第2404話 子鬼の王国 ――進軍――
ベルクヴェルク領にて発生した『子鬼の王国』。その掃討任務を請け負う事になった冒険部であったが、『子鬼の王国』が犯罪組織により意図的に発生、もしくは放置された物であるなど様々なトラブルには見舞われたものの、なんとか作戦開始まで漕ぎ着ける。
そうして、作戦開始となり暫く。ベルクヴェルク伯爵率いる航空部隊の空襲を経て『子鬼の王国』の結界を破砕した冒険部は鉱山へと乗り込んでいた。
「……」
『オーガ・ロード』の生命反応とでも言うべきものが消え去ったのを感覚で認識し、カイトは敵の討伐が終わったと判断する。が、これは序曲に過ぎない。まだまだ敵は多かった。
「ふぅ……わらわらと」
一つ息を吐いたカイトであるが、そんな彼は深くため息を吐いて首を振る。当初から言われていた事であるが、『子鬼の王国』にはゴブリン種が数千を優に超える数が居ると言われている。高々一体討伐した所で取り立てて兵数が変わるわけがなかった。
故に彼が呼吸を整える間に数十のゴブリン種の魔物が彼を狙い弓を引き絞っており、数秒の後には数十数百の矢が放たれる事が見なくてもわかった。というわけで、彼は地面へと急降下。一瞬で狙いを外すと、武器を大鎌に切り替える。
「……はっ!」
ふっと横薙ぎに一閃。満月のような斬撃を放つと、周囲で墜落した所を狙おうとしていたゴブリン達を全て切り捨てる。そうして血しぶきが舞い散る中、カイトは即座に地面を蹴って鉱山の山頂の方へと僅かに飛ぶ。
「やるな!」
飛び跳ねては地面の敵に魔弾の雨を降り注がせ道を作り、地面に降りては左右の敵を薙ぎ払い。とにかく前に進むカイトに瞬は称賛を口にする。基本一つの武器でなんとかしなければならない瞬にとって、やはり不得意な間合いというのは存在する。故にこうやって変幻自在に戦えるのは素直に称賛に値した。そんな彼に触発されたのか、瞬は少し試したい事があったのか声を上げる。
「兼続! 近接支援頼む! 前面を飛ばす!」
「わかりました! はっ!」
瞬の要請を受けて地面を蹴って彼の横へと移動した藤堂が、瞬の周囲を舞うように戦い彼の周辺の警護に就く。それに、瞬は一瞬だけ意識を集中させ槍に力を集中させる。
「……<<火炎彗星>>!」
どんっ。瞬の投げた槍が音の壁をぶち抜いて、天高くへと飛翔する。そうして槍を投げた後、彼はクー・フーリンから授けられたナイフを抜き放ち、目の前のゴブリンへと肉薄する。
「ふっ」
『ギャ!』
クー・フーリンから貰ったナイフを抜き放ち、瞬はゴブリンを一太刀に切り捨てる。その切れ味は何度か試していたので瞬はわかっていたが、これが実戦での初使用だ。故にいとも簡単に鉄と肉、骨を切り裂いたナイフの切れ味に思わず乾いた笑いが出た。が、すぐに彼は気を取り直し、紫電の速度で斬撃を放って敵を食い止める。
「すごいな……業物か?」
「わからん。コーチがその師のスカサハさんから頂いた物だそうだ。見習いに、とな」
「そ、それでその切れ味……」
凄まじいな。藤堂は瞬の返答に僅かに頬を引き攣らせる。瞬はあくまでも足止めのつもりでナイフを振るっていたのだが、にも関わらず彼のナイフは粗悪な鉄の鎧をバターのように切り裂いていた。ゴブリン達との力量差を抜きにしても、物凄い切れ味だった。と、そんな瞬が地面を小さく蹴って後ろに飛ぶ。
「藤堂!」
「了解!」
瞬の言葉を受けて、藤堂もまた後ろに飛ぶ。そうして二人が戦線を食い止めた事で生まれた巨大なゴブリンの波に、無数の真紅の槍が炎を纏って降り注いだ。
「よし! 全員、更に進軍! このまま坑道入口の確保に向かう!」
「「「おう!」」」
敵前線を大きく壊滅させた瞬の号令に、冒険部の面々は声を揃えて気勢を上げる。それを横目に、カイトは単身更に前へと進み続ける。彼は彼でやるべき事があった。
「ふっ」
まるで鞭を振り回すように、カイトは蛇腹剣を振り回す。そうして彼が蛇腹剣を一回しした瞬間、蛇腹剣の連結が弾け、剣の欠片が舞い散った。
「踊れ!」
舞い散ったように見えた剣の欠片であるが、その一つ一つが帯電。磁力を帯びているかのように蛇腹剣の柄に連動して縦横無尽に飛翔する。そうして周囲のゴブリン達を殲滅し、彼は今度は蛇腹剣の柄を振り上げ、巨大な剣のように振り下ろした。
