第2379話 原初の残滓 ――帰還――
最古の古龍にして、原初の頃のカイトの師のそのまた師である始源龍との偶然の再会を経たカイト。そんな彼は始源龍の今後の事や原初の世界の事を話し合いながら、エルアランから依頼された『原初の世界』の調査を進めていた。
が、それもスーリオンとの再合意から一週間足らずという所で、予定より数日早い段階ではあったが終わらせる事になっていた。というわけで、カイトは一旦王都に向かいスーリオンとの会合を持っていた。
「と、いう所でしょうか」
「そうか……今回は一際大きな異空間が接続されてしまった、という所か」
「そういう所でしょう。危険性に関しては現段階で判明している情報から推測する限り、最低ランクで良いかと思われます」
スーリオンの納得に対して告げるカイトであったが、これは決して偶然等ではなく始源龍のおかげという所であった。
「最低ランクか……まぁ、無理もない事だとは思うが」
「はい……幸いな事にあの地は始源龍様によりある種の箱庭化がされていました。結果、空間としての安定性は他のどんな『神葬の森』の異空間よりも遥かに高かった。現状、侵食についても確認したのですが、これは驚くべき結果と言って良いでしょう」
「ふむ……」
カイトの提示した書類をスーリオンが一読する。この資料の中身は今回の観測結果の内データ化が可能だった部分を記した物だ。というわけで数値を確認するスーリオンであるが、『原初の世界』の残滓へのエネフィアの侵食率を見てわずかに訝しげに問いかける。
「ある瞬間から限りなく一定に近い値を取っている様子だが」
「ええ。本来なら同化するはずの世界側が同化を停止した様子です。かといって離れていくわけではなく、となります」
「何が起きたか、ユスティーナ殿は推測されていたか?」
「次のページに、それに対する推測が」
スーリオンの問いかけに対して、カイトは資料の次のページを見るように告げる。そうしてページをめくったスーリオンに向けて、カイトが該当部を指差しながら先の問いかけに対する答えを述べる。
「ティナによるとおそらく入り口付近のみ侵食を行い、空間が飛び立たないように固定化。それと共に空間が変質しないように安定化を図ったのだろう、とのことです。謂わば箱庭の箱の部分に接着剤をくっつけて、中は一切触っていないような状態でしょうか」
「なるほど……そうすれば確かに安定はするし、かといって下手に動いてエネフィアそのものを傷つける事もないか」
「そういう事ですね」
「ふむ……」
おそらくこんな特殊な采配がされたのは、今回の残滓が始源龍とやらと世界達との契約により保管される事が決まったからだろう。スーリオンはカイトの明言に頷きながら、自身でそう推測する。
実際、ティナらとしてもそう推測を立てていた。そうして一通りの解説を聞いて、スーリオンはこの件についての報告を終わりとさせた。
「……そうか。わかった。この資料については確かに受け取ろう。元々は事前調査を依頼したのだが……中々に本格的な調査となってしまったようだ。感謝する」
「いえ……こちらも偶然とはいえ古き者との再会が果たせた。その結果というべきか、その所為と言うべきかはわかりませんが……せっかくなので、とお考えください」
「そう言ってくれると助かる」
カイトの言葉にスーリオンは一つ頭を下げる。というわけで今回の依頼は全て完了となるわけであるが、そうなれば次の段階だ。故に、彼はカイトへと助言を求めた。
「それで、これからこちらはどうするべきだろうか」
「当初の予定通り調査隊を出して更に詳細を調べるべき、ではあるのでしょうが……場所が場所ですし、調査隊の人員や装備についてはしっかりと練った上で動くべきでしょう。森の事なので釈迦に説法かもしれませんが」
「それについてはそうしよう……中は?」
「そうですね……ひとまず史跡については下手に触らないのは大原則で良いでしょう」
スーリオンの重ねての問いかけに対して、カイトは原則として触らない事を告げる。一応カイトが持ち出した経典や日記はティナの手により問題がない事を確認されているので持ち出したのだが、それ以外が大丈夫かどうかは不明だ。
