第2407話 子鬼の王国 ――進軍――
『子鬼の王国』掃討任務を請け負った冒険部を主体とした『子鬼の王国』壊滅作戦。これについては開始前から『子鬼の王国』が犯罪組織によるものだと発覚する等様々なトラブルに見舞われたものの、皇国軍やベルクヴェルク伯爵軍の支援を受けてなんとか作戦開始にまで漕ぎ着けていた。
そうして作戦開始から暫く。『子鬼の王国』の占拠する坑道の入り口までを確保したカイト達であったが、そこからは隊列を整えて坑道で仕事をする鉱夫達が様々な物資を置いていた待機所を確保するに至っていた。
「第四班! 待機所の確保を! 結界の展開は常に最大! 工作部隊と共に解除されないように厳重に注意するように!」
「「「了解!」」」
待機所の制圧後。カイトの指示に待機所を確保してけが人の搬送等を行う第四班の面々が声を上げる。そんな待機所から先には三つの通路が見受けられた。それにいざ進まん、とする直前。待機所の確保を完璧にしていたソラが声を上げる。
「カイト! これを見てくれ!」
「ん?」
「地図だ……この坑道の、だと思う」
「ふむ……」
ソラの言葉を受けて、カイトは壁に掛けられていた地図を自らの腕に取り付けたウェアラブルデバイスに取り込んだ情報を見比べる。カイトが持っているのは今回の作戦に際して任務に必要だから、とベルクヴェルク伯爵から提供されたこの鉱山の地図だ。
が、これはあくまでも資料としてあった物であり、現地と完全一致しているとは限らないとの事であった。鉱山の性質上、坑道は常に拡張していたからだ。というわけで、こちらの方が最新になっている可能性は十分にあり得た。
「……そうだな。どうやらこれはこの鉱山が閉鎖される少し前に描かれている様子だ。一部の構造が拡張されている……ちょいと待ってろ」
ソラを横に、カイトは壁に掛けられていた地図に向けてウェアラブルデバイスのカメラを向ける。すると地図が一瞬でデジタル化され、更にベルクヴェルク伯爵から提供されている地図との誤差を修正。新しく追加されている部分が色違いに表示される事となる。
「……良し。ソラ」
「おう」
カイトの指示を受けて、ソラは自分が持っていたデータ化した地図を封入している魔道具を彼に差し出す。それに、カイトはアップデートした地図をダウンロード。すぐにソラへと返却する。
「よし……先輩! っと、そこか」
「聞いていた。これだな」
「ああ」
瞬から手渡されたソラと同じ魔道具に、カイトは地図を再びダウンロードさせる。そうしてあっという間に地図の複製が二つ出来上がり、最新の状態での作戦の進行が可能となった。が、すぐに進めるわけではない。まずそもそも待機所の準備が出来ていないし、地図が新しくなった以上はそこでの打ち合わせも必須だった。
「よし。この構造だと……おそらく『王』の居場所はここだろう。どう見ても」
「だな」
「ご丁寧な事にな」
笑うカイトの指摘にソラも瞬も思わず失笑する。壁に立て掛けられていた地図であるが、そこの一番上の部分。地図上であれば最深部に相当する部分にはゴブリン達が一目でわかるようにしているのか、王冠のマークが付けられていた。おそらくこの地図も知性の低いゴブリン達が迷わないようにしていたのだと思われた。
「で、作戦だが当初の予定通り中央のルート。最も敵数が多いと思われるこの道をオレが進む。あっちはソラ、こっちは先輩だな」
「よし……にしても鉱山ってこんな広いのか」
「いや、俺も気になって聞いたんだがエネフィアの鉱山はかなり広めらしい」
どこか意外そうなソラの言葉に対して、瞬は一つそう告げる。無論これを誰に聞いたか、というとカイトだ。なので彼が説明を加えた。
「エネフィアだと人間以外の種族も鉱夫として働いている。ドワーフもそうだし、鬼族なんかの体力自慢の種族も鉱夫として非常に優秀だ。ドワーフ達は大丈夫だが鬼族とかは二メートル超はザラ。それが行き交う事になると、こういう広い通路にならざるを得ん」
「あー……なるほど。んで、トロッコの通路を確保したりすると、必然こんなでかくなるわけか。こっちからすりゃ戦闘がやりやすいから困るわけじゃないけどさ」
「同時に敵もそうだから、そこは注意しとけ」
広さとしてはおおよそ横に5メートル縦に3メートルという所だろう。中央にはトロッコを走らせるためのレールが敷かれており、その左右を歩いて通行出来るという所だ。戦闘をするには十分だった。なお、やはり鬼族達が乗る事もあるからかトロッコは地球のそれよりかなり大きく、それに合わせて線路も重厚だった。
「おう……良し……ん。工作部隊から報告が入った。行けるか?」
「おう」
「ああ」
カイトの確認に、ソラと瞬は一つ頷く。そうして、三人は最後の確認を終えて改めて進軍を開始する事になるのだった。
さて三つに別れて進行を開始したカイト達であったが、その中でソラは右のルートを通っての進行を行っていた。
「はっ! やっぱ楽だわー」
そんなソラであったが、彼は今回トリンが最後尾で部隊の統率をしてくれているからか自身の戦闘力を活かして最前線にて道を切り拓く役目を請け負っていた。
『そっち、問題無いの?』
「おう。今の所ほとんどヤバいのは出てない。まぁ、外だここまでだで結構ヤバいのはやってたしな……」
『いや、君が強いだけなんだけどね……』
