第2414話 子鬼の王国 ――崩壊――
『子鬼の王国』掃討作戦。ベルクヴェルク伯爵領にて秋も終わりの頃に行われたその作戦は、カイトによる『王』の討伐。ソラと瞬による『王』の護衛であった『近衛兵』二体の討伐を以って、作戦の最大の目標を達成していた。
「こちらカイト・天音。『王』の完全消滅を確認……作戦目標の達成を報告します」
『了解。ベルクヴェルク伯爵に報告します』
「お願いします」
『了解』
カイトの報告を受けたベルクヴェルク伯爵軍のオペレーターが一つ了解を示す。そんな彼女に、カイトが問いかけた。
「それで、一旦現状を確認させてください。近衛兵と正面についてはこちらで確認出来ています。それ以外については?」
『貴方の読み通り、『子鬼の王国』の別働隊が転移術により鉱山の裏手に出現。包囲網の突破を試みました』
「そちらについて、増援の必要性は?」
『現在も交戦中ですが……数が多いばかりで苦戦はしておりません。現状の戦力のみで対応は可能と伯爵は判断されております』
カイトの問いかけに対して、オペレーターは冒険部の支援を不要と明言する。それにカイトも一つ頷いた。
「了解……アイギス。要救助者の搬出は」
『イエス……ユニオンの派遣した飛空艇への収容、確認されています。またこちらの一存ですがマスターの戦闘中に鉱山内部に留まっている部隊に撤退を指示しました』
「良い。上出来だ」
アイギスの事後報告にカイトは問題無い事を明言する。彼としてもその指示を出そうと思っていた所で、先に出してくれているのであれば問題なかった。というわけで、彼はアイギスに告げた。
「アイギス、トリンに連絡……は、必要なかったか」
『イエス。こちらの意図を読み取り、すでに行動に入られています』
「流石、ブロンザイト殿最後の弟子か」
アイギスの指示を受けた坑道内部の冒険部の撤退に合わせ、トリンは突入部隊全軍を取りまとめると鉱山から離れるように移動するようにしていたようだ。上空から確認すればその様子が良く理解出来た。それに感心を露わにしたカイトに対して、更にアイギスが報告する。
『イエス……またそれに伴い全体の総指揮を瑞樹が。トリン様がその補佐に入られています』
「本当に上出来だ」
やはりそこらの機微はまだソラで出来る事ではないよな。カイトはトリンの采配に思わず苦笑いが浮かぶ。やはり組織として動いている以上、どうしても体面というものは存在する。
それを鑑みた場合、この采配が最も良かった。というわけで苦笑いをしたカイトであったが、彼は取り残される形となっただろうソラと瞬の姿を探す。
「ソラと先輩は……む」
どちらも『王』や最側近の『近衛兵』二体以外は鎧袖一触になるだろう事がわかっていたので不安視していなかったが、丁度交戦を終えたらしく撤退のために一旦合流していた二人の姿を見てカイトは僅かに眉を動かす。というわけで、そんな彼は降下して二人に合流した。
「二人共、勝ったようだな」
「カイトか……ああ。これから撤退しようと思った所だ」
「そうか……にしても先輩は兎も角、ソラ。お前、その格好は……」
「どうなってんの、マジで。鏡無いからイマイチわかんないんだけど」
どうやらソラはすでに瞬にも驚かれた後だったらしい。彼の鎧には黄金のラインが入っていたり、背には太陽を思わせる極光のマントが棚引いていた。確かに鎧の機能を完全開放した場合は黄金になるとは言われていたが、これはそれとも違う変化だった。
「<<偉大なる太陽>>の神格を一つ解放した姿だろう……今は収まっているから、その姿なのは余波って所か」
『うむ。神器である我の力を解き放てば、必然それに適した姿へと変貌する。中々に様になっているぞ』
「お、おぉ……」
どうやら自分は褒められているらしい。<<偉大なる太陽>>の居丈高ながらも称賛の言葉にソラはどこか気恥ずかしい様子で応ずる。そんな彼はカイトへと少し問いかけてみる。
「で、マジどうなってんの?」
「ほらよ」
「っと……サンキ……ふぁ!?」
カイトから投げ渡された手鏡を覗き込んだソラであるが、そんな彼が目にしたのはなんと金髪金眼という異様な姿だ。無論、鎧等も彼が知る形から変貌しており、素っ頓狂な声を上げるのも無理はなかった。
