第2390話 子鬼の王国 ――隠滅――
『子鬼の王国』の掃討作戦に伴い、それを意図的に発生させたと思しき犯罪組織の影を掴んだカイト。そんな彼は冒険部での掃討作戦において犯罪組織による横槍を受ける事を厭い、先に犯罪組織を壊滅する事を選択する。
というわけで、自分達の威力偵察に合わせて動きを見せた犯罪組織の手の者を上手く逃したカイトであるが、その監視をソレイユに頼んで自身は何時でも行動に入れるように準備を進めつつ、冒険部の統率と被害状況の確認を行うために拠点へと帰還していた。
「さて。後は仕込みの結果を待つだけ、と」
「は? え、あ、カイト? あれ? お前今しがたあっちに居なかったか?」
唐突に後ろから響いたカイトの声に、瞬が仰天した様子でこちらを振り返る。が、そんな彼は再度明後日の方を向いて、そこに居たカイトを見て混乱を露わにする。
「ん? いや、え……?」
「あははは……悪い悪い。ユリィ!」
「はーい!」
カイトに声を掛けられ、彼の姿に変化していたユリィが本来の姿に戻ってこちらへと移動する。まぁ、当然誰にも言っていなかったので周囲の者たちも仰天した様子だったが、カイトはそれをスルーする。
「ユリシア?」
「そだよー」
「何時来たんだ? いや、それより最初から居たのか?」
前にも言われていたが、ユリィが来ている事もソレイユが来ている事も誰にもカイトは告げていない。それは瞬も含まれており、彼が混乱したのも無理はなかった。
「最初から、というより皆が来るより前に来てたよ。横槍が入った場合にこっちの作戦を掴まれないためにね。流石に先に来てるとは思わないでしょ」
「そ、そうか……き、気付かなかった……」
「相棒だからねー。少しぐらいなら騙す事は余裕余裕」
どこか得意げに、ユリィは混乱を宥める瞬へと胸を張る。彼女以外にカイトの行動を完璧に近い形でトレース出来る者はいないだろう。彼女に頼んだ理由はそういうわけだった。
「ま、敵を騙すにはまず味方から、という言葉もある。騙して悪いが、軍に内通者が居たら困るからな」
「常に監視されているようなもの、か」
「そういうわけだ……とりあえず現状の報告を頼む」
僅かにベルクヴェルク伯爵軍の方に視線を向けた瞬に対して、カイトは今回の威力偵察で負った被害を問いかける。これに、瞬が一通りの報告を行った。
「と、いう具合だ……若干想定以上の被害を被った」
「そうか……うーん……」
「やはりおかしいか?」
「ああ。動きが見事過ぎる。小物と侮るなかれ、と考えた方が良さそうだな」
どうやら勘付いていたらしい瞬の問いかけに、カイトはしかめっ面で頷いた。明らかに今回の動きはこちらの動きに合わせて動けていた。そこには軍さながらの練度があり、油断すれば壊滅するのはこちらの可能性があり得た。故に、彼は舌打ちしてはっきりと認めた。
「ちっ……これは確定で何かしらの改良を施されたゴブリンが中心になっている可能性が高そうだな。末端の動きだけでは測れない何かがありそうだ……油断ならん相手、と認めるしかないだろう。作戦は一度練り直しだ」
「そうか……まぁ、そうだろうとは思ったが」
「被害は?」
「けが人が幾らか、という程度か。流石に射掛けられた程度で死者は出ないさ」
今回、戦闘がメインかつ『子鬼の王国』の可能性があるとしてカイトも冒険部でも戦闘慣れしている面子を中心に部隊を構築させていた。なので若干の不測の事態でもなんとか対応出来たようだ。が、これ以上何かが起きると厄介だ。なのでカイトは通信機を起動させる。
「ソラ。大丈夫か?」
『おう。そっち、けが人とかの状態は?』
「けが人は想定より若干多い程度……一旦先輩をそっちに向かわせる。トリンと共に作戦の練り直しを行ってくれ」
『おう……それ以外に何か変更点は?』
「ユリィが居るぐらいか?」
「おはろー」
『は?』
なぜ居なかったユリィがここに。カイトの通信機に割り込んだユリィの声に、ソラが困惑の声を上げる。それにカイトは先程と同じく状況を説明。彼におおよそを伝える事にする。
