第2420話 魔術の王国 ――思案――
魔術都市『サンドラ』からの招聘を受け、天桜学園の生徒として動いていたカイト。そんな彼は天桜学園の会議に参加していたわけであるが、そこで割り込んだルーファウスとアリスの二人から聞かされた教国の意向を受け、彼は一旦会議の中座を提案。ひとまず人選については自分預かりとなり、会議は日を改め執務室に戻っていた。
「カイト殿。すまない……途中で割り込んでしまった」
「いや、こちらとしても人員の手配を後になり見直すより今言ってくれた方が良かった。気にしないでくれ」
「そう言ってくれると有り難い」
「あはは」
執務室への道すがら、ルーファウスの謝罪に対してカイトは笑いながら首を振る。と、そんな彼が一転して気を引き締めて問いかける。
「そう言えばルー。お前はリジェと会った事はあったか?」
「リジェ?」
「ああ、そこからか」
ということは顔合わせはした事はなさそうか。カイトはルーファウスの様子からそう判断する。瞬と基本一緒に居る事も多い彼なので会った事はあるかと思っていたのだが、間が悪いのか会った事はなかったようだ。
「リィルの弟だ。今はまだ学生だから、立場としてはアリスと同じだが……留学生としてウルカとこちらを行き来しててな」
「そういえば弟が居るとは聞いた事があるな」
「ああ。アリスは何回か会ったな?」
「はい」
カイトの問いかけにアリスは一つ頷く。こちらについては存外カイトと一緒に居る事が多く、ルーファウスが留守にする場合はカイトに保護者役を依頼する事も多い。なのでそのタイミングで話した事があり、一応紹介しておくか、と紹介しておいたのだ。それはさておき。そんな事を唐突に問いかけた彼に、ルーファウスは首を傾げる。
「だが、いきなりなぜそんな事を?」
「……なんでだと思う?」
「は?」
「そろそろルーファウスくんにも裏を読む力を養って貰いましょう」
ニタニタとした笑みを浮かべながら、カイトは楽しげにルーファウスに告げる。なぜカイトがこんな事を聞いたのか。まぁ、端的に言えば指導者としての素質を鍛えるためとしか言いようがなかった。
「ま、流石にアリスの鍛錬ばかりでそれにしたって力や技ばかり……ちょっとはそれ以外の面についてお前も鍛えとかないとルードヴィッヒさんに申し訳が立たんかなとな」
「え、い、いや、なんというか……いや、俺の鍛錬については何も言われていないと思うというか……」
どうやらこうなる事は想定外だったらしい。しどろもどろになりながら、ルーファウスはなんとか逃れられないか試みる。が、これにカイトは却下を言い渡した。
「却下だ却下。お前もゆくゆく騎士団を背負うなら、そこらも考えられるようにならないとな」
「兄さん……カイトさんの言う通りかと」
「ぐぅ……」
ぐぅの音も出ない。実際には出た様子だが、そんな様子でルーファウスは項垂れる。というわけでそんな事を話しながら歩いていると執務室に戻ってくる事になる。
「おかえり……ど、どうしたんだ?」
「ああ。ちょっと課題を言い渡しただけだ」
「そ、そうか……」
にしては何か沈んだ様子だが。瞬は戻ってきて頭を抱えたような様子を見せるルーファウスに首を傾げながらも、カイトが楽しげだったので別に良いか、とスルーする。というわけで自席に戻ったカイトであるが、戻るなりリィルに問いかける。
「リィル。リジェについて二つ聞きたいんだが」
「なんでしょうか」
「まず確かこの間ウルカから戻ってきた、って言ってたな? まだこっちか?」
「ええ。戻ったばかりですのでまた二ヶ月はこちらかと」
「そうか」
先にカイトが言っていたが、リジェはウルカとマクスウェルを行ったり来たりしている。そして流石にその予定を全てカイトが把握しているわけもなく、というわけだ。そうしてその点を確認した彼は次いで問いかけた。
「で、本題……リジェの魔術の腕はどんなもんなんだ?」
「魔術……ですか。そういえばあまりあれからは聞きませんね。槍は良く聞きますが。瞬、貴方の方は?」
