず、この通りスルーしていた。そうしてそんな話をしながら待っていると瞬が順番を終えて受付を離れる。


「ふぅ……」

「どうかした?」

「あ、いえ……自分で決めたとはいえ、槍を使わないと思うと少しだけ不思議な感覚だな、と」


 <<赤影の槍(シャドウ・ランス)>>の封じられたネックレスを見ながら、瞬は灯里の問いかけに少しだけ苦笑混じりに笑う。無理もない。中学生になってから今まで年がら年中槍一筋でやって来たのだ。

 一応練習用の槍は持てるので腕は落とさないで良いのだが、武器として使う事はできなくなる。今まで槍だけしか考えてこなかった瞬にとって、まさに長年連れ添った相棒と別れるような感覚だった。


「槍使わないの? 大丈夫?」

「あ、はい……一応、こいつを主軸に戦おう、と思っていますので……」

「な、何かな、それ……」


 明らかに禍々しい様子を見せる短刀を見て灯里は頬を引き攣らせる。これは<<赤影の槍(シャドウ・ランス)>>の大本と同じ素材、同じ拵えで作られている短刀だ。

 故にその禍々しさも有しており、今の瞬では完璧にはコントロールしきれてなかった。というわけでそれを思い出した瞬は慌てて検査で外していた封印の布を取り出す。


「あ……すいません。いつもはこれで巻いてるんですが」

「ふーん……なんなの、その布」

「えーっと……すいません。詳しくは」

「カイトー」


 どうせこんな物を与えられるのはカイトやその近辺しかいないだろう。灯里はそう決め打ち、カイトへと話を振る。それに、カイトが教えてくれた。


「あいあい、解説ね。その布は……フリンの奴がナイフ渡した時に一緒に貰った物だな?」

「ああ。基本はこれ巻いとけって」

「ってことは多分、大昔にフリンが姉貴から貰った物だろう。ちょっと貸してくれ」

「ああ」


 カイトの求めを受けて、瞬はカイトへと赤い布で巻かれた短刀を手渡す。そうして受け取った短刀、というより布を見て一つ頷いた。


「こいつは『封じの布』だな。まぁ、それそのものは珍しくないが……」

「何かあるのか?」

「こいつには髪の毛が編み込まれているな」

「か、髪……?」


 流石に髪の毛が編み込まれているとなっては瞬も思わず手に取るのを躊躇ったらしい。が、これにカイトは笑う。


「それ、姉貴の前で言うなよ。打ちのめされるからな。フリンに渡された、ってことはフリンの奴は姉貴から受け取った。ってことはこの布は姉貴……スカサハが編んだ布だ。であれば髪の毛も姉貴の髪だろうさ」

「じ、自分で編んだのか……スカサハさん。何でもできるんだな」

「あの姉貴。むちゃくちゃ多彩だぞ。戦闘服も自分で作った、とか言ってたし、現代のドレスも自分で作れるぐらいだからな。滅多にやらんがな」

「「はー……」」


 ドレスさえ作れるというスカサハの多彩さに、瞬も灯里も思わず感心の声を漏らす。そんな二人にカイトは告げる。


「優れた魔術師の体毛は魔術の媒体としても使える。姉貴ほどの猛者なら十分に媒体としての役割を果たすだろう……姉貴が髪伸ばしてるのだってそのためだしな。ティナもそうだな」

「そうだったのか……」


 それで魔術師といえば長い髪が多いのか。瞬は今まで自分が見た魔術師達が男も女も長い髪が多い理由を理解し、納得する。と、そんな彼へとカイトはナイフを返却する。


「まぁ、こいつは姉貴が魔術の媒体としても使えるように拵えた特製品だ。十分、ここでの相棒として役立ってくれるだろう。大切に使え」

「ああ」


 カイトからナイフを受け取って、瞬は一緒に渡されていたホルダーで胸にナイフを固定する。と、そんな様子を見て灯里が首を傾げる。


「布巻いたままで良いの?」

「あ、はい。使う時には自動で外れてくれるみたいなので……」

「便利ねー」

「ええ」


 流石は魔術的な布というべきで、短刀を巻く布は持ち主の意思を受け――正確には抜こうという意思――自動で中身だけを外に出してくれるようになっているらしい。

 なので布を巻いたままホルダーに刺しても問題無いそうだ。なお、外れた布は手に巻きついて盾の役割にもなってくれるらしい。すべてが武具として使えるのであった。と、そんな事を話していると気付けば一時間と経過し、最後となるティナの番となっていた。


「じゃ、最後は余じゃな」

「……え゛」


 ある意味ではまたか。もしくは本当なのか。そんな様子で女係員の顔が歪む。無理もない。ティナが提示したリストにある魔導書は複数なのであるが、そのすべてが検査不能という検査結果だったのである。


