第2412話 子鬼の王国 ――真紅の魔撃――
『子鬼の王国』を壊滅させるという依頼も大詰めとなり、遂に最終段階となる『王』とそれを守る『近衛兵』達の掃討へと移行した『子鬼の王国』掃討作戦。
『王』の意向により外に戦いの場を移したわけであるが、そこでカイト以下ソラ、瞬の三名はトリンとルーファウスの二人に部隊の指揮を任せると『王』とその最側近の『近衛兵』二体との交戦に及んでいた。そうして、ソラが交戦を開始したとほぼ同時。瞬もまた、『近衛兵』の一体と交戦を開始していた。
「……」
『……』
瞬が戦っていたのは、物静かな方の『近衛兵』だ。故にここの戦いは言葉の応酬としては静かであったが、それに反比例するかのように攻撃の応酬は激しかった。
「ふっ」
『ハッ!』
瞬の放つ刺突を半身をずらして回避した『近衛兵』であるが、そのまま余勢を駆ってその身の丈ほどもある大剣を袈裟懸けに振るう。それに、瞬は槍の引き戻しの反動を利用する形で後ろに跳ぶ。
『ヌゥン!』
「っ」
自身に回避された大剣をそのまま地面へと振り下ろし衝撃波を追撃として放つ『近衛兵』に、瞬は地面を踏みしめると同時に<<赤影の槍>>を地面に突き立てて自身を上に持ち上げる。
そうして腕の力だけで上空へと舞い上がって衝撃波を回避した彼に向けて、『近衛兵』は遠心力を利用して大剣を思い切り振りかぶり、斬撃を飛ばす。
「来い!」
迫りくる斬撃に対して、瞬は鎖を編んで<<赤影の槍>>を引き寄せる。そうして柄で斬撃を防ぐと、その反動で更に上へ飛び上がる。
「おぉおおおお!」
天高く舞い上がった瞬は最頂点まで到達すると、そこで海老反りに<<赤影の槍>>を振りかぶって思い切り地面へと叩きつけるように投げ下ろす。
『……』
音の壁を軽々とぶち抜いて飛翔する<<赤影の槍>>を見て、『近衛兵』は即座に地面を大きく切り裂いた。そうして、くり抜かれた地面をまるでケーキをフォークに刺すが如くに大剣の切っ先に突き立てると、そのまま魔力でくり抜いた地面を押し固め、大剣を振って<<赤影の槍>>に向けて投げつけた。
「ちっ」
単なる地面ならいざしらず、投げられたのは魔力で押し固められた地面だ。その強度は単なる地面とは比較にならず、<<赤影の槍>>も貫通こそしたものの威力速度共に先程とは比較にならないほどに落ちてしまっていた。
そしてこうなると簡単に避けられるし、それどころか叩き落とす事さえ容易だった。というわけで二の太刀を構える『近衛兵』を見て、瞬は即座に<<赤影の槍>>を呼び戻して着地する。
「戻れ」
『……』
二の太刀を放つ前に引き戻され、『近衛兵』は再度無言で構え間合いを測る。それに瞬もまた槍を構え間合いを測る。そうして先に地面を蹴ったのは、瞬だった。
「ふっ」
参式展開。脳裏で口決を唱え雷炎を纏った瞬は一瞬で距離を詰め、『近衛兵』の間合いの内側に潜り込む。そうして彼は容赦なく『近衛兵』の胴体目掛けて槍を突き立てた。
「!?」
ぎぃん。澄んだ音と共に、瞬の槍が『近衛兵』の鎧に食い止められる。彼としては本気でやったつもりだったのだが、『近衛兵』の力量も相まって貫けなかったようだ。そうしてそんな彼の脳天目掛け、大剣が振り下ろされる。
(ちっ……誘われたか)
どうやら敢えて胴体をがら空きにしたように見せて、自分の攻撃を誘ったらしい。瞬は『近衛兵』が浮かべた僅かな笑みからそう理解する。というわけで、振り下ろされる大剣に瞬は即座に持ち前の速度を活かして離脱。再度放たれる衝撃波の追撃には槍を突き出し消し飛ばす事で対応する。
(どうする? あの鎧。中々の練度の金属を使っている……さらに言えば盾を持たないからか、奴の防御力そのものもかなり高い)
おそらく単体の防御力であればこちらの方が高いだろう。瞬は更に放たれた衝撃波を横に跳んで回避しながら、一瞬だけソラと戦うもう一体の『近衛兵』を見る。
そちらは一見すると全身に防御力が高いように見えるが、その実鎧に関してだけであれば瞬が戦う個体の方が硬かった。こちらの個体は身一つで防ぐ必要があるため、鎧等に避ける魔力が多いのだ。無論、総合的には盾の概念を持つ分、ソラが戦う『近衛兵』の方が硬いだろう。
