第2423話 魔術の王国 ――支度――
魔術都市『サンドラ』からの要請を受けて、数年先の天桜学園の教育機関としての再興を密かに考えていたカイトは交換留学に向けた事前調査の一環として『サンドラ』に向かう事となる。
そんな彼であったが、人員の選定の最中に届いたカルサイトからの手紙を受け、ソラ達とその支援に向けた支度を話し合う。そうしてひとまずその手配等についてはソラとトリンの二人に任せ再び『サンドラ』に向かう支度を開始した彼であるが、人員の選定も終わった事を受けてスオーロに会いに行っていた。といっても理由は単純で、彼が今日戻るという事なのでその見送りという所であった。
「では、週明けにはまた」
「はい……その時はおそらく教師と生徒という立場になるでしょうが……」
「ははは……そうなるでしょうが、学年が違いますから。おそらくその立場では滅多に会う事はないでしょう」
先にスオーロ自身が渡した名刺に書かれていたが、彼は第三等主任という事だ。この第三というのは謂わば三年生という意味で、これに当て嵌めればカイトは第七等となる。流石に4つも学年が離れていれば教師と生徒として会う事はまず無いらしかった。
「そうですか。とはいえ、それ以外なら会う事もあるかと」
「それはおそらく……ああ、アナウンスが流れましたね」
おそらくそちらの面では会う事になるだろう。そう告げたスオーロであったが、それとほぼ同時に空港のアナウンスが流れ、搭乗が始まった事を告げていた。それを受けて彼は一つ頷いてカイトへと別れを告げた。
「では、週明けに。久しぶりの学生生活、楽しんでくださいね」
「ありがとうございます……では、週明けに」
スオーロの言葉にカイトも一つ笑って頷いて、それを最後にスオーロやその他今回マクダウェル領に来ていた教師達――こちらに留学生を送っていたため他にも数人来ていた――が去っていく。それを見送り、カイトもまた空港を後にするのだった。
さて空港から戻ってきたカイトであるが、彼はそのまま急いで『サンドラ』行きの支度を開始する。するわけなのであるが、彼がまずする事と言えば持っていく魔道具のリストアップだった。
「魔道具と魔導書のリストアップ……魔導書までリストアップして提出しないといけないのか? 全部?」
「まさか……流石に全部は提出は臨んでない。検査も暇じゃないからな。冒険者一人に全部やってたら日が暮れるじゃすまん」
魔道具や魔導書のリストアップを確認する自身に対して他人事なのでほとんど流れを理解していなかったソラの問いかけに、カイトはリストを確認しながら笑って首を振る。
「それに、提出するのはこの特殊な魔道具で検査したランクだ。名前までは求められん」
「っと……なんだこれ?」
カイトの投げ渡した筒状の魔道具に、ソラは不思議そうに首を傾げる。筒の片側はスイッチのように押し込めるようになっており、これを使って何かをするのだとは察せられた。
「さっきも言ったランク付けの魔道具だ。<<偉大なる太陽>>をそのスイッチに当ててみろ」
「おぉ……ん? ランク……規格外?」
『ほぅ……わかっているな』
規格外の表示がされた筒――側面に表示のモニターがあったようだ――に、ソラが首を傾げ<<偉大なる太陽>>は少しだけ上機嫌に笑う。
「ま、そうだろう。言うまでもないが<<偉大なる太陽>>は神器の中でも最上位の神器だ。そいつを人の作った魔道具で格付けしようなんて烏滸がましい……というわけだ。基本神器は規格外としてランク付けされる。こういった風にこのランクの魔道具や魔導書をいくつ持っていますよ、というのを提示するだけだ」
「……お前、全部出来るの?」
「無理だ」
「だよな」
カイトに検査キットを返却しながら、ソラは彼の言葉に笑う。カイトが保有する武器は基本一国の武器庫にも匹敵する。それら全てを検査して提出なぞ夢のまた夢だった。が、今回はそれでも良いらしい。
「が、それでも問題ない。今回向かう『サンドラ』は特殊な街……いや、都市国家か。街そのものに入場する際に制約が課せられる」
「制約?」
「提示した物以外は一切取り出せなくなる、という制約だ。だから基本このリストに提示していない物は須らく持ち込んでいない扱いとなる。自己で制約を課す形になっちまうから、逸脱はかなり難しいな」
「へー……すげぇな」
そんな結界があるのか。勿論、そんな物が一般化していない以上は相当に難しい物なのだろう、というのはソラも理解できた。
「すごいな……だが例外規定も多い」
「例外規定……ってことは条件次第だと制約無視出来るってことか?」
「ああ……例えば街の外から『サンドラ』側が強制的に連行した場合とかだな」
「なるほどな……自分の意思で入ってないもんな」
「そういう事だ。この結界は条件をしっかりと構築する事で効力を高めているわけだな」
