第2392話 子鬼の王国 ――練り直し――
ベルクヴェルク伯爵領にて『子鬼の王国』を人為的に発生させたと思しき犯罪組織のしっぽを掴むべく動いていたカイト。そんな彼はたどり着いた倉庫の中で追っていた何者かの死体――と思しき大量の血痕――を発見。更に倉庫を調べようとした彼に仕向けられた暗殺者をアルミナが撃退し、軍の特殊部隊が到着する少し前にはまるで何事もなかったかのように倉庫の調査を行っている素振りを見せていた。
「お前が、カイト・天音か?」
「ええ」
「そうか……ベルクヴェルク伯爵軍少尉スリガラ・ヴァーイだ。増援部隊の指揮を任されている」
「ありがとうございます」
スリガラと名乗った男の差し出した手をカイトは握り、ひとまずの挨拶を終える。そうして、彼は早速と作業に取り掛かる。
「検査班! 即座に血液の調査に取り掛かれ! 毒だった場合が厄介だ! 防護服はしっかりと着込んでいるな!」
「「「はっ!」」」
スリガラの指示に、防護服を来た兵士達が残されていた大量の血痕の調査を開始する。そうして少し。詳細な検査の前の簡易検査の結果が報告される事となった。
「少尉。簡易検査の結果ですが、やはり毒の反応が確認されました。毒の種類は不明。魔術により構築された呪毒の可能性があります」
「禁術の類か?」
「かと」
「ちっ」
現状を見れば明らかだったが、それでもスリガラは部下の報告に顔を顰め舌打ちする。こんな現象を引き起こす魔術が真っ当な魔術であるわけがなかった。そうして彼は次いでカイトを見る。
「天音くん。どうやら君の推測が正しかったようだ……触れないで正解だったな」
「流石に、これを見て触れたいとは思いませんよ」
「だろうがな」
カイトの返答にスリガラが笑う。そうして、彼は更に問いかける。
「それで、どうする? ここの調査なら軍が請け負うが」
「今日一日はこちらも動けませんから。それにまだ何かが潜んでいる可能性もある。少しお手伝いします」
「そうか……恩に着る」
カイトの申し出に対して、スリガラはそれを有り難く受け入れる事にしたようだ。というわけで、カイトは軍の兵士達と共に周辺の調査を行う事になるのであるが、そこでふとユリィが問いかける。
「そういえばここのエネルギーってどこから引かれてるの?」
「ああ、そういう事か」
「む? ああ、ここのエネルギーか……曹長!」
カイトと共に相談をしもって調査を行っていたスリガラであったが、ユリィの問いかけに兵士の一人を呼び寄せる。
「はっ。なんでしょうか」
「この倉庫街のエネルギーの流路を教えてくれ」
「はぁ……通常の街の構造と同じく、街の郊外にある魔導炉からの引き込みだと思いますが」
何を今更。ベルクヴェルク伯爵領においての街の構造を問いかけたに等しいスリガラの問いかけに、曹長とやらが困惑気味ながらもそう答える。が、これにカイトが首を振った。
「ああ、すいません……そういう意味じゃないですよ。それだけじゃ明らかにここは足りてない可能性がある。ならその足りない分をどこから持ってくるか、という所のお話ですね」
「「は?」」
「ここがもし何かしらの実験施設なら、引き込むだけのエネルギーじゃ足りない。もしそこから大きく引き込んでいれば、発覚はもっと早かったでしょう。なら、どこからか。自前で用意するしかない。ということは必ず、どこかに別の引き込み口があるはずだ」
「なるほど……エネルギーの流路を調べるか。曹長。流路を調べる装置は?」
「あ、はい。馬車に積み込んでいるはずです」
「持ってきてくれ。ああ、それと数人に声を掛けて、同じく装置を装備させてくれ」
カイトの説明に道理を見たスリガラは即座に手配に入らせる。ここらカイトは自分でやれるが、ここは他領で他軍だ。軍の仕事を奪うと後に響くので、手を出さない事にした。というわけで、暫くすると先の曹長が地球の金属探知機に似た魔道具を持ってやって来た。
