第2405話 子鬼の王国 ――確保――
ベルクヴェルク伯爵領にて発生した『子鬼の王国』。その掃討任務を請け負った冒険部であったが、発生した『子鬼の王国』の裏には犯罪組織の影があった。というわけで事態の大きさを鑑みベルクヴェルク伯爵が作戦を直接指揮する事となり掃討任務は開始される事になったのであるが、最前線で直接的な交戦を請け負う冒険部は第一段階となる結界の破砕を完了。
第二段階となる地上部隊による強襲を行う。そうして強襲作戦における最大の肝であった結界の再展開を阻止する魔道具を設置したカイトは群がるゴブリン種の魔物達を蹴散らしながら、もう一つの作戦目標となる坑道の入り口の確保に動いていた瞬率いる本隊との合流に急いでいた。
「ちっ……相変わらず数が多い」
だだだだだっ、と双銃を構え無数の魔弾を放ちながらカイトはあまりの敵の多さに辟易となる。まぁ、相手が最弱の種族と言われるゴブリン種相手だからといえど、相対戦力比は1対10を上回る。
カイトや瞬を筆頭にした最上位の亜種が居ても対応出来る者が居るのでさしたる問題はないが、逆に要救助者が居るだろう鉱山の上で戦っている事もあって出力頼みの殲滅も難しい。特に出力こそを得手としたカイトにとってやりにくい事この上ない戦場と言えた。
「いっそ、爆撃でもできりゃ良いんだが……そうも言っていられんか」
何体倒したか数えるのも嫌になるほどの戦闘を繰り返しながら、カイトはただひたすら敵を殲滅しながら前へ前へ――正確には後ろへだが――進んでいく。
埋め込んだジャミング装置は地中深くに埋め込まれており、一時的には破壊は防げる。更に言えば後続の部隊がジャミング装置の防衛にも回る事になっていた。カイトの役目はあくまでもそれまでに分断されるのを防ぐ事だった。
「ちっ」
カイトは上空に現れたオーガとオークの軍勢に、しかめっ面を更に深める。面倒な事この上ない。が、今この場には彼一人。自分でやるしかないのだから、やるしかなかった。故に彼は回転するように身を捩り双銃を異空間に収納すると、そのままの勢いで黒鉄の棒を取り出す。
「おぉおおおおおお!」
雄叫びと共に、オークやオーガの巨体を横に打ち据え一気に明後日の方向へ吹き飛ばす。そうして明後日の方向へ吹き飛ばしたと同時に、今度は砲塔が二つあるランチャー型の魔道具を腰だめに構える。
「術式装填」
『ハスター』
『クトゥルー』
「照準合わせ……ファイア!」
二つの魔導書に蓄えられた二つの術式を弾丸とし、カイトは螺旋を描くような弾丸を解き放つ。それらは敵対する神々よろしくぶつかり反発しあいながら突き進み、巨体のゴブリン種の魔物達の中心で大爆発を引き起こした。
「ふぅ……ちっ」
倒したそばから溢れかえるゴブリン種の群れに、カイトは再度舌打ちする。倒しても倒しても、どこからともなく湧いて出る。彼でなくても嫌になるのは不思議のない事だった。
『……一体一体倒してもキリがない』
「わーってるがね! 何か良い手があるなら絶賛募集中だ!」
自身の得意とする高出力による殲滅は使えないのだ。何か良い手があるなら是非とも聞きたい所であった。が、そんな物を可能としているのは超上位の魔術だけで、今のカイトに出来る物は限られた。
『突っ込まねばよかっただけだと思うがな』
「否定はせんよ!」
だだだだだ、と機関銃のように魔弾を連射しながら、カイトはアル・アジフの指摘を否定しなかった。いっそ魔術師として動けば数百体を一瞬で消し飛ばす事も不可能ではなかった。が、そうしないにはそうしないなりの理由があった。
「だが、瞬とソラ、アルとリィル側に戦力を配置したかったんでな! 遊撃兵は遊撃で頑張るっきゃないのさ!」
『それで総大将が苦労していれば世話がないな……』