『『『ギャッ!』』』
帯電した剣の欠片やその間を走る高電圧の雷に焼かれ、ゴブリン達が悲鳴を上げる。そうして出来た道をカイトは更に進軍する。と、そんな彼の真上を無数の魔弾が飛翔して、眼前の魔物達を大きく吹き飛ばした。
「ソラか!」
『おう! こっちももう少し支援する!』
「それは良いが魔力の残りに気を付けろ! 後、あまり高火力でやるな! 坑道が崩れると依頼は半ば失敗だ!」
『わかってる! 魔弾もそれに対応したの選んでる!』
「なら良い!」
ソラの返答にカイトは一つ頷くと、ソラの援護で生まれた空白へと更に切り込む。そうして彼は今度は鞭に武器を切り替えると、振り向きざまに背後へと鞭打を放ち追撃してくるゴブリンの群れを一掃。その勢いのまま更に回転し一回転。前を向いて再度地面を蹴る。
「瑞樹! 周辺の状況を報告!」
『周囲もすごい有様ですわね! 正しく黒い波! 左右からもゴブリンの群れが押し寄せていますわ!』
「そちらについてはベルクヴェルク伯と共に対応しろ! 左右から包囲されるとこちらの前線が崩壊する!」
『わかってますわ! でも多い!』
だろうな。カイトは瑞樹の苦言に一瞬だけ後ろを振り向いて、その目で確認する。見えたのは無数と言うしかないゴブリンの群れだ。
が、山を降りているのなら話は別。飛空艇の艦隊による支援砲撃が撃ち込めた。もちろん、それでもあまりに多すぎる。しかも魔物だからかほとんど自分達の死も気にしない。食い止めは一苦労だった。というわけで、カイトは再度前を向いて地面を蹴って前面の敵を殲滅しながら進軍すると共に、ホタルへと指示を飛ばす。
「ホタル」
『了解。制圧射撃の準備、開始します』
「ああ……アイギス。三艦共の制御を」
『イエス』
状況が厄介になった事で、ティナの乗った飛空艇の制御はアイギスが行っていた。そしてアイギスの性能であれば戦艦でもない飛空艇三隻を操る事なぞ造作もなかった。しかも二隻は着陸し、艦砲射撃を行っているだけだ。カイトの操縦に追従出来る彼女には何ら苦もない事だった。
『……』
とん。艦橋を後にして甲板に立ったホタルは、努めて冷静に戦況を把握する。そうして彼女は飛空艇の制御を一部アイギスから受け取って、甲板に無数とも言えるウェポンタレットを展開した。
「「「……」」」
なんだ、あれは。数十どころか百を優に超える数のウェポンタレットを一面に展開したホタルに、冒険部の誰しもが、ベルクヴェルク伯爵軍の誰しもが瞠目する。そうして、ホタルは虚空に腰を下ろす。
『マスター。ウェポンタレット展開完了。全タレット、オールグリーン……制圧射撃、何時でもいけます』
「よし……やれ」
『はい』
ぶぅん。カイトの指示を受けたホタルの意思を受けて、甲板に展開された無数のウェポンタレットが一斉に点灯する。そうして、それらが一斉に火を吹いた。
『あ、相変わらずとんっでもない制圧力ですわね……』
「こういった制圧射撃はホタルの得意分野だ。ま、アイギスの補佐が無いと難しいんだが」
アイギスが繊細に飛空艇の出力を制御して無駄なく魔力を各ウェポンタレットへと伝達し、ホタルが数百のウェポンタレットを操って敵を殲滅する。
そして射撃の最中でオーバーヒートが起きそうになればホタルがそれをアイギスに伝え、アイギスが流路を閉ざして冷却を行う。阿吽の呼吸がなければ出来ない事で、ある種の姉妹だからこそ出来る事だった。とはいえ、絶対数が絶対数だ。殲滅なぞ以ての外で、波を引かせる事も出来なかった。
「それに……絶対数も多すぎる。ソラ、遠距離支援部隊にはこちらの支援より左右の敵の迎撃をメインにさせてくれ。アル、リィル。二人もオレ達が突入後はそれを主眼に行動を」
『『『了解!』』』
カイトの指示に、ソラ以下三人が了解を示す。今回の作戦では突入後は隊を3つに分けるわけであるが、今のこれを見ればわかるように中で全てが片付くわけではない。外にも相当数のゴブリン種の魔物達がそのままになる見込みで、外の統率はアルとリィル、瑞樹の三人に任せる事にしていたのである。
「さぁて……」
