第2377話 原初の残滓 ――先人達――
クズハの故国であるエルアランからの要請を受けて、『原初の世界』の残滓の調査を行っていたカイト。そんな彼はシャルロットからの情報により完全に無事な状態で残されていた神殿の異変を理解すると、かつての縁もあり単身調査に乗り出す事となる。
そうしてたどり着いた神殿で待っていたのは、『原初の世界』唯一の生き残りにして唯一世界達側から転生しなくて良いと許可された最古の古龍の始源龍であった。そんな彼との語らいから、暫く。彼と共にカイトは一同と合流していた。
『……』
「「「……」」」
正真正銘、間違いなく古龍だ。一同は誰しもが古龍を何度も見ていればこそ、始源龍が古龍だと本能的に理解する。そしてそれは誰よりも、古龍に育てられたティナこそが理解していた。故に彼女はカイトを見て、盛大にため息を吐いた。
「はぁ……今更の話ではあるが。お主と共におって常識が破壊されんかった年は無いがのう。今年一年はほとほと破壊されまくったわ」
「そいつぁ、どうも。エンターテイナー冥利に尽きるね」
「褒めとらんわ、別に……が、とりあえず。ご助力、感謝致します」
『うむ……しばし主らの世話になろう。この程度はさせて貰う』
気を取り直したティナの感謝に、始源龍は一つ頷いた。彼が何をしたかというと、古龍の力を使ったこの空間の調律だ。何度も何度も襲撃を受けては調査も何もあったものではない。
なので始源龍が調律を行って空間の歪みが起きないようにしてくれたのである。なお、流石に同期を進めたというわけではなく、逆に進行を緩める事で負荷を減らす方法を取ったそうだ。
「はい……それで、始源龍様。姉上達は同胞との事でしたが。であれば、姉上達は御身の事をご存知だったという事でしょうか」
『ふむ……道中、話は聞いた。同胞達に育てられたと……うむ。知らぬ事はないだろう。が、語らずとも無理はない。我は本当にここから出るつもりはなかった。なかったが、役目を終えた事で出る気になった、というわけだ』
「役目……ですか」
『うむ……我が我に課した役目ではあるがな』
ティナの問いかけに対して、始源龍は一つ頷いてその役目とやらを語る。それにティナは驚きを浮かべた。
「であれば、御身は世界からここに残る事を許されたと」
『うむ……別に世界達に思惑があったわけではないだろう。単に残った場合どうなるか、と知りたかったという事ぐらいはあるだろうが』
それは確かに自分も気になるといえば気になる。ティナはこの空間が世界が生まれるよりも前の世界であればこそ、どのような違いがあるか。もしくはどういう変化が起きているのだろうか、という観点から興味を持っていた。
「残られたのは御身一人ですか?」
『うむ、そうだな……まぁ、本来は全ての者が立ち去るべきではあったが……我がわがままを言っただけだ』
横柄ながらも少し恥ずかしげに、始源龍はティナの問いかけにはっきりと明言する。と、そんな彼女であったがふとそこで気になった事を聞いてみる事にする。
「そういえば……御身であればこの地の事を大半把握されているかと思われます。一つ、伺いたい事が」
『なんだ。答えられる事であれば、答えよう』
「は……どうやら我らの前に何名かがここに来ていた様子です。その者たちについてお聞かせ願えませんか」
『おぉ、あれらの事か』
どうやら案の定、始源龍は先人達の事を知っていたらしい。これで大凡を理解したらしく、一つ頷いた。
『あれらが何者か。それはわからん……来たのは四人。男四人の四人組よ』
「四人……名は名乗られなかったのですか?」
『名乗ったが……それが真実かどうかなぞ誰にもわかるまい。名なぞ意味はさほど無いものよ。一切の真実なぞ無いやもしれんぞ?』
くすくすと楽しげに、始源龍はティナへと問いかける。これに、ティナは道理を見て笑った。
「確かに、そうやもしれません。が、嘘であるとも言い切れません」
『うむ、そうよな……さて。まず嘘偽り無いのは人数と性別。そして、彼らの構成』
「構成?」
『上下関係、というべきやもしれん。一人の男が最も上で、それ以外は大凡それぞれを同格として扱っていたようだ』
「ふむ……隊長と隊員という感じですか?」
『ではない。どちらかといえば仕える者と主人という感じだろう』
ティナの確認に対して、始源龍は遥か過去を思い出すように告げる。そうして、彼はそれ以上は語らず次の事を語る。
『彼らはその主人の目的に従い、原初の世界についてを調べていた。原初の世界の事は我の所に来る前から知っていたようだ。最も熱心に主人がかつての世界についてを聞いていた。それに対して男の一人が我と主人の問答を書き留め、忘れぬようにしていた。この男は助手……ではないそうだが、今は助手に類する立場で動いてくれている、というのが主人の言葉であった』
「ふむ……」
それが、先のボイスレコーダーの本来の持ち主なのかもしれない。ティナは今の話を聞く限りそう判断するべきだろう、と判断する。そんな彼女に、始源龍が続けた。
『残る二人の男であるが、これは護衛だという。実際、この二人は話を聞こうとはしていたが、理解していたとは到底思わぬ。顔は中々見ものだった。また腕っぷしについてもこの二人は先の補佐をしていた男より随分と上に見えた。主人はその二人より少し強いぐらい……という所だった』
「その者たちの強さは如何ほどでしたか」
『ふぅむ……我が弟子である黄昏の子が並ぶ者なき英雄と呼ばれた頃……ぐらいではあったかと思う。すまぬ、我にはその時代の基準しかない。比較を言えぬ』