呆れるように、アル・アジフはため息を吐いた。というわけで、苦言を呈して満足したのか彼女が一つ提案を行った。
『……ニトクリスの鏡だ』
「……ナイス・アイディア」
一瞬目をパチクリとしばたかせたカイトであったが、そんな彼はしかし一転して獰猛に牙を剥く。そうして、彼は敢えて後ろに飛んでゴブリンの軍勢を抜けると、二冊の魔導書を両手に構える。
「コード・ニトクリス」
『要請受諾』
『術式展開』
『『術式……<<ニトクリスの鏡>>』』
ぶぅん。無数に何かが生まれる音が響いて、カイトの左右に数十の巨大なスタンドミラーが顕現する。そしてそのスタンドミラーから、双銃を携えたカイトが数十人現れた。そんな数十のカイト達が一斉に、双銃による斉射を開始する。
「よっしゃい。数には数……こんだけの連射なら十分だろう」
傾斜を利用して上から射掛ける数十のカイト――なお本体は魔導書を使っているので見分けはつく――であるが、性能としては今の本体より少し下という所だ。
が、それでも雑多なゴブリン種の魔物達を殲滅するには十分な威力を有していた。とはいえ、殲滅出来るのはあくまでもゴブリンの中でも低級のゴブリンだけだ。故に、それで殲滅しきれない亜種達に対しては彼自らが手を下す必要があった。と言っても、使うのは足だが。
「はっ!」
具足に取り付けたナイフを使い、カイトはゴブリンの亜種達を切り飛ばしていく。その足には風が纏われており、ナイフを媒体とした真空波による攻撃だった。
『行儀が悪いぞ』
「戦場で行儀が良いも何もあるかよ……ついでに言えば手は塞がってるんでな」
蹴撃を繰り返し舞うように戦いながら、カイトは数十の分身による数百の弾幕を背景に進み続ける。そうして、少し。カイトは坑道前までたどり着くもそこで亜種の群れに遭遇し進めない瞬率いる本隊へと合流を果たす事になる。
「先輩! 無事か!?」
「カイトか!……なんだ!?」
まぁ、瞬として見ればカイトが戻ってきたと思えば、そこに居たのは数十のカイトなのだ。仰天するのも無理はなかった。
「あぁ、分身分身! 数が多かったからな!」
「そ、そうか……」
流石といえば流石なのだが、それを素直に受け入れて良いか瞬にはわからなかったらしい。頬を引き攣らせていた。とはいえ、これでダメ押しとなる最高戦力が戻ってきたのだ。ここが、攻め時である事を瞬は理解していた。
「ま、まぁ良い……総員! 一度引きずり出すぞ!」
「「「おぉおおおお!」」」
瞬の指示を受けて、一度冒険部が僅かに引いて隊列を整える。それに釣られてゴブリンの群れも前に出て来るわけであるが、その瞬間。カイトが坑道の入り口の直下に舞い降りる。
『『『!?』』』
「……よぅ」
唐突に舞い降りたカイトに、ゴブリン達が仰天する。が、相手は魔物。一瞬の仰天こそ得られたものの、次の瞬間には角笛が鳴り響いてゴブリン達が数を頼みに一気に攻め込んできた。が、それで良かった。カイトは直後地面を跳んで、自身が舞い降りると同時に地面に仕込んだルーン文字を展開する。
『『『ギャァアア!』』』
ゴブリン達の醜悪な悲鳴が、周囲に響き渡る。仕込まれたルーン文字の効果は単純。言ってしまえば火炎放射だ。というわけで、突撃しようとしたゴブリン達は自ら火炎放射の中に突っ込んだようなものだった。
「よし! 今だ!」
カイトにより入り口を封鎖され、増援を止めた瞬は今の内に一気に周囲を殲滅する事にする。その彼が号令を掛けると同時に、上空へ舞い上がっていたカイトが無数の魔法陣を展開。上空からの砲撃を行い、更に周囲のゴブリン達を分断する。
「ソラ!」
『おう! 支援部隊! 道の確保! 突入第二部隊! 一気に突っ込むぞ!』
『『『おぉおおおおおお!』』』
ソラの号令と共に、今まで力を温存していた支援部隊がカイトらが確保しようと試みている坑道の入り口までの道を確保し、ソラが直接率いる部隊が進軍する。それに、カイトが告げる。
