第2422話 魔術の王国 ――支度――
魔術都市『サンドラ』よりの招聘を受け、『サンドラ』に向かう使節団を組織する事になったカイト。そんな彼はティナからの要請を受け技術班からの参加者を定めると、名簿に自身のサインを記載。それを以って使節団の面子の選定を終了とする。そうして人員の選定から明けて翌日。カイトは朝一番に会議を開く――正確には決まっていただけだが――と、天桜学園側にそれを報告していた。
『ふむ……わかった。承認しよう』
「ありがとうございます」
先に言われていた事であったが今回の人選は冒険部の人員でお願いしたい、という『サンドラ』側の要望があり、人員の選定はカイトに一任されていた。というより冒険部の人員で選定してくれ、と言われれば天桜学園側も彼に頼らざるを得ない。なので基本的には天桜学園側はそれを追認という形で承認を下ろすだけであった。というわけで承認はあっという間に下りたわけなのであるが、そこで桜田校長が首を傾げる。
『にしても……随分予算としては多めに見積もるのだね。何かあるのか?』
「そうですか?」
『単に行って帰る、というだけではないのかね?』
「ああ、そういう……そうですね。行って帰るだけ、と言われれば行って帰るだけとも言えますが……実際にそれだけと考えているわけではありません」
桜田校長の問いかけに対して、カイトは今回の渡航の目的のいくつかを改めて明らかにする。そしてそれを聞いて、天桜学園側の教員達も感心したように頷いた。
『魔導書と教本』
「ええ……今後天桜学園を教育機関として再興する事を考えた場合、必然魔術は教えねばならない事となってくるでしょう。魔導学園の教本は比較的手に入るので参考にもできますが、それ以外の教本は中々手に入らないものです。その中で魔術都市と言われる『サンドラ』の教本は有って損の無い物です。どうせやるなら、徹底的に出来る事をした方が良い」
『く……』
『はは……』
この少年は本気で天桜学園の再興を考えているらしい。今までどこかある種のリップ・サービスじみたものと思っていた教員達が本気で道筋を考えているらしいカイトに思わず失笑する。
そうして楽しげに吹き出した彼らであったが、彼のおかげでどうやら自分達が本来は教師である事を思い出したようだ。その考えを素直に受け入れ、一つ気を引き締めた。
『わかった。確かに教本は必要か』
『そうですな……何冊ぐらい持ち帰るつもりかね』
「それはわかりません。勿論、値段も。ですので比較的予算は多めに設けておいたのです。良いと思えば買う。それ以外にもこちらの活動で必要になる魔導書が手に入れば、それに費用を掛ける必要もある。多少足が出れば現地で立て替えますが……あまり良い物でもありませんからね」
当たり前の話か。カイトの返答に教員達は揃って納得する。そうして、カイトの返答に教員達はおおよそ満足という具合で会議は終了となるのだった。
さて会議の終了後。自身の人員の選定が承諾された事を受けて、カイトは一旦冒険部側の手配をティナに任せると自身は一旦ソラ、トリンとのミーティングを行っていた。理由は勿論、カルサイトから届いた手紙の事だ。
「うーん……厄介にならなきゃ良いんですが」
「さてなぁ……が、続報次第では二人共カルサさんの所へ向かって構わん。ブロンザイト殿には世話になったし、オレもカルサさんとは昔の戦友みたいなものだ。彼が困っているのなら手を貸すのは吝かではない」
「ありがとうございます」
カイトの返答にトリンは一つ頭を下げる。血の繋がりがあろうがなかろうが、彼は祖父の弟だ。身内と捉えていたし、ブロンザイトの兄妹の中で一番懇意にしていた相手でもある。可能な限り手助け出来るならしたかった。そしてそれは勿論、ソラも一緒だった。
「んー……今回の一件。最悪荒事だろ? 結構準備入念にしておいた方が良いよな……」
「そうだね……まぁ、まだ荒事になるって決まったわけじゃないけど……」
険しい顔のソラに対して、トリンもまた険しい顔で応ずる。当たり前の話であるが、滅多に手紙を出さない男が手紙を書き記して寄越したのだ。穏当な話であるはずもなく、厄介なネタである事は事実だった。
「が、可能性が無いわけじゃないだろうし、可能性が高まったが故に手紙を寄越したんだろう。オレの立場上、他国の揉め事にはあまり関われんが……支援ぐらいは出来るだろう」
「おう……でも何があったんだろ」
「ふむ……」
「うーん……」
ソラの問いかけに、カイトもトリンも少しだけ頭を悩ませる。何があったかというと、ある国での揉め事だった。それにカルサイトは偶発的に関わったらしいのだが、それがどうにもきな臭い話になりつつあるらしい。
「今回の話の中身から鑑みるに、おそらくカルサさんの受けている依頼はユニオンの監査員だと思う」
「監査員って確か何かギルドが不正を働いてた時に動く人だよな?」
「うん。どうしても仕事柄、後ろめたい事をする人達も少なくないからね。だから非合法の依頼……暗殺や盗賊行為等の仕事を請け負っていないか、ユニオンは監査する義務を有してるんだ」
前々からこれについては言われていた事で、こういった仕事に関してはユニオンから一際信頼されている冒険者に依頼される事が多い。それを考えれば比較的腕が立ち小回りの利くカルサイトに依頼が回されても不思議はないだろう。そんな事を語ったトリンに、カイトもまた続けた。
「時には潜入して不正の証拠を探ったりする事もあるが……カルサさんの性格や年齢を鑑みるに、それについては別の冒険者が請け負っていると考えて良いだろう」
「わかるのか?」
「こういう証拠集めは若い冒険者に割り振られる事が多い。新入りとして潜り込むわけだ」