ソラの返答に対して、トリンは少しだけ呆れるように笑う。実際、ソラはもう冒険者としての平均値から大きく上に到達しており、総合的に見ればランクSの冒険者に勝てなくとも暫く堪える事が出来る程度はあった。なので亜種でもカイトが戦ったような最上位の個体でもなければソラでも十分に勝ちを得られたのである。
「そうか?」
『ま、そんな所だよ……でもあまり力を使いすぎないようにね。最後、早すぎるとカイトさんが来る前に始まっちゃう可能性もあるし……』
「おう。注意しとく」
今回、ソラは当初に言っていた通り少しだけ足早に進軍していた。勿論、無理の無い範囲での話だ。が、下手に突き進まないように制止するのも、トリンの役目に近かった。というわけでそこに一応の掣肘を加えた彼が、ソラへと告げる。
『うん……あ、その次の曲がり角を曲がった先が最初の目的地だよ。そこの確認は必須だから注意しておいて』
「おう……第二、第三隊! 右の通路の制圧任せた!」
「「おう!」」
今回は任務の性質上、先が行き止まりであるとなっていても確認と制圧は必要になっている。が、いちいちソラが全てを殲滅していては彼の体力も魔力も保たない。
なので別働隊をいくつか用意しており、そちらに行き止まりは制圧してもらう事にしていた。というわけで、別働隊にそちらを任せたソラは更に進んで最初の目的地となるいくつかある休憩所の一つを目指す事になる。
「おらよ!」
自分達の進行を阻止せんと立ちふさがるゴブリン達に向けて、ソラは一切の容赦なく剣戟を叩き込んで制圧していく。今回、ソラが率いているのは総勢20人――トリン含む――からなる中規模の部隊。それに加えてユニオンからの救援部隊が5人の総計25人だった。
「天城!」
「なんっすか!?」
「壁だ! 来るぞ!」
「りょーかいっす!」
ソラは上級生の言葉に応じて、全員を完全にカバーするように球状の盾を展開する。そして、次の瞬間。がぁん、と何かがぶつかる音が鳴り響いた。
「助かる! 合わせろ!」
「「うっす!」」
上級生の言葉に、彼の補佐についていた他二人が土の中から顔を覗かせたオーガの亜種の顔面に武器を叩き込み、上級生自身は魔術を使って胴体を消し飛ばす。そうして彼らは休憩室前最後の通路にたどり着いた。が、そんな通路を覗き見て、ソラは思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あー……こりゃ……」
「五十体……ぐらいかな」
「多い方?」
「多い方」
ソラの問いかけに対して、トリンも少し乾いた笑いを上げながら同意する。今までも数十体規模の集団とは何度も遭遇していたが、今回はその中でも一際多かった。が、多かろうと少なかろうとやる事は一緒で決まっている。
「トリン。あれで良いんだな?」
「うん」
「よし……全員、扉の先が休憩室だ。扉への攻撃は十分に注意してくれ」
ソラの指示に、全員が小さく頷いた。そうして全員は頷きを交わし最終的な合意を得ると、ソラを先頭にして一気に通路へと躍り出る。
「おぉ!」
小さな雄叫びと共に、ソラは盾を構えて突進する。そうして敵の隊列を乱すと、そこでバックステップで距離を離す。
「総員、斉射三回! その後、近接部隊は突撃!」
敵前列の隊列を崩したソラの退避と共に、トリンが号令を下して各々が出来る遠距離攻撃を開始。前線を更に大きくかき乱す。そうして乱れた所に、今度は近接攻撃しか出来ない面々が突っ込んだ。
「「「おぉおおおお!」」」
一気呵成に突っ込んだギルドメンバー達の攻撃で、休憩室を守る最後の砦となっていたゴブリンの群れが瞬く間に数を減らす。が、敵の群れの中でも一際強い亜種達はこれでも仕留めきれなかった。なのでソラはそれがどの個体かを即座に認識すると、隊列に加わっていた藤堂へと指示を飛ばす。
「藤堂先輩! 一瞬抑えてください!」
「わかった!」
「うっし……」
自身の真横を駆け抜けた藤堂――この展開が読めていたので彼だけは待機していた――を横目に、ソラは背負っていたウェポンパックをしっかりと担いで固定。ウェポンパックの側面に取り付けられた照準器を伸ばして、照準を合わせる。そうしてそんな彼の目の前で、オーガの一撃を藤堂が受け止める。
「ぐっ! 天城くん!」
「……発射! で、良いのかな」
ガチャン。引き金を引いたソラであったが、こういう時にどんな言葉を言えばよいかわからず少し恥ずかしげだった。とはいえ、そんな彼の発射した光条は一直線にオーガの顔面へと飛翔。数秒でその頭部を跡形もなく吹き飛ばした。それを受けて、藤堂が倒れ込む胴体を大きく打ち上げる。
「しょっと! はっ」
少し気勢を上げて胴体を打ち上げた藤堂が、気合一閃で胴体を袈裟懸けに切り裂いた。すると、傷口が白炎を上げて拡大。完全に胴体を消滅させる。それに、ソラは目をしばたかせた。
「なんすか、今の」
「<<白炎斬>>という技だよ。武蔵先生から教えて貰ったんだ。傷口から白炎を流し込んで敵を内側から攻撃するもの……らしいんだけど練習があまり出来てなくてね」
それでここで練習してみようとね。ソラの問いかけに藤堂はそう答える。ちなみに、これはアンデッド系の魔物によく効くのであるが、今回はあくまで練習なので死体相手に使ったのであった。
「ソラ、カネツグ! 話してないで次!」
「「おっと!」」
トリンの苦言に対して、ソラも藤堂も気を取り直して次に取り掛かる。そうして、彼らは数分で休憩室を守るゴブリン達を殲滅する事になるのだった。
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