第2415話 子鬼の王国 ――壊滅――
ベルクヴェルク伯爵領にて行われた『子鬼の王国』の掃討作戦。これはカイト率いる冒険部の主力となるカイト、ソラ、瞬の三名が『王』とその最側近である『近衛兵』二体の討伐を果たした事により、『子鬼の王国』の中枢が完全に崩れる事になる。
そうして崩れ去った後に待っていたのは、飛空艇の艦隊による無慈悲な艦砲射撃による殲滅であった。そうして、『子鬼の王国』掃討作戦の開始から半日。休み無く行われた砲撃により、夕刻になる頃には外に出陣していた各種のゴブリン種の魔物達も大半が殲滅された状況だった。
『そうか……ご苦労だった。流石にこの状況だ。最前線で戦い続けた君たちももう休んで良いだろう』
「ありがとうございます」
流石にここまで数を減らしてはもう冒険部が出る幕ではないだろう。そう判断したカイトの要請を受け、艦隊の総指揮を担っていたベルクヴェルク伯爵は一時的に時間を設けて冒険部の休息を許可していた。それに礼を述べたカイトであるが、一転彼は現状を問いかける。
「それで、向こう側はどうなっておりますか?」
『ああ、鉱山の裏側に現れたゴブリン達か……結論から言えばこちらも大半は討伐した。後は取りこぼしが無いか確認している所だが……それもほとんど無いだろう』
カイトの問いかけに対して、ベルクヴェルク伯爵は入っている情報をそのまま彼へと伝達する。ここら別にカイトもオペレーターから聞いても良かったが、実際の所がどうなのか知っておきたかったようだ。
「そうですか……では、もう暫くもすれば壊滅と言って良い状況になるでしょうか」
『ああ……後は予後を観察し、生き残りが居ないかどうかを確認すれば良いだろう』
「ですか……ああ、そうだ。収容した要救助者については一足先にユニオンの飛空艇でベルクヴェルクに向かって頂きました。追って、治療についての連絡が入るかと」
『そうか。そちらについてはまた皇都に報告を入れる事になるだろう。そこについて、もしやすると君の方にも何か連絡があるかもしれん。必要に応じて差配するように命じておこう』
「ありがとうございます」
どうせ自分の所には皇都からもユニオンからも連絡は入るが。カイトはベルクヴェルク伯爵の言葉に対して頭を下げながらも、内心ではそう思う。
そもそも今回の作戦における裏の統率者はカイトその人だ。そしてリトルを確保しているのも彼である。結局、彼が主体となり今回の一件を引き起こしただろう組織を追う事になりそうだった。
『うむ……それで、君達はこれからどうするね』
「ひとまず、経過観察で二晩ここで過ごそうかと思います。それで異変が何も起きなければ、今回の依頼は完了とさせていただければ」
『……よいだろう。確かに今回の一件において、君達の功労は一方ならぬものだ。十分な働きをしてくれたと言って過言ではないだろう。これ以上の奮闘は戦線の瓦解を招きかねないし、要らぬ戦死者を出しかねないな』
『王』の討伐を筆頭に、近衛兵の壊滅もまた冒険部の主導で行われている。更には正面の激戦区で戦ったのも冒険者だ。カイトの手配やアル達の介在等で死者こそ出なかったが、全治一ヶ月以上の重傷者はいつもより多かった。
これ以上の負担は冒険部の崩壊を招き、結果としてのベルクヴェルク伯爵軍の負担に繋がりかねない。軍人から出世したベルクヴェルク家の当主だ。そこを理解していたため十分だろう、と判断した様子であった。というわけで彼の許諾にカイトは再度頭を下げた。
「ありがとうございます」
『うむ……まぁ、そう言っても後最後に一戦あるとすれば今宵という所だろう。それも終われば、後は本当に残党狩りで大丈夫だろう』
「ええ……後は『王』を改造した者たちですが……」
『それについては先にも述べた通り、皇都に情報を転送する。皇都で動いてもらうしかないだろう』
如何せん、相手は犯罪組織だからな。カイトの懸念に対して、ベルクヴェルク伯爵は少しだけ苦い顔でため息を吐く。ここらはどうしても貴族同士のやり取りという点がある。そこらを無視して進むのであれば、皇都が動くのが一番都合が良かった。
そうして、カイトとベルクヴェルク伯爵はそれからも少しの間現状のすり合わせや被害状況の確認等を行い、散発的に起きるゴブリン達の襲撃に対応する事になるのだった。
さて『王』の討伐とその『子鬼の王国』の崩壊から二日。二日の経過観察を経て、カイトは最終的なジャッジを下す事になっていた。
