第2381話 子鬼の王国 ――事前準備――
エルアラン奥地にある『神葬の森』に漂着した『原初の世界』の残滓の調査を終えたカイト。彼はそこで始源の時にて出会った最古の古龍である始源龍との再会を果たしたわけであるが、そんな始源龍は原初の頃と現在の魔力の違いがあり体調を崩す事となる。
というわけで彼をグライアら他の古龍達に任せると、自身はティナらと共にマクスウェルへと帰還。即座に次の依頼である大規模遠征任務に備えて支度を急いでいた。というわけで帰還して数日は忙しく動いていたのであるが、業務も終わった頃にカイトはふとした来客を受ける事になる。
「天音さん。お久しぶりです」
「いえ……それで、どうしました。こんな時間に」
「ええ……実は少々、お耳に入れたい事がありまして。立場上もあり、私が」
「……つまり、か」
やってきたのはヴィクトル商会における冒険部の担当者だ。彼が冒険部からヴィクトル商会に向けての発注や仕入れを一括して担当してくれており、その性質上――と取引額の大きさから――から営業部の中でも幹部に位置する人物だった。そして同時に裏では情報屋の一人でもあり、カイトの正体を知る者の一人だった。
「ええ……まぁ、弊社としても今回の一件は是非とも無事の達成をお願いしたく思いまして、全力でサポートをさせていただく所存です」
「営業の話は良い……あんたを残して怒られるのはオレだ。本題に入ってくれ」
「あはは……そうですね。ギルドマスターに怒られる前に、本題に入りましょう」
カイトの指摘にヴィクトル商会の営業は笑う。ここら残業に関してはサリアは殊更きっちりとしており――勇者カイトのスポンサーが従業員の残業代も出せないと思われるのは駄目という判断――、下手に時間を使うとカイトが怒られてしまうのであった。
「……その遠征の話です。そちらのギルドで受諾するとなり、改めて詳細を調べさせて頂きました」
「……まさか入っている情報以上にヤバいネタだったか?」
「そのまさか、です。ギルドマスターも聞いた当初は仰天しておりました……まだ当該の領主も把握していない出来たてホヤホヤの情報です」
「流石情報屋か」
この依頼の受諾から一週間。どうやら今回購入予定の品が飛空艇という高額取引になりそうな事もあり、情報屋ギルドが再調査に動いたらしい。実はヴィクトル商会絡みであれば、こういった場合に珍しい事ではなかった。とはいえ、それで即座に報告を入れねばならなくなるほどはよほどと言えた。というわけで、ヴィクトル商会の営業がカイトへと封筒を差し出す。
「こちらを……ひとまずこちらをご確認頂ければ大凡はおわかりになられるかと」
「わかった……ふむ」
どうやら報告書の体裁としては内部資料という所で、外に出すためのものではなかった。それほどまでに急ぎで報せるべきと判断されたのだろう。カイトもその様子からかなり真剣な様子で資料を読み込んでいた。
(報告……ベルクヴェルク領南部の鉱山跡におけるゴブリン種大量発生について。再調査の結果、意図的にゴブリン・キングダムを発生させていた可能性が非常に高い。要注意として調査の続行、ないしは停止、追加人員の手配の判断を求める。以下に調査の詳細を報告する……は?)
