第2397話 子鬼の王国 ――夜明け――
飛空艇の購入資金とするべく『子鬼の王国』の討伐任務を請け負った冒険部。そんな彼らを率いるカイトはその裏で蠢く犯罪組織の追撃を行いながら『子鬼の王国』壊滅に向けて動いていたのであるが、その討伐作戦前日の夜。まるでそれを狙いすましたかのようなゴブリンの群れによる襲撃を受ける事になる。
「はぁ……」
『クリムゾン・オーガ』を<<バルザイの偃月刀>>と呼ばれる呪具に宿したクトゥグアと呼ばれる旧支配者の力で討伐したカイトであるが、彼はそこで一息吐くと一度だけ周囲の状況を確認する。
(……やはり第二陣もあったか)
空中で呼吸を整えるカイトが見たのは、瞬率いる第一陣が出るとほぼ同時に現れたらしい敵の第二陣とそれと第一陣の合流をなんとか食い止めんと牽制するアル達の姿だ。冒険部の第一陣はおっとり刀でやって来ている。下手に数が増えると被害が馬鹿にならなかった。
「アル。そちらの状況は?」
『結構ヤバいかな! 敵の数が多い!』
「ちっ……総数では何体居るか、って所か」
『考えたくないよ! 間違いなく僕の人生で一番多いだろうね!』
両手に携えたガトリング型のウェポンパックに両肩に接続したランチャー型のウェポンパックを斉射しながら、アルが声を荒げる。まぁ、百は下るまい第二陣をアルとリィルの二人だけで抑えているのだ。しかも相手はゴブリン種と言ってもランクCやランクBに属する亜種も多い。余裕はさほどなかった。
「ソラ。第二陣は」
『もう五分待ち!』
「三分だ。先輩達は兎も角、アル達が中々厳しい」
『わーった! やるよ! やりますよ! 由利! 弓兵部隊、上にあげてくれ! そっち先に支援攻撃!』
『了解!』
カイトの指示にソラが慌てて指示を飛ばす。そうして慌ただしく準備が進むのを横目に、カイトは虚空を蹴って一度上に浮かぶ。先に瞬に言っていた別の一体が気になったのだ。
「……」
どこだ。どこに居る。カイトは目を皿にして周囲を見回す。敵の隊列にせよ動きにせよ、魔物というにはあまりに見事だ。無論魔物であるが故に個々の動きに粗は目立っているが、それでも明らかにおかしかった。
「……」
居ない。まさか山の方から直接か。カイトは飛空艇付近にはどこにも居ない状況から、そう考え一度だけそちらを見る。そうして見た彼であるが、そこで明らかに異質な個体を発見する。
「あれは……」
『おそらくあれこそが長じゃろうて』
「ティナ……起きたのか? いや、お前まさか……」
『言うな。そのおかげでこうやって即座に応じられたんじゃろう』
間違ってはいないのね。カイトはティナの返答に彼女が寝ていなかった事を察する。確かにそのおかげですぐに彼女もこちらの確認に入れたので良かったが、それはそれこれはこれであった。が、同時にそのおかげの側面があったのもまた事実である。
「良くはないが……今回は目を瞑ろう」
『うむ……王冠にマント……それ以外は胴当て等で武装しておるが、まず王と言って良いじゃろう?』
「そうとしか言えんが……安直といえば安直な気もするな」
『こういう場合、見てわかるように安直にせねば末端までがわかるまいて』
カイトの指摘に対して、ティナは相手があくまでもゴブリンである事を改めてはっきりとさせる。
「……狙撃は……無理そうか」
『やめておいた方が良いじゃろう。左右の完全武装のゴブリン。あれは見たことがない』
「王の側近……近衛兵という所か」
『じゃろうて。遠巻きにはやれまい』
二人が見ていたのは、王と思しき個体の周囲を守る二体の完全武装のゴブリンらしき存在だ。その武装はフルプレートアーマーに大剣の完全防備で、王らしい個体よりも二周りほど大きかった。と、そんな王らしい個体とカイトの視線が一瞬だけ交わる。
