第2394話 子鬼の王国 ――急用――
飛空艇購入の資金にするべくベルクヴェルク伯爵領にて発生した『子鬼の王国』討伐の依頼を受けたカイト率いる冒険部。そんな冒険部の裏でカイトはそれを発生させたと思しき犯罪組織の追跡を行っていた。
というわけでその隠れ家の一つと判明した倉庫の調査を行って翌日。襲撃してきた女暗殺者から得た情報を基にベルクヴェルク伯爵軍が隠しエリアを発見するように仕向けていたのであるが、その成果が報告される事となった。
『そういう所だそうだ。丁度貴君が立ち入った倉庫の右奥にスイッチが隠されていたらしい。そこから地下へ向かった……一応、動画もあるが見るか?』
「大丈夫です……そんな時間を掛けたい時間でも無いですし、明日に響かせてもね」
『だろうな……では、結果だけ報告しておこう』
カイトの返答に笑ったアルバであるが、彼女はスリガラの報告をそのままカイトへと提示する。
『まず地下だが、やはり完璧な撤収は無理だったようだ。下手に動いて地下に自分達が居ると悟られたくなかったのでは、というのが少尉からの報告だ』
「でしょう。流石に地下で動かれてわからないほど、オレも愚鈍じゃない」
『だろう……そういうわけで、地下の方はある程度残っていた。生物は焼却されたみたいだがな』
「カプセル……ですか」
アルバの提示した映像に写っていたのは、何かの溶液で満たされたカプセルだ。が、中身は空っぽで、ただ溶液だけが入っていた。
『ああ……次の写真を見てくれ』
「これは……ゴブリン種の魔物……ですか?」
『ああ。一つだけ、中身が残っていた。少尉がログを確認した所、排出機能でエラーが発生したらしい。どうやら奴ら、慌てて逃げたのか排出を確認せずに撤退したみたいだな。こちらには幸いだった』
他は完全に滅却されていた様子だから、おそらく道具任せにした結果漏れが出てしまったんだろうな。アルバは少しだけ呆れるように告げる。
「他には何か?」
『他にはおそらく解剖を行っただろう血痕やらの痕跡が残っていた、という所か。こびりついて取れなかったようだ。資料についてはほぼ滅却されていたか、持ち出された様子だが……今も夜を徹して少尉が探してくれている。もし貴君らの任務の最中に報告があれば、その都度連絡しよう』
「そうですか……」
これは<<死魔将>>の可能性は半々という所かな。カイトは残されていた多くの痕跡やらを考えて、そう判断する。別に何から何まで彼らが行っている、という事はない。彼ら以外にも非合法な事を行っている組織はあるのだ。
「他には?」
『もうなさそうだ……どんな事が行われていたかが分かれば、良いのだが』
「脱出はどのようにしたんですか? まさか横を通ったわけでもないでしょう」
『ああ、それか。それだが、地下の奥に抜け道があったらしい。いくつか離れた倉庫に繋がっていたとの事だ……そうだ。そういえばそこらに言及していなかったな』
一通り話は終わったと思ったアルバだったが、一転して再び気を取り直して話を戻す。
『件の倉庫の保有会社だが、これはペーパーカンパニーである事が判明している。こちらには先に話した執政官は無関係だった……市長の裏も探ったが、こちらに怪しい形跡は今の所見受けられていない。定期的な調査報告書は今洗っている所だが……難しいだろう』
「活動実績があるから、ですか?」
『そういう事だ……まさか真っ当な仕事もしている素振りをしている会社がダミーとは誰も思わんさ。あの様子だと、倉庫の奥までしっかりとは見ていないだろう』
リトスの部下であるが、ソレイユが監視していた所によると街の門番達とも親しげに話をしていた。出入りが多い職業柄、顔見知りに近い様子だったようだ。そういった事から街の住人達からもある程度の信頼を得ていたらしく、定期的に行われる調査でもかなりおざなりな点が見受けられた。
「信頼こそ何よりもの武器……ですか」
『そうだな……頭の痛い話だ』
