第2413話 子鬼の王国 ――深蒼の王威――
ベルクヴェルク伯爵領にて行われた『子鬼の王国』掃討作戦。それも遂に残す所は『王』とその取り巻きである『近衛兵』達の討伐に差し掛かっていた。そうして瞬とソラの両名が最側近たる『近衛兵』二体との戦闘に及んでいた頃。カイトもまた『王』との戦いに臨んでいた。
「……」
「……」
周囲の喧騒を他所に、両者は闘気を漲らせながらも数瞬にらみ合いを交わす。そうして少しの間にらみ合いを交わした後、先に行動したのは『王』だった。
「はっ!」
『王』は左手に持つ杖を突き出して、それを媒体にして何かの魔術を展開させる。そうして放たれた無数の魔弾に対して、カイトは地面を蹴って空中に舞い上がる。それに無数の魔弾もまた追従するわけであるが、カイトはそれらを十分に引き付けて転身。後ろ向きに飛翔しながら魔導書を取り出す。
「盾よろ」
『反射も出来るが』
「盾で良いよ」
アル・アジフの問いかけに対して、カイトは特段気にする様子もなくそう告げる。そうして前面に展開された魔法陣により、『王』の放った魔弾はすべてかき消された。と、そこに。転移術で『王』が肉薄し、魔法陣に向けて杖の赤い宝玉を打ち据えた。
「む」
「ふんっ!」
僅かに片眉を上げたカイトに対して、『王』は一瞬の気合を込めて魔法陣を破砕する。そうして砕け散る魔法陣の破片の中で、『王』はカイトに向けて右手に持つ片手剣を突き付ける。
「ほっと」
放たれる刺突に対してカイトはこちらもまた右手に持つ刀で切り上げるようにして片手剣を弾く。そこに、今度は『王』がカイトの眼前に杖を突きつけた。
「……」
にやり。『王』の顔に笑みが浮かぶ。そうして直後。杖に取り付けられた赤い宝玉が輝いて、赤い光条が迸る。
「あっぶね」
放たれた赤い光条に対して、カイトは即座に虚空を蹴って距離を取っていた。そんな彼に、『王』は即座に距離を詰めて片手剣による薙ぎ払いを放つ。
「っと」
きぃん。金属同士の衝突する澄んだ音が鳴り響いて、火花が舞い散る。そうして再度『王』が杖をカイトへと突き付けようとするが、流石に二度も同じ手を食うカイトではない。蹴りを放って杖の先端を明後日の方向に向け、赤い光条をいなす。
「はっ!」
杖を明後日の方向に向けたカイトであるが、彼はそのまま剣戟を放って『王』へと追い打ちを掛ける。これに『王』もまた片手剣を振るって応戦する。そうして数秒の間に交わされた数十の剣戟の果て、カイトは千日手を理解して仕切り直しとばかりに虚空を蹴って背後へ跳ぶ。
「……」
逃がすと思っているのか。楽しげな笑みを浮かべる『王』は無言で同じく虚空を蹴って前に跳ぶ。が、その直前。アル・アジフが光り輝いて、カイトの前面に魔法陣が展開される。
『クトゥグアの火よ』
アル・アジフの声が響いて、魔法陣から異界の業火が召喚される。これに、『王』は杖を突き出してこちらもまた魔法陣を展開。業火を防ぐ盾とする。そうして業火を切り裂いて飛翔した『王』であるが、その眼前に刀の切っ先が突きつけられた。
「っ」
ただ放たれるだけだった業火が刀に宿り形を得たのを受けて、流石に『王』は魔法陣では受け止めきれないと判断したらしい。炎の切っ先に気がつくと同時に背後に空間の切れ目を生み出してその中に飛び込んだ。それにカイトは刀を迷いなく手放し、追撃する。
「はっ」
自らを追撃する炎の刀に対して、『王』は杖で片手剣の力を増幅。強固な守りを展開しつつ、片手剣で刀を打ち落とす。それに対してカイトは空いた右手に魔銃を携えていた。
「クトゥルー」
『クトゥルー・ダウンロード……セット』
「よっしゃ」
ざぱん。そんな波の音にも似た音と共に、カイトの持つ魔銃に水の力が宿る。そうして、彼は少し遠くに転移していた『王』に向けて容赦なく引き金を引いて魔弾を乱射する。
「……ぬ」
飛来する無数の魔弾を見て、『王』は僅かに顔を顰める。超高威力の水の魔弾だ。直撃すればただでは済まなかった。というわけで『王』は先程と同じく杖を突き出し、魔法陣を展開。飛来する魔弾の雨を防ぎ切る。と、そんな『王』が何かを高速で詠唱する。
「……」
「さて……」
何をしてくるか。カイトは魔弾を連射しながら、『王』の一手を見極めんとする。そうして彼が見ている前で、『王』の展開した魔法陣が水色に輝き出した。
「返礼だ」
カイトから放たれた無数の水の魔弾を利用し、『王』は強大な水の力を蓄えていたらしい。カイトから放たれる水の魔弾さえ飲み込んで、魔法陣から巨大な水流が放たれる。そうして飛来する巨大な水流に、カイトは魔銃から手を離して魔糸で操ると、空いた右手にナコトを携える。