「……こちらに気付いたか」
『はっ……ゴブリンの癖に堂々としとるわ。踵は返したが……どうやらこれはあれの指示で良さそうじゃな』
踵を返して要塞化した鉱山跡の中へと戻っていった王とその側近達を見送って、ティナが鼻で笑うように告げる。そうして一旦は別の所に注意をひかれる事になったカイトであったが、王らしい個体が消えた事で改めて夜襲の部隊を調べる事にする。
「にしても……『クリムゾン・オーガ』に魔術を使っていた個体はどこだ」
『む? ああ、それであれば見付けたぞ。ほれ、あそこじゃ』
カイトの苦いつぶやきを聞いて、ティナが使い魔を操ってカイトの視線を上に上げさせる。その先にあったのは月明かりに照らされる雲だ。
「……あの中か?」
『うむ……嘘じゃと思うのであれば、試しに矢を放ってみると良い』
「……いや、そうだろう」
他ならぬティナの言葉だ。カイトは即座にそれを信じ、弓と矢を取り出す。そうして彼は呼吸を整え、僅かにも見えない雲の中を狙い定める。
「……」
目に見えるのは灰色の雲。しかし心眼で視えたのは何かの鼓動。まるで風に揺蕩う雲を偽装するかのような、上手な魔術だった。
「核を最小限に。一切淀まさず……機械に似たといえば機械に似た魔術だ。遊びが無いと言えば遊びがない」
遊びとは人間味と言い換えても良いかもしれない。魔術師も人たらばどこかにある癖が一切無いのだ。それはまるで教本をそのままコピーしたかのような、魔道具がするような魔術だった。そんな魔術をティナが論ずる。
『上手ではあって、見事ではあるまいて……仕込まれた、というよりも仕組まれた。そうなるように組み込まれた、と言っても良いやもしれん』
「……何者かの手による物だと思うか?」
『じゃろう。おそらく何者かが教本を……いや、教本でさえないな。魔術式をそれのみにしてインストールしたと考えてもよかろう』
「機械のように、か」
そう言うて良い。カイトの言葉にティナは頷いた。機械的であるが故にある種の淀みがなく見つけにくくはあったが、同時にこれを魔術師として見れば褒められたものではなかった。
「……ふっ」
心眼を以って敵を捉えたカイトが、矢を射る。それは音もなく闇夜に紛れ飛翔すると、魔造の雲を揺らす事もなく中心の何かを貫いて彼方へと消える。
「はぁ……あまり気分は良くねぇな」
『じゃろうのう……魔物とはいえ生き物を実験動物としておるようじゃ。それの後始末をさせられれば良い気分ではあるまい』
「エゴだろうがな」
『じゃろうのう』
カイトの言葉にティナが僅かに苦笑する。そうして、彼が指揮官を討伐した事により襲撃の統率は一気に取れなくなり、自然夜襲も終わる事になるのだった。
『子鬼の王国』からの夜襲から明けて一日。カイトが雲の偽装に紛れた『子鬼の王国』の指揮官を討伐した後はソラ達第二陣が出陣した事や状況を察知したベルクヴェルク伯爵軍の増援部隊が駆け付けた事により、冒険部は若干のけが人を出しながらもなんとか無事に夜を明かす事になっていた。というわけで夜が明けて一休みした所で、カイトはアルバと話し合いを行っていた。
「被害状況としては以上となります。総じて死者は無し。被害のほども作戦の遂行そのものに影響はありません。が、数日開始に遅延を認めて頂ければ」
『伯爵にそう伝えよう……認められるだろうが。にしても……ほとほと君の所で良かったというしかない』
カイトから受けた報告を聞いて、アルバは心底安心したように首を振る。そうして、そんな彼女が問いかけた。
『君はこれを察していたのか?』
「まさか……今回は私からしても偶然、もしくは幸運と言って過言ではありません」
『にしては、行動が素早かった様子だが』
少しだけ疑うように、アルバはカイトへと問いかける。これにカイトは昨夜の事を語る。