「少尉。準備完了です」
「よし……それで調査を頼む」
「はっ。調査開始します」
曹長はスリガラの指示に頷くと、倉庫全体の調査を開始する。が、何も見付からないまま、暫くの時間が経過する。というわけで、曹長が苦い顔で首を振った。
「……少尉。手持ち式の簡易型だと駄目みたいです。構造材に仕掛けが施されている様子です」
「そうか……天音くん。最後の手段をやりたいが、どう思う」
「……支援します」
「すまん」
カイトの承諾を得たスリガラは一つ頭を下げて感謝を示すと、壁の一角にナイフを突き立てて壁を覆う表層部を削り取る。前にカイトがやったと同じく、直接魔力を流して流路を確かめるつもりだった。が、これにより何かしらの罠が起動する可能性もあったため、諸刃の剣でもあった。
「……少し下がってくれ。私一人で十分だ。曹長。確認を」
「はい」
「はっ」
「くっ」
後ろに退いたカイトを受けて、スリガラは流路に直接突き立てたナイフを介して倉庫に魔力を流し込む。が、次の瞬間彼は首を振る事になった。
「……駄目だ。私の腕ではこれが限界だ。曹長。どうだ?」
「……駄目ですね。どこかで接地されています」
「そうか」
やはりそうなるか。スリガラは首を振る曹長に苦い顔でため息を吐いた。当たり前であるが、誰もがカイトのように自らの魔力をあそこまで操れるわけではない。彼は接地――意図しない魔力の流入があった場合に流すこと――されていようと動作させられるが、それが出来るのはまず彼ぐらいなものだろう。スリガラでは到底不可能だった。
「天音くん。どうやらこれ以上は不可能のようだ。専用の装備を用意して、出直すしかないだろう」
「そうですか……貴方方は?」
「我々はここをこのまま警備する。自爆を阻止するための魔道具の接地等は行っているが……それを取り外されると厳しいからな」
カイトの問いかけにスリガラはこのままここに残る事を明言する。誰かが残る必要があるのは事実だし、カイトは別の仕事もある。彼にこのまま任せるのが吉だろう。というわけで、カイトは彼に後を任せて倉庫街を後にする事にするのだった。
さてカイトが倉庫街を後にして数時間。冒険部の本陣に帰還した彼はソラ達から作戦の変更点等の報告を受けていた。
「というわけで、今回は速攻ではなくしっかり一つ一つ攻略目標を攻略していく方が良いと思われます」
「そうか……確かに、その方が安全か」
「はい」
カイトの納得にトリンは一つ頷いた。彼の立案した作戦というか方針であるが、これは基本的には安全策を取ったと言って過言ではない。そうして、そんな彼が続けた。
「まず今回の威力偵察で見えたのは、敵に優れた指揮官が居る可能性が高いという点です。これは今回の作戦において最も危険視するべき点かと」
「だな……が、どこかしらに穴はあるはずだ。完璧な要塞なぞありはしない。どこかに欠点はあるはずだ」
「はい……その欠点ですが、この要塞には高度な結界が無い点が上げられます」
どうやらトリンはすでにこの要塞の弱点を見抜いていたらしい。まぁ、そのためにソラには本陣に残ってもらったのだ。ある意味では当然であり、さすがと言える結論だった。そうして、彼はモニターに威力偵察の折りの画像を映し出す。
「見て頂いたらわかる通り、敵陣営から攻撃が来るタイミング、迎撃部隊の出陣のタイミングで結界の揺れがありませんでした。同一の結界を使っている証拠かと」
「威力偵察と見て敢えて変えなかったとは?」
「無いでしょう……迎撃部隊の状況から、そんな甘い想定はしていない。戦闘用ではない、と言って良いでしょう」
「そうか」
トリンの返答にカイトは一つ頷いた。彼が考えた上での結論であれば、カイトはそれを信じるだけであった。
