第2372話 原初の残滓 ――教会――
クズハの故国にしてエルフ達の国であるエルアラン。そこをクズハの代理として治めている叔父のスーリオンからの依頼により、エルアラン奥地にある『神葬の森』に漂着した『原初の世界』の残滓の調査を行っていたカイトであるが、そんな彼は初日の調査を終わらせるとロルカンに報告すると共に『原初の世界』でのみ語られた『創世真話』についての話を行いその日を終える事になる。
というわけで、明けて二日目。一同は再び飛空艇をホタルらに任せると、一路『原初の世界』の残滓へと入っていた。そうして入って早々一旦拠点として活用する小屋に戻ると、すぐに出発したアイナディスらを見送ってカイトはソラへと問いかける。
「ソラ。飛翔機の調子は?」
「大丈夫……だな。うん。オートの調