「リジェの魔術の腕か? いや、俺もそういえば魔術関連については話さないな」
基本リジェと瞬の共通点といえばバランタインに端を発する強化術を使う事と、天才的な槍使いである二点だ。なので<<炎武>>に関する話は行っても、魔術に関する話はあまりしなかったのである。
「そうか……まぁ、それならそれで良い」
「はぁ……」
「そうか……」
どうしたのだろうか。何かを考えている様子らしいカイトに、リィルも瞬も首を傾げながらもそうなのかと思う程度だ。その一方のカイトはというと、次いで通信機を起動。軍の基地に居たアルに問いかける。
「アル。少し良いか?」
『え? ああ、カイト。どうしたの?』
「ああ。ルリアちゃんについて聞きたくてな。確か治癒術師志望だったな?」
『うん。だから大規模な作戦とかこの間の『リーナイト』での一件みたいな後だと駆り出される事もあるみたいだね』
見習いとはいえ何もわからない奴よりは役に立つ。なのでこういった事件の後だと時折公休扱いで学生も駆り出される事があるらしい。これについてはカイトもユリィから聞き及んでおり、知っていた。
「聞いた……それで魔術の習得範囲について聞いておきたくてな」
『え? いや、ごめん……流石にそこは僕も知らないかな。一応、ウチで教えてる事もあるから先に進んでる事は進んでると思うけど……』
「まぁ、そうか。すまん。わかれば、と思って聞いただけだ。ありがとう」
『あ、うん。力になれたなら幸いだよ』
カイトの返答にアルは一つ頷いて、通信を終わらせる。そうして一通り聞いた所で、カイトは再度通信機を起動。今度はティナに繋いだ。
「ティナ。今大丈夫か?」
『なんじゃ? 今のタイミングじゃから人選に関する内容か?』
「お見事……まさにそれでな。お前の方でこいつは含めて欲しい、というのがあればリストアップしておいてくれ」
『それならもう進めておるよ。とりま楓ぐらいしか見当たらなんだが』
「そうか……まぁ、そっちに関してはお前に任せる」
『それで良い』
必要なのはそれが妥当かどうかを判断する事であり、中身まで精査する必要はない。ティナはカイトへとそう告げる。そうして一通りの手配を終えた所で、彼は椅子をくるりと回転させて窓の外を眺める。
「さて……後はあいつだけで良いか。椿。渡航許可の申請は任せて良いか?」
「『サンドラ』行きですね」
「ああ。飛空艇等は向こうが用意してくれるだろうから、大丈夫だとは思うが……またそこは詰める」
「かしこまりました。では武器と魔道具系の申請に必要なリストを作成しておきます」
「頼む」
また国外に出なければならない以上、リストアップは必須だろう。そう判断したカイトはそこらの処理を椿に任せておく。そうして一通り終わらせた所で、彼はふと思い出したかのように瞬を見た。
「ああ、そうだ。先輩」
「ん?」
「『サンドラ』行き、予定が合えば先輩も参加を頼む」
「俺もか? だが俺は魔術はあんまり得意ではないが?」
「一枚意表を突く札としてルーンがあると有り難い」
「そうか……まぁ、予定は調整しておこう」
カイトの指示に瞬は予定次第としておく。彼としても丁度師のクー・フーリンから魔術も学べ、と言われたばかりだ。なので『サンドラ』に行きその調練を、としたくはあった。
「頼む……さて。そうと決まればこっちも仕事を……ん?」
「ああ、手紙が届いておりましたので」
「そうか……む?」
「どうされました?」
「いや……珍しいな、とな」
首を傾げる椿にカイトは少し訝しみながらも手紙の封を開ける。珍しいな、というのは差出人の事だ。知り合いなので手紙があっても不思議はなかったのだが、同時に差出人が非常に珍しい人物だったのである。そうして手紙を一読するカイトであったが、早々に通信機を起動させた。
『カイトか? どした』
「ああ……一つ聞きたいんだが、お前最近カルサイトさんと連絡を取ったか?」
『カルサイトさんと? いや……お師匠さんのお葬式で話したのが最後だな』
