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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第94章 子鬼の王国編

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第2380話 子鬼の王国 ――受諾――

 エルフ達の国にしてクズハの故国であるエルアランの要請を受けて、エルアラン奥地にある『神葬の森』に新たに発見された異空間の調査任務を請け負ったカイト。

 そんな彼は異空間が原初の世界である『原初の世界(ゼロス)』の残滓が偶然に漂着したものである事を把握すると、更に一週間ほどの経過観察を経てそれらの情報をクズハの叔父にして摂政でもあるスーリオンに報告する。

 その後はエルアランにて一泊したわけであるが、翌朝は早い段階でエルアランを後にして、その日の午前中にマクダウェルへと帰還していた。と、マクダウェル領に帰還したわけであるが、始源龍はしかめっ面だった。


『うぅむ……やはりまだ身体が慣れておらんな』

「やはり、そうなりますか」

『うむ……なんというか妙に身体が気だるい。何かが滞っているような、淀みが体内に溜まっている気がする』

「仕方がない事かと」

『むぅ……』


 カイトの言葉に始源龍はやはり苦い顔だった。とはいえ、これはカイトの言う通り最初からわかっていたことではあったし、実はそれ故にこそエルアランで一泊したのである。


「『神葬の森』でなら不調を来さず順応も可能かと思ったのですが……」

『近しいが故にであろうな。ある程度の順応にはなった様子だが……完璧とはやはり言い難い』

「でしょう。今はひとまず療養していただく事が重要かと存じます」

『で、あるな……すまんな。わざわざ連れてきて貰って』

「いえ……」


 始源龍の謝罪に対して、カイトは一つ首を振る。とはいえ、これは可能性の一つとして推測していた事もあり、彼はすでに手を打っていた。


『よもや、見たことも聞いた事もない父君が来られるとはな』

『貴様は……グライアか。父はよせ。我は単なる原初の古龍(エルダー・ドラゴン)。貴様らのプロトタイプというに過ぎん』

『だから、父と呼んだのだがな』


 やってきたのはグライアだ。古龍(エルダー・ドラゴン)の事は古龍(エルダー・ドラゴン)に任せるのが一番。なのでミスティアとグライアの二人に彼の世話を任せたのであった。ちなみに、グインは寝てるらしく反応がなかった。

 とまぁ、それはさておき。笑うグライアに始源龍は『原初の世界(ゼロス)』での覇気が若干鳴りを潜めた様子で笑う。


『が、違うのもまた事実だ。とはいえ、すまんが世話になる。何分世界を越えたからか身体を巡る魔力が不調だ。まずは治さねばまともに動く事もままならぬ』

『だろう……まぁ、フリオの奴が趣味で温泉巡りをしているのだが……湯治というのも悪くないだろう。魔力の巡りも良くなるし、血行も良くなる。どうせ云千年と動いていないだろう。いくらプロトタイプだからと別に何かが起きる身ではないだろうが……気にしておけ』


 どうやら父と呼んだものの、そこらの敬意等はあまり無いらしい。いつもと同じ尊大な様子がグライアにはあった。というわけで、カイトは始源龍の事は彼女らに任せる事にする。


「すまんが、任せる。流石に餅は餅屋。古龍(エルダー・ドラゴン)の事は古龍(エルダー・ドラゴン)に任せるのが良いだろうからな」

『そうじゃのう……まぁ、たまさか妾らも温泉に入ってゆっくりしておくかのう』

「そこらは好きにしておいてくれ」


 ミスティアの言葉にカイトは一つ頷いた。と、いうわけでカイトは始源龍の事を彼女らに任せ自身は先にマクスウェルに向かった飛空艇を追おうとするわけであるが、そんな所にミスティアが口を開いた。


『にしても……まさか本当に六体が揃う事にはるとはのう』

「ん?」

『いや……六体というのは方便であったであろう?』

「ああ、それか……間違い、じゃなかっただろ? 六体ってのは」

『くくく……まぁの』


 古龍(エルダー・ドラゴン)は六体。それは世界中で知られている一般常識だ。しかしかつての大陸間会議の折り、グライアは一体実はそうでないのが居る、と言っていたのである。


「ただ六体目の始源龍様はこの世にいらっしゃらないというだけだ……まさかご存命とは思っていなかったがな」

『妾らもそう思っていたが……まさかピンピンしておるとはのう』

『ピンピンはしとらん』


 どうやら本当に調子は良くないらしい。始源龍は少しだけ不貞腐れた様子を見せていた。と、そんな彼にグライアが笑う。


『そう拗ねるな……ティア。父上が拗ねるから、さっさと行くぞ』

『そうじゃな……ではな、カイト。一旦じいさまを温泉に送り届けてくる』

「すまん、任せる……始源龍様。ではまた。先に話しました通り、また先生と飲みましょう」

『うむ。その時、楽しみにしておる』


 カイトの言葉に始源龍は少しだけ調子を取り戻した様子で笑って頷いた。そうして、カイトはマクスウェルへ向かい、始源龍はグライアとミスティアの二人に連れられて湯治に向かう事になるのだった。