「……ふっ」
『ハァ!』
再度跳んだ自身の後ろに回り込んだ『近衛兵』に対して、瞬はそれを先読みして即座にその場から移動。距離を取る。
(これがカイトなら、ルーンを地面に仕掛けておいて離脱するんだろうが)
流石に俺はそこまでは望めないな。瞬は『近衛兵』の速度を見てそう判断する。これが更に弱い魔物相手なら瞬も練習がてらやった可能性はあったが、流石にこの『近衛兵』を相手に遊びなぞ見せられなかった。
「っ、はっ!」
『オォ!』
再度背後に回り込まれたのを受けて、瞬は即座に転身。先手を打つ形で槍を放つ。が、これに『近衛兵』は再度横に半身をずらして回避。片手だけで大剣を振り抜いた。
「くっ」
振り抜かれた大剣を屈伸するように回避し、瞬は一瞬だけ力を足に溜める。そうして蓄積された力を解き放つようにして、『近衛兵』の顔面狙いで突き上げた。
『ツゥ!』
僅かに赤黒い筋が『近衛兵』の頬に入る。そうして顔を顰めた所に、<<雷炎武・参式>>を始動した瞬が一気に襲い掛かる。
「おぉおおおお!」
『ヌゥ!』
槍衾でも作るかのような連撃を、瞬は一人で作り出す。そうして放たれる無数の突きに対して、『近衛兵』も堪らず距離を取った。一撃の威力が低かったので障壁を完全破砕する事は出来なかったが、遠からずそうなるのは目に見えていた。両者の実力差は言えるほどあるわけではない。逃げるしか出来なかったようだ。
「ふぅ……」
これで向こうから距離を取ってくれた。瞬はそこで一息吐いて、即座に<<赤影の槍>>に力を込める。そうして彼は再度ぐっと足に力を込めると、紫電を纏いながら『近衛兵』へと肉薄する。
「おぉ!」
『ッ、軽イ!』
この程度なら十分に阻害出来る。『近衛兵』は先程の一幕でそれを掴んだらしい。数発貰う事を覚悟で強引に瞬の槍を切り落とすべく上段から斬りかかる。そこに、瞬は左手にも別の槍を生み出して敢えてそちらを落とさせる。
『ヌ!』
「はぁ!」
『グゥ!』
<<赤影の槍>>が鎧の合間から突き刺さり、『近衛兵』の顔に苦悶の色が浮かぶ。そうして丁度肩の部分から赤黒い血が吹き出して、しかし数秒後には筋肉により強引な止血を見せた『近衛兵』により食い止められる。
「……お、おいおい……」
ソラもそうであったが、瞬もやはりこういった荒業は滅多な事でお目にかかるわけではない。なので彼も『近衛兵』の荒業には一瞬呆けるしか出来なかった。が、そこに『近衛兵』は即座に斬り掛かった。
『オォオオオオ!』
「ちぃ!」
痛みで若干だが怒りを感じているらしい『近衛兵』の速度は先程とは比較にならないほどであった。故に一瞬で瞬の眼前にまでたどり着いた『近衛兵』であったが、即座に叩きつけるような一撃が瞬へと振り下ろされる。それに瞬は背後に跳んで距離を取った。
「……」
背後へ跳んで距離を取りながらも、瞬は即座に次の一手を考え付いていた。というわけで、彼は地面を滑り急制動仕掛けながらも<<赤影の槍>>を手にし、全身をバネのように引き絞る。
「おぉ!」
雄叫びと共に、瞬は<<雷炎武・参式>>を起動。紫電の勢いと活性化した筋力をフル活用して、正面に向けて槍を投げた。
『ヌゥ!』
『近衛兵』の顔に浮かんだのは驚愕だ。今までは振り下ろしによる落下速度も加わっての投擲であったが、それにも勝らずとも劣らない速度で、しかも普通ではない体勢から自分に投げられたのだ。咄嗟の事で満足に反応は出来ず、反射的に大剣を置くようにして防ぐ事が精一杯だった。が、踏ん張りも十分ではなく、その衝撃により轟音と共に吹き飛ばされてしまった。
「ふぅ……」
十分な距離を取れた。瞬は呼吸を整えながら、次の一手を打つべく精神を整える。そうして腕を引き戻す動作に合わせて<<赤影の槍>>を呼び戻すと、槍に『近衛兵』を屠るに十分なだけの力を込める。
『ッ……』
漂う濃密な殺気に、遠くに吹き飛ばされた『近衛兵』も僅かに身を強張らせる。明らかに尋常ではない殺気が瞬の持つ<<赤影の槍>>から漂っていた。そうして、瞬の命令に呼応したかのように<<赤影の槍>>から赤黒く、濃密な力が放出され槍そのものに絡み付く。