「そうか……トリンは?」
『トリン? おーい、トリンー』
『何ー?』
カイトの問いかけを受けたソラがカルサイトの事をトリンへと問いかける。が、結果は否定だった。
『話してないってよ。トリンもトリンでお師匠さんのお葬式が最後だそうだ』
「そうか……いや、実はカルサイトさんからオレ、お前、トリンの三人宛で手紙が届いていてな。正確にはお前ら二人宛だろうが……オレ宛の方が確実に届くだろう、って所だろう」
『カルサイトさんから?』
基本豪放磊落なカルサイトから手紙。何かあったとしか思えない状況に、ソラも僅かに眉を顰める。それにカイトが告げた。
「とりあえず、そっちの作業が終わったら一度上に戻ってこい。これについて話をしておこう」
『わかった。急いで終わらせるよ』
どうにせよこの二人がメインとなる話だ。なのでこの二人が居なければ話は始まらない。というわけでこの二人を待つ事にして、カイトはふと時計を確認。丁度よい頃合いであった事に気が付いた。
「っと……手紙読んでたらこんな時間か。ユリィー」
『はい、フェリシアで……って、カイトかー』
「うーわ。猫かぶりの声初めて聞いた」
『うるさいよ、もう……』
うっかり通信機に仕事での声で応じてしまったユリィであるが、相手がカイトだったのですごい恥ずかしげだった。とはいえ、そんなじゃれ合いをしたくてわざわざ仕事中の彼女に連絡を取ったわけではない。
「と、いうわけなんだ。大丈夫か?」
『あー、そういう事ね。それならオッケー。遊びに行くわけじゃないし、役に立つだろうからね』
「そうか。すまん、助かる」
事情を聞いて許可を出してくれたユリィに、カイトは一つ頭を下げる。それにユリィは笑った。
『あはは。教育者ですから……あ、そうだ。『サンドラ』に行くなら教本一冊手に入るなら手に入れてきてー。そこらの教本、別に隠してるわけじゃないだろうけどあんまり手に入らないからね。多分古本屋行けば手に入ると思うよ。どーせティナが古本屋にも行くだろうから、ついでにね』
「りょーかい」
やはりなんだかんだ言ってもユリィも学園長なのだろう。各国の教育機関がどんな教育を行っているか興味があったらしい。そしてカイトもこれは自分の利益になるので快諾を示していた。
というわけで一通りの下準備を終わらせた彼は次の根回しに動くべく行動を開始するのであるが、その前に頭を抱えるルーファウスと『サンドラ』への渡航前に学校の宿題を終わらせようと奮闘するアリスを見る。
「よっしゃ……あー、ルーファウス。課題を与えた側で悪いが、とりあえず行くのは確定で良いからそっちの支度、進めておくようにな」
「あ、あぁ……わかった。そうしよう」
「ああ……で、桜。悪いが今回の件で少し根回しで外に出る。学園から何か連絡があったら適当に処理しておいてくれ」
「根回しですか?」
「ああ。通信機じゃなくて直接話をしに行かないといけないからな」
「はぁ……」
基本おおよその事は通信機で終わらせられるカイトであるが、どうやら今回の根回しは直に出向く事になるらしい。かなり珍しい話ではあったが、彼がそう判断するということはそうしなければならないのだろう、と桜も理解していた。なので少し怪訝な様子ではあったが、素直に受け入れる。そしてであれば、と彼女もおおよそのこの後は理解していた。
「あ、そうだ。それだと受け入れの方針で?」
「ああ。ああ、そうだ。それと楓が居たら彼女に『サンドラ』行きを告げておいてくれ。勉強になる」
「あ、はい。確かに『サンドラ』なら楓ちゃんが適任ですね」
現状、ティナを除くと冒険部内で一番の魔術師は楓だ。ティナも順当な話として彼女をリストに加えており、先に状況を伝えておいた方が後々楽だった。というわけで桜に後の事を任せると、カイトは『サンドラ』行きに向けて根回しを開始する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




