第2373話 原初の残滓 ――探索――
クズハの故国にしてエルフ達の国であるエルアラン。そこをクズハの代理として治めている叔父のスーリオンからの依頼により、カイトはエルアラン奥地にある『神葬の森』に漂着した『原初の世界』の残滓の調査を行っていた。
というわけで調査も二日目に入り当初の予定通り二手に別れて行動開始となりそうだったのであるが、シャルロットからの情報により一同は一度『原初の世界』の残滓の中に現状確認出来る限り唯一の村の跡の保全のための行動に入る事になっていた。そんな中でもカイトはかつてここに来た事がある事から。ソラは足手まといである事から、教会内部にて見付かったシスターの日記の回収作業を行っていた。
『てか、よく考えたら他にも日記付けてる人居たらどれが正解かわかんないよな?』
「あー……確かにそれはそうだな。そうか。そこは勘案していなかったな……」
ソラの指摘に、カイトは少しだけどうするか思案する。これでソラが中身を読めればどれが正解かわかるのだが、それもない。彼では逆立ちしたってどれが正解かわかりっこなかった。
「……しゃーない。後でオレが全部確認する。さっきの本と同じ本がある部屋は赤札を掛けておいてくれ」
『赤札な。りょーかい』
基本的に遺跡の調査が多い冒険部では、いくつかの種類の札を用意して必要に応じて使い分けていた。この赤札は再調査ないしは入ったものの調査が未完了である事を示すための物だった。
なお、調査完了は青札だった。というわけで調査を再開したソラに対して、カイトは今居る部屋の主と知り合いだったが故に外れを理解していたので作業はかなり早かった。
「……まぁ、この部屋が外れってのはわかってるが……いや、待てよ……」
確かこの部屋のシスターはこの教会のまとめ役をしていた人だったはずだ。カイトはこの村のまとめ役にも近かった妙齢の女性を思い出し、作業の手を止める。
「確かシスターが部屋割りとかを管理していたはずだ。となると……どこかに部屋割りが書いてあるんじゃないか……?」
新しい子が入ってくる度、部屋割りを作り直さないといけなくて大変なのよ。そう言っていたはずだ。カイトは内心で当時の事を思い出す。そうしてそれを思い出した彼は、ならばどこにあるだろうかと考える。
(普通に考えれば、机の上で作業をしていただろうが……崩落に際して机の上は荒れ放題。引き出しは……開かないか。鍵は……どうだろうか)
カイトは机の引き出しを確認し、どこかに鍵が無いか周囲の探索を行う。が、そう安々と見つかるわけがなく、彼は地道な調査を諦め一旦は部屋の中を確認する事にした。と、そんな彼がふと手を止めた。
(これは……手紙? この字は……先生の物だ。先生がシスターに……?)
先生というのは当時彼らを導いた、地球ではギルガメッシュと呼ばれる英雄の事だ。彼もまたこの部屋の主であるシスターとは旧知の仲で、カイトが宿泊させて貰ったのもその縁を頼っての事だった。なので手紙を出している事そのものは不思議は無いのだが、少し中身が気になったらしい。
(……手間を掛けてすまない。おかげで避難民達の収容は満足に完了した。が、気を付けろ。あの不良魔術師の一番弟子でもあるお前にこういう事を言うのはあれだが……奴らは老獪だ。奴を真似たのらりくらり、で躱せるにも限度があるだろう……これは二枚目か?)
何の連絡だったのかは不明だが、少なくとも話の流れから考えて妙な話の入りだとカイトには感じられた。その二枚目の内容はかつての彼を嵌めた王達に対して注意する様に伝える注意喚起の内容という所であった。時としては彼が奈落に追放された後に書かれた物で、それ故にカイトが知らなかったのだと考えられた。
(……内通者、という所か? 確かにシスターなら、内通者として動いてくれた可能性は高い……が、警戒されていないとは思わんが……そこらは手を打った上でのか……?)