「という感じだ。こっちはこっちでもう暫く動く。そっちはけが人の手当を進めると共に、トリンと一緒に先輩から状況を聞きつつ、作戦の練り直しを頼む。一応、オレも可能なら参加する」
『わかった……そんなヤバそうなのか』
「ああ……多分、お前の動きも支援砲撃になってくるだろう。それを勘案して、装備を選択してくれ」
『りょーかい。とりあえずこっちで作戦を進めとくよ。ま、どっちにしろけが人の手当て終わってからか』
「そうだな」
ソラの言葉にカイトは一つ頷く。そうして彼はけが人の収容などを行い、時間の許す限りで作戦の練り直しを行う事になるのだった。
さてカイト達が威力偵察から戻っておよそ三時間ほど。その間もソレイユによる監視が続けられる事になったのだが、どうやら三時間ほどで動きが見えたらしい。空港の飛空艇から監視している彼女より連絡が入る事になる。
『にぃー。今ダイジョブー?』
「っと……ああ。何だ?」
『お馬鹿さんの進路上に街が見えたよ。多分、あれが目的地』
「そうか……三人共、どうやらこっちで動きが見えたらしい。オレ達はそっちに向かう。こっちは任せた」
カイトはソラらにそう言うと、立ち上がってユリィと共にその場を後にする。そうして外に出た彼は即座にソレイユに現状を確認する。」
「ソレイユ。外に出た……現状は?」
『もう街に着くよ……着替えてるみたい。服はどこかの作業員の服……って感じかな。バイクも若干形が変わってる』
『ほぅ……興味深いのう。形状としては?』
『作業用……って感じかなー。荷物とか引っ張れそう』
『なるほどのう……であれば、倉庫の作業員という所やもしれん』
ソレイユからの情報に、ティナが興味深げにそんな感想を口にする。その一方、カイトはすでに出立の準備を整えていた。
「それなら、ソレイユ。やっこさんが倉庫街に入った時点でマーカーを頼む」
『はーい……よいしょっ』
遥か彼方。ベルクヴェルク領ベルクヴェルクの空港から、ソレイユがマーカーの役割を果たす矢を射る。この矢は特殊な矢らしく、一度放たれれば後は射手の意思に応じて動いてくれるらしい。それに更に転移術のマーカーの役割を果たす機能を持たせていた。
『じゃあ、矢を射たので暇なので実況しまーす。ただいま街の出入りを監督している人と楽しげに談笑中ー。焦ってるみたいだけど、離してくれないみたいですねー』
「こっちもさっさとして欲しいんだがね」
『いや、今の割と重要じゃぞ。その様子じゃと別に隠れて行動しておるわけではないという事じゃ。とどのつまり、街の奴は今回の下手人を見知っておるというわけじゃな』
「そうか。堂々と出入りしてた、という事は……そいつがどこの所属か、等もわかるわけか」
『うむ。そこらを当たれば更に裏の筋が見えてこよう。ソレイユ、その門番の顔、覚えておいてくれ』
『はーい』
ティナの指示にソレイユが元気に返事をする。というわけでそこらの確認事項を取得していると時間はあっという間に経過する。元々下手人の男も焦っていたのだ。足早に会話を切り上げると、努めて平静を装いつつも少しだけ駆け足に町中を移動して倉庫街へと移動する。
『あ、人目がなくなったら一気に加速した』
「よし……ソレイユ。入ると同時に矢を屋根の上に」
『了解でーす』
「ユリィ、良いな?」
「うん」
カイトの確認に、ユリィは彼の肩をしっかりと掴んで頷いた。そうして十数秒。ソレイユが告げた。
『入ったよ! 着弾!』
「よし」
とんっ。カイトは軽く地面を蹴って、ソレイユの放ったマーカーを目印に転移術を起動。着地に合わせて、どこかの倉庫の屋根の上に音もなく着地する。
「……警備……無し」
「流石にこんな町中でそんな厳重には出来なかった、かな」
ここからは敵陣も同然だ。なので警戒したカイトであったが、隠れて動く以上は下手な結界等も展開出来なかったようだ。あくまでも一般的な倉庫と変わらない様子でしかなかった。が、そこにティナが告げる。
