第2374話 原初の残滓 ――防衛戦――
クズハの故国であるエルアラン奥地にある『神葬の森』に漂着した世界が生まれる前に存在していた世界『原初の世界』の残滓。そこの調査を行う事になったカイトであるが、そんな彼は残滓に残されていた村の跡にある半ば崩れた教会でシャーリーなる修道女の日記を回収。
その後はソラと共に教会の外に出て、ティナにより教会に結界が展開されるのを見守ってアイナディスらと共に村の防衛線の構築に携わっていた。というわけで、外に出た二人にティナが指示を出していた。
「というわけで、ソラ。お主はそこで結界の制御を行え。残念ながら今回は空間の歪みによる魔物の出現じゃ。どの範囲で現れるかが大凡の想定でしかできん。この面子なので全周囲からの攻撃にも対応は出来ると主うが……万が一は起き得るとして想定しておきたい。流れ弾が来た場合は防げ」
『おう……操作方法は<<操作盾>>と同じで良いんだよな?』
「うむ。と言っても<<操作盾>>との最大の違いはこれが基本は全周囲の防御を担いつつ、特定方向の強度を強める形での運用になる事じゃ。なので多少弾数が多かろうとある程度は問題無いと思って良い」
ソラの確認に対して、ティナは再度現在村全域に張り巡らされた結界の説明を行う。なお、ソラが居るのは教会の屋根の頂点だった。教会に設けられていた結界を利用する形で今回の結界は構築されているため、教会から制御するのが一番最適だったらしい。というわけで村の最後の守りを彼に預けたティナは、村の外でアイナディスらと合流したカイトと合流する。
「カイト。村はこれで大丈夫じゃ……この面子なのでおそらくは大丈夫じゃとは思うが……」
「用心に怪我なし……用心するに越したことはない。ここの史跡は今までの残滓を鑑みても非常に貴重だ。失われるのは困る」
「そうじゃのう……」
『原初の世界』の存在そのものは言われれば納得という所であったが、それを証明する事はほぼ不可能に近いのだ。その不可能に近い証明を可能にしているのがここだ。失うわけにはいかなかった。と、カイトの言葉に同意したティナが杖で地面を小突くと、結界が完全に閉ざされる事となる。
「これで、よし……さて」
結界を閉ざしたティナは天を仰ぎ、魔眼を起動。彼女の目がわずかに黄金に光り輝いて、すぐに確認は終わりを迎えた。
「うーむ……数より質で来そうじゃな。小さめの歪みは数十から百という所じゃが……それの中心に数個強大な歪みが見て取れる」
「どうした方が良いでしょう?」
「ふむ……余とソレイユで雑兵と周辺からおびき寄せられる魔物はなんとかしよう。その他の面子で出てデカブツはなんとか、じゃな」
アイナディスの問いかけに、ティナは増大していく空間の歪みを見ながら苦い顔で告げる。どうやらまだ幾許の猶予はあるらしいが、状況は芳しくない様子だった。
「デカブツ……ねぇ。歯ごたえがあると良いのだけど」
「それはなんとも言えぬのう。現状が未知数の所が多い。歯ごたえがあるやもしれぬし、歯ごたえなぞ無いやもしれん。ま、並以上である事だけは確かじゃろう」
カナタのつぶやきに、ティナは今の所考えられる事を口にする。ここで現れる魔物が普段より強いのは事実だが、それがこれから現れる魔物にも適用されるかは未知数だ。空間や次元の歪みの修正により現れる魔物はまた別かもしれなかった。
と、そんな呑気な話をしていると、空間の歪みは更に肥大化。まるでガラスが砕け散るような音と共に、ぴったり人数分の巨大な魔物と百体近くの小型の魔物が村を取り囲む様に姿を現した。
「おっと……こりゃ少し想定外。アイナ」
「請け負いましょう」
カイトの言葉を受けると同時に、アイナディスが雷を纏って自分達が待ち構えていた場所とは村を挟んで正反対の場所へと一瞬で移動。そちらに落着した巨大な魔物へ肉薄し、一閃を与える。それを尻目に、カイトもまた別方向の巨大な魔物へと肉薄する。
