第2378話 原初の残滓 ――その後――
エルフ達の国であるエルアランに漂着した最古の世界にして今はもはや無き『原初の世界』という世界の残滓。そこに自らの意思で残り続けた最古にして原初の古龍である始源龍との再会を果たしたカイト。
そんな彼であったが彼が記憶を取り戻しつつある事を受け、自らの役目は意味を失ったと外の世界へ出る決意をした始源龍と共に、ティナ達と合流する。そうしてボイスレコーダーの持ち主である先人達の話を終えた後、一同は改めて『原初の世界』の残滓を後にしてスーリオンへと取り次いで貰い状況の報告を行っていた。
『……もう何も驚かんと思っていたが。まさかそんな展開となるとは……』
流石のスーリオンも古龍が増えたとなると泡を食ったらしい。カイトの言葉が嘘ではない、と立場上わかればこそもはや首を振るしかなかった。そんな彼であったが、一転して首を振って気を取り直す。
『と、とはいえ……カイト殿。まずは助力、感謝する。少なくとも危険が無いと判断して良い事は確かなのだろう』
「ええ……少なくとも悪意ある存在が居るわけではない事だけは事実。正しい意味での世界的に見て歴史的な意味のある空間ではありますが……その程度でしょう。有益性もさほどはないかと」
『ふむ……古龍に『原初の世界』か。特に『原初の世界』は言われれば尤もと思う……いや、そういえばエルアランが出来るより前の時代の神官が風の大精霊様からのお話を書き留めた書に世界達でさえ試行錯誤は行うし、試験も行うという旨の話があったか……それを考えれば、これはその証左となるな……』
やはり元々が神官だからという所だろう。スーリオンはカイトの語った『原初の世界』の話に古くから伝わる説話の中にそれを補完する内容があった事を思い出したらしい。
『ふむ……一度そこらの古い書を読み漁る必要がありそうか。いや、それならいっそ神殿の書庫の改装も繰り上げるか……? そうだな。あそこももうかなりボロボロだったし、いい加減第一書庫と第二書庫の整理整頓しないと、と思っていた。神官長にも怒られる。渡りに船だな……ああ、それなら虫干しもしないと……お、それなら丁度新しく出た魔道具があると言う話だったか。それを書庫に入れられるように元老院に掛け合うか……』
「あ、あー……スーリオン殿? よろしいか?」
『む? おぉ、すまない。少々神殿の改築の計画を練り直していた』
全部漏れてましたよ。カイトはスーリオンの恥ずかしげな笑みを見ながら内心でそうツッコんだが、口にはしないでおく。というわけで、彼はスーリオンへと確認を含めて問いかけた。
「それで、一応調査は終わりましたが……当初の予定の通りの日程で更に数日念の為の調査をしておこうと思いますが……如何がでしょう」
『それはこちらとしても有り難い申し出だが……そちらは大丈夫なのか? かなり多忙と聞いていたが』
「それについては問題ありませんよ。元々その予定で動いていますからね。私としてもエルアランに何かがあった方が後で面倒だ。今のうち、確認出来る事は確認しておきたい」
スーリオンの問いかけに対して、カイトは結局有事の場合は自分が動かねばならないからこそ、と明言する。彼としても自分が住んでいた村が無いのでさほど感慨は無いらしい。なのでほとんど仕事として、という面が強かった。そんな彼に、スーリオンは首を傾げる。
『確認……まだ何か見ておきたい所があると?』
「ええ……『原初の世界』は謂わばプロトタイプの世界だ。その世界がエネフィアと繋がった事で何が起きるかは大精霊達も不確かだとの事です。ある意味では規格が若干異なりますからね。彼女らにも助力は頼んでいますが……それ故、数日様子を見たいのです」
『そうか……そうだったか。それは有り難い。我らとしても大精霊様の太鼓判があれば何よりも安心出来る。無論、カイト殿の言葉を信じないわけではないが……』
そもそもカイトの言葉の担保も大精霊達がしているようなものだ。その彼女らが数日様子を見て欲しい、というのであればスーリオン――ひいては元老院――としては万々歳であった。
「あはは。わかっていますよ……まぁ、私としても数日様子を見たいというのは事実です。ティナからももう数日は様子を見ておくべきだろう、と言われていますし、始源龍様もそのようにするべきだろう、と」
『そうか……常々、君には世話を掛ける』
「構いません……被害が出て動かなければならなくなるのか、被害が出る前に動いておいて安心しておけるか。その差でしかないなら、後者の方が良いですから」
『そうだな……被害が出て後悔するぐらいなら、被害が出る前にしっかりとしておきたいものだ』
カイトの言葉にスーリオンも同意し、一つ頷いた。そうして、二人はせっかくなのでと他に少しの話し合いを交わして、報告を終わらせる事にするのだった。
さてスーリオンとの再合意を経てから数日。カイトはティナを主軸として『原初の世界』の残滓がエネフィアに繋がった事による影響の推移を見守っていた。
が、中は魔物以外で不安要素はないし、外は外で魔物は出ない。故にやった事といえば飛空艇の計器を使って『転移門』周辺の情報収集と、中に装置を置いて定期的にデータを回収する程度だった。
というわけで、カイトは飛空術の練習を兼ねてソラを伴って『原初の世界』の残滓の中へと入っていた。と、そんな最中にソラがカイトへと問いかける。
「そういや、始源龍さん。ずっとあの姿なのな」
「ああ、始源龍様か……そうなんだよなぁ。オレも別にそれが自然だから何も思った事はないが……」