『一見するとそうじゃが……内壁等はしっかり別物にされておるのう。遠目にはわからんじゃろうし、立入検査でもせねばならんじゃろうが……明らかに真っ当な会社や組織が保有する倉庫ではないぞ』
「ということはビンゴ、と」
『そう捉えてよかろ』
であればここからは本気で動くか。カイトはユリィと無言で頷き合うと、音も無く屋根を蹴って屋根の縁まで移動する。そうして縁まで移動した彼は日本国防軍に卸している天桜重工から買った特殊な双眼鏡を使って屋根の上から下を覗き込む。
「ソレイユ。似た様な牽引車が並んでいるが、これが例のアレか?」
『そうだよ。それに変形したみたい。結構手際良かったから、慣れてるっぽいね。丁度右から二番目がそれだよ』
「そうか……それじゃ、やるか」
「りょーかい。いつも通り支援は任せて」
「おう」
ユリィの言葉に応ずると、カイトはその場から小さく飛び跳ねるようにして地面へと降下。音もなく着地すると、僅かに倉庫の扉を開く。が、そうして彼は目を見開く事になった。
「っ……これは」
「もぬけの殻……だね」
「あの血溜まりを除けば、だがな」
険しい顔の二人を出迎えたのは、がらんどうの倉庫だ。そこには血溜まりを除くと何一つなく、それ以外には血溜まりに沈む何者かの作業着だけであった。それはまるで元々この倉庫の中には何もなかったかの様でもあり、きれいサッパリ撤収されたようでもあった。
「この血の量は……明らかに人一人分って所か」
「即死……っぽいね」
「だろう……エグい魔術を使いやがる。骨も肉も一切が残ってない……ティナ。何の魔術かわかるか?」
流石にこんな現象を引き起こす魔術はカイトもわからなかったらしい。故の彼の問いかけに、ティナはいくつかの推測を口にする。
『現場は見ておらぬのではっきりとはわからぬが……血だけが残っておるのであれば<<溶解>>や<<酸性雨>>系の魔術が有り得そうじゃのう。周囲への散らばり具合から、前者の方が可能性は高そうかもしれん。もしくは<<溶血>>もあり得るのう』
「なんだそれ」
『血に腐食性を持たせ、内側から溶かす魔術じゃ。人体の大半は水。当然、それが変質する以上は肉も骨も溶ける。早い話、血にピラニア溶液の性質を持たせる感じじゃ。比べた事はないが、もっと強力やもしれん。古い時代に拷問に使われた記録があるだけで、余もやった事はない』
「うぇ……」
「エッグいなぁ……」
ティナの言葉にカイトもユリィも盛大に顔を顰める。この下手人の男がせめてそういう死に方をしていないぐらいは祈ってやりたくなる死に方だった。
なお、ピラニア溶液とは硫酸と過酸化水素水の混合物の事で、地球では研究所等でさえ日常的に使うべきではないとされている非常に危険な溶液だった。その腐食性は王水をも上回るそうで、言うまでもなく人体にとって非常に有害だった。
「まぁ、それは良い……問題はこれがそいつか、って所か」
「流石にこれじゃ記憶を抜き出したりも……出来ないねぇ」
『流石に原型を留めておらんからのう……あ、言うまでもないが血に触れるでないぞ?』
「さっきの話聞いて触れたいと思うかよ」
ティナの忠告に対して、カイトはしかめっ面で首を振る。いくら大抵の状況ならなんとでもなるとはいえ、ピラニア溶液と同等かそれ以上かもしれない血溜まりの中に手を突っ込みたくはなかった。
「とはいえ、突っ込まないと残留思念を読み取る事も出来なくない?」
『ああ、もし<<溶血>>より更に上の物を使われれば物の情報も抹消されるから、意味がないぞ。ま、諦めて専門の処理部隊の到着を待て』
「うわぁ……」
もうそうなると手の施しようが無いじゃん。ティナの助言にユリィは再度顔を顰める。少なくとも、そんな死に方だけはごめんだった。そうして、二人はソレイユに頼んでベルクヴェルク伯爵に連絡を取って貰い、至急今倉庫街に軍の特殊部隊を派遣してもらう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




