第2393話 子鬼の王国 ――尋問――
『子鬼の王国』討伐に向けてそれを発生させたと思しき犯罪組織のしっぽを掴むべく動いていたカイトであるが、彼は倉庫にて自身の調査を妨害するべく仕掛けてきた女暗殺者を捕縛すると、彼女をアルミナに預け一旦は冒険部の本陣に帰還。彼女が情報を聞き出すのを待つ事にする。
というわけで、彼が本陣に帰還して数時間後。ソラ達との打ち合わせも終わり、彼もまたゆっくり身体を休める事になった所での事だ。彼は色々と仕事を終えて自分の部屋に入って、肩を落とす事になった。
「アルミナさん……バレバレのお香炊くなよ」
「あら……駄目?」
「駄目ってなぁ……一応、個室だから問題はないが」
はぁ。カイトは椅子に腰掛けながらベッドに衣服をはだけさせて寝そべるアルミナにため息を吐いた。
「とはいえ、部屋にこびりつくと困る。しかもこの甘い匂い……アルミナさんが仕事で使う媚薬の類だろ?」
「お気に入り。ぜーったい殺す相手に使う物ね」
「やめてくれ……」
くすくすと楽しげに笑うアルミナに、カイトは再度盛大にため息を吐いた。ちなみに、殺す相手以外にはカイトにしか使わない高級品だそうである。
「というか、なんで来たんだ? 何かあったのか?」
「そうね……仕事といえば仕事ね。いつか語ったけれど、非所属の暗殺者を始末するのも私達の仕事の一つ」
「聞いたな。殺し屋を始末する、ってのも暗殺者ギルドの仕事って」
あくまでも暗殺者ギルドは大大老のように法律さえ支配する悪がのさばった場合に動く者たちだ。基本は動かず表の仕事を持っている事も多い。職業として、殺しを行う事はないのである。
「そうね……殺し屋ギルド、とでも言おうかしら。三百年であっちも組織化したみたいだし」
「あー……さっきのお姉さんはそこ所属?」
「みたいね」
あの動きはプロの動きだ。カイトはそれを理解していればこその問いかけだった。と、そんな問いかけに対する返答に、彼は重ねて問いかける。
「で、その尋問も終わったと」
「ええ。素直に教えてくれたわ」
「早いな……何したんだ?」
「身体に聞いたの。身体に聞いたら素直になってくれたわ」
くすくすくす。熟れた女のように妖艶に、それでいて無垢な少女のように楽しげに笑う。これにカイトも笑った。
「それはご愁傷さま……え、これ使ったの?」
「違うわ。これは使おうかな、と思って用意したら先に喋っちゃったからもったいないなー、って思って持ってきたのよ」
基本的にアルミナのお香は匂いが劣化しないように密封されて保管されている。なので開けた時点で使わないといけないため、ここで使ったようだ。
「そりゃ確かに勿体ない。じゃあ、有り難く後で楽しむ事にしよう」
「ええ……じゃあ、行く?」
「おう」
兎にも角にも先の女暗殺者から情報を得ないとな。カイトはアルミナの言葉に椅子から立ち上がってアルミナに手を差し伸べる。それをアルミナが掴んで、二人の姿は闇の中へ溶けていった。
そうしてカイトが次に目を開けた時には、どこかわからない場所だった。共通している事と言えば先程と同じく、しかし更に濃厚な甘い匂いが漂っていたぐらいだろう。
「石室か……あー……大丈夫なのか?」
「ええ。素直になってくれたから、楽にしてあげた所だもの」
「楽にねぇ……」
「はぁ……ふぅ……はぁ……」
数時間前まで気丈だった女暗殺者であるが、もはやその吐く息は荒く潤んだ瞳はどこにも焦点を合わせていなかった。更に顔は真っ赤で全身汗だく。明らかに正常ではなかった。
「これ、話聞けるのか?」
「このままじゃ駄目ね」
「おい」
それはこの様子で真っ当な話なんて聞けないだろう。少女のように楽しげに笑うアルミナに、カイトは思わずツッコんだ。と、そんな声で女暗殺者はカイト達に気付いたらしい。こちらに焦点を合わせる。
「あ、あー……大丈夫か?」
「っ……」
「え、なんで? いや、そうかもだが」
自身を見るなりただでさえ赤かった頬を更に赤らめ慌てて視線を逸した女暗殺者に、カイトは若干困惑気味にアルミナを見る。これにアルミナは笑った。
「ちょっと素直にならなかったものだから、貴方との情事を見せてあげたの」
「ちょっと!? 何してんの!?」
「いつもの事じゃない」
声を荒げるカイトに対して、アルミナはやはり楽しげだ。まぁ、これがアルミナの尋問のやり方だった。基本彼女は肉体を傷付けず、精神を徹底的に追い詰める。