「ロイガー、ツァール」
『ロイガー』
『ツァール』
『『ダウンロード……セット』』
異空間から顕現したもう一丁の魔銃と元々カイトが持っていた魔銃に、二つの風の力が宿される。そうして業風渦巻く双銃へと、カイトは手を伸ばした。
「さ……こいつはどうだ?」
楽しげに笑いながら、カイトは双銃を交差するように構え引き金を引く。そうして発射された二つの魔弾は業風を纏いながら螺旋を描くように飛翔。お互いを巻き込むようにして一つに重なると、巨大な一つの竜巻となり水流を飲み込み、水の竜巻として『王』へと送り返した。
「くっ」
ああすればこうする。まるでしりとりゲームのように放たれる攻撃の応酬に『王』もまた楽しげに笑っていた。そうして水の竜巻となり送り返された水流に、再度『王』は杖を突き出し魔法陣を展開。水の竜巻を吸収させる。
「ほぅ」
吸収した水の竜巻を片手剣に宿した『王』に、カイトは僅かに感心したように僅かに目を見開く。今の攻撃は並の魔物なら軽く消し飛ぶだけの威力があった。それを片手剣に宿し操れるのは十分にすごい腕だと称賛に値した。そんな彼に、『王』は虚空を蹴って肉薄。水の刃を振りかぶる。
「はっ!」
「<<バルザイの偃月刀>>」
双銃を異空間に収納し再度二冊の魔導書を両手に構えたカイトは、『王』の振るう水の刃に対して二振りの偃月刀を顕現。二振りの偃月刀が自動で『王』の振るう水の刃を迎撃する。
「小器用な」
まるで当人が振るっているかのように繊細な動きで自身を防ぐ偃月刀に、『王』もまた感心を露わにする。そうして交わる三つの剣戟を正面に、カイトは虚空を蹴って背後へと跳んで距離を取る。
『何時まで遊ぶつもり?』
「さて……どうしたものかね」
後ろへ飛びながら、カイトはナコトの問いかけにそう嘯く。とはいえ、カイトの意図にアル・アジフは気が付いていた。
『別に父とて遊んでいるわけではない……単にあの杖を見極めているだけだ』
『……私達がやれば一瞬で終わる』
『……だ、そうだが?』
楽しげに笑いながら、アル・アジフはカイトへと問いかける。これに、カイトもまた笑った。
「言うなよ……こういうのは専門家に任せるのが筋ってもんさ」
今まで何度となく杖の使用する場面をその目で見ていたのだ。カイトとてこの杖がそこまで厳重に警戒しなければならない物ではないと理解はしていた。
が、同時に彼では見切れない部分が無いわけではないし、いくら彼とて戦闘中に詳細な解析をやりたくはない。そして何より、そのために専門家を連れてきていた。
「ティナ。どんなもんだ?」
『うむ……やはり想像しておった通りじゃな。あの杖……『王』の討滅と共に消滅しよう』
「となると、やっぱ解析するとなると戦闘中しかないか」
ティナからの返答に、カイトは僅かに苦笑を浮かべる。それに、ティナは一つ頷いた。
『そりゃぁ、そうじゃろう。『王』にあの力と杖を授けた者たちとてあの杖の力はようわかっとろう。あれに使用制限を設けるのは当然の話じゃし、戦闘兵器として運用するのであれば鹵獲されぬように『王』の討滅と共に消滅するのが必定。倒され奪われるではな』
「くっ……とことん時間稼ぎか」
おそらく『王』はそれを知っている上で、自身に対して殺して奪えと言ったのだろう。カイトがその裏にある意図を読むと読んだ上での事だった。というわけで感心したように笑うカイトに、ティナもまた感心を露わにする。
『で、あろうな。殺せば情報は手に入らず、お主に一矢報いれる。さりとてお主が自身の言葉の嘘に気付き時間を長引かせるであれば、彼奴めの目的である同胞の生存確率は飛躍的に伸びよう』
「オレはバケモンかよ」
『バケモンじゃろ。特に殲滅戦であればのう』
カイトのツッコミに対して、ティナは楽しげに笑って指摘する。実際、ソラや瞬達よりカイトの方が圧倒的に危険は危険だ。力を制限しソラ達並にしたとて、殲滅力ではカイトが圧倒的に上だ。他の誰しもを逃すより、カイト単騎を抑え込む方が圧倒的に重要だった。
「ったく……っと、そろそろ突破されるか」
ティナの冗談に笑ったカイトであったが、一方で自動防御の<<バルザイの偃月刀>>での足止めも限界を迎えつつあったらしい。無数のヒビが生じていた<<バルザイの偃月刀>>に対して、『王』は宝玉を輝かせて片手剣にさらなる力を込めると、それをダメ押しとして二振りの<<バルザイの偃月刀>>を粉砕する。
「<<バルザイの偃月刀>>、モード・投擲。添付は毒、必中。<<ニトクリスの鏡>>、モード複製」
『<<バルザイの偃月刀>>……ダウンロード。モード・投擲。添付データ追記完了。作成データをナコトへ転送』