「……流石にもう何も出そうにないか」
「坑道の中も割と掃討されちまって、って感じらしいしなぁ」
カイトの呟きに対して、二日も経過すればいつも通りになったらしいソラが応ずる。流石に『子鬼の王国』の崩壊から二日目にもなると『王』の影響はほぼ見られなくなっていた。散発的な戦闘では高度な戦略なぞ無いに等しい状況だったし、個々の戦闘力もかなり弱くなっていた。と、そんな少しだらけた雰囲気の所に、瞬がやって来た。
「戻った」
「ああ、先輩か……どうだった?」
「もう殆ど問題なさそうだった。坑道に居たゴブリン達ももう再発生したのか元々居たのか、どちらかわからない程度の奴らばかりだった」
「そうか……色々とあったが、基本これで討伐完了って感じで大丈夫かね」
ベルクヴェルク伯爵軍の調査隊と共に坑道への再調査に乗り出していた瞬であったが、彼はカイトの問いかけに一つ首を振る。それを受けて、カイトは通信機を起動する。
「瑞樹。そちらはどうだ?」
『こちらももう殆ど何も無いですわね。強いて言えば、時折魔物の群れを見る程度……ゴブリン種以外の、ですが』
「ゴブリン種以外のが出始めれば、『子鬼の王国』も完全崩壊で良いだろう。ありがとう。今日分の巡回を終えたらそのまま戻ってくれ」
『わかりましたわ……もう少しだけ、レイアを散歩させて帰っても?』
「ご自由に。ただし、軍の迷惑にならないようにな」
『承知しておりますわ』
瑞樹の返答を聞いて、カイトは通信を切る。が、そのまま彼はホタルへと告げた。
「ホタル。ベルクヴェルク伯に繋いでくれ」
『了解……どうぞ』
カイトの要請を受けたベルクヴェルク伯爵軍のオペレーターがベルクヴェルク伯爵へとつなぎ、それを更にホタル――『子鬼の王国』崩壊と共にアイギスはマクスウェルに帰還した――がカイトへと中継する。
『君か……調査隊からの報告は今受けた。やはり何も無いか』
「かと……何か情報でもあれば、と思わなくはありませんが……それについては調査に長けたギルドに依頼するべきかと」
『それについてはすでに手配している』
「失礼致しました」
『構わんよ』
カイトの謝罪に対して、ベルクヴェルク伯は一つ首を振る。彼としてもカイトがこれ以上別の依頼を頼まれても受けにくい状況である事ぐらいは察している。そう言うのは無理もないとわかっていた。というわけで、ベルクヴェルク伯爵は先の打ち合わせ通りの話をする。
『それで、君達については明後日の引き継ぎを以って帰還してくれ。ああ、引き継ぎには私も同席するつもりだ』
「では引き継ぎはこちらで?」
『いや、君達の帰還に合わせ、私もベルクヴェルクに戻るつもりだ。流石にこれ以上ここに居座るわけにもいかんしな』
実際、これ以上ここに居た所で討伐そのものは終わったようなものだ。ベルクヴェルク伯爵が直々に指揮を執って士気高揚をしなければならないわけではない。今までは一応万が一に備えて彼も残っていたが、明日の時点で問題がなければ後は残った軍に任せようと考えていたようだ。
「わかりました。では、我々もベルクヴェルクまで向かえば良いのですね」
『ああ。そこで報酬の手続きも一緒に終わらせておこう』
「ありがとうございます」
今回は大掛かりな討伐任務となった事もあり、報酬額は当初予定されていた額よりも遥かに多い。出費を差っ引いたとして頭金として十分な額になっていた。そうしてそこらの話し合いを終わらせた所で、カイトへとソラが少し興味深げに問いかける。
「後任のギルドってどんな所になりそうなんだ?」
「後任は魔物調査を専門にしているギルドだな。ハンターや魔物学なんかの学術的な調査を担うギルドの合同部隊になるだろう」
「あー……なる。確かにそれなら戦闘も調査も全体的に出来るもんな」
今回は『王』に何かをされた形で『子鬼の王国』が形成されていたのだ。なのでそこらの調査も可能な冒険者も含め、専門の調査隊を構築する事になるのであった。
「それなら流石にこれで終わりか」
「ああ……明日は撤退の準備で一日。明後日には撤退し、後任のギルドに引き継ぎだ。ああ、その前に引き継ぎの準備だけ頼む」
「「了解」」
カイトの指示に、ソラも瞬も少しだけ肩の力を抜いた様子で答える。そうして、一同は二日後の撤収に向けて支度を行う事になるのだった。
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