しかも単なる追い詰めではなく、こういった三大欲求に直結するやり方が多かった。しかもエゲツないのは実際には何も起きていない、という点だろう。全ては幻術。現実にはほとんど影響を与えないのだ。そうして自身が居るのが嘘か真かを不確かにさせ、喋らせるのである。と、笑ったアルミナであるが彼女は気を取り直してカイトへと報告する。
「ま、それはともかく……ざっと一週間ほどここでお香をみっちり染み込ませてあげたわ。流石に三日もすれば随分素直になった。最後三日はダメ押し。最後一日は素直になったご褒美ね」
つつっ、とアルミナは顔を赤らめる女暗殺者の顎を撫でる。そうして、彼女の顎をしっかりと掴んだアルミナが視線を逸した女暗殺者の顔を強引にカイトへ向けて妖艶に告げる。
「さ、ご主人さまが来たわよ……ほら、御覧なさい?」
「何してんの!?」
「良いじゃない。この子、欲しいって言ってたでしょ?」
「おいぃ……」
どうやらこの女暗殺者はカイトへの贈り物になったらしい。カイトはがっくりと肩を落とす。とはいえ、こんなのはアルミナと関われば日常茶飯事だ。なので彼は呆れながらも問いかける。
「おいっすー。あー……ご愁傷さま。アルミナさんのお香、キツイだろ?」
「っ……」
大体は察せられた。それを理解した女暗殺者は自身の醜態の痕跡を見られたからか、顔を更に真っ赤にして顔を背けようとする。しかしそれはアルミナが顔を固定していた事によって許されず、視線を動かす事しか出来なかった。
「駄目よ。ご主人さまから目を逸らすなんて……犬は犬らしく。ご主人さまから目を離さない。絶対のルールって教えてあげたでしょう? それとも……もう一度教えて欲しいのかしら」
「っ! ふぅ! ふぅ! ふぅ!」
「あら……嬉しいのね。駄目な娘ね。もう少しお預けかしら」
「……楽しんでない?」
「楽しいわ。いつもいじめられる側だもの……本物のこの子は、本当にすごいわよ? 私も何度も泣かされたのを見てたでしょう?」
呆れ返るカイトの言葉に、アルミナはカイトを見ながら囁くように女暗殺者へと語りかける。
「もう良いから……とりあえず轡を外してやってくれ。話が聞きたい」
「ええ」
「はぁ……ご主人さま……」
「はぁ……」
どうやら完全に自分を主人として認識するように『調教』されてしまったらしい。カイトはそんな様子にため息を吐いた。そしてこのままでは話にならないので、カイトは持ってきていた回復薬を彼女へと飲ませてやった。
「あら……良いの?」
「無理くり楽しむ趣味はないからな」
「これはこれでエグいのだけどもね」
「つっ……くぅ……はぁ……」
一度刻まれた快楽からは逃れられない。そういうやり方をやったアルミナはなればこそ、カイトのやり口が逆に女暗殺者にとって効果的だと理解していた。とはいえ、実際このままでは話せない事もまた事実だったため、止めはしなかった。
「っ」
「あはは……さて。もう大丈夫そうだな。話は出来るか?」
「……なんだ」
「あら……リトスったら。この子に生意気な口を聞けばどうなるか……ご主人さまに回復薬を飲ませて貰ったからって、忘れちゃったのかしら。あれだけ躾けて貰ったのにね」
「っぅ!」
つつっ、と首筋から尾てい骨に掛けて背中を撫ぜ耳元で囁くアルミナに、女暗殺者は再度頬を赤らめる。正気に戻されればこそ、逆にあの時の醜態が脳裏をよぎったのだ。それを思い起こさせるこの行動は十分に彼女を貶める効果を持っていた。というわけで、途端に彼女はおとなしくなった。
「申し訳……ありません」
「良いよ。多少反抗的な方がオレは好みだしな」
「あ、そういえばそうだったわね……良かったわね。でも、お口はきちんとしないとね」
「はい……」
どうやらもはや反抗する力も残っていないようだ。女暗殺者は素直な様子を見せていた。
「やれやれ……じゃあ、あんたの組織の事を教えてくれ。ついでにあんたの事もな」
「はい……私はリトス……多分……二十歳……」
「自分の年齢、わからないのか?」
「孤児だったから……組織の名前は……知りません。でも規模は大きくて……」
これでようやく話が出来る。そんなカイトの問いかけに、リトスという名らしい女暗殺者はぽつりぽつりと自分の名や組織の事を語る。
「ふーん……ということは、このベルクヴェルク領以外にも支部があるのか。他国には?」
「詳しくは……でも昔はラエリアに居ました……」
「もっとはっきりと。場所は?」
「っぅ! 王都です! 王都ラエリアに居ました!」
カイト以上にアルミナに心服しているらしい。彼女に触れられただけでリトスは声を大にして彼女の問いかけに答える。これに、カイトは三度ため息を吐いた。