「ええ……とはいえ、そちらの調査はおまかせします。こちらが出来る事でも無いですしね」
『そうだな。そうしてくれ……今度こそ以上だな?』
「そうですね……」
一応、一通り聞いておきたい事は聞けている。カイトは一度それを確認し、一つ頷いた。
「もうこれで大丈夫かと」
『そうか……では、明日からの任務の武運を祈る。君に勇者の加護があらんことを』
カイトの返答にアルバが一つ頷いて、通信を終わらせる。そうしてカイトもこの日は一日休む事にして、明日からの作戦開始に備える事にするのだった。
さてカイトが最後の打ち合わせを行ってから数時間。各々が明日に備えて眠りに就いた頃だ。カイトは二足わらじを履くという立場上の事もあり色々とせねばならず、この日は運の悪い事に公爵としての判断が必要な急ぎの案件が出てしまい転移術でマクダウェル邸に戻っていた。
「申し訳ありません、お兄様……遠征中に呼び出してしまい」
「良いさ。本来はオレがしなければならない仕事をお前らに任せているんだ。多少、無茶はしなくちゃ顔向けできん」
クズハの謝罪に、カイトは苦笑気味に首を振る。可能なら彼も寝て明日に備えたい所ではあったが、優先はこちらだった。とはいえそれも一段落したのか、忙しさや焦りは見られなかった。というわけで、そんなカイトが冷えた水を傾け――流石に現状で酒は飲めなかった――続けた。
「それに……ま、最悪は時乃に頼んでなんとかする。不眠不休は最後の手段。きちんと寝る時間は確保するさ」
「それなら、良いのですが……」
やはり仕方がなかったとはいえ、仕事中のカイトを呼び戻した事はクズハにとって無念だったらしい。少しだけ沈んだ様子があった。が、彼女は気を取り直してカイトへと報告する。
「ああ、先程アウラから連絡がありました。今週末には戻れる、と」
「そうか。大丈夫そうか?」
「はい。アウラは元気そうでしたし魔導炉もなんとか安定した、とのことです……残念な事に全ての方は救えなかったそうですが……」
「そうか……事故だ。仕方がない事だ」
少し沈痛な顔で、カイトはクズハの言葉に嘆息する。が、そんな彼は一転して首を振って幸いな点を口にする。
「とはいえ、ハイゼンベルグ領へ向かっていたアウラが近くを通っていたのは幸いだっただろう。飛空艇の事故で最も危険なのは魔導炉の暴走だ。アウラが次元を隔離して安定可能な状態にしてくれてなければ、最悪の事態もあり得ただろう。場所も空港。最悪は連鎖反応が引き起こされ、という事もあり得た」
「そうならなかったのは、幸いかと」
「ああ」
現在マクダウェル家とハイゼンベルグ家は合同で皇国全貴族合同での軍事演習に向けた用意に勤しんでいる所だ。後見人という事もありアウラがハイゼンベルグ公ジェイクの所に会談に向かっていたのだが、その道中で事故に遭遇。
一報を受けたアウラが現場で判断し、急行したらしい。その判断は正しいものだったし、彼女でなくクズハならこうはならなかった可能性は非常に高かった。が、だからこそクズハは少しだけ無念そうだった。
「とはいえ……その所為でお兄様を呼び戻す事になってしまいました」
「しゃーない。悪い事ってのは連続するもんさ。天災と魔物が同時に、ってのは如何ともし難い。オレの助力を仰ごう、と考えたのは正解だ。そして天災をクズハが。魔物をオレが、とした采配も見事だ」
「ありがとうございます」
カイトの称賛に、クズハはようやく笑みを浮かべる。こちらは両方共マクダウェル領の事で、どうやら急な降雪による陸の孤島化とランクS級の魔物が街に近付いているという報告が連続でやって来てしまったらしい。そこで降雪をクズハが担当――先に報告があった事もある――し、魔物の討伐をカイトが担当したのである。というわけで、魔物の討伐に関して担当したカイトが最終的な報告を行う。
「で、魔物だがこれは全て討伐済みだ。女の胸で寝てたフロドのバカを叩き起こして牽制させて、暇してたクオン達引っ張り出したらすぐに終わった」