地球に戻った時にカイトはギルガメッシュ当人より王達の悪評はそれなりには知られる所となり、かつて彼が懇意にした者たちも少なくない数が協力したと聞いていた。その中でも多いのはかつてギルガメッシュが王国騎士団として活動した頃の仲間達で、このシスターはその仲間の一人だった。とはいえ、カイトはそこで思考を切り上げる。
(……いや、今は良いな。関係はない……が、回収はしておくか。差出人わかってるしな)
ひとまずこの手紙は一枚目と共に回収し、差出人に返却しておく事にしよう。カイトはそう決めると手紙を封筒に入れて懐にしまい込む。そうして更に一枚目を見付けた彼はその後も少しの間部屋の中を探索し、目的の物を見つけ出した。
(あった……これが部屋割りだな。この中にさっきの修道女の名は……これか)
世界崩壊の衝撃で机の裏に落ちていたノートに記載されていた部屋割りを見つけ、カイトは先の修道女の部屋を割り出す。どうやらこのプライベートエリアの丁度中央らへんらしかった。そうして、彼は通信機を起動する。
「ソラ、少し良いか?」
『おーう。なんかあったか?』
「いや、当時の資料を見てさっきの修道女の部屋を割り出した。丁度右側のど真ん中だ。オレがそこをやっておくから、お前はそこ以外の残りの部屋を頼む」
『りょー』
カイトの指示にソラは軽い感じで返答する。と、いうわけで一旦シスターの部屋の探索を切り上げ外に出ようとした所で、通信機に通信が入った。
『カイト。聞こえておるか?』
「ティナか……着いたのか?」
『うむ。これよりこちらも防衛線の構築に入る。そっちはどうじゃ』
「丁度修道女の部屋を割り出せた所だ。この教会で一番トップのシスターの部屋に部屋割りが残っていた」
『朗報じゃな……それで一つ思うたんじゃが、良いか?』
どうやらティナはここに来るまでの間になにか思い付いていたらしい。これにカイトは一つ頷いて先を促した。
「ああ……ソラにも伝えるか?」
『いや、おそらくお主だけで良かろう。お主ならわかるかもしれんからな』
「まぁ、話してみてくれ。オレも完全に当時の記憶があるわけじゃない」
『それは仕方があるまいて……そこは教会との事であったな? 神を祀るわけではないので教会と言うのが妥当かどうかはわからぬが』
ティナは改めて、カイトへとそう告げる。これにカイトは一つ頷いた。
「まぁ……それは否定しない。さっきも言ったがな」
『うむ……まぁ、これについてはどうでも良い。教会と言うしかないので教会と言うだけじゃ……が、教会である以上は何かしらの教え等は授けていたのではないか、と余は思うのじゃが……どうじゃ?』
「そうだな……うん。確かに教えに似た物は教えていた。純然たる宗教は存在していないからあくまでも世界が本稼働した場合、どんな風に動くかのデモンストレーションに近かったが」
『なるほど……うむ。であれば、やはりひとつ聞いておきたい。経典、もしくはそれに類する物はなかったのか?』
カイトの返答に納得したティナであったが、それ故にこそと問いかける。これにカイトもはっきりと頷いた。
「それは勿論存在していた。教えていたのは世界のシステム……という所に近かったが。より正確に言えば世界の法則という所か。内容としては魔導書や物理学の専門書が近いかもしれん。まぁ、早い話が重力加速度の設定値やら酸素濃度とかかな。流石に高度な科学知識はなかっ」
『なんじゃと!? それは是非に見たい!』
一体原初の世界ではどのような内容が語られていたのだろうか。おそらく経典を作ったのが世界達だろうからこそ、ティナが思わず即答するぐらいには興味が湧いた――今まではあくまで学術的な興味だった――らしい。思わずカイトの言葉に口を挟む程度には興奮していた。とはいえ、そんな彼女はすぐに気を取り直す。
『いや、すまぬ。まぁ、結論としては一緒じゃ。一冊経典を持ち帰ってくれ。教会なんじゃったら何冊かはあるじゃろ』
「あるだろうな……わかった。一冊持ち帰る」
