第2388話 子鬼の王国 ――威力偵察――
冒険部専用の飛空艇購入の資金とするべくベルクヴェルク伯爵領に出現した『子鬼の王国』の掃討作戦を請け負ったカイト率いる冒険部。もしかしたら人為的に発生させられたものかもしれない、という若干当初の予定とは異なる形でスタートした掃討作戦であるが、表向きは一切の変化もなく動いていた。と、そんな光景をベルクヴェルク伯爵軍は遠目に見てある者は感心し、ある者は驚きを浮かべていた。
「すごいですね……まるで半年足らずの部隊の動きとは思えない」
「指揮官が良いのだろうな……伊達に鳴り物入りで喧伝されるわけではない、というわけだ」
カイト達が本陣として設営した飛空艇から更に後ろ。幾重にも張り巡らされたベルクヴェルク伯爵軍の包囲網の内、最も冒険部の本陣に近い位置に配属された艦隊の艦長と副官はカイトの手腕に感心していた者の一人だった。やはり流石は勇者と魔王の二人という所で、ゼロベースからギルドを立ち上げてここまで持ち上げたのは嘆息を禁じ得なかったようだ。
「うむ。見事だ。今の左右への展開のタイミング。僅かでも早ければ狙いを付けられ被害を被るし、遅ければ動けなくなる。最適なタイミングと言えるだろう」
「どうやった……んですかね。まさか勘……というわけでもないでしょうし」
「勘だろう。あれほどの勘を身に付けるのにどれだけの修羅場をくぐり抜けねばならないかは、わからんがな」
副官の驚きに対して、艦長は僅かに失笑するように、しかしどこか羨望さえ滲ませ笑う。何時、どこで敵の攻撃の手が最も緩むか、なぞよほどの天才でなければ培った経験から来る勘でしか対応は不可能だ。
無論この勘は完全なる当てずっぽうではなく肌で感じる周囲の状況から来る直感だろうが、故にこそこればかりは経験だけが物を言う。知らないからこそではあるが、それをたった数ヶ月で完璧に身に付けられているように見えたカイトは天才と考えられても仕方がなかっただろう。
「正面以外の『子鬼の王国』に動きは?」
「今の所ありません……いえ、左右の艦隊より緊急入電! 左右で動きあり! 敵、どうやら打って出るつもりの様子!」
「何? もうか?」
「はい」
驚いた様子の艦長の問いかけを受けたオペレーターが、こちらもまた驚いたように振り向いて頷いた。あまりに早すぎる。二人はそう思ったのだ。その動きは熟達の指揮官がこう来るだろう、と予め読んでいたかの様でさえあった。そしてそれと考えを同じくしていた副官が指示を請うた。
「どうしますか?」
「……確か背面の艦隊は僅かに離れていたな」
「はい。そちらの刺激を避けるため……」
「むぅ……」
改めてになるが、今回のベルクヴェルク伯爵軍の隊列にはカイトの意向が大きく反映されている。なので冒険部から見て正面に敵戦力を集めさせるため、背面になる所には飛空艇艦隊を少しだけ遠目に配置してもらっていた。が、それに艦長は少しだけ苦い顔だった。
「ここからの短距離通信で確認は可能か?」
「左右の艦隊を経由すれば、可能です」
「直接は」
「現状を考えれば、暗号化通信がベストかと。『子鬼の王国』を刺激する恐れが」
「そうか……」
どうやら専用の通信室で情報を確認する必要がありそうだな。艦長はオペレーターの返答にそう判断する。
「ブレーグ少尉。急ぎ通信室へ向かい、第五艦隊との状況の確認をリアルタイムで行えるように手配してくれ」
「自分が、ですか? 自動では駄目と」
「ああ。出力を絞って通信する必要がある。通信室からリアルタイムで出力を調整する必要がある」
「わかりました。通信室へ向かい、第五艦隊との通信網の確保に努めます」
「頼む」
「はっ!」
艦長の指示に、ブレーグと呼ばれた少尉が駆け足で艦橋を後にする。どうやらこの指示は妥当なものだったらしい。異論は一切出なかった。というわけでそれを見届けた後、副官が呟いた。
「行きましたね」
「ああ……他の艦隊でも同じく動いている頃だ。後は、彼に任せるしかない」