意図的にゴブリン・キングダムを発生させた。報告書の要旨に書かれていた結論に、カイトは思わず目を見開く。意図的に、となると話がガラリと毛色を変えてくる。故に目を見開いて思わずヴィクトル商会の営業を見た彼に、ヴィクトル商会の営業が頷いた。
「そういう事です……ああ。後に書かれていますが、ベルヴェルク伯は一切無関係である可能性が高いですので、その点はご安心を」
「そうか……すまん。最後まで読んでみる」
「どうぞ」
どうやら組織ぐるみであっても領主が関わっている事はないらしい。そうだろうと思いながらも安心したカイトの言葉に、ヴィクトル商会の営業が先を促す。そうして、改めてカイトは報告書を読み進める。
(現在ベルヴェルク伯麾下の人員により拘束状態にあるスィユールに関する調査を続けた所、交友関係に一部不審な点が判明。スィユールが捕縛した翌日、当該の人物に賄賂を送っていた者の一人が死を迎えていた事が判明……)
一気にきな臭い匂いが漂い始めたな。カイトは拘束されているスィユールなる人物の交友関係についてを読み込んでいく。
(ふむ……賄賂は良くある話だが……ふむ……賄賂の対価は……出世? 友人を出世させて欲しい、という内容か。友人は……注釈2。これか。金銭の流れは友人から更にこの彼へ……よくある話といえば、よくある話か)
話の筋書きとしては懇意にしている友人を迂回して人事を扱うスィユールなる人物に賄賂を贈り、自身の出世を早めて貰ったという所だろう。カイトは書かれている報告書からそれを読み取る。
ここまでは良くある話で、ヴィクトル商会としてもそう判断していた。が、再調査を受けてこの賄賂を送った人物まで調査の手が及んだ結果、そこで不審が発見されたらしい。
(む……当該の人物の金銭の流れを再調査した所、銀行関連で不審な入金が確認。入金の履歴は存在せず……完璧に組織的な犯罪の匂いしかしねぇな……)
わかったのは本当にヴィクトル商会だからだろうなぁ。カイトはきな臭さを増してきた流れに、盛大にため息を吐いた。そうして大凡を一読して、彼は苦い顔でヴィクトル商会の営業を見る。
「つまり、なんだ? 銀行のプログラムにアクセスして書き換えられるような奴か、銀行のそれもシステム開発関連に協力者が居るわけか?」
「そう判断しております。実行犯については現在数人までは絞れていますが……こちらについては貴方には無関係かと判断し、この時点でご報告を」
「か……そっちについては追加で調査を頼む」
「そのつもりです」
カイトの言葉に対して、ヴィクトル商会の担当者ははっきりと頷いた。と、そんな彼が今度はカイトに対して告げる。
「が……おそらく出立の時にまで解決は間に合わないでしょう」
「わかっている。流石に領主も把握していないのに、それを解決なんぞ到底不可能だ……はぁ。面倒だが達成に困難はさほど無いと思ったんだがねぇ……」
「流石にこの状況を安普請とは言えませんか」
「そうは思いたくない」
打てる手を打った上でのこれだ。カイトは現状を鑑みて、仕方がないと判断する。そんな彼に、ヴィクトル商会の担当者が問いかける。
「このまま続行されますか?」
「するさ。面倒だが……こんな裏の話だ。相手も表立っては動かない。そして裏方として動くなら、特別問題は見当たらんね」
相手は相当ヤバそうな組織らしい。その点については厄介さを覚えるが、それがわかっているのなら最初から支度も行える。対応は可能だった。
「そうですか……では、良い報告をお待ちしております。私の冬のボーナスにも関わりますから」
「そうしてくれ。この後は直帰か?」
「ええ。直帰して良いので届けてくるように、というのが社長の言葉です。また内容はあくまでも先の見積について追加資料を、という所でお願いします」
カイトの問いかけに、ヴィクトル商会の担当者がヴィクトル商会の従業員としての顔で答える。というわけで、もう営業時間外である事もありこのままヴィクトル商会の担当者は帰らせる。そうして彼を玄関口まで送った後、カイトは自室に戻り、椅子に深く腰掛ける。
(はてさて……面倒になってきたが)