「昨夜実は夜半にマクダウェル領から連絡がありまして。それで別件に取り掛かっていたのです。それで、襲撃の一時間ほど前まで仕事をした後でした。昨夜アエロポルトにて事故があった事は? 今日の朝刊にも出ていましたが」
『アエロポルトというと……あの有名な国際空港か? いや、すまない。昨夜の件でまだ朝刊は読めてなくてな。何があった?』
「飛空艇の事故ですよ。魔導炉の連鎖反応もあり得たそうですが……アウラ様がご対応され、事なきを得たそうです。それに、身内が巻き込まれまして……その対応に追われていたのです」
『問題はなかったのか?』
「ええ、幸い」
嘘は言っていない。相変わらずの方便を使いながら、カイトはアルバに対してそう告げる。実際、昨夜の事故は大規模なもので、おそらく彼女もこの一件がなければ普通に常識として知っているはずの事だった。故にこんな調べればすぐに分かる嘘なぞ言わないだろうとアルバも素直に信じたようだ。
『そうか……とはいえ、それなら昨日の君は災難だったな』
「あはは……ですがその結果、こちらの指揮系統は全て動ける状態だったのです。それで不意を受けた後もすぐに行動に移れた。災い転じて福となす……そうとしか言い得ない状況だったかと」
『そうか……奴らにとってはバッドラックだったのかもしれんな』
カイトの返答に納得したアルバであるが、一つ笑った後に気を取り直す。
『兎にも角にも貴君は部隊の治癒に努めてくれ。こちらはこれより伯爵閣下に連絡を取り、現状を報告する。おそらくすぐに君も来るように言われるだろう』
「承知しました」
明らかに尋常ではない状況なのだ。ベルクヴェルク伯爵がカイトから直に意見を聞きたい、というのは当然の流れだった。というわけで、カイトはひとまずはアルバに伝令を任せ自身は昨夜の被害状況の洗い出しと対応に追われる事になるのだった。
さてカイトが朝一番にアルバと会合を開いて一時間。アルバの申請を受けたベルクヴェルク伯爵は即座にカイトを呼び出し、通信を介しての話し合いを開いていた。
『話は聞いた。相当厄介な事態になっていると』
「はい……ヴァーイ少尉から報告は」
『そちらも受けている……何かされた、か』
「と、考えるのが良いかと……昨夜の襲撃は明らかにこちらの警戒網をくぐり抜け、その上で結界の一つを抜けている。ゴブリン種の魔物の中でも特に賢い個体が居たとてありえない事態だと断言して良いでしょう」
『……』
厄介な事をしてくれた。ベルクヴェルク伯爵はカイトの報告に盛大に顔を顰める。そんな魔物を領内に解き放たれたのだ。歯噛みしたくなるのも無理はなかった。そうして、そんな彼は一度落ち着くように深く息を吐いた。
『……はぁ。面倒になったな。この事についてはすでに私の方から皇都に連絡を入れている。流石にこの事態は私一人だけで判断して良い事態ではなさそうだ』
「かしこまりました……こちらは三日もあれば立て直せるかと」
『そうか……わかった。聞いておきたいのだが、数日はどうするつもりだ?』
「流石にこれ以上夜襲を受けたくはありません。飛空艇は空中で待機させます」
『妥当か……こちらも増援をすぐに向かわせる。が、流石に今から対応しても明後日になるだろう。それまでアルバも君も十分に気を付けてくれ。また、迎撃の必要があればアルバ。君に全ての指揮権を委ねる。全軍の統率を執り、被害が出ないようにしてくれ。決して、こちらから攻め込まないように』
『はっ』
カイトの返答を受けたベルクヴェルク伯爵は一つ頷くと即座に対応に移る事を明言し、アルバに陣頭指揮を任せ自身はサポートに全力を尽くす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