後もう一踏ん張り。カイトは後顧の憂いを断つと、再び前を向いて地面を蹴る。そうして立ちふさがるゴブリン種の魔物達を殲滅しながら鉱山を駆け上がること暫く。彼は遂に頂上まで後少しの所へとたどり着いた。
「っ!」
後少しで頂上。そんなタイミングで、カイトは地面を蹴って大きくその場を離れる。そして、次の瞬間だ。彼の立っていた場所が大きく吹き飛んで、地面から巨大なゴブリンが姿を現した。
「『オーク・ロード』が1! 加えて……オレを、舐めるなぁ!」
どんっ。カイトは槍を取り出すと、それを天高くへと飛翔させる。そうして一条の閃光となり飛翔した槍は天空から飛来する巨大な火球を貫いて消し飛ばす。
『!?』
気付かれていた。そんな様子で杖を持った痩身長躯のゴブリンが目を見開く。そうして揺れた所に、カイトが背後に回り込んでいた。
「はっ」
一閃。カイトは抜き打ちで刀で一閃する。が、手応えで彼は切り損ねた事を理解する。と、そんな彼が背後を振り向いて、一閃する。
「っ……はっ!」
放たれた無骨な鉄塊を思わせる鉄の塊を刀で受け止めて、カイトがその剛力を以って『オーク・ロード』を弾き飛ばす。
「ったく……『オーク・ロード』に『オーガ・ロード』だぁ? 本気ゴブリン種の博覧会でもやってんのかよ……どっちも滅多に見ない最上位種だぞ」
土煙を上げて地面に激突した『オーク・ロード』に、カイトは吐き捨てるようにため息を吐いた。
『ボォオオオオオオ!』
地の底から響くような大声が響いて、地面に叩きつけられた『オーク・ロード』がカイトの方へと瓦礫を吹き飛ばしてそのまま突進してくる。それに対してカイトは瓦礫を軽く切り捨てると、タックルを足で食い止め左から迫りくる氷塊を左手で受け止める。
『『!?』』
『オーク・ロード』と痩躯のゴブリンが仰天したようにカイトを見る。あまりに圧倒的。そんな驚きがあった。そうして、カイトは左手に掴んだ氷塊を一瞬で溶かして水に。水を更に編んで水の槍を創り出し、痩躯のゴブリンへと投げつける。
「覚悟は、良いか?」
『!?』
裂けるような笑みを浮かべるカイトに、『オーク・ロード』が思わず気圧される。それに、カイトは獰猛に牙を剥いて急降下。地面へと『オーク・ロード』を叩きつける。
「うらぁ! さぁ……インドラの一撃を受けるが良い。<<雷神槍>>!」
地面へと『オーク・ロード』を押し付けたカイトであるが、地面にめり込ませるとそのまま跳び上がって、巨大な雷の槍を生み出して振り下ろす。そうして『オーク・ロード』を消し炭にすると、次いで水の槍を凍らせる事で対応していた痩躯のゴブリンへと瞬時に肉薄する。
『!?』
「よぉ」
ぎゅんっ、と肉薄したカイトに、痩躯のゴブリンは目を見開く。が、そんな痩躯のゴブリンが最後に見たのはカイトの右手に宿る極光の白球であった。
「吹っ飛べ」
痩躯のゴブリンの顔面へと白球を押し付けて、カイトはそのまま白球を解き放つ。すると極度に圧縮されていた魔力が暴力的な勢いで吹き出して、痩躯のゴブリンの頭部を吹き飛ばした。
「ふぅ……ま、こんなもんかね」
頭部を失い力なく落下していく胴体に向けて、カイトは指を銃の形にして魔弾を放つ。それに巻き込まれ、残った胴体も完全消滅。立ちふさがったゴブリン種の二体を消し炭にすると、カイトは急降下。山頂に降り立った。
「おらよっと!」
山頂に降り立ったカイトは、山頂のてっぺんの部分に一抱えもある魔道具を設置。地面に強く押し付けて山に半分ほどが埋まるような形にする。すると後は魔道具が勝手に動いて、地面の中に埋没してしまった。
「こちらカイト。第一フェーズ完全終了。結界の再展開を阻む魔道具の設置を終わらせた」
『了解ですわ。こちらでベルクヴェルク伯の軍に連絡を』
「頼む」
瑞樹の返答に一つ頷くと、カイトはそこで一息つく。とはいえ、のんきにしていられるわけもなかった。
「……ふぅ……ま、こっからが本番だがね」
首を鳴らし腕を回し、カイトは自分を取り囲むように群がるゴブリン種の群れを見る。そうして、彼は、群がるゴブリン種を蹴散らしながら、瞬達との合流を目指す事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




