第2386話 子鬼の王国 ――ミーティング――
冒険部専用の飛空艇購入のため、ベルクヴェルク伯爵領に出現した『子鬼の王国』の討伐任務を請け負ったカイト率いる冒険部。そんな彼らは当初とは些か違う点がいくつかありながらも、表向きは当初の予定通りの形で任務を進める事になる。
というわけで現地入りを果たした一同であるが、拠点設営の前に数十キロ離れた見晴らしの良いポイントに飛空艇を停止させると、そこで瑞樹ら竜騎士部隊が出発。由利ら弓兵達と共に高速で偵察を行う事になっていた。
『という感じですわね。基本山全域にゴブリン種の魔物が大発生、という所でしょうか』
「やっぱ、そうなるか……はぁ」
一度飛空艇を着陸させ瞬が運転する側の飛空艇――こちらにはミーティングルームがあったため――に上層部の半数ほど――横槍を警戒して全員は集めなかった――を集めたカイトであるが、瑞樹からの報告に盛大にため息を吐いた。
なお、瑞樹はレイアのストレス発散のため、もう暫くは外で飛んでいた。それはさておき。ため息を吐いたカイトへと、瞬が問いかける。
「どうするんだ? 流石にこの人数で山を完全包囲は不可能だが」
「それは構わない。実際の戦闘開始時には山に結界を展開し、ある程度は逃げられないようにして殲滅戦を行う……まぁ、それでも大きな網という所だから漏れは出るが……そこについては周辺で待機するベルクヴェルク伯の軍の出番だ」
それでも出た漏れについては、後でベルクヴェルク伯爵になんとかしてもらうしかない。カイトは瞬の問いかけに対してそう語る。どうしても敵の総数は数千にも及ぶのだ。
これを一体も逃さず討伐、となるとこちらも数千単位の人員を動員せねばならないが、そうなるとコストも馬鹿にならない。冒険者達を数千単位で動員出来るわけもなく、ある程度は取りこぼしても問題無いように幾重にも渡る封鎖が行われていた。
「それで、瑞樹。相手さんの竜騎兵の展開速度はどんなもんだった?」
『さほど、ですわね。練度も高い物とは言えないでしょう。あの程度なら急速接近後、飛び立つ前に潰せそうですわね』
「それはまぁ、出来るだろう。数が多い事とこっちの人員が限られている事に目を瞑れば、だが」
実力的にはこちらが圧倒的に格上。カイトは瑞樹に対してそう告げる。これに、瞬が問いかけた。
「調教とかはしないのか?」
「出来る知性を持っている奴が居ない。強引に力でねじ伏せているだけだな……だからコントロールを離れれば反動で大暴れして、周囲を荒らしてくれるだろう。竜種については基本無視で良い」
「そうか。わかった」
カイトの返答に瞬は一つ頷いて了承を示す。流石に今回は数が数だ。無駄な魔物まで相手はしていられなかった。
「さて……それで次に問題になるのは、粒ぞろいの魔物達だが……」
「何かヤバい奴は居たか?」
「そうだなぁ……ホタル。モニターにレイアに搭載していたカメラの映像を頼む」
『了解』
カイトの要請を受けて、ホタルが飛空艇のモニターに瑞樹が撮影した動画を画像化した物を表示させる。そこには多種多様なゴブリン種の魔物達が撮影されていた。
「ざっと見た感じで、『ブラッティ・オーガ』『ダーク・ゴブリン』『ワイズ・ゴブリン』……ま、有名所は基本押さえてもらえていると考えてくれ」
「博覧会が開けそうだな……」
「開けるだろうな。魔物学の学会の奴らが嗅ぎつける前に叩き潰したい所だ」
呆れた様子のソラの言葉に、カイトは笑って肩を竦める。当然だが彼が述べた以外にも多種多様な亜種の魔物は居たし、それ以外でも普通の『オーガ』『オーク』等の基本種も平然と闊歩していた。そんな光景を見ながら、ソラがどこか感心したようにつぶやいた。
「にしても……これだけ居たのに良くバレなかったな」
「バレなかった、というよりもバレないように握り潰していた、というのが正確な所かもね」
「あー……なんか捕まったっていうあれ?」
「そう……ここら近辺の統括を行ってた執政官だね」
ソラの言葉にトリンが一つ頷いた。そしてこれにカイトもまた頷いた。
「そうだな。今回の一件はおそらく人為的に引き起こされた事態で間違いない。僻地とはいえまずここまでの規模のコロニーが見付からずに、というのはあり得ない。人為的に隠されでもしないとな」
「だが、もうその執政官は捕まっているんだろう?」
「その執政官はな。その執政官に賄賂を送っていただろう何かしらの組織はまだ健在だ。そいつらが何を目的にして、『子鬼の王国』を建造、もしくは放置させたかは不明だ」
瞬の問いかけに対してうなずきながらも、カイトは改めて裏がまだ片付いていない事を語る。そうして、彼は説明を続けた。
「で、だ。流石にその組織の横槍は困る。向こうもおそらくこちらに何かしらの人為的な証拠を掴まれるのは困るだろう。今回の発覚はおそらく向こうにとっても想定外の所が大きいはずだ」
「処分されていたりしないのか?」
「それはあり得るし、それで撤収となっていてくれていればこちらとしても御の字だ。横槍が入らないなら入らないでそれで良い」
瞬の言葉にカイトはそれならそれで良いと明言する。組織を壊滅、ないしは横槍が入らないようにするのは『子鬼の王国』の討伐に邪魔になるからだ。邪魔してくれないのならそれ以上はカイトもするつもりはなかった。
「とはいえ……現状を鑑みれば何かしらの証拠が残っている可能性は無いではない。それを掴まれるのが嫌なら、喩え面倒を引き起こそうと何かしらの手は打っておかないとならない。となると……」
「来るしかない、ってことか」
「そういう事だな。一番の最悪は地下に魔導炉を仕込まれてどかんっ、だが……」