更に言えば当時の村の様子等を知れる貴重な遺跡である以上は下手に動かしたりすることは本来は厳禁だ。とはいえ、こんなものは言ってしまえば調査隊を送る上での大前提。守って当然の話でしかなかった。というわけで、カイトは更に続ける。
「後は……そうですね。流石に始源龍様の神殿については触れないようにして頂ければ。神殿なので安易に触れる事も無いとは思いますが……」
「ふむ……まぁ、当然始源龍様については言及を避けるべきだとは思うが、なんと言うべきだろう」
「そうですね……とりあえず神殿であるが故に、下手にトラップが掛けられていた場合に厄介なので、という所で良いでしょう。それで一年か二年保てば十分。そこからは私が復帰し、私が主導する事も出来るでしょうからね」
スーリオンの再度の要請に対して、カイトは神殿を調査させない理由を口にする。これを聞いて、スーリオンはなるほど、と頷いた。
「なるほど……始源龍様が公にされないのは短期間か。確かにその程度なら色々と確認が必要、として長引かせる事も出来る。さらには村の史跡もあるから、そちらをある程度優先させておけば……」
「ええ。時間稼ぎぐらいにはなるでしょう」
「うむ……よし。ではその線で行こう」
カイトの助言をどうやら採用する事にしたらしい。スーリオンは一つ頷いて決定をメモに認める。無論これは大枠で、後の細々とした所は彼が考える事だ。なので後はカイトとしてはおまかせにするつもりだった。そうして暫くの間色々と話をしていくと、ふと神殿の鐘の音が鳴り響いた。
「これは……」
「聖堂の鐘の音だ。良い音だろう? 鋳造の段階で歪みが無いか、等をアマデウスにチェックしてもらってね。最初はそれだけのはずだったんだが……この澄んだ音でありながら微妙な音の違いを出すのに苦労してね。実はアマデウスの奴が途中であえて一部に歪みを出す事で音の差を楽しむのも粋なものだ、と言うものだからまた何を馬鹿な事を、と思いつつ試してみるとこれがまた……なんとも言われぬ味があった。それでつい熱が入ってしまったが……いやいや、苦労した甲斐があった。毎日毎日音がちょっとずつ違うんだ。叩く力、場所、温度、湿度……」
始まってしまった。早口かつ楽しげなスーリオンに対して、カイトは内心で嘆く。これが始まる前にさっさと退散しようと思ったが、間が悪いとしか言いようがないだろう。が、嘆こうとも一応はスーリオンも身内は身内だ。彼の適度なストレス発散も、カイトの役目であった。
実はカイトに対してさえ杓子定規な元老院達や王宮のスーリオン派の文官達さえ政治的には対立関係にあるカイトを簡単に通してくれるのには、彼との会合がスーリオンの精神的な安定剤の役割を果たすから、という事もあったりする。というわけで、カイトは当初の予定から一時間近くもオーバーして、エルアランの王宮を後にする事になるのだった。
さて。予定を一時間近くも超過してエルアランを後にする事になったカイトであるが、実は今日はエルアランで一泊する予定になっていたのでさしたる問題が無いといえば問題はなかった。
「はぁ……」
「つっかれとるのう」
「しゃーないでしょ。いつもといえばいつもの事だけど、スーリオンさんに捕まったんだし」
「ま、そーじゃな」
ぐったりした様子のカイトに、ティナとユリィが笑う。そんな一同が居るのはこのエルアラン最高級のホテルで、エルアラン側が用意してくれたものだった。曲がりなりにもカイトはクズハの義兄かつ大精霊の契約者。下手な部屋には泊まらせられない、と最上級の部屋を用意してくれていたのである。と、そんなわけでぐったりとした様子のカイトであるが、そんな彼が口を開いた。
「……まぁ、慣れてるから良いんだけど。それに確かにちょっと鐘の音はいつもと違うな、って思ってたから気にはなっていたんだ。が、あれはまた相当こだわったな。元老院のお偉方、また頭抱えてただろうに」
「スーリオンさんもある意味こっち側っちゃこっち側だもんねー」
「まぁなぁ……ぶっちゃけ、政治的な対立って単に調整の意味合いが強いだけの話だしなぁ……」
笑うユリィの指摘にカイトはわずかに苦笑いを浮かべる。確かに貴族政治の関係で親兄弟で政治的に対立し、血で血を洗う戦争が起きるというのはよくある話だ。
