第2399話 子鬼の王国 ――作戦会議――
『子鬼の王国』の討伐依頼を受けたカイト率いる冒険部。そんな彼らであったが、『子鬼の王国』の討伐を本格化させる前に起きた様々な事象により現状が異質である事を理解。
そのあまりの異質さにベルクヴェルク伯爵と相談の元一度皇国としての対応を求める事になっていた。そうして、彼らが皇国に事態を報告して数日。事態の異質さを知った皇国の軍上層部は一度カイトから状況を聞く事にしていた。
『マクダウェル公……また貴公ですか』
「言うな。オレも正直頭を抱えたい所だが……今回ばかりはオレでなくても同じ結論に至っただろうよ。更に言えば、被害ももっと増えていた可能性は十分にある。開始前に対応出来たのは幸運が大きかった」
先にカイトがアルバに語っていたが、冒険部の被害が少ない理由の一つには間違いなく夜襲を受けた際に偶然マクダウェル領での対応があった事があるだろう。
あれはカイトをして肝の冷える事態であり、あの時飛空艇を拠点としていなければ。夜襲が起きる直前にミーティングに似た話し合いを開いていなければ、壊滅もあり得た事態だった。
「誰が魔物の夜襲なんぞ警戒する? 誰が魔物が結界を解除して隠密行動が出来ると想像する? そこまで行けば後ろ向きも良い所だ。それこそ将としての器を疑われよう……が、それをされた」
『『『……』』』
カイトの言葉の意味を理解していればこそ、皇国の軍上層部の高官たちは誰もが沈黙する。それはひとえに彼らもまたカイトと同じくこの事態を尋常ではないと理解しているからだ。
「はっきりと、断じよう。これは明らかな軍事行動だ……魔物の、それもたかだかゴブリンの、な。幸いなのは、おそらくどこかの組織による魔物の改造が施されたと考えて良いぐらいか」
『どうにせよ厄介な事態にはほかなりませんがね』
「まったくだがな」
軍高官の言葉にカイトは笑う。そうして、彼はゴブリン種の特性を口にした。
「ゴブリン共の最も厄介な点の一つは群れである、という一点だ。この群れを軍隊として運用出来る事の利点はあまりに計り知れない……そうなると、だ」
『ええ……今回の一件。おそらく何者かが監視している可能性は非常に高い。おそらく、今回気付かされたのは故意でしょう』
「だとオレも考えている」
ベルクヴェルク伯爵は気付いていない様子だったが、カイトや皇国の上層部は今回の一件が意図的に気付かされたものだと判断していた。その意図はあまりに簡単だった。
『性能評価……ですね』
「ああ……一見するとまるであたかも情報が偶発的に露呈してしまったように見せている。実際、オレに仕向けられた暗殺者もそう命ぜられていたようだ……が、あまりに出来すぎたタイミングだ」
統率力。技術力。そして各『兵士』の武装。『子鬼の王国』ではそういった物が完全に整った状態なのだ。これは即ち、組織が『商品化』するだろう場合に想定されるスペックをおおよそ満たしていたと考えてよかった。
「最初がどちらかはオレにもわからん……わからんが、少なくとも今回の事態に関してだけは意図的に引き起こされたものだろう。末端が知るか知らないかは、わからんがな」
所詮相手は犯罪組織。末端の兵士を使い捨てるなぞいつもの事だ。実際、暗殺者としては割と上の方にいただろうリトスも即座に切り捨てられた。これがやり方だった。
『……マクダウェル公。『王』を捕らえる事は可能か?』
「巫山戯てるのか?」
『もちろん、巫山戯てなぞ言えません。どのような改造をされ、どうやって軍団を統率しているのか。それを知らない事には対策も立てられない』
「あははは……無理だろう。一応、オレの無知かもしれんので聞くが、この三百年で皇国はランクSの魔物を、それも知性を持つ魔物を捕まえておける収容所でも作ったのか?」
『まさか……それともお持ちで?』