「神剣の力を解放した事で、お前自身がその力に最適な姿へ変貌したわけだ。金髪と金眼はシャムロック殿の神使の特徴に近いから、そこだけはそこ由来だな」
「はー……なんかむっちゃヤダ」
「なんで」
「中学時代思い出す……」
「あ、あー……」
かなり恥ずかしげなソラに対して、カイトはその当時を知っていればこそ――中学二年生の頃のソラは髪を金色に染めていた――思わず引きつった笑いを上げるしか出来なかった。と、そんな二人に瞬が問いかけた。
「その話に興味は尽きないが……カイト。そろそろこの状況、どうする?」
「どうするもこうするも無いだろう……とりあえずここを突破して、本隊に合流だ。二人共、消耗としてはどのぐらいだ?」
「まだまだ、大丈夫だ」
「こっちも問題無い」
カイトの問いかけに対して、瞬もソラも問題無い事を明言する。どちらも細やかな傷こそ体中に走っていたものの、体力気力魔力すべてに余力が見えていた。が、そんな彼らの周囲には無数のゴブリン種の魔物達が群れを成しており、普通であれば絶体絶命の状況ではあった。
「それなら、問題はないだろう。オレ達の撤退を以って、作戦は最終フェーズへと移行する」
「「最終フェーズ?」」
唐突に出てきた言葉に、ソラも瞬も首を傾げる。それに、カイトは現状取るべき最善の一手を明言した。
「それは勿論、飛空艇による艦砲射撃」
「「……」」
納得。笑うカイトの言葉にソラも瞬も揃って納得はした。したが、それ故にこそ半笑いで笑うしかなかった。
「ということは……」
「最悪は……」
「ま、そういう事だ。死にたくなければ、一気に行くぞ」
「「おう!」」
カイトだけは余裕なんだろうが。ソラも瞬も揃ってカイトの号令に気合を入れる。まぁ、実際はソラも比較的安全ではあるだろうが、瞬は軽装備の上に攻撃重視のスタイルだ。
無数の艦砲射撃に耐えられる訓練は積んでいなかった。いや、そんな訓練を積む方が稀ではあるが。というわけで、三人は一気呵成に敵陣へと突撃し、なんとかすでに撤退する本隊に合流を果たす事になるのだった。
さてカイト達が『王』と最側近の『近衛兵』の討伐を終えてから、およそ三十分。坑道からの撤退が完了した事と要救助者の完全収容が確認された事を受けて、ベルクヴェルク伯爵軍による艦砲射撃が開始される事となる。
「……」
無数の砲撃の音と鳴り響く轟音を聞きながら、ソラはどこかやるせない様子でそれを眺めていた。ゴブリン達は当初は見られた組織としての行動も見受けられない。それどころかすでに隊列さえまともに組めておらず、ただ数が多いだけのゴブリンの群れに成り下がっていた。そんな彼の横に、カイトが並ぶ。
「砲撃を指揮する奴がこんな所で何をやってる?」
「あはは……もう俺の出番は終わりだろ」
ソラの言葉は事実だった。『王』という頭を失った事ですでにゴブリン達は烏合の衆となっており、ただ無意味な突撃を行うしか出来ていない。
こうなれば後は構築した柵により食い止められ、射掛けられるだけだ。時に居る強い亜種とて、飛空艇の集中砲火を浴びれば数秒と保たない程度。殲滅戦、もしくは掃討という言葉が相応しい状況だった
「これが正しかったんかな」
「さてねぇ……正しいか正しくないかと聞かれりゃオレ達にとっては正しい事ではあっただろうさ」
「……かねぇ」
一方的に射掛けられ殲滅させられているゴブリン達の姿はどこか物悲しい物があり、自分達の敗北も理解出来ていない様子が尚更に無情に思えた。
「諦めろ。オレ達は人間……いや、人類だ。魔物とは永遠に相容れない。相容れようとした奴だっている以上、相容れようとしない奴に配慮なんて出来はしない」
「……」
やはりここら、カイトは為政者であり英雄なのだろう。彼ははっきりと魔物は魔物と割り切り、殲滅を支持している様子だった。特に彼の場合、日向や伊勢という元々は魔物であった存在と共に暮すのだ。
魔物だから相容れない、ではなく本人の意思で相入れようとしないとした以上、彼女らを守るためにもなおさら容赦は出来なかった。が、その上でと彼はどこか笑って慰める。
