第2425話 魔術の王国 ――サンドラ――
魔術都市『サンドラ』からの要請を受けて『サンドラ』に赴く事になったカイト。そんな彼は同じく『サンドラ』側からの要請を受けたルーファウス、アリスの兄妹。カイトの意向を受けたリジェ、ルリアの幼馴染二人と共に冒険部の人員を率いて『サンドラ』に赴いていた。
というわけで飛空艇での旅路を過ごしていたカイトであるが、彼はその最中に瞬へとルーン文字の教練を行っていた。が、それも勿論常につきっきりというわけではなく、彼もその横で自身がするべき事を行っていた。
「良し……とりあえず順応は問題なさそうか」
瞬の教示を行いながら自身の調整を行うカイトであるが、そんな彼は二冊の魔導書を展開。魔術師としての動きを思い出していた。ここからはやはり場所柄基本的には魔術で動いた方が良いだろう。なので持ち込んだ武器にしても魔術の使用を前提としていたり、魔術で武器を編んだりと主軸は魔術師だった。
「バルザイ……良し。アトラクナクアも問題無し……この二つが使えれば基本は大丈夫か」
「……いや、俺と比べるのが悪いといえば悪いんだが。すごいな……」
「そりゃ、魔導書持ってるからな」
やはり自身の練習の横で練習されているのだ。瞬も何か自分の参考になれば、と密かに盗み見ていたらしい。というわけで、そんな彼は自身の持つ教本と魔導書の差が少し気になったようだ。
「魔導書とこれはどういう差がある……何かまずい事でも言ったのか?」
「こーら。やめなさい」
『『……』』
明らかに威圧的なオーラが漂う二冊の魔導書をカイトは笑いながら嗜める。そうして、彼が教えてくれた。
「魔導書はこの通り自意識を持つようになった物が多い。また使用者の意思を受けて魔術の自動展開を行ってくれる等、使用者の行動の補助をしてくれる事もある。他にも使いこなせれば、無数の使い方が可能だ」
「そうなのか……もし俺も魔術を使っていくのなら一冊は持っていた方が良いのか?」
やはり魔術も育てていかねばならない、となったのだ。瞬としても魔術師であるなら一冊は持っている事が多い魔導書を保有するべきなのか、と少し気になったらしい。が、これにカイトは首を振る。
「いや、そういう事でもない。フリンも勉強で写本は持ってても原典級の物は持っていないしな」
「写本?」
「ああ、知らないでも無理はないか。写本というのは原典……大本となる一冊を手書きで書き写した物だ。例えば地球の『ルルイエ異本』という魔導書はこういった写本が何冊もある事で有名だな」
「なるほど……昔はコピー機なんて無いか」
「あー……いや、そういうわけじゃない」
瞬が魔導書といって思い浮かべたのはやはり数百年も昔に記された物だ。故に手書きで書き写されていた、と言われそう思ってしまったらしい。が、これにカイトは説明が足りなかったと首を振る。
「魔導書は現代でも基本は手書きで書き写すしかない。魔術絡みだから、一冊丸々コピーが出来ないんだ」
「……ということは全部手書きになるのか……?」
「一応、中身の文章をすべて手書きしてそこから更に電子化も考えられた事はあるが……」
「出来なかった、と」
「出来なかった、というべきなのかは判断の分かれる所だ」
苦い顔の自身を見た瞬の言葉に、カイトは少し困ったように首を振る。
「出来なかったは出来なかっただが、少し意味合いが異なる。そもそも写本をしようにも写本が出来る魔術師が必要なんだ。魔導書は自身を読めるだけの魔術師以外には中身を読ませてくれないからな……ナコト」
「っと」
カイトの言葉を受けたナコトが浮かび上がり、瞬の前に移動。それを受けて瞬がナコトの分厚い冊子を手にとった。が、そうして開いた中身は敢えて言うのであればパソコンで文字化けをするように言語さえ統一されていない記号の集まりだった。それに瞬は困惑を露わにする。
「なんだ、これは……本当にこんなのが読めるのか?」
「オレはな……ま、こんな風に手に入れても使えない、ってのはよくある話だ。だから魔導書で最も重要視されるのは相性。灯里さんが手に入れた魔導書も灯里さんとの相性が良いからこそ、向こうからやって来た。こればかりは手に入れようとして手に入れられる物じゃない」
瞬から離れたナコトを回収し、カイトは再び二冊をふわふわと浮遊させる。それを見て、瞬は再度驚きを浮かべる。
「そんな事も出来るのか」
「これも、優れた魔導書だから出来る事だな」
「へー……これにそういう力は……無いのだろうな」
「教本はあくまでも教本。ここまでの自律性は無い。そうだな。魔導書と教本の最大の差はその自律性と言っても良いだろう。それ以外にも内包する魔力も圧倒的に違う。単なる本と魔導書は色々と違うんだ」
「なるほどな……」
カイトの説明にどうやら瞬は納得したらしい。自分の持つ教本を眺め頷いていた。そうして、そんな事を話しつつカイトは時に瞬のルーン文字の教練、時にアリスへの教練と忙しなく動き回る事になるのだった。
さて一同がマクスウェルから出立して丸一日。高速艇を用意してくれていた事もあり、翌日の朝には都市国家が乱立する地域に到達していた。そんな一帯でカイトはアリスと並んで甲板に居た。
「こんな場所があるんですね」
「ああ……中々に面白い光景だと聞いていたからな。後学のため、見ておくのも良いだろうと思ったんでな」
「はぁ……」