「ですよね……」
それが簡単に出来るのはお兄様だけです。クズハはカイトの采配にため息を吐く。この面子はユニオンでも最高領域だ。引っ張り出そうとして安々と出来るわけがない。
が、その更に上にして全員に引っ張り回され全員を引っ張り回せるカイトだ。タダ働きさえさせられた。まぁ、タダ働きと言うと悪いがクオン達には公爵邸でご飯を食べさせたりしている。フロドに至っては彼の尻拭いをした数を数えればこれでも足りない。持ちつ持たれつ、と言っても良かっただろう。
「あはは……とはいえ、早急にオレを呼び戻したのは正解だった。今回報告にあった魔物は『悪夢の沼』だった」
「『悪夢の沼』?」
「知らないのも無理はない……ウチで出たのははじめてじゃないかな……オレが見たのは双子大陸の『悪魔の沼』の異名を取る場所だった」
「似た名前ですね……何か関係が?」
『悪夢の沼』と『悪魔の沼』だ。そして『悪魔の沼』で『悪夢の沼』を見たという。何か関わりがあるのでは、とクズハが思ったのも無理はなかった。そして事実、関係はあった。
「ああ。『悪夢の沼』は『悪魔の沼』ではじめて詳細が確認された魔物でな……オレが詳細を報告したんだ。以降、各地で見付かるようになってはいるが……ウチで確認されたのははじめてだろう。オレも見付かるとは思わなかった」
「どんな魔物なのですか?」
「いわゆる、バクテリア。細菌に似た群体の魔物だ……『悪魔の沼』では一度沼に取り込まれたら骨も見付からない、という噂があってな。色々とあって……まぁ、行く事になったんだが、そこで沼に擬態した魔物がのっそりと起き上がってきてな。最初スライム系の魔物かと思ったんだが……ちょっと毛色が違ってたんだ」
「それで調べられた、と」
「そういう事だな……まぁ、詳しい話はまた今度。お前も疲れてるだろう」
どうやら色々とあったらしい。カイトは苦笑混じりにクズハにそう言ってはぐらかす。とはいえ、クズハもそうだがカイトも『悪夢の沼』の討伐で数時間掛かっていたのだ。どちらも、疲れていた。それをクズハもわかっていたが故に、一つ頷いた。
「そうですね……では、またの機会。寝物語でも」
「あはは。寝物語には似合わんがな……」
「では、お兄様。お疲れ様です。そしておやすみなさい」
「ああ、おやすみ。オレももう一休みしたら、あっちに戻るよ」
同じ皇国領内とはいえ広大な敷地面積を誇る皇国だ。数時間の時差はあり、東に位置するマクダウェル領はもう深夜帯だ。クズハはそろそろ寝なければ明日に響く可能性が高かった。
が、ここから西のベルクヴェルク伯爵領であればまだ深夜というほどではなく、一休みしてから戻っても十分に休息は取れる時間だった。どうせ休むならこちらで一休みしてからか、戻って休むか。その程度の差しかなかった。
「はぁ……流石に疲れたが……」
疲れたと言っていられる立場でもないか。カイトは僅かに我が身を笑う。そうして彼は冷えた水を飲み干して、ため息を吐いた。
「引退するわけにもまだいかんか」
「お疲れ様です」
「ああ……そういえば聞きそびれたが、レモン水か?」
「はい。おつかれかと思いましたので」
カイトの問いかけに、椿が一つ微笑んだ。当然だが彼が仕事をする以上、その補佐をするのが彼女の仕事だ。なのでカイトが討伐に出ている間は公爵邸に詰めて常に彼に状況の報告をしてくれていたのである。というわけで、そんな彼女がカイトに一つ手土産を手渡した。
「それと、こちらを。レモンのはちみつ漬けです」
「ありがとう……良し。じゃあ、戻る。常に連絡は取れるようにしておいてくれ」
「かしこまりました」
カイトの言葉に、椿が一つ頭を下げる。そうして彼は椿に見送られ、彼女手製のレモンのはちみつ漬けを手に再びベルクヴェルク伯爵領へと戻る事にするのだった。
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