実のところ、先の少尉が選ばれたのは彼が怪しいと踏まれたからだ。もちろん彼で確定というわけではないが、各艦隊で何人かそういった怪しいと思しき人物はピックアップされており、各所で無作為を演じつつもある程度自由に出来るような指示を出すようにベルクヴェルク伯爵から各艦隊の艦長か副官クラスには伝達が入っていたのである。そうして、自分達に出来る事は今はここまで、と艦長達は再びカイト達の動きを見守る事にするのだった。
さて各艦隊がカイトの要望通りに何かしらの組織の手の者らの動きを誘発するべく動いていた頃。カイトはというと、左右に別れた第一部隊を率いて西側へと進行を進めていた。
「はぁ! 今の内にポイントCの1へ移動! 急げ!」
「りょ、了解!」
「ほら、走れ走れ!」
「止まるとヤバいぞ!」
カイトの剣戟により『子鬼の王国』から射掛けられる無数の攻撃を逃れながら、冒険部一同は山の西側へとひた走る。そうして走ることおよそ一分ほど。地面を砕くほどの勢いで走り続け、所定のポイントへとたどり着いた。
「天音! 到着だ!」
「了解! 最後一当てしてオレも退く! 急ぎ隊列を整えろ!」
「おう! 任せる!」
誰の声かはカイトもはっきりとは理解していなかったが、何をするべきかはわかっている。故に出される報告に彼は逐一適切な指示を下していく。そうして隊列が整い、盾持ちが前線を構築した所で、彼へと報告が入る。
「天音! もう良いぞ!」
「こっちゃ出来上がりだ!」
「りょーかい!」
それなら最後っ屁だ。カイトは後ろからの報告に一度大きく跳び上がると、状況を精査するためも含めて空中から振り下ろしによる攻撃を仕掛けることにする。が、そうして見たのはやはりあまりに早い『子鬼の王国』側の行動だった。
「っ!? 早い! 先輩! 気を付けろ!」
『こちらもすでに視認している! こんな早いものなのか!?』
「なわけあるか! 早すぎる!」
こちらがほぼほぼ完璧な動作ができていればこそ対応可能であったが、もしこれが何かが僅かでも遅れていれば確実に隊列が整う前に迎撃部隊と遭遇する事になってしまっていた。カイトは内心で肝が冷える思いを感じながらも、当初の予定を即座に修正。指示を下す。
「藤堂先輩! 綾崎先輩!」
「りょ、了解した!」
「ちっ! ここまでやるのか!」
流石に藤堂にせよ綾崎にせよ、敵陣営のあまりの対応の早さには若干の困惑を生むしかなかったようだ。これについてはカイトの腕や瞬の才覚があってなんとか対応出来た、と言ってよかっただろう。というわけで、カイトは当初の予定を変更。そのまま真下に着地すると、そこで武器を刀に持ち替える。
「ふぅ……」
『グゥオオオオオオ!』
雄叫びを上げて、ゴブリン種で構成される迎撃部隊がカイト達へと肉薄する。遠くではまた別の雄叫びが聞こえた事から、瞬達の側にも完全にタイミングを一致させて迎撃部隊が出た事が察せられた。
「魔物ながらあっぱれな指揮だが……」
『やっぱり何かしらされた、と考えた方が良いかな?』
「だと思いたいね」
念話で語りかけるユリィの推測に対して、カイトはそうであって欲しいという希望を口にする。三百年前よりゴブリン種の平均的な戦闘力は落ちているが、知性まで低下しているわけではない。かといって平均して上昇しているわけでもないため、ここに来て唐突に上がったとは思いたくなかった。そうして軽口を交わした直後。彼の眼前に粗悪ながらも確かに鍛造された鎧を身に纏うオーガが大股に肉薄してきた。
『ガァアアアアアアアア!』
「ふっ」
振るわれる巨大な大剣を半身をずらす事で回避。カイトはそのまま刀を抜き放ち、金属の鎧ごとオーガを切り裂いた。
『『『ッ』』』
一瞬、ゴブリン種の魔物達が息を呑む音がカイトの耳に聞こえた。どうやら、彼らが思うより遥かに強かったのだろう。確かに指揮は見事かもしれなかったが、所詮はゴブリン。個々の知性はそれほどではないようだ。それに、カイトは僅かな安堵を得る。
「ふぅ……所詮はゴブリン! 浮足立っている今の内に押し返せ!」
「「「おぉおおおお!」」」