「はぁ!」
どんっ。肉薄した勢いそのまま、カイトは巨大な魔物を殴りつけて吹き飛ばす。そうして距離が離れた所へ、カイトは手のひらを向ける。
「はっ!」
カイトの手のひらから巨大な光条が迸り、数十メートルもある巨大な魔物を飲み込んで跡形もなく消し飛ばす。まぁ、普通よりかは強いかもしれないが世界最強と言われる彼にはさほど影響はなかったようだ。
「あら……一が十になろうが百になろうが大差はなさそうね」
「ウチの下僕には一も十も百も千も大差無いわ」
カナタのつぶやきに、今度はシャルロットが軽く応ずる。と、そんな彼女であったが、まるで胡乱げに大鎌で空間を一閃。目の前の巨大な魔物を二体纏めて消滅させる。その光景に、カナタが笑う。
「あら……女神様にも一緒なのね」
「……」
興味無い。そんな様子でカナタの言葉にシャルロットは無言だった。そんな彼女を横目に、カナタは母の形見である巨大な刀を取り出して巨大な魔物へと肉薄する。
「はぁ!」
巨大な魔物へと肉薄したカナタが、容赦なく大刀で一閃する。そうして一太刀加え魔物の動きを縫い止めた所に、彼女が超高速による連撃を放ち木っ端微塵に切り裂いた。
「所詮、雑魚は雑魚ね」
サイコロステーキより細切れにされた魔物の肉片が落下するより前に、カナタはそちらに手のひらを向けて魔力の塊を発射。巨大な閃光が生まれ、魔物は飲み込まれて消え去った。それを見て、彼女は首を振った。
「碌なのは居ないわね」
『碌なのがおっても困るがのう……』
今回の目的はあくまでも村の跡の防衛だ。強い魔物が出ないなら出ない方が良い。カナタの言葉にティナはため息混じりだった。というわけでそんな彼女は空中に向けて機銃掃射の様に魔弾を発射し落下してくる無数の魔物を迎撃。その横ではソレイユが戦闘に招き寄せられた魔物達を狙撃していた。
「ま、こんなもんかね……」
『カイトー。こっちゃよろしくー』
「あいよー」
総じて楽勝と言うしかない状況に対して、カイトはユリィが魔糸で捕らえた魔物に対して弓を放って跡形もなく消滅させる。まぁ、普通より強いというのならそれを勘案して戦うだけな彼らだ。ランクSの魔物だろうと楽に倒せる彼らに苦労があるわけもなかった。と、そんな彼であったが、ふと上を見上げる。
「……どうやら、最後の一山がありそうかな?」
『頂いちゃってもよろしくて?』
「好きにしてください」
どうせ誰がやっても結果は同じだ。カイトはカナタの要望に好きにさせる事にする。というわけで、再度一際大きなガラスが砕け散る音と共に、百メートルほどはありそうな巨大な人型の魔物が出現した。その出現と同時に、カナタが魔物へと肉薄。先程同様に大刀で一閃する。
「あら……」
放たれた一閃に対して、巨大な魔物は一切の身じろぎをしなかった。それどころか傷一つ付いていない。が、それも無理はなかった。
『硬そうだな』
「岩石は切りたくないわね」
カイトの軽口に対して、カナタは刀を異空間に収納する。現れた魔物なのであるが、これは巨大な岩石の魔物だった。故に今までと同じ感覚で切ろうとしても切れなかったのである。というわけで、そんなカナタが取り出した次の獲物は巨大な金槌であった。
「はぁあああああああ!」
雄叫びと共に、巨大な岩石の魔物に対してカナタが自身の背丈ほどもあろうかという金槌を振りかぶる。そうして轟音が響き渡り、巨大な岩石の魔物の右腕に巨大な亀裂が入った。
「っと……」
流石にこの規模の魔物を一撃で葬る事は難しかったらしい。右腕に巨大な亀裂が入ったもののその程度で、残る左手が迫ってきたのを受けてカナタが一瞬で距離を取る。そうして距離を取った彼女へと、巨大な岩石の魔物が口を開けた。
「いくらなんでも口からは駄目よ」