「……ま、その上でこの有様に無情を感じるのはしゃーない。人だからな。オレだってそうだからな。躊躇いはするさ」
「そか」
下手に話せてしまった事が最大の原因だろう。敗北を悟り敗北を受け入れ、それでなおごく僅かでも同胞が生き延びられる可能性に賭けようとした奴らがいたのだ。それに肩入れしてしまいそうになるのは、仕方がない事かもしれなかった。
「何体ぐらい、生き延びるんかね」
「一体も生き残らせちゃならんよ」
「……そか」
「ああ……ゴブリンはな。確かに最弱の魔物で冒険者や兵士になったばかりの戦士が初陣で戦うには適した相手だ。だがな……それは戦士だけだ。一番格下のゴブリンでも十分に子供を殺せる。更に先の悲劇を招かないように、一体残らず滅ばさにゃならん。弱いから見逃しました、は許されんよ」
「……そーだな」
カイトの指摘に対して、ソラはどこか気のない様子で応ずる。こればかりはやはり為政者として、その被害の実態を常に見続けてきたからだろう。冷酷に冷徹に、為政者として見過ごせないと断じていた。
無論、そんな彼も一瞬は躊躇った以上、今回が異例な事態だという事もまた事実であり、彼もまたソラを責めてはいなかった。
「ま、今回は後味の悪い仕事だった、と思って酒でも飲んで寝ろ。冒険者長くやってるとこんな嫌な依頼は時々来る」
「そーする。飲みたい気分でも無いけどさ」
カイトの助言に対して、ソラも少しは気分を持ち直せたらしい。少しだけ眉間のシワを解いて笑う。そうして少しだけ気分を持ち直した彼は、改めて前を向いた。
「おっしゃ。ちょっとは美味い酒を飲むためにも、最後の一仕事ぐらいやっかね」
「そうか……ま、あまり無理はしないようにな」
「おう。そこらはちゃんとやるよ」
カイトの助言に対して、ソラは素直にそれを受け入れる。そうしてソラは再びウェポンパックを担ぐと、自身もまた弾幕の展開に加わる事にする。その一方、カイトは通信機を起動。ティナへと連絡を取った。
「……ティナ。そっちの様子は?」
『数名、見付けた……が、お主がいささか張り切りすぎたかもしれんのう』
「そうじゃないだろう……向こうもこれ以上手駒パクられたくはないってだけだろ」
『じゃろうな。リトスを手に入れられた分、良しとしておくべきじゃろう』
「そうだな……」
最低限の取っ掛かりとなるだろうリトスは手に入れられたのだ。そして彼女は暗殺者の中でも最下層ではなく幹部級、ないしは幹部に近い立ち位置だったという。無論これが組織の中枢に居るという意味ではないが、末端の使い捨ての駒よりは情報を持っていそうだった。
「まぁ、この組織は逃がすと面倒そうだ。しっぽは掴んでおきたい」
『うむ……ま、後はあの赤い魔石の調査も平行して進めねばな』
「あれでどの程度わかりそうだ? あれ以上粘るのはかなり難しかったんだが」
『まぁ、ほどほどじゃのう……魔物の洗脳に特化した魔石。現物が手に入ればと思わんでもないが……』
それは出来なかった。カイトの返答にティナは苦い顔でそう告げる。事実、彼女が見た限りでもあからさまに自壊の術式が仕掛けられており、殺して強奪は即座に諦めた。
それ以外にもいろいろな対策が取られており、中にはあの杖を『王』から一定の距離を離すと『王』と杖が共に消し飛ぶような魔術まであったらしい。流石にこちらはおそらく『王』自身が解析し解除した様子だったが、こういった魔術がまだごまんとあったそうだ。
「まぁ、情報の集約と報告はまた頼む。こちらは残存兵を片付けて、マクスウェルに帰還する」
『うむ。ではこちらは今回の戦いを終えると共に、戻る。あまり雑務を長引かせるでないぞ。此度は多く連れて行っておるし、サリアも煩かろうて』
「あはは。それもそうだな」
今回の依頼は紆余曲折あったものの、目的は飛空艇の購入資金に充てるためだ。そして購入先はヴィクトル商会。サリアがうるさいのは目に見えていた。というわけで掃討を手早く終わらせるか、と決めたカイトは弓を取り出すと、彼は少し強い個体を狙撃していく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