流れていく外の光景を見ながら、アリスはどこか感心したような声を溢す。ここら一帯の街というか都市国家であるが、基本的には街一つが国家という体裁を取っている。
なので都市の構造も攻撃・防御どちらにも対応出来るような独特な構造を取っていたり、一見すると守りが一切無いように見えて巨大な結界に覆われていたり、と様々な都市の様子が見受けられた。それぞれにそれぞれの都市の特徴が、というわけなのだろう。
「この街一つ一つが国なんですか?」
「ああ……そういっても衛星都市のような街もいくつかあるから、厳密に一つの街が一つの国家というわけでもないが」
「そうなんですね……」
「何か見えるか?」
目を細め何かを探ろうとするアリスに、カイトは楽しげに問いかける。これに、アリスは一つ頷いた。
「あ……一応、地脈の流れの上にあるな、ぐらいは……」
「そうだな。都市国家の都市は基本地脈の収束地にある……その中でも最大の物の一つを押さえているのが、『サンドラ』だ」
「そうなんですか?」
「ああ……もう少しすれば、見えてくるだろう。都市国家としても最大の規模の物になる」
楽しげに外を眺めながら、カイトはアリスに進行方向を見るように促す。と、そんな所にふと声が掛けられた。
「まさか同じ船に乗ってるなんてね」
「「うん?」」
「お久しぶり、とは言い難いけれど」
現れたのはジュリエットだ。とはいえ、これにカイトは特別驚く事はなかった。
「何だ。来るとは聞いていたが。同じ便……当然か」
「でしょう」
「……こちらは?」
前から言われていたが、アリスは人見知りの気が若干存在している。なので唐突に現れたジュリエットに警戒しながら問いかける。
「<<知の探求者達>>のジュリエット・ゲニウスだ。先輩の封印具の開発・設計者でもある」
「貴方が、瞬さんの……」
「はじめまして」
一応、ジュリエットとしても初めて会う女の子には社交的な立場で話すらしい。少し警戒している様子のアリスに笑って告げるだけだ。というわけでジュリエットも並んで外を見るわけであるが、そんな彼女にアリスが問いかけた。
「えっと……ジュリエットさんは何をなさりに?」
「『展覧会』に招かれたのよ。今年も」
「今年も?」
「例年『展覧会』にはウチからも何人か参加してるから、万が一に備えて幹部の誰かしらは立ち会うのよ」
<<知の探求者達>>はユニオンでも有数の魔術師集団でも知られている。そしてジュリエットを筆頭にランクSの魔術師も少なくない。『展覧会』にも招かれる事があったとて不思議はなかった。
「ジュリエットさんもそちらで?」
「マクスウェルに居たからね。ついでに書店も寄って行きたいから、先にってところ」
今更といえば今更であるが、ジュリエットもティナと同じぐらい魔術バカだ。なので同じ様に『サンドラ』の書店は見て回りたいらしい。が、『展覧会』の後だと魔術師が多くなりゆっくり見て回りにくい、という事で早めに入るのが例年らしかった。
「で……またどえらい物を持ってきたみたいね」
「オレの切り札」
「……」
エグい品をまた平然と持ってきた物だ。ジュリエットはエネフィア有数の魔術師であればこそ、カイトの持つ二冊が尋常ならざる物である事を察したらしい。興味津々という具合であった。
「見せて」
「見れるのなら」
笑いながら、カイトはアル・アジフをジュリエットへと渡す。が、その次の瞬間。まるで拒絶するようにアル・アジフはジュリエットの手を弾き飛ばした。
「っ……生意気。けどそうでしょうとも……その領域よね」
楽しげに、舌舐めずりでもするかのようにジュリエットが笑う。そうしてまるで楽しげな雰囲気と共に、アル・アジフはカイトの手に舞い戻る。
「規格外の魔導書……またどえらい物を」
「せっかく招いてくれたんだ。これぐらいは用意してくるさ」
「そう……『展覧会』楽しみにしてるわね」
「オーライ」
挑発するかのように笑いながらひらひらと手を振るジュリエットにカイトも楽しげに笑って応ずる。その背を見送って、アリスが呟いた。
「……何をされに来たんでしょう」
「大方、オレやアリスが何を持ってきたか見に来たって所だろう」
「持ってきた?」
「武装だ武装。オレにせよルーにせよ、魔術的な物はどういうものがあるか、というのはこういう事でもないとわからないからな」
「あ……」
言われてみればその通りだ。アリスはカイトの推論に納得し、僅かに目を見開く。実際今回はルーファウスも一応は魔術を主体に動く事にしていたし、魔術師が興味を抱かないはずがなかった。と、そんな事を話しながら外を見てあの都市国家はこれだろう、等と話していると一際巨大な都市が見えてきた。
「あれは……『サンドラ』ですか?」
「だろう……な。写真で見た通りだ」
三百年前ならまだしも、今の『サンドラ』の外観はカイトも写真でしか知らなかった。なのでアリスの言葉にそう答えるのみであった。と、そんな『サンドラ』を遠目に見るアリスであるが、視力を上げたその目が何か小さい物を捉えた。
「……何か……飛んでる?」
「うん……? あれは……確かに……なんだろう」
どうやら魔術都市と言われるだけの事はあり、様々な魔道具があるらしい。カイトも遠目には何が起きているかわからない事が起きている様子だった。そうして、入る前から『サンドラ』の特殊な様子に驚きながら、カイト達は『サンドラ』入りを果たす事になるのだった。
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