ソラの指摘に、カイトもまた始源龍が常に龍の姿を取っている事を思い出す。一応言うと大きさは自由自在に変えられるので適時変えているが、人型になった事はほとんどなかった。そして再会後は一度も取っていない。故にソラが問いかける。
「まさか人型になれない、ってわけじゃないよな?」
「まさか。何度か稽古を付けていただいた事があるが、人型には普通になられていた。壮年の男性の御姿になられる事が多いな……が、それ以外で滅多な事で人型になる事はなかったなぁ……」
「なんか理由とかあんのかな?」
「無い」
「は?」
「その昔聞いたら無いが、とシラフで言われた」
きょとん、と目を丸くするソラに、カイトはただ聞いた事を聞いた事そのままに告げる。そんな彼に、ソラが重ねて問いかける。
「え、でも人型の方が色々と便利じゃね?」
「何にさ」
「いや……ご飯とか」
「古龍を並の龍と一緒にするわけにもな……というか、世界のシステム側の存在だからぶっちゃけ飯食わんでも生きてける」
「マジか」
ソラは忘れかけていたが、古龍とは大精霊や神と同じシステム側の存在だ。故に基本的には飲まず食わずでも生きられる。ちなみに、生きられるだけで大丈夫なわけではない。完全に飲まず食わずだと精神的な不調が起きるので、やらない方が良い事は事実でもあった。
「それはそれとしても、別にあの方の場合はあれで良いだろう。あれじゃないと落ち着かないしな」
「俺は落ち着かねぇよ……」
現時点では乗ってきた飛空艇並の巨龍だ。これでも本気の大きさからすれば、月とスッポンほどの小ささらしい。が、それに普通に接せられるのはカイトのように慣れていればこそなのだが、如何せん周りも悪かった。同じく慣れている面子ばかりなのでソラは自分がおかしいと思ったらしい。というわけで、彼は気を取り直す。
「まー、慣れりゃ良いだけの話か」
「そういう事だな」
「で、そりゃそれで良いんだけど、彼はこっからどうされるんだ? あの姿のまままさかお前んち、ってわけにもだろ?」
「んー……そうだな。流石に難しいが……どーすんだろ」
そもそも彼と再会するなんて一切考えてもいないことだったしなぁ。カイトは最古の古龍との再会に関してを考える。基本彼は自身の恩師の一人なので彼の自由意志を尊重するつもりだが、それ故にこそどうしたものかと思うばかりであった。というわけで、それを考えるためにもカイトは一つ問いかける事にした。
「始源龍様。少々よろしいですか?」
『なんだ、八耀の子よ』
「はい……これからどうされますか、と。今は森の中ですので衆目には付きませんが、今後はそうは言っていられません。まぁ、御身であれば人の目を騙す事なぞ容易くではありましょうが」
『ふむ……そういえばそこらは一切考えていなかったな』
そもそも始源龍とて結局自分がここに留まる意味はないな、と考えて出てきただけだ。言ってしまえば行き当りばったりと言っても過言ではない。が、これに始源龍は豪放磊落に笑った。
『まぁ、どうにせよ何をどうするべきかを知るためにも外に出ねばならなかった。どうするべきか、はその次であろうて』
「確かに、それはそうですか」
『うむ……それまでは厄介になる。すまんな』
「ははは。かつて世話になった事を思えば、多少世話をした所でバチは当たりません」
一つ謝罪した始源龍に、カイトは笑って首を振って快諾を示す。そもそも始源龍はカイトからすれば師の師だし、何度か教えも請うている。師の苦境に手を貸さねば恩知らずの誹りは免れないだろう。それに、始源龍は感謝を示した。
『すまぬな……そうだ。そういえば黄昏の子はおらんのか?』
「ああ、先生でしたら地球……オレの元の世界にいらっしゃいます。が、話そうとすれば話せますが」
『ふむ?』
カイトの返答に始源龍は不思議そうに首を傾げる。それに、カイトは現状を語った。
『ほぉ……人はついにそこまで到達したか。ふむ……確かにあれとも久しく話さなんだが故、少し話したい気はするが……』
「先生も喜ぶかと」
『そうか……では、その言葉に甘えさせて貰う事にしよう』
カイトの言葉に背を押され、始源龍は一つ頷いた。それを受けて、カイトはいつも使っている二つの世界で連絡を取る魔術を起動。ギルガメッシュの都合を確認する。
「先生。今少々大丈夫ですか?」
『ん? カイトか。ああ。何かトラブルでもあったか?』
「いえ……トラブルではないのですが……」
ギルガメッシュの問いかけに首を振ったカイトは、そのまま一つ問いかける。
「始源龍様は覚えていますか?」
『先生か……勿論、覚えている。我が師始源の龍。何人もの騎士や戦士を育てた偉大な方だ』
懐かしい。ギルガメッシュは原初の世界で自身を英雄へと育て上げてくれた恩師の事を思い出し、懐かしげに目を細める。そんな彼であったが、一転して気を取り直した。
『だが、それがどうした。まさかあの方が見付かったわけでもないだろうに』
「そのまさか、です。始源龍様が偶然か必然か、こちらに漂着されました」
『なにっ!?』
がたっ。椅子を蹴飛ばすほどの勢いで、ギルガメッシュが立ち上がり目を見開く。一応言うと彼は最後の時に始源龍は残ると聞いていたのでその点に驚きはなかったらしいが、見付かった事に仰天していたようだ。というわけで、カイトは恩師にその更に恩師を再会させ、再び作業に戻る事にするのだった。
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