ティナの要請を受け入れて、カイトは出ようと伸ばしていた手を下ろす。変に他の修道女の部屋を探し回るより、この部屋の方がまだ大凡わかっていたのでカイトとしてはやりやすかったようだ。というわけで、彼は旧知のシスターの経典を回収してシャーリーという修道女の部屋へと向かう事にするのだった。
さてティナの要請を受けて経典を回収したカイトであるが、彼はその後すぐにシャーリーという修道女の部屋に赴いて日記を探していた。が、その作業はすぐに終わりを迎える事になっていた。
「……本当に几帳面だったようだな……」
探していた日記であるが、これについては早々に見付かった。というのも、どうやらこのシャーリーという修道女は旅立ちの日に際して身辺整理を行っており、日記についてはあの一冊以外全て一箇所に――後にしっかりと読むと最後の一時をあそこで過ごすと決めた事も書かれていた――纏められていたからだ。
「ふむ……やはり、モルの知り合いか……」
カイトが手にしていたのは、この修道女がこの辺境の地へ送られる以前の物だった。どうやら彼女は後にカイトの相棒の一人となる修道女モルガンと懇意にしていたらしく、彼女の罪が冤罪であると証明するために貶めた司祭の近辺を探ったらしい。結果、疎まれてこの辺境の地へと送られたそうだ。
「……」
暫くの間、カイトは熱心に当時の日記を読み漁る。やはり彼はどうしても奈落に落とされていた事があり、それ以降の暫くの事はわからなかった。故にどうしても気になってしまったようだ。
(これは……誰かとシスターが話していた。でもどこにも姿は無い……多分、これがかの伝説の龍の声……そうか。始源龍様が……そうだ。思い出した。確かシスターがここに来たのはあの方との折衝役を担ったからだ……あの方との折衝役でもあったシスターには安易に王達も手が出せなかったのか)
それならシスターが内通者として動けたのも納得だ。カイトは窓から先程まで拠点としていた小屋の近くの山を見る。そこには一つの神殿があり、そこに住まう龍に会うために――正確には教えを請うため――カイトはここに来たのであった。
(更に前は……戦争が起こるまでの流れが知りたい……あった。蒼き獣が暴走した、と言う話だったけれど。獣が実は英雄ギルガメッシュの弟子だったのではないか、という噂がまことしやかに囁かれているのを耳にした。まさかそんな事が無いとは思うけど……)
そのまさかだ。すまん。カイトは日記の主に対して内心で謝罪する。どうやら王達も英雄の名に傷が付く事は厭ったらしく、暴走したカイトが英雄の弟子である事は隠されていたようだ。
とはいえ、幸いな事にあの時のカイトはほぼ人の形を失っていた。ほぼ誰にも気付かれる事はなかったが、人の口に戸は立てられないという。どこからか噂が流れたそうだ。と、そんなわけで更に前を見返そうとページを捲ろうとした丁度その時。通信機から唐突に音が鳴り響いた。
『カイト。調査の方はどうじゃ? 日記は見付かったか?』
「っ! っと、悪い。ああ、日記は見付かった。おそらく彼女がここに持ってきたのはこれで全部のハズだ。流石に全部見たわけじゃないから、正しいかどうかはわからないが」
『良い。それなら教会に結界を展開したい。外に出てくれ』
「まだ調査は全部は終わってないが」
『構わん。とりあえず経典と日記さえあれば最低限の資料となろう。それにそのために結界を張り直すんじゃ。後でなんとかなる……と思うしかなかろうて』
カイトの指摘に対して、ティナは少しだけ苦い顔で告げる。こればかりは『原初の世界』の残滓に出る魔物の想定が難しい事が大きいだろう。結界で大丈夫と高を括るわけにはいかなかった。というわけで、カイトはティナの言葉に僅かに後ろ髪を引かれながらも、日記を閉ざした。
「わかった。ソラと共に外に出る。結界の展開の準備は頼む」
『うむ。ああ、防衛線の構築は終わっておる。後はそこだけじゃ』
「りょーかい」
ここらが潮時か。カイトは全ての日記を専用のケースに手早く収めると、そのままソラに連絡して一緒に外に出て、ティナが結界を展開するのを見守る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