 さてカイトが始源龍と別れティナ達と合流して一時間ほど。別に急がねばならないわけでもなかったため、昼前にマクスウェルへと帰還する。


「「ただいまー」」

「「「おかえりなさい」」」


 執務室に戻ったカイトとソラ――ティナは一旦研究室にデータを保存したい、と公爵邸地下へ向かった――に対して、残る上層部の面々が出迎える。どうやら大規模遠征が近い事もあり、ほぼ全員が揃っている様子だった。


「椿。まずは何か問題があるなら聞いておくが」

「いえ、ひとまず問題は起きていません。遠征隊も出ている分はすでに帰還済みです」

「そうか……先輩。遠征の支度はどうなってる?」


 とりあえず現状を確認し、必要な指示を。カイトは椿に現状の確認を行うと、瞬へと現状を問いかける。


「一通り、人員の配置は終わった。今は翔とアルに頼んで物資の手配の確認を頼んだ。俺はこっちで書類仕事だ」

「そうか……その点については、先輩も補佐を就けられるようにするべきか」

「の、方が良いのかもしれん」


 カイトの言葉に瞬が僅かに苦笑いを浮かべる。ソラの方には補佐としてトリンやナナミが居てくれるので、今回も帰還して早々彼がやった事はトリンに不在時の状況確認だけで良かった。

 が、瞬にはそれが居ないので、他の者に実務を任せて自分で書類仕事等をやらねばならなかった。この点、やはりソラの方が布陣が整いつつあったと言えるだろう。


「まぁ、良いか。とりあえず、今回はかなりの厄介な依頼だ。報酬相応とは言えるだろう。準備だけはしっかりとしておきたい」

「わかっている……噂にぐらいは聞いているからな」

「そうだな……さて……どうしたものかね」


 カイトは一度ペンを置いて、一度だけ依頼について思い出す。


「今回の依頼は山岳での討伐任務……推測される敵総数はおよそ数千」

「そういえば……今までで最大規模の討伐任務だな」

「ああ。丁度良いといえば丁度良いとは思うよ」

「丁度良い?」


 何がどう丁度よいのだろうか。カイトの言葉に瞬は小首を傾げる。


「ここから先、この領域の大規模な依頼は増えてくるだろう。ギルドの規模としてもな。となると、今回の規模の依頼は一度は請け負っておいて損のない依頼だ……些か、面倒かつ厄介な依頼ではあるが」

「面倒かつ厄介、か……確かに手っ取り早く行くなら、山を吹き飛ばせば良いだけか」

「そもそもで地形に影響を与えるような戦術級の魔術は使ったら駄目だけどな」

「それもそうか」


 自身の指摘に対するカイトの返答に、瞬が肩を震わせる。当たり前だが領主から依頼を受けた冒険者だからと何から何まで許されるわけではない。あくまでもやって良いのは常識の範囲内だ。なので地形を大きく変えるような魔術の使用は厳に禁じられていた。


「とはいえ……一度気にはなっていたんだ。『子鬼の王(ゴブリン・キング)』だったか。オーガやオークさえ従えるというゴブリン種の頂点の一角。オーグダインさん曰く強い、あれを決してゴブリンと思うな、という事だったが……」

「だろう。あれを見てもゴブリンと勘違いするようなら、まだまだ冒険者としてはひよこの殻が取れていない……今の先輩で全力でやって勝てるかどうかの領域だろう」

「それは……少しだけ腕が鳴るな」


 今の自分でギリギリ勝てるか勝てないか。ランクA相当の冒険者である自身でも辛勝の可能性が高いようなゴブリン種に、瞬は少しだけ楽しげな顔を見せる。と、そんな彼にカイトが首を振り告げた。


「やめとけ。勝てないわけじゃないが、被害がでかくなる。真正面からやるのはご法度だ」

「そうか……いや、そうか。想定される敵総数が数千。まともにやりあえるわけないか」

「そういうわけだ。単独でやれば勝てるが、単独でやれないなら勝てない。そんな相手だ……何より、配下に控えるオーガやオークの群れだ。それと戦いながらやれるか?」

「無理か……無理だな」


 流石にそんな相手と無数に戦いながら、最後に今の自分と同等の『子鬼の王(ゴブリン・キング)』と戦うというのは自殺行為だ。瞬は自身の感覚からそう理解したようだ。というわけで、カイトが教えてくれた。


「そうだ……だから誰も受けたがりたがらないんだ。被害が馬鹿にならんから、ギルドマスターと幹部の腕が試される依頼だ。ギルドとして、よほど自信が無いと受けないだろう」