「なるほど……確かにそりゃカルサさん向けじゃないな」
一応種族的な事もありカルサイトはまだ現役でも通用する見た目であるが、それでも容姿は老年だ。どれだけ若く見積もっても外見年齢は五十を超過している。それで新入りと偽るのは中々に無理がある設定だった。そうしてソラの納得を見て、カイトが告げる。
「だから彼の仕事はその後。不正が確定して取り締まりとなった段階での腕っぷしが求められる仕事だろう」
「で、それが思った以上にヤバそうになってる、ってわけか」
「そういう事だろうな……おそらくどこかの犯罪組織の匂いがしちまったか。そうなると流石に増援が求められても不思議はない」
カルサイトの腕はカイトの方が良く知っていた。なので彼なら大抵の相手は単独でなんとかしてしまえると判断できたのだが、その彼が増援を求めるほどだというのだ。カイトも苦い顔になるぐらいには、根が深い所にありそうだった。というわけで、カイトが方針を伝達する。
「とりあえず二人はカルサさんの連絡を待って何時でも動けるようにしておいてくれ。オレは流石に今回は動けんだろう」
「やっぱ駄目か?」
「ああ。今のオレの立場上、下手を打つとギルド同士の戦争に成りかねん。不正が確定したなら、ユニオンとして動く事も出来るだろうが……それまでは動けんな」
ソラの問いかけに対して、カイトは一つため息を吐く。相手もギルドだ。不正が確定しユニオンから追求される形となれば話は違うが、それまでは冒険部として追求出来る道理がない。が、そんな彼はそれ故にこそと請け負った。
「と言っても、だからといって何もできないわけじゃない。オレはオレでいざって時のために準備は行っておこう」
「準備?」
「本来のオレの権限ならユニオンの監査部隊を動かせる。ユニオン直下の部隊で、こういった監査で不正が発覚して相手が抵抗した場合に動く部署だ。冒険部は流石に動かせんが、こっちなら数を用意出来る。バルフレアに掛け合ってこちらを動かせるように手配しておこう」
「マジか。それなら安心だ」
流石にソラとしても三人だけで犯罪組織に殴り込み、というのは避けたい事態だった。が、もしユニオンが増援部隊を差し向けてくれるのであれば、安心出来るというものだった。と、そんな話を聞いてソラはふと気が付いた。
「あれ? でもそんなのあるなら最初から監査部隊に増援頼めば良いんじゃね?」
「……まぁ、そういう事なんだろう」
「……ですね」
「は?」
何か苦い顔のカイトとトリンに対して、ソラが困惑気味に目を丸くする。そんな彼に、カイトは頭を掻き告げた。
「支部に内通者が居る可能性があるんだろう。近場は頼れなかった、ってわけだ」
「あ……そっか。近くに頼れる所があるなら頼るよな……それができないってことは……」
「そういう事だ。カルサさんがこっちに増援を依頼してきたのも、オレが裏で本部からの増援を手配出来るからだな」
「なるほど……ってことは……」
カイトとトリンが気が付いた事にソラも気が付いて、彼の顔にも苦味が広がっていく。考えれば考えるほど、状況は厄介になっていく一方だった。そうして、ソラが口を開く。
「最悪は向こうでバックアップが受けられない、って事か」
「そういう事になる。それはカルサさんも増援を依頼するわけだ。監査で現地の支援が受けられない、ってのは最悪の状況だ……そこらもしっかり踏まえた上で、増援に出るべきだろうな」
「そちらについて、何かあてはありませんか?」
ソラと同じく苦い顔で告げたカイトに、トリンが一つ問いかける。彼としても現地でバックアップも無しで動ける状況とは思えなかったようだ。これに、カイトは一つ頷いた。
「あまりやりたくないが……現地での支援はヴィクトルに頼るのが一番だろう。流石にヴィクトルに関しちゃ一番上のお姉さんが怖いから不正は蔓延しない。内通者が居たとてどうにでも出来る」
「「あー……」」
なにせ情報屋ギルドの長にして、暗殺者ギルドとも繋がるサリアだ。そして守銭奴である彼女にとって、今回の不正の摘発なぞユニオンに恩を売る絶好の好機だ。見逃すはずはなかったし、実際彼女に支援を要請すると待ってましたとばかりにすべての手配を整えてくれていた状態だったそうだ。
「まぁ、ヴィクトルから支援を受けられれば現地でのバックアップに問題はないだろう。そっから先は問題だが」
「か……わかった。とりあえずこっちも出来る限りの用意は整えておくよ。支援は頼む」
「ああ。ただし、今回は大捕物になる可能性や非常に厄介な事になる可能性もある。任務に関しちゃユニオンの本部から正式に通達があってからの出立となる。その点には注意をしておくように」
「おう」
「はい」
今回は支部ぐるみの厄介な不正に発展する可能性があるというのだ。カルサイトもまだそこは可能性だ、というだけで確定としているわけではなかったが、もしそうだった場合は支部を介さず本部から直接依頼を出さなければならなかった。
「良し……で、オレが『サンドラ』に行く間二人はマクスウェル支部と協力して本部に連絡を取って、現状を報告。現地の監査員からの報告を現地支部を通さず上げられるようにしてくれ。まずは一旦カルサさんの支援を行えるようにするように」
「「了解」」
兎にも角にもカルサイトが満足に動けねば意味がない。なので彼の支援はすべてに先駆けて必須だった。そうしてカイト達が『サンドラ』へ行く一方、ソラとトリンはカルサイトからの要請に何時でも応じられるようにユニオンとの調整に入る事になるのだった。
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