巨大な岩石の魔物の口から放たれる巨大な岩石の礫に対して、カナタは手から魔力の光条を放って全てを消滅させる。単なる魔力の光条であったが、これでも礫を消滅させるには十分だったらしい。と、そうして足を止めた彼女へと、今度は巨大な岩石の魔物の足が迫りくる。
「遅すぎて話にならないわ」
『ちょっ! それは良いけど避けないで!? それかこっち見て!?』
「あら……ごめんなさいね。はっ!」
眼下で起きる結界と岩石の魔物の足の衝突に、カナタが巨大な金槌を振り回して岩石の魔物の足を強撃する。今度は先程より力が込められていたのか、その一撃により巨大な岩石の魔物の左足が完全に砕け散る。そうして片足を失いバランスを崩した巨大な岩石の魔物が、ぐらりと傾いていく。そんな光景に、カイトがため息を吐いた。
「おっと……流石にこいつが倒れるのはやめて欲しいな」
ただでさえ村は滅んでいる状態で何年も手入れされていないのだ。百メートル超級の魔物が倒れて起きた振動で倒壊する恐れはあった。故にカイトはアッパーカットの様に巨大な岩石の魔物を打ち上げる。
「カナタ! さっさと決めちまえ! 調査の時間が減るだけだ!」
「しょうがないわね」
カイト達からしてみれば、この巨大な岩石の魔物はただデカイだけの魔物だ。出力や威力はそれに見合ったものであるが、速度が無さ過ぎてどう足掻いても当たりそうになかった。というわけで、カナタは眼前に魔法陣を展開。巨大な金槌を構える。
「ふぅ……神話大戦時代のとある英雄から教わった技なのだけれど。口に合うと良いわね」
わずかにカナタが深呼吸をしつつ、空中でなんとか受け身を取ろうとする巨大な岩石の魔物を狙い澄ます。そうして彼女は巨大な岩石の魔物ではなく、自身の前面に展開した魔法陣を打ち据えた。
するとその一撃で巨大な岩石の魔物が再度打ち上げられる。そこに、カナタは指を銃の形にして魔弾を発射。ぱんっ、と軽く弾ける音と共に胴体に命中した魔弾が弾け飛ぶ。
「さて……団長さんの国じゃ年末に鐘を鳴らすそうだけど。こっちも良い音が鳴ると良いわね」
再度、カナタは眼前に魔法陣を展開。ぐっと金槌を握りしめてわずかに舌なめずりする。
「はぁああああああああああ!」
雄叫びと共に、カナタが渾身の力で魔法陣を殴りつけた。すると先に魔弾が命中した部位を中心として巨大な岩石の魔物の胴体に強大な一撃が加えられ、前身が粉々に砕け散った。そんな光景に、シャルロットが口を開いた。
『アーガイルの技ね』
「あら……ご存知?」
『知らない方がおかしいでしょう……粗野で粗雑で汗臭い優雅さとは程遠い男だったけれど。マグマの如き熱さも持ち合わせていた』
カナタの問いかけに対して、シャルロットは神話大戦時代に活躍したドワーフの英雄を思い出す。彼はシャムロックとも彼女とも違う神の神使――鍛冶を司る神の眷属だったらしい――だったが、カナタは彼の弟子に大刀を研いで貰う際に暇つぶしで教わったらしい。
「そうね……団長さん。これで全部ね」
『あいよ……ソラ、そっちどうだ?』
『肝冷えた……後さっきの奴の岩が落ちてきて結構うざい』
『あはは……ま、それなら結構。流石にあのクラスの魔物の完全消滅は中々に骨が折れる。そこは許してやれ……ソレイユ。周囲の状況は?』
ソラの返答に笑いながらも、カイトはソレイユに周辺の状況を問いかける。
『だいじょーぶ。問題なーし』
『そうか……なんでんな変な口調?』
『気分?』
『聞かれてもわからんわ』
どうやらやはりこの程度ではいつもの調子を崩せなかったようだ。並の冒険者達であれば結構の襲撃のハズだったが、カイトもソレイユもいつもの調子だった。というわけで、一同はいつもの調子のまま撤収作業を終わらせて、再合流するのだった。
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