が、ことスーリオンとクズハに限ってはそういう事は一切ない。というわけで、ある意味ではスーリオンの保守的な姿勢は保守的な元老院向けのポーズにも近かった。それがわかっているからこそ、カイトもスーリオンのストレス発散に付き合うしかないのである。というわけで、カイトは頭を掻きながら気を取り直す。
「ま、そりゃ良いわ……実際、血で血を洗う戦争なんてスーリオンさんからすれば論外だろうしな」
「クズハ居なくなった瞬間、自分が全部やらないといけなくなっちゃうからね」
「そういう事なんだよなぁ……」
そもそもスーリオンが摂政をさせられているのはハイ・エルフ達の風習により、神官であった彼がやらねばならなくなったからだ。そして彼の様を見ればわかるように、彼は政治云々より神官としての職務の方が好きだ。
神殿に関する事だからと神官でありながら建築学や鋳造技術も修めているあたり、筋金入りと言えるだろう。クズハを弑逆すればそれが出来なくなるのがわかっている以上、血で血を洗う戦争なぞ起きるわけがなかった。そんなエルアランの現状を聞いて、シャルロットが楽しげに笑う。
「ここまで保守的な国で王様の地位の押し付け合い、なんて滅多に見れるものじゃないわね」
「誰の影響だろうねー」
「クズハについては認めるが、スーリオンさんはオレは関係ねぇよ。あの人は元々だ」
基本は杓子定規、というのがシャルロットが居た時代のエルフ達の状況だ。それが二千年ぶりに聞いてみればこんな変な状況である。彼女が面白がっても無理はなかった。と、いうわけで雑談を繰り広げる事少しなのであるが、カイトがふと窓の外を見た。
「どしたの?」
「いや……シルフィか?」
「そだよー」
どうやら話の最中にシルフィが声を掛けたらしい。が、そもそもエルフ達はシルフィの眷属を自認している。そしてここはそんな彼らの国エルアランの王都。最も風の魔力が満ち溢れる場所の一つで、シルフィが比較的自由に動ける場所の一つだった。というわけで、彼女がホテルに普通に顕現した。
「どうした?」
「いやー、ちょーっと聖域の様子を見てきてたんだけど」
聖域。それは大精霊達が保有する、大精霊達の大神殿がある場所の事だった。契約者達はここを見つけ出して大精霊達の試練を攻略する事により、契約者となるのである。
「そういや、こっからお前の聖域近かったな」
「うん……浬ちゃん達が契約者になってるのは覚えてる?」
「忘れるほどボケちゃいねぇな」
浬というのはカイトの妹の事で、色々とあって地球では密かに契約者となっていた。そのうちシルフィと契約していたのはなんとソラの弟の空也という少年であった。というわけで、地球に置いてきた使い魔からそこらの話を聞いているカイトはだから、と問いかける。
「で、それがどうした?」
「大神殿を訓練で使えないか、だって。僕は別に良いけど……君はどうするかな、って」
「あー……まぁ、良いんじゃね? あっちもあっちで面倒事が起きてるってのは聞いてる。オレの使い魔が動けなくなってる以上、あっちはあっちでなんとかしてもらうしか無い。それが、あいつらの選んだ道である以上な」
もう流石におんぶに抱っこの時代は終わっちまったさ。カイトはシルフィの言葉にわずかにさみしげに笑う。そこらを見れなかった事は寂しくもあれ、嬉しくもあった。
「りょーかい。じゃあ、僕の方は許可しておくね」
「すまん。頼む」
シルフィの言葉にカイトは一つ頭を下げる。そうして消える彼女を見送るわけであるが、カイトはそのまま視線を外に向けていた。そんな彼に、ユリィがその肩に腰掛け口を開いた。
「あっちに、聖域があるんだっけ」
「正確には入り口の一つだがな」
「久しぶりに行く?」
「今は良いだろ……仕事が終わってはしゃぐような年齢でもなし。更に言えば、この仕事が終わってもすぐに次の仕事だ。休める時に休んどくのが、プロってもんだろ」
ユリィの問いかけに、カイトは首を振って今は身体を休める事にする。というわけで、この日は一日しっかりと休養を取る事にして、その日は終わりを迎える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