攻め時を見誤るほど、カイトは戦場での勘が衰えたわけではない。故に彼の即座の号令に後ろで控えていた藤堂達が一斉に鬨の声を挙げて応ずる。
そうして一気に彼らが切り込んでいくのであるが、やはり高々ゴブリン種の群れに浮足立っている状態への強襲だ。冒険部側が一気に優位に立つ事となるのには、さほど時間は掛からなかった。
「よし! このまま一気に押し切るぞ!」
「全員、油断せずに射掛けられる攻撃には盾の内側へ!」
「よし」
綾崎と藤堂の指示に、カイトは一つ頷く。基本的な指示はこの二人でも十分に出来る様子で、全体の指揮を考えなければある程度はこの二人でも賄える様子だった。と、いうわけで迎撃部隊の殲滅まで後僅か、となった所に、カイトが流れの変化を感じ取って顔を上げる。
「っ! 総員、盾の内側まで引っ込め!」
「っ、撤退!」
「退きなさい!」
これはやはりカイトが培ってきた信頼の高さが功を奏したと言えるだろう。何が起きているかもわからぬまま、藤堂も綾崎も彼の指示に応じて即座の撤退を指示する。
そうして全員が盾持ちの冒険者の守りの内側に引っ込んだとほぼ同時。彼らが交戦していた場所へと、迎撃部隊諸共に矢や魔術の雨が降り注ぐ事になる。
「っ!?」
「味方だろ!?」
「マジかよ!?」
幸い自分達は避難したので被害こそなかったが、目の前で本来は味方のはずの『子鬼の王国』の攻撃に晒される迎撃部隊を見て冒険部の面々は思わず目を見開く。が、この驚愕こそ、『子鬼の王国』側の狙いだった。
「「「っ」」」
「おぉおおおおおおおおおお!」
誰もが放たれようとする巨大な光球に息を呑んだ直後。魔力の高まり等からこれを予見していたカイトが雄叫びを上げて、槍を投げ放つ。そしてそれとほぼ同時に山の裏側からも槍が飛翔し、丁度山の頂点で交差するようにして遥か彼方へと飛んでいった。
「ちっ……相当な手練だぞ、こんな策を打つのは……先輩」
『なんだ!?』
「落ち着け……一旦、瑞樹達が作戦行動に入るまで耐え忍ぶ事に専念しろ。おそらく攻めきれん」
『っ……ああ。そうしよう』
どうやらそれなりの戦闘に加え割と本気で槍を投げたからか、精神が高ぶっていたらしい。カイトの連絡に声を大にした瞬であったが、彼の指示により落ち着きを取り戻す。そしてカイトもまたこれ以上は痛手を被る事になりかねない、と様子見に徹することにする。
「瑞樹。現在位置は」
『これより投下を開始しますわ……投下開始』
瑞樹の言葉とほぼ同時に、カイトの目の端に何かが降下していくのが見て取れた。どうやら丁度投下が開始されたらしい。
「弓兵部隊及び魔術師部隊! 投下が始まった! 斉射開始! とりあえず撃って撃って撃ちまくれ!」
カイトの号令と共に、第一部隊に所属する弓兵や魔術師達が無数の攻撃を放つ。それに呼応するように、『子鬼の王国』側からも無数の攻撃が発射される。そうして空中で無数の爆炎やらを生み出す事になるのであるが、それを隠れ蓑にカイトは裏方仕事に入る事にする。
「ユリィ」
『あいさ。タイミングは撤退の瞬間でおけ?』
「おけ」
僅かな確認に対して、カイトも僅かな了承を示す。そうして瑞樹の乗るレイアが最後の魔道具を投下し、彼女が報告を入れた。
『最後の投下、終わりましたわよ!』
「よし! 全員撤退! 殿はオレがやる! 一目散に逃げろ!」
「よし! 撤退だ!」
「怪我をしている人には手を貸してあげてください! 急ぎ、撤退します!」
カイトの号令を受けて、一斉に全員が行動に入る。それを背にカイトは単身『子鬼の王国』側へと向き直り、無数の攻撃に相対する。
「ふぅ……ユリィ。限界まで引き付け、そこで入れ替わる」
『あいさ』
カイトの言葉にユリィが応ずる。そうして、その直後。『子鬼の王国』からはなられた攻撃がカイトの剣戟により全て切り払われ、敢えて生ませた閃光に紛れ、カイトはユリィが生み出した幻影と入れ替わり裏に潜む事にするのだった。
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