「ソラ! お客さんは無事に送り届けろよ!」
『わーってる! しっかり中軍に埋め込んでるよ!』
「護衛、しっかりな!」
『おう!』
お客さん、というのは当初の段階でやり取りをしていたユニオンのベルクヴェルク支部所属の救護部隊だ。今回の最終的な作戦目標は二つ。『王』の討伐と、要救助者の救助であった。
その片方を達成するには彼らの助力が必要不可欠であった。というわけでユニオンの救護部隊の護衛を行いながらこちらへと進軍するソラ達を確認すると、カイトは砲撃を行いながら次の作業に取り掛かる。
「工作部隊! 『電磁冊』の準備は!?」
『出来てます! 始点展開、何時でもどうぞ!』
「よし! 先輩!」
「おう!」
カイトの指図を受けて瞬は持ってきていた棒状の金属を取り出して、地面を蹴って僅かに浮かび上がる。そうして、彼は火炎が迸る坑道の入り口の真横に槍投げの要領でそれを突き立てた。
「終点一個目完了だ! ソラ!」
『うっす! アル! リィルさん! 中点の確保出来てるぜ!』
『了解! 姉さん!』
『ええ!』
ソラの報告を受け、上空で瑞樹らと共に上空で砲撃を行っていたアルとリィルが急降下。道中でソラが確保していたポイントへ、瞬が突き立てたと同じ棒状の金属を突き立てる。
そうして合計五つの金属の棒が突き立てられ、それら全ての先端が開いて青白く光る物体が姿を露わにする。それを受けて、飛空艇内部で『電磁冊』の制御を行っていた工作部隊がカイトへと報告する。
『工作部隊より報告! 『電磁冊』一番から五番、全て正常! 六番の設置と共に展開可能!』
「よっしゃ!」
工作部隊からの報告を受けたカイトが、五つの金属と同じ棒状の魔道具を異空間から射出。それをリフティングのように足で軽く上に飛ばすと、一度先端を蹴って回転させる。
「姉貴直伝! 最もお行儀の悪い槍投げ!」
「それは蹴りだな!」
「だから最も行儀が悪いんだよ」
一応槍投げの選手なので槍投げというからには一家言存在していた瞬のツッコミに、魔道具を蹴ったカイトは楽しげに笑う。ちなみに、姉貴とは師のスカサハである。<<束ね棘の槍>>は足で投げる逸話があるのであるが、その大本がこの蹴って飛ばすという技法らしかった。
とはいえ、その一撃で瞬の突き立てたとは逆側に、棒状の魔道具が突き立てられ青白い物体が姿を見せる。というわけで、カイトがそれを報告する。
「六番、展開!」
『六番展開確認! 地脈より魔力の吸収開始! 出力上昇よし! 臨界まで3……2……1! 『電磁冊』起動!』
バリバリバリ。そんな大音を上げて、六個の魔道具から雷が迸り、それぞれが雷により繋がる。そうして出来上がったのは、雷による柵だ。それは瞬らが確保した道を埋めんとする無数のゴブリン達を焼き払い、撤退や進軍を容易とする。
「ホタル! 電磁冊に敵を近づけるな! タレットは半数しまえ!」
『了解。狙撃中心にシフトします。合わせてベルクヴェルク伯爵軍へ支援砲撃を要請』
カイトの指示を受け、タレットによるゴブリンの群れの食い止めを行っていたホタルが砲撃の手を緩め縮退砲を構え『電磁冊』で討伐しきれない強力な亜種を消し飛ばす。その一方でゴブリンの群れには坑道が崩落しない程度でベルクヴェルク伯爵軍の支援砲撃が加えられており、食い止めも十分出来ていた。
「よし! 先輩! ソラ達と協力して『電磁冊』の中に入ったゴブリン共を討伐! こちらはそれを支援する!」
「了解! 総員、ソラ達との合流を目指すぞ!」
カイトの指示に、瞬は一度来た道を戻る事にする。その一方でカイトは魔術を駆使してその支援を行う事にするのだった。
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