「いえ……それでしたら、余やカイト等を基準と捉えればどうでしょうか」
困ったように首を振る始源龍に、ティナが自分達を基準とするのはどうかと問いかける。これに、始源龍は他の面々に視線を向けた。
『ふぅむ……最も弱い助手の腕はわからんが……護衛であれば……ふむ。まずそこの小僧よりは強い。そこのハーフリングのおチビさんよりは……うむ。少しだけ強い。そこの契約者には……どうであろうか。若干及ばぬやもしれん。契約者の力を使えばまず敵うまい』
「となると……アイナより少し弱いぐらい、というぐらいかのう……」
そもそもアイナディスはランクS冒険者の中でも最上位に位置する猛者だ。それより少し弱いか同格という時点で相当な強さを持っていただろう事は想像に難くない。学者のように調査をしている主人という事なので、力量も技術もどちらの側面からも異世界への転移を可能としていても不思議はなかった。
『そんな所と捉えて良い。が、今もそうかはわからぬ。最後、ここを立ち去る際にも次はどこへ、というような話をしていた。多くの地を巡ったのだろう……さらに言えば、これが何時の事なのかもわからぬ。ここの時の巡りはほぼ有って無いようなものだったのでな』
「それは道理かと思われます……それに何より、我らも彼らを探そうなぞ思ってはいませんよ」
始源龍の明言に対して、ティナは一つ笑って首を振った。そもそも彼女の言う通り、先人達を探そうとは露とも思っていない。単にどんな人物達だったのだろうか、と気になっただけだ。これに、始源龍も笑う。
『ははは。それはそうであろうな……彼奴らであるが、この地にたどり着いたのはまだ放浪の最中の事。最後はこの地の歪みに巻き込まれる前に、慌てて立ち去りおったわ』
「なるほど……それで忘れ物が」
『ははは、それでお主らも彼奴らの事を掴んだか……うむ。かなり慌ただしい辞去になったのを覚えている。最後の時、主人と我は暫くの語らいを行っていたが……うむ。最後は碌な挨拶が出来ず申し訳ない、と頭を下げておった。若干偉そうな男ではあったが……存外気持ちの良い男であったな』
どうやら来た主人は立場なのか偉そうな雰囲気はあったそうだが、それを差っ引いても好感の持てる人物だったらしい。始源龍は楽しげに笑っていた。そんな彼に、ティナが問いかける。
「暫くの語らいと……何を話されていたのですか?」
『何、と言われてもな……あの時にはすでに彼奴らが聞きたい話は大半を終えていたからか、単なる雑談ではあったか。神殿の前の谷は風が強い事、我の飯はどうしているのか。せっかく土地が有り余っているのだから作物等は育てないのか、などなど他愛ない話をしておった』
「なるほど……」
どうやら本当に時間が余ったので他愛のない話を繰り広げていただけらしい。が、それも最後は状況が急転した事により大慌てで立ち去る事になり、ボイスレコーダーを忘れていく事になったようだ。と、いうわけで今度はティナは本題に入る事にする。
「して、その彼らが聞きたかった事とはなんだったのでしょう」
『ふむ……先にも言うたが、おそらくは原初の世界の事であろうな。あの世界は色々と独特ではあるのでな』
「独特。これよりもかなり独特である旨は聞いております。特に何に興味を覚えていたのですか?」
『ふぅむ……おぉ、そういえば経典を見つけたのだが、とそれについての話は熱心に聞いておったか。そうよ。そういえば経典の断片で原初の世界の事を知り、その痕跡を探している内に偶然にもここにたどり着いた、と言っていたのであったか。それで経典の原文でも見付からないか、と思っていて立ち入り、我が居る事に彼奴らも大いに驚いておった』
思い出した、という様子の始源龍は楽しげに笑ってかつての事を語る。まぁ、カイトでさえ居た事に仰天していたぐらいだ。何も知らず訪れた者達が魂消たのも無理はなかっただろう。
「ということは彼らも教会に訪れていた可能性は」
『うむ。我がもしやすると、と教会がある事を教えた。が、その様子であればさほどは荒らさず去ったのであろうな』
「時間がなかった事もあったのやもしれません」
『それは大いにあり得よう。滞在は一日二日という所であった。それ以後、一度も現れてはおらんよ』
無理もない事だろう。ティナは始源龍の言葉にそう思う。それ故、彼女はそれに一つ頷いた。
「無理はありますまい。なにせ彼らが来ただろう時はまだこの世界は漂流の最中。我らがこのように何日も滞在が出来るのは、あくまでもエネフィアという異世界に接続しているが故です……更に彼らの場合は偶然立ち入ったとの事。異世界への転移でさえ、転移先の指定は困難を極める。それが断片ともなれば、再度ここを訪れる事は不可能にも近いでしょう」
『で、あろうな。如何に同胞の子であろうと、如何にカイトであろうとこればかりは困難であろう……そのボイスレコーダーは好きにしてよいだろう』
始源龍は改めて彼らが戻ってくるだろう可能性が無い事に言及し、ティナへと忘れ物は好きにして良いだろうと告げる。まぁ、そう言っても中にあったデータはほぼ壊れているし、技術が違う事と経年劣化等の所為で復元もまず無理というのがティナの言葉だ。
彼女でも無理という時点で復元は無理だろう。せいぜい先人が居たのだ、という証拠程度にしかならなかった。というわけで、先人についての話はこれで終わりとなり、改めて一同は外に出る事となるのだった。
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