「というわけで、今回の作戦において重要なのは上空からの攻撃……航空支援かと」
「で、そうなるわけか」
「結局なのな……」
笑うカイトの言葉に、ソラは少しだけがっくりと肩を落とす。そんな彼の装備であるが、今回は完全重装備で挑むつもりで実際そうなっているが変更が加えられていた。
「飛翔機にガトリングにランチャーに……万が一で持ってきた装備全部だな。こりゃ、飛ぶ武器庫だな」
「やりたくねー……」
「諦めろ……トリンの方針は採用。以上」
「おい!」
カイトの言葉に声を荒げるソラであるが、決定は決定。覆る事はなかったし、彼もわかっている。が、やった事がない上にぶっつけ本番になるのでやりたくないのであった。
「ま、そのかわり指揮は全て先輩で一本化。オレは当初の予定通り遊撃隊として動くからな。先輩もそこは良いな?」
「わかっている」
元々瞬達で話はしていたのだ。なのでカイトが受けているのはあくまでも報告と最終確認という所で、瞬も承知した上で作戦は立案されていた。というわけで最終的な確認を終えたカイトがソラへと告げる。
「ソラ。お前だけじゃ流石に不安だろうから、アルとリィルの二人を同じく砲撃支援役として就ける」
「出来るのか?」
「あの二人はそもそも軍属だぞ。遊撃部隊でもあるしな。何でも出来るようにはしてる」
「あー……そっか。そういやそもそもウェポンパックも使えてたもんなぁ……」
カイトの返答にソラは一つ頷いて納得を示す。流石に瑞樹達が居てもそこにソラでは火力不足だ。
「よし……じゃあ、ソラ。お前は瑞樹達と共に上空から敵陣営を砲撃してかき乱せ。先輩はソラが崩した場所から突入し、敵を殲滅。トリンは本陣から総指揮を頼む」
「「「了解」」」
カイトの最後の指示に、全員が応ずる。というわけで一通りの作戦の練り直しを行ったわけであるが、そこでふとソラが問いかける。
「そういや、そっち結局どうなったんだ?」
「あー……追跡か。隠れ家と思しき所にたどり着いたはたどり着いたんだが……もぬけの殻かつ追跡してた奴は入った時にはすでに殺された後だった」
「あちゃぁ……捨て駒だった、ってわけか」
「そういう事だろう。今は軍が隠れ家の探索を行っている所だ。が、それも装備が足りないから、明日以降に持ち越しらしい」
あらー、という様子のソラに対して、カイトは肩を竦め状況を報告する。そんな彼に、瞬が問いかける。
「持っては行かなかったのか?」
「いや、多分持ってかなかったってよりも持ってったのだと足んなかったんじゃないっすかね。何でもかんでも用意出来る、ってわけじゃないでしょうし」
「そういう事だな。今は専用の解析機器を用意してる。一応、帰り際に言われたのは夜を徹して行うから明日の朝には届くはずだ、という事だった」
ソラの推測に頷いたカイトが、更に現状を告げる。なお、別に聞かれていないので女暗殺者については黙っていた。こちらの案件には一切関わっていない以上、彼らに語る意味も無い。それはさておき。ソラはカイトの言葉に問いかける。
「明日……ってことはこっちが始まる前には終わってそうな広さか?」
「そうだな。明日中には終わってるだろう。で、第一報でこっちに、って感じかね」
「なら、なんとかなりそうかな」
流石に今日の威力偵察があり、一日でけが人が癒えるわけではない。なので実際の作戦開始は今の所明後日の予定だった。
「そうだな……じゃあ、全員明後日に備えてしっかり休んでくれ」
「はーい、お疲れ様ー」
カイトの閉会の合図に合わせて、ユリィが合いの手を入れる。そうして、四人は明日に備えてしっかりと休む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