「なんじゃ。深い溜息を吐きおって」
「ん? ティナか。帰ってたのか……その様子だと風呂に入ってたのか?」
「うむ。資料の精査等が終わってな……で、戻ったら桜に引っ張られた」
「そうか」
楽しそうで何より。カイトは湯気の上がるティナを見て僅かに笑い、しかしすぐに横に置いた先の報告書を手に取る。
「ティナ。牛乳飲んでる所に悪いが、一個聞きたい」
「んく……なんじゃ」
「今度の遠征。同行は可能か?」
「む? まぁ、予定を入れる事は可能じゃが……なんじゃ」
今回の遠征では上層部や統率を行う各陣営の幹部達も連れて行く事があり、ティナには残留を任せたい所ではあった。が、流石に事ここに至ってはそうも言っていられないかもしれなかった。なのでカイトはティナに先の話を話す。
「というわけなんだ」
「む……中々に面倒な話になっとるな。意図的にゴブリン・キングダム。『子鬼の王国』を発生させたか。まぁ、余も領主がこれに絡んでおらんのは同意しよう」
先にカイトが述べた領主が関係していないだろう、という言葉にティナもまた同意する。そしてこれにはしっかりとした理由があった。
「『子鬼の王国』のコントロールなぞまず無理じゃ。そもキングダムというように、あれは一種のコロニーじゃ。独自の社会制度を持つ一つの社会と言っても過言ではない。それをコントロールするとなると、数千からなる群れ全てのコントロールをせねばならんが……どだい出来る話ではない。下手をすると厄災種をも操ってみせた彼奴らでも無理かもしれんぞ」
「数を操る事と一体の強大な魔物を操る事は別物、というわけか」
「そういう事じゃのう……それ故、出来る事とは到底思えんよ」
カイトの言葉にティナは一つ同意する。そんな彼女に、カイトは一つの可能性を問いかけた。
「長をコントロールすると、どうだ?」
「意味はないじゃろう。キングダムというても所詮は魔物の寄せ集め。末端までそんな事細かな統率が出来るわけではない。無論、並よりは統率が取れておる事は事実じゃが、じゃな」
「だよなぁ……それが出来るなら、というわけだが」
自身の言葉に対する反論を聞いて、カイトはそうだろうな、と自身の意見を取り下げる。それができれば良いが、出来ないからこの結論に至るのであった。
「じゃろうな。が、そうなればもはや完璧な『子鬼の王国』じゃ。余の統治の間百年。広大な魔族領を治めたが、そのような事態は一度も起きておらん。他国で起きたとも聞いた事はない。伝説にしか無い話じゃ。それが今更、とは思いたくないのう」
「起きたら、もう最悪を想定して動けか」
「そうしかないの」
肩を落とすカイトに、ティナは一つ頷いてはっきりと断言する。いくらでも奇特な経験をしているカイトであるが、それでも限度がある。偶然にも起こり得るとはいえ、流石にこれになると状況から作為的と言うしかなかった。というわけで、カイトは一つ諦観とともに気を取り直した。
「わかった。諦めて作為的を前提に動くよ」
「そうせい……ま、状況が状況じゃ。余も使い魔で同行しよう。流石にこちらを留守にもしたくはないからのう。魔力はお主から回せ。ああ、後操作系のパスはお主と余の魔力の流路を開いて行う」
「何号を使う?」
「三号じゃ。今回は隠密性より解析能力に割り振りたい」
こういった場合に備えて、カイト達はいくつかの使い魔をお互いで用意していた。三号はこのいくつかある使い魔の内、特に解析能力に優れた使い魔だった。状況から解析を要する可能性が高い、と判断したのであった。
「あら……何かお仕事のお話ですの?」
「あっははは。さっさと終わりたいんだがね……最後の最後に土壇場で持ってきてくれたお話が面倒になっちまったのさ。やらないと」
「後で後悔する、ですわね」
「そういうこと」
楽しげに自分の言葉の先を読んだ瑞樹に、カイトは笑って頷いた。ここらで怠って後悔するのは自分だという事を、カイトは良く理解していた。というわけで、カイトはもう少しの間残業を行いつつ、残留組に情報共有を行って注意喚起を行うのだった。
お読み頂きありがとうございました。