「何じゃ? 別にカイトがそうである以上、魔術師としては上である余がそれ以上の品を有しておっても不思議はあるまい」

「え゛」

「な、何じゃ。その驚愕という顔は」


 女係員の凍りついた顔を見て、ティナがどこか仰け反ったように問いかける。とはいえ、女係員からすれば無理もない事ではあった。カイトでさえ異常事態と言える魔導書を二冊も従属させているのだ。それを更に多く従属させている以上、それが本当であれば耳を疑う事態であった。


「い、いえ……では、ご提示をお願い致します」

「まずこの一冊……で、十分じゃろうが」

「……」


 見ればわかる。『サンドラ』で入国審査をしている以上、女係員もかなり凄腕の魔術師だ。なればこそティナの提示した魔導書のヤバさが否が応でも理解出来た。


「大体二、三千年ほど前の魔導書じゃ。名は明かせぬが別にそこは問題ではなかろうて。後のもすべてこの姉妹というか分冊というか、そんな所じゃな」

「……お預かりします」


 触れたくない。魔導書としての圧倒的な格を理解すればこそ、女係員はティナの差し出した魔導書に触れる事を躊躇った。が、それが仕事である以上、調べねばならないのだ。意を決して彼女はティナの差し出した魔導書に手を伸ばし、しかし思わず手を引っ込めた。


「っ……」

「出来んじゃろう。そやつは神話に語られる魔術の王が記せし魔導書。魔導書に人工精霊を付与するという超常をやってのけた偉大なる先達が記せし魔導書じゃ。魔導書の格としてはそんじょそこらの魔導書とはわけが違う」

「魔導書に……人工精霊……!?」


 言っている意味を女係員は『サンドラ』の魔術師だからこそ、理解出来てしまった。そして同時に理解もする。触れられなかったのではなく、触れたくなかったのだと。


「そ、そんなの聞いた事無い!」

「が、事実じゃろうて……レメゲトン」

「呼んだか、我が主」

「はぁっ……」


 あまりに見事。あまりに素晴らしい。女係員は<<ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)>>から呼び出されたレメゲトンに思わず息を呑む。これが人工的な精霊である事は見ればわかった。が、だからこそもはや芸術の領域に到達したこの人工精霊には感動するしか出来なかったのである。

 そうして、あまりの事態に忘我していた女係員であるが、この興奮を誰かに共有したい、とばかりに本能的に先に手にとった受話器に手を伸ばした。


「せ、先輩! すごいです! 人工精霊です!」

『……』


 落ち着け、何を言っているんだ。興奮のあまり何を言っているかわからず困惑する上司に対して、女係員はレメゲトンの美しさ――この場合は容姿ではなく構成する術式――に見惚れ、マシンガンのように言葉を放つ。そうして一向に話が通じない様子に業を煮やした上司が通信を切ったのにも気付かないほどに興奮した女係員であったが、やってきた上司もまた息を呑んだ。


「お前まだやって……これは……」


 がくん。レメゲトンを目の当たりにした上司は思わず膝を屈する。女係員の上司である以上、彼もまた並外れた魔術師だった。そして経歴は他の係員以上だ。故に数々の魔導書や魔道具を見てきており、これが今までの歴史でもあり得ないほどの存在だと本能的に理解したのである。


「こ、これは何という人物……いえ! 方が作られた魔導書なのです!」

「ふん……まぁ、父の名を知らぬのであれば、聞かせよう。我が父は魔術王にしてありとあらゆる叡智を司る」

「やめよ。確かにそなたの父の名は誇るべきであり、誇って良い方じゃ。が、今の主人は余じゃ。その名を讃えるべきは受け継いだ余の役目であり、今は一介の魔導書に過ぎぬそなたがするべきではない」


 ソロモンの名を教えようとしたレメゲトンに対して、ティナはその勝手を諌める。それに、レメゲトンもまた道理を見た。


「……然りか。すまぬ、主人よ。我が勝手を許せ。少々、気を良くしてしまった」

「構わぬ……で、どうじゃ? まだ検査が必要か? 必要とあらば、これらも預けるが」

「「滅相もございません」」


 カイトの魔導書が例外に近い異常な存在であるのなら、このレメゲトンは正しく魔導書として至宝とも言える一冊だ。それと同格と思しき魔導書を異空間から取り出して横に並べるティナに、上司も係員も揃って頭を下げる。これほど素晴らしい魔導書なのだ。それが『サンドラ』と縁が結ばれた事を喜ぶだけだった。そうして、カイトと共にティナは魔導書の格を見せ付け、『サンドラ』入りを果たすのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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