『<<バルザイの偃月刀>>……転送確認。<<ニトクリスの鏡>>による複製を実行』
カイトの指示を受けた二冊の魔導書が、共同して無数の<<バルザイの偃月刀>>を作成する。ちなみに今度の<<バルザイの偃月刀>>は投擲に適した形に変形しており、一見すると先と同じ物とは思えない姿だった。そうして、無数に顕現する<<バルザイの偃月刀>>が一斉に回転するとそのまま猛烈な勢いで『王』へと殺到する。
「ぬぅ!?」
迫りくる無数の<<バルザイの偃月刀>>に、『王』は思わず仰天する。一つ一つの力は先に自身を足止めしてい二振りとは比べ物にならないが、それでも一つ一つの<<バルザイの偃月刀>>は必殺と呼ぶに足る威力を有していた。
しかも『王』は知る由もないが、これら無数の<<バルザイの偃月刀>>にはかすっただけでも全身に猛毒をもたらす力も保有しており、追尾機能も相まって非常に殺意の高い攻撃となっていた。そんな無数の<<バルザイの偃月刀>>の投擲に、『王』は進撃を停止。杖と片手剣を同時に構える。
「ヌゥオオオオオオ!」
人に近しい存在である事を捨て魔物に立ち返ったかのような雄叫びと共に、王は赤い宝玉から生み出した魔刃と片手剣から放つ巨大な剣戟により<<バルザイの偃月刀>>をすべて粉砕する。そうして舞い散る無数の輝きの中を、カイトが突き抜けた。
「貰った」
「ぬ!」
二発の斬撃を放った事でがら空きになった胴体へ、カイトが魔銃を突き付ける。それに『王』が驚愕を浮かべるとほぼ同時。カイトが容赦なく引き金を引いて、『王』の土手っ腹へと魔弾を叩き込む。
そうして勢いよく吹き飛ばされた『王』であるが、やはり素体としての性能であれば『近衛兵』二体より圧倒的に上だったらしい。土手っ腹に風穴が空く事はなく、大きく肉が抉れる程度だった。
「ぐっ……」
激痛に耐え、『王』は脂汗を流しながら改造された肉体が宿す再生力をフルに活用して傷を治癒する。が、その顔にはやはり楽しげな笑みが浮かんでいた。
「楽しそうだな」
「やはり我は魔物なのだ……こうして毎秒毎に同胞が死に絶えながら、傷の痛みを感じながらも感じるのは愉悦だ。血沸き肉踊る死闘……魔物としての抗えぬ破壊衝動。これが楽しくて仕方がない」
珠のような脂汗を流しながら、カイトの問いかけに『王』は心地よさげに笑う。ある意味これこそ、『王』と日向や伊勢との最大の違いと言えたかもしれない。
どちらも人としての意思を見せる事が出来ながらも、『王』は魔物としての衝動に抗えない。それに対して日向と伊勢は魔物としての本質。人類文明への破壊衝動のような物は持っていなかった。それを察したカイトは、改めて『王』を魔物として扱う事を決める。
「そうか……ならば、覚悟は良いか」
「……うむ」
カイトが自身の討滅を決した。『王』はカイトから漂う強者としての風格を見て、それを理解する。そうして自身の討滅を理解した『王』であったが、最後に一度だけ深呼吸をして身体の再生を終わらせ残る痛みの残滓を振り払うと、しっかりと虚空を踏みしめる。
「「……」」
両者一瞬、にらみ合いを交わす。そうして漲る闘気の中、先に動いたのは『王』だった。
「オォオオオオオ!」
魔物としての自身を解き放つような雄叫びと共に、『王』が虚空を蹴ってカイトへと肉薄する。それに対してカイトは二冊の魔導書を手放し左右に展開。魔導書達に自らを隠すように幻を展開させ、虚空に手を突っ込んで、<<星の剣>>を取り出した。
「せめてもの敬意だ」
杖と片手剣を束ねて放たれる強撃に対して、カイトは覇王を思わせる覇気を纏いながら傲然と告げる。そうして<<星の剣>>と二振りの斬撃が交差する。
「……ぬ」
まるで紙くずのように粉砕された自身の斬撃に、『王』は思わず唖然となる。圧倒的な力。ただ防いだだけ。そう『王』には見えた。ただ防いだ余波で『王』の攻撃が粉砕されたのだ。
そうして舞い散る魔力の輝きの中、王者の貫禄さえ感じさせるカイトが<<星の剣>>を振り抜いた。その一撃はもはや斬撃ではなく、斬撃という概念さえない世界の法則だった。
「……」
「魔道を選びし者よ。次なる生へと向かうが良い……今度は、人として生まれろよ。胸糞悪いからな」
「……くっ……お断りだ」
王としてではなく一個の存在として最後に投げかけたカイトに、『王』は少しだけ楽しげに笑う。そうして、自身の消滅という世界の法則を刻み込まれた『王』は自らの傷跡から迸る極光に飲み込まれ、消滅する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