「そうなのか……だがそれなら、これを完遂させられればかなり大きそうだな」

「大きいぞ。この依頼は組織として評価される。ユニオンからも然り、貴族達からも然りな」


 それを受けるという事は、組織として少しは成長したという事なのだろうか。瞬はカイトの言葉にそう思う。と、そんな所でソラが声をかける。


「先輩。一個良いっすか?」

「ん? ああ、なんだ」

「ウェポンパックなんっすけど、タレット型で接続試験って事なんっすけど、先輩の所の人で良いっすかね?」

「ああ。ウチの人員でやった……何かあったか?」

「いや、共通規格で二世代前まで試験されてたんで、ウチ使う事ないんだけどなー、って」

「ああ、それか。それはアルが……」


 ソラの問いかけに瞬が連絡書に書かれている内容についてを話し始める。それを横目に、カイトは溜まっている書類を片付け残留となる面子の指示を出し、と矢継ぎ早に作業を進めていくわけであるが、そこでソラがカイトへと問いかける。


「カイト。そういや今回俺、本陣配置で良いのか?」

「ああ。前にそう話しただろ?」

「おう……いや、それで今固まった陣営の図を見てたんだけど、前線結構厳しそうだけど」


 今回は敵戦力の多さもさることながら、高ランクのゴブリン種もちらほら見受けられるという。基本は幹部勢でなんとかする予定だが、それでもかなり厳しいと思われたのだ。これに、カイトが返答した。


「オレが出る……お前とアルが後方支援になる以上、空いた穴は誰かが埋めなきゃならん。相手は高々ゴブリン種だから、と舐めて掛かって良い状況じゃないからな」

「お前が? 全体の統率、どうするんだ?」

「各陣営で基本はやってもらう……オレは戦線が崩壊しないようにする。敵の数が多すぎる」

「また無茶苦茶やろうとすんなよ……」


 どうやらこういった所で何か参考になれば、と思っていたらしいソラであるが、大凡カイトしか出来ないだろう事をしようとしている様子に心底呆れ果てる。これにカイトは笑った。


「まー、そこはな……やれる無茶はやらにゃならん。それもまた冒険者だ」

「そりゃそうだけど……せめて参考に出来る程度にとどめてくれ」

「あっはははは」

「……笑うだけか」

「あはは」


 それしかないらしい。ソラはただただ笑うカイトにそう思う。と、笑っていたカイトが一転して真剣な顔を浮かべる。


「ま、それはそれとしても。基本的にやる事は今回と変わらない。ただオレが自由に動いて戦線の維持に務めるってだけだ。ワンマンアーミー。謂わば遊撃だ。遊撃隊を組織できれば一番なんだが……そこが今の冒険部に足りていない点でもある」

「遊撃隊かぁ……」


 確かにそういう事はあまり考えた事なかったなぁ。カイトの指摘にソラは確かに、と思う所があったらしい。


「確かに遊撃隊って今まで気にした事とかないけど、ギルドで連合組んだりすると必ず遊撃ってのが出て来るもんな」

「だろう? が、さもありなん。現状の冒険部で遊撃を行えるのは中々居ない。そういう意味なら先輩が適役なんだが……」

「俺か」

「ああ……先輩の才覚なら、攻める時。守るべき時。攻められたら拙い箇所とかが大凡わかるだろう。こればかりは戦場で臨機応変に判断するっていう話になっちまうから、どこまで行っても属人的なスキルになっちまうが」


 話半分に聞いていた所で話を振られ振り向いた瞬に、カイトは一つはっきり明言する。何度か言われている事であるが、ソラと瞬であれば軍務に近い事に関しては瞬の方が適性がある。なので瞬の方が良かったのだ。が、カイトは瞬に適性があると言いながらも苦い顔で言葉を区切ったわけで、そうしない理由があった。


「先輩に機動力の高い部隊がない。陸上部単独になら、良いんだろうが。今度は火力が足りん」

「ふむ……そこか……」


 陸上部主体の冒険部には確かに速度があり機動力は十分だ。が、今度は軽装備の冒険者が多くなり、打撃力の側面で問題が多かった。遊撃はどんな状況にでも即座に対応出来る即応性。味方の苦境を素早く察知し駆け付けられる機動力。押し込むべきタイミングで押し込める火力。それらを十全に運用出来る高度な戦闘経験が求められる、非常に難しい役目なのであった。そんな事を語られ、瞬が眉の根を付ける。


「確かに、そろそろ一度部隊の編成も見直すべきタイミング……なのかもしれんか」

「かもしれんな……ま、そこらはそっちに任せる。助言が欲しければ言ってくれ」

「そうさせてもらおう」


 部隊の内情が一番わかっているのは瞬だ。故にカイトは口出しをしなかったし、瞬もそこらは流石にわかっていたので頷いただけだ。というわけで、それからも暫くの間大規模遠征に向けた支度に勤しむ事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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