「怖いな!?」
カイトの指摘にソラが思わず声を荒げる。魔導炉の暴走はその出力に応じて様々な弊害を引き起こす事になるが、今回の場合は山一つを吹き飛ばさねばならないほどの威力が必要だ。相当な出力を必要とする事だろう。もしそんなものが爆発した場合、まず間違いなく付近に居る冒険部は壊滅的な被害を被る事になるだろう。が、これにトリンが笑った。
「あはは。これはあくまでも一例だよ。やるならもうとっくにやってる。やらない、ということはそんなものはないか、やるにしても上がその決断を下せていないかだね。けど、ここまでの組織ならその決断を下せない、なんて事は無いはずだから可能性としては限りなく低いよ」
「そういう事だな」
「びびった……」
トリンの説明に同意したカイトに、ソラががっくりと肩を落とす。そうして少しだけ弛緩した空気が流れる事になるのだが、カイトは改めて気を引き締めて今回の作戦を説明する。
「あはは……で、今回の作戦の概略だ。まず第一段階として、付近に巨大な結界の展開を行う。これは先に述べた通り、なるべくはゴブリン達の取りこぼしを無くすためだ」
カイトの取り直しを受けたホタルが、モニターに山の全域の地図を展開。そこに更にいくつかのポイントに点を打ち込んでいく。それを横目に、カイトが説明を続けた。
「これが、ベルクヴェルク伯爵軍から提供された結界の展開において最適とされている場所だ。第一段階としてここに結界の展開を行う魔道具を設置する。この設置作業だが、基本は瑞樹達の竜騎士部隊との連携で速攻を仕掛ける。ホタル、魔道具の写真を」
『了解』
「よし……これが、今回設置する魔道具だ。基本的な使い方はバンカーバスター……地中貫通弾と呼ばれる空中から投下して地下の標的を撃破する爆弾と同じく、空中から投下して地中に埋没。そこで効果を発揮する。大きさはそこまで大きくないから、一体につき一つの投下を行う」
「もしかしてさっきの偵察は……」
カイトの説明を聞いて、瞬がおおよそを察したらしい。これに、カイトは一つ頷いた。
「そういう事だ。先程の偵察は全域を確認し、投下ポイントを目視で確認する意味合いも含んでいた。流石に初見で上手くいくとは思っていないからな。また、この支援を兼ねて威力偵察に一度戦闘を仕掛ける事になる」
「誰が行く?」
「半数。オレが率いるが、初手で何があるかわからん。ソラはこちらに待機。先輩はオレと共に威力偵察だ。現場を確認しておけ」
「わかった」
「りょーかい」
カイトの指示に、ソラと瞬が一つ頷く。この割り振りははっきりとしており、攻めに強い瞬と守りに強いソラにそれぞれの得意分野に沿って役割を与えただけだ。なので二人共一切の疑問はなかった。
「よし……それで第一段階の完了後、第二段階。ここからは実際の攻略に取り掛かる。基本攻めを一方方向からにするので、ゴブリン達もこちらに流れてくるだろう。ただし、ここからは第一段階の威力偵察によっていくつかに分岐する」
カイトはそう言うと、ホタルに一つ頷きかけてモニターに作っておいた資料を表示させる。そうして、そのいくつかが表示された。
「まずパターンA。これが基本となるパターン。敵がこちらの行動に反応して迎撃に出た場合。この場合、こちらは敵迎撃部隊を撃破し、一気に攻め込む。ただし、規模が規模だ。一日二日で攻め落とせる事はないだろう。数日に分けて、中まで攻略する事になる」
「削っていく、という事か」
「そうだな。先輩の言う通り、この場合は出てきた奴を倒していって、敵の戦力を削っていく感じだ」
これが一番楽は楽だな。カイトは瞬の総括に頷きながら、そう告げる。そうして彼は続けて、次のパターンを口にした。
「で、次がパターンB。こっちは比較的厄介で、砦の利点を活かして積極的には出ずに遠巻きに迎撃、という場合だな。この場合数日掛けて駆け引きをし、敵の防備の薄い点を見つけ出してそこから攻略する形になる」
「この場合は……翔の出番、か?」
「そうだな。翔達スカウト部隊の出番だ。このパターンの場合は夜襲等のパターンもあり得るから、それに備えて時間も確保する」
ソラの言葉に頷いたカイトは、その場合の日程表を一応提示しておく。といってもこの場合は臨機応変な対応を求められるため、必ずしも夜襲になるわけではなかった。そうして二つのプランに言及した彼であったが、最後の三つ目を語った。
「で、これが最後のパターンC。これはまぁ、無いだろうが……完全に引きこもって出てこないパターンだな」
「何もしない、って事か?」
「そうだ……無いだろうが……この場合はもうしょうがないから防備の一角を強引に突き破って突破。内部での殲滅戦になる。防備を破るまではまだ楽だが、そこから先が面倒だ……これは流石に愚策だし、ゴブリン達の性質からやらないとは思うが……」
ソラの問いかけに苦い顔で語るカイトであるが、そんな彼がその理由を語った。
「最低でも砦を築くだけの知性があるという事は、砦の利点は理解しているという事だ。そのせっかくの防備を捨てて縮こまる意味はない。更に言えば、ゴブリン達の粗雑かつ乱暴な性格を考えてもそういう可能性は限りなく低いだろう。このパターンがあった場合、この『子鬼の王国』は完全に人為的な物と判断して良いだろう」
明らかに普通の反応じゃないからな。カイトは一同へとそう語る。そうして、彼はそのまま砦への突入後の作戦目標等について更に説明を行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