結界とは条件を細かく設ければ設けるほどその条件を満たす物については強く作用する。逆に条件が緩ければゆるいほど効果は薄くなる。ここまで強い効力である以上、かなり例外も多いとの事であった。が、それ故にこそソラは少しだけ眉をひそめる。
「でもそんな条件だらけで大丈夫なのか? 穴突かれね?」
「おおよそは問題ない。害意を持つ者は対応出来るし、そもそも害意を持たない奴には何ら意味が無いからな」
「あ、そっか……害を為す奴にさえ対応できりゃそれで良いのか」
「そういう事だ。勿論、その上で穴を突いてくる奴は居る。が、そういう超級の奴らならサンドラ側はウェルカムの姿勢だ」
「は?」
街の結界を上回るような奴らが被害をもたらしたとて問題ない。言外のカイトの言葉を理解してソラは思わず目を丸くする。これは『サンドラ』特有の理由だった。
「『サンドラ』は魔術師達の都市だ。『サンドラ』の結界を上回るのは『サンドラ』の魔術師でも両手の指で足りるほどだという……その十本指に比肩するような魔術師だ。逆に招きたい、というぐらいだろうさ」
「お、おぉう……」
そりゃまたすごい。納得といえば納得の理由を告げられ、ソラは思わず頬を引き攣らせる。が、これが事実なのだから手に負えなかった。
「ま、手札制限はいつものこと。一応今回は学術研究の一環に協力するだけだからな」
「そんな大変な事にゃならない、ってことか」
「そーいうこと。適当に教本とか見て帰るだけだ。面倒は起きてほしくないな」
なるけどな。カイトはソラの問いかけに内心でそううそぶいた。実際、今回の一件は情報源があまり公に出来ない事もあり、冒険部の誰にも言っていない。勿論、天桜学園側にも言っていない。と、そんな事を話していたカイトであるが、彼はリストの確認を終えて一つ頷いた。
「良し。椿。リスト、これで大丈夫だろう。申請漏れは無いはずだ」
「は……ですが、大丈夫ですか?」
「うん?」
「いえ……御主人様の場合、本領は刀であるかと思われます。それが魔導書二冊だけなぞ……しかも今回は護衛も連れて行けません。もう少し、手札を持っていくのが良いかと」
「へ?」
今の今までリストを見ていたカイトなので数はそれなりに多いのかな、と思っていたソラであるが、どうやらカイトが提示していたのは二冊の魔導書だけらしい。まさかの答えに思わずそちらを振り向いていた。
「うん? ああ、二冊だけか……まぁ、今回は二冊だけにしてるよ」
「せめて刀の一振りでも持っていかれるのが良いかと」
「んー……確かにそうっちゃそうなんだが……」
「何か懸念がございますか?」
どこか苦い様子のカイトに、椿は訝しげに問いかける。確かに言われてみればカイトが二冊しか提示していない、というのも中々に珍しいというかかなり油断しているように見える。
一応最強たる彼なので問題はないだろうが、今回の土俵は魔術。ティナが言う通り、本来の彼であってもランクS相当という程度にすぎない。若干、不安はあるだろう。
「刀に細工されると後始末が面倒ってのが第一だ。『サンドラ』は魔術師の街だ。故に近接戦闘を行うための武器には殊更警戒がされやすい」
「御主人様なら防げるのでは?」
「防げるさ……並相手ならな。が、並以上の相手が処置とか施した時、その後の後始末をどうするかが問題になってくる」
「ユスティーナ様は?」
魔術であればティナだろう。そんな椿の問いかけに対して、カイトはしかし苦い顔だった。
「封印等の使えなくされるなら、確かにティナで良い。が、刀身の物理的な障害になるとあいつでも手に負えん。それを防ごうとすると相当面倒でな……いや、というかもう刀鍛冶でないと手に負えん。本来の形に戻さないといけないからな。剣士という立場上、あまり刀を使い捨てたくはない」
「そう仰られるべき立場ではないかと。それに、対応が可能なだけの人脈はございます」
「うーん……」
椿の忠言に対して、カイトは少しだけ考える。確かに後始末が面倒、というのは彼のわがままといえばわがままだ。そしてそうなっても大丈夫なように、彼は各種の人脈を調達したのだ。それを今使わず何時使うのか。そういう事だった。というわけで暫くの思案の後、カイトは一つ頷いた。
「……そうだな。一つ何か手が無いか専門家に相談してみてからでも良いか」
「そうして頂ければ」
「わかった。ありがとう……ソラ、そういうわけだから少し出て来る。暫く頼む。一時間も掛からん」
「お、おぉ……」
どうやら結局椿の忠言を受け入れる事にしたらしい。というわけで立ち上がった彼は少し悩ましげだったものの、ソラと椿に後を任せ鍛冶場を目指す事にするのだった。
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