「ご主人、オレじゃないんじゃないかな……まぁ、良い。王都ラエリアか……クーデターの時は?」
「王都に……そこで<<黄昏>>様とも戦いました……」
「マジで?」
「みたいね」
驚いた。そんな様子で問いかけるカイトに、アルミナもそうだったようだ、と笑う。なお、アルミナ当人にはほとんど記憶はなかったらしいが、これかもと思い当たる節があったらしい。
大大老側に与していた非合法組織の一つに、彼女は所属していたようだ。が、組織の規模は巨大で彼女も全容は把握していない、との事であった。
「だがラエリアに居てなんでこっちに」
「……何かの実験でトラブルがあって……こっちに」
「トラブル?」
「実験サンプルが逃げ出したって……その責任者の始末で……」
「お、おぉう……」
どうやら実験サンプルを捕まえろ等ではなく、責任者を殺せというのが彼女の当初の仕事だったらしい。後に聞けば責任者も殺されるとわかっていたのか組織から逃げ出していたらしい。その追跡に二ヶ月ほど掛かったとの事であった。そんな彼女に、カイトは更に問いかける。
「ま、まぁそれはそれとして……で。その後は? その責任者は?」
「責任者は殺しました……そいつが最後に実験サンプルがベルクヴェルク領に逃げ込んだ事を掴んだから生かしてくれ、って言った事を受けて、組織はあの倉庫に臨時の拠点を作る事にしたみたいです……」
「ふーん……」
この流れからやはり『子鬼の王国』は半ば偶発的。半ば意図的に作られたと考えて良さそうか。そう考えたカイトは確認として問いかける。
「実験サンプルは何かわかるか? 研究内容は?」
「はっきりとは知りません……でもゴブリン種の魔物だって……それに何かの改造? 改良? を施したんだって……何体か『子鬼の王国』の魔物を連れて来いって言われてました。影響を調べるためだって……」
「やはりか」
これで確定だ。カイトはリトスの返答に『子鬼の王国』はこの組織が何かの改良だか改造だかを施した魔物が中心となっているのだと判断する。そうして、彼は問いかけた。
「で、リトスはなぜオレを襲った?」
「……時間稼ぎです。研究者達が逃げるための……もう露呈した以上、実験サンプルを潰せるなら潰せ……その命令が出来なかったからあいつを殺して……半日以内にそいつを追跡してきた奴が現れれば殺せって……」
どうやらリトスは組織に所属する暗殺者としてはそこそこ上の地位に居たらしい。カイト達を倉庫に案内した男は彼女の部下だったようだ。
その部下の不始末を片付けると共に、追手が居るならそれを始末する事。それが、彼女の仕事だったようだ。とはいえ、そんな彼女の言葉にカイトもアルミナも肩を震わせる。
「あら」
「やっちゃったわね」
「いや、全く……しまったな。ベルクヴェルク伯爵軍の仕事だ、と手出しせずにそのまま探ればよかったか。流石に今からじゃ間に合わんだろう」
「っ! ごめんなさい!」
「いや、なぜに謝るし。オレの失態だ」
おどおどと自身とアルミナを交互に見て唐突に謝罪したリトスに、カイトは笑ってそれを否定する。これはカイトの失態であって、彼女には一切関係がなかった。が、『ご主人さま』の邪魔をした事でアルミナの『躾け』や『お仕置き』を警戒しただけであった。
「ま、それはともかく……あの倉庫に何か抜け道でもあるのか?」
「右奥の端にコンソールがあって……そこから地下にいけます」
「そうか……アルミナさん。夜の内に頼めるか?」
「ええ……後は、ベルクヴェルク軍に任せるのね」
ベルクヴェルク伯爵軍でも見付けられるように僅かな痕跡を付けておいてくれ。言外のカイトの言葉にアルミナは了承を示す。
「ああ……半日以内、ということは普通でも半日以内には撤収が完了するというわけだ。流石に今更無理だろうし、リトスが捕まった事を察した時点で大急ぎで撤収した事だろう。冒険部としての仕事もある以上、そっちにかまけるわけにもな」
「りょーかい。じゃあ、行ってくるわね」
「あいよ……夜食でも用意して待ってる」
どうせ夜も良い所だ。そして組織として動いているので瑞樹らが来る事もなく、ユリィはユリィでソレイユの所だ。少しさみしい事は寂しかった。なのでカイトはアルミナと夜を過ごす事にしたようだ。
そうして彼を残してアルミナは再び倉庫へと戻り、夜襲を警戒するスリガラらの横を通り抜け、倉庫に仕掛けを施して戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