笑うカイトの問いかけに対して、軍の高官もまた笑って首を振る。これは単に聞いただけ、というよりも聞かねばならないので聞いただけだ。そもそも彼の言う知性を持つ魔物というのが想定外の話だ。なのでそもそも収容可能な施設が存在していなかった。設計図さえ無いだろう。というわけで、カイトが再度笑う。
「まさか。どこのどいつがそんな奇特な施設を持ってるのか。聞いてみたい所だし、持ってたら今回の一件の裏はそいつが関係してると考えるね」
『ですね……さて。冗談はこの程度にしておきましょう』
「だな」
所詮、今の一幕なぞ本題に入るまでの戯言だ。無論可能なら可能で戯言ではなくなるが、そうではないのはどちらにも明らかだ。というわけで会議前の戯言を終わらせた後、カイトは改めて本題に入る。
「軍部の諜報部隊にどれぐらい空きがある?」
『今から急いでベルクヴェルク伯爵領に向かえるとなると、限られます。更には小型艇への制式採用以外の装置が設けられていないかも確認する必要があるでしょう』
『全てをやるとなると、若干時間が足りなくないか?』
『敵がどうでるかが見えん。やるしかない。万が一短距離通信にて内通者に送られるだけだった場合、傍受等が難しい』
カイトの問いかけを受けた軍の高官の一人が話し始めたのをきっかけとして、軍の高官たちがあれやこれやと意見を口にする。一応、今回皇国の国軍として動くつもりはないようだ。
そこまで大事にするとしっぽを隠されてしまうからだ。なのであくまでもカイトたちは気付いていない風を見せつつ、しっぽを出してきた所を掴むつもりだった。
『マクダウェル公。そちらで短距離通信の傍受は?』
「装備を持ってきていない。密かに持ち込んでくれるのなら、ティナにやってもらうが」
『手配しましょう』
「頼む……それともしステルス艦が存在していた場合、それはこちらで対処する。そちらはベルクヴェルク伯の軍に紛れ込んだ内通者のあぶり出しに専念してくれ」
ステルス艦。それは地球のステルス艦と同じくステルス性能を有する飛空艇で、一般には出回らないかつ開発にも非常に高度な技術が要求されるものだ。
しかも地球のステルス艦と異なりそのステルス性には光学的な阻害も含まれており、実際に透明になってしまう物まであった。それに対する対応は自分で行う、と述べたカイトに、軍の高官が問いかける。
『持っていますかね?』
「持っているだろう。ここまで高度な技術力を持っているんだからな……逆に持っていなければそれはそれで該当組織は限る事が出来る。持っていれば持っていたで組織も限れるしな。今回の一件は明らかにステルス艦を出してでも情報収集を行って良い案件と捉えて良いだろう」
『なるほど……確かにそれはそうですね』
今回の一件は先にカイトが指摘していたように、かなり意図的に仕組まれた実験である可能性が高い。そしてこの『実験』が上手く行った場合、その組織にとってかなり有益な収入になる可能性は高い。
ここまで大規模な『実験』を組んでもお釣りは来るだろうし、それを考えれば最大級の手を打っていた可能性は十分に有りえた。そうして一頻り今回の一件に対する対応を相談した所で、カイトは会議を終わらせると深く椅子に腰掛ける。
「さて……」
『マスター。会議の間にマザーより報告が入っております』
「そうか……折返しか?」
『伝令で良いと』
ホタルの報告に、カイトは少しだけ上体を起こして話を聞く姿勢を整える。
『各員の配置はよし。また現状ステルス艦は見受けられず、とのこと。更に第一班より報告。現在『子鬼の王国』を監視可能な山には如何なる部隊の配置も認められず』
「となると、やはり内通者はいそうか」
当たり前だが早く配置すれば配置するだけ、見付かる可能性は高くなる。特に今回のような一件だ。必然ベルクヴェルク伯爵も犯罪組織の介在は警戒していたし、現在も何人もの人員を出して組織の追跡を行っている。
もちろん、『子鬼の王国』周辺に監視員が居ないかは最重要で確認している事項だ。なので基本的には実際の戦闘開始まで大々的な配置はせず、最低限の動きを報告させるだけという可能性は高かった。