「っ……」
あまり長引かせるべきじゃないな。瞬は<<赤影の槍>>の持つ濃密な死の気配を抑え込みながら、これが自分自身をも毒する可能性を持つ事を理解していた。故に速攻を決めた彼は<<雷炎武・参式>>を再展開。一瞬で『近衛兵』との距離を詰める。
「はっ!」
『ッ、グッ!』
赤黒い魔力を纏う<<赤影の槍>>の刺突を大剣で弾くようにして防いだ『近衛兵』であるが、その漂う魔力までは防ぎきれなかったようだ。大剣を貫通してきた赤黒い魔力に突き立てられ、まだ肉体こそ無事であったが魔力をごっそりと削られる。
「おぉおおおお!」
『ッ……』
雄叫びと共に振るわれる槍の連撃を受け、『近衛兵』の顔には苦味が広がっていく。一撃一撃を防ぐ度、大剣を貫通して伸びる魔槍の力により魔力をごっそり奪われるのだ。
生半可な力では防ぐ事さえ許されない正しく魔槍。その一撃は尋常なものではなかった。故に、『近衛兵』も十度攻撃を受ける頃には矢も盾もたまらずその場を離れるしか出来なかった。
『……見事』
「……有り難く、受け取っておこう」
これだけの魔槍を扱うのだ。『近衛兵』としても称賛に値した。が、一方の瞬としてもこの魔槍はまだ扱いかねたのか、若干辛そうではあった。そんな彼は鉄の意志で敢えて平然と振る舞いながら、少しだけ呼吸を整えるように感謝を口にする。そうして両者一瞬だけ持ち直しの時間を取った後、先に立て直した瞬が再度地面を蹴って『近衛兵』へと肉薄する。
「ふっ」
どうやら流石は槍の扱いであれば英雄クー・フーリンに天才と言わしめた瞬らしい。先程の応酬で大体の感覚は掴めたのか、先程より随分と楽な様子で槍を振るう。が、対する『近衛兵』は慣れるも何もない。こちらに再度の苦味が広がるまで、さほどの時間は必要なかった。
『オォオオオオオオオオ!』
再度の魔槍による連撃を受け、『近衛兵』はこのままでは自身の敗北と悟ったらしい。一か八かという様子で雄叫びを上げて、防戦一方だった自身に力を漲らせて瞬の<<赤影の槍>>を押し戻す。
『フンッ!』
「くっ!」
かち上げるようにして振るわれた大剣で<<赤影の槍>>を弾かれ、瞬の腕に僅かなしびれが襲いかかる。それに彼は距離を取って立て直しを選択するも、そこに『近衛兵』が猛然と襲いかかった。
『オォオオオ!』
「っぅ!」
唐竹割りに振り下ろされる大剣に対して、瞬は咄嗟に<<赤影の槍>>を両手で支えるようにして受け止める。その衝撃で地面が砕け、瞬の姿勢が僅かに崩れる。
『ヌゥウオオオオオオ!』
「ぐっ……」
雄叫びと共に渾身の力で<<赤影の槍>>ごと自身を両断せんとする『近衛兵』の力に、瞬の顔には苦味が増していく。正しく死力。もはや後先も考えない、自壊さえ引き起こしかねないほどの剛力だった。
「っ……<<赤影の槍>>! 覚悟を決めるぞ!」
このままでは負ける。それを悟った瞬は、禁じ手を使う事を決める。そうして彼の額から角が伸び、それに呼応したかのように<<赤影の槍>>から真紅の輝きが放たれる。
『ヌゥ!?』
「オォオオオオオ!」
鬼にも似た禍々しい雄叫びが瞬の口から放たれ、今まで押されていた瞬が逆に一気に押し戻していく。そうして数秒後。遂に瞬が大剣を押し返した。
『グッ!』
「オォ!」
どんっ。そんな轟音と共に瞬が地面を強く踏みしめ、大剣を弾き返す。そうして弾かれた大剣であるが、『近衛兵』は強引にそれを食い止めるとそのまま今度はがら空きの胴体を薙ぐように若干袈裟懸けに切り払った。
『ナント……ゴフッ』
浮かんだのは、驚愕だ。なんと瞬は放たれた一撃に対して鬼の剛力を以って強引に受け止めて見せたのである。そうして大剣を左手で掴んだ瞬は空いた右手で『近衛兵』のがら空きの胴体に向けて叩き込んでいた。
「喰らえ、<<赤影の槍>>」
『……』
見事。物静かな『近衛兵』は無言で瞬に向けて称賛を送る。そうして主人の命令を今か今かと待ちわびた魔槍の力により、『近衛兵』は消滅する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