『かと……どうしますか? 持ち込んだ傍受装置を使えば、内通者の通信を傍受する事も出来るかもしれませんが』
「やめておけ。一応まだ冒険部として動いている。先の話し合いでも軍部の方がそれを用意してくれる事で合意した。下手にやるより、軍に動いてもらった方が良い」
『了解』
カイトの指示にホタルが了承を示す。そうして報告を一通り聞いた後、今度はカイトが問いかけた。ふと一つ疑問が浮かんだのだ。
「ホタル……そういえば数日前の夜襲の映像の解析、どうなったか報告はあったか?」
『いえ、まだです』
「ふむ……」
ホタルの返答にカイトはどうするか悩む。この飛空艇とチャーターした飛空艇の両方とも、ホタルが常時監視カメラを確認してくれている。が、だからこそその彼女の監視網を抜けられた事がどうしても解せなかったのだ。
「アイギスに繋げてくれ。中間報告でも聞いておきたい」
『了解……』
『イエス、マスター。どうしました?』
「ああ、映像の解析について報告を聞きたい」
『映像……ああ、数日前のあれですね。まだ解析は完全には終わってませんけど……』
カイトの要望に対して、アイギスは少しだけ申し訳無さそうに返答する。が、これにカイトは首を振る。
「いや、構わん。無理筋は百も承知だ。わかっている限りで良い」
『イエス……まず映像を解析した限りでは、襲撃の発覚数分前に映像の一瞬の乱れがありました。ノイズ、と片付けて良いものでしょうが……状況から判断するにこの瞬間、映像が切り替えられたものと推測されます』
「……ちっ……痛い所を突かれたか」
アイギスの報告にカイトは一つ舌打ちする。飛空艇の監視カメラだが、これは別にティナが作った物でもないし大量に増設しているわけでもない。下手に多すぎると内部を監視している印象を与えるので、必要最低限の数しか設けていない。無論、性能も用途の関係でそこまで良いものではない。ホタルの補佐があろうと、どうしても限界があるのであった。
『イエス。監視カメラの性能が低いのはホタルが補佐してもどうしようもありませんので……』
「そうだな……とはいえ、そうなると組織は予め夜襲を察知していたか。それとも内通していたか……」
『どちらでもあり得るかと』
『子鬼の王国』は組織だった行動が可能なのだ。ならば組織の者が内通して手引してやる事だって十分に出来ただろう。組織だって『子鬼の王国』が闇討ちが出来る事を示せれば、それで一つの利益になる。メリットは十分あった。
「ホタル。内部スキャンは?」
『そちらは夜襲の時点から常時行っておりますが、一切反応は無し。ギルド関係者以外は誰一人入っておりません』
「手早く仕事だけやってさっさと撤収か……ん? アイギス。さっき発覚数分前にノイズって言ってたな?」
『イエス。状況から考えるに徒歩や陸上での移動、もしくは空挺団による移動はあり得ないかと』
「『……』」
アイギスの指摘に、カイトとホタルは僅かに剣呑さを滲み出す。徒歩や陸上での移動ではない、となると後は二つしかない。
「……ホタル。地中のスキャンを行ってくれ。確かティナが」
『すでに実施済み。そちらに感は一切ありませんでした』
「つまり、こういう事か? 転移術かそれに類する魔術を行使した? ゴブリン共が?」
『イエス。状況からの判断ですが、そう言うしかありません』
あり得ない。そんな顔を浮かべるカイトに対して、アイギスはただ事実のみを述べる。これに、カイトは今回の案件で何度目かの頭を抱える事になった。
「マジか……何をやらかしたんだ……」
『ノー。判断は出来ません』
『わかりかねます』
カイトのつぶやきにホタルもアイギスも首を振る。何がなんだかさっぱりだった。というわけで、カイトはさらなる事態の悪化に頭を抱えながらも、今ある情報を基にして作戦の進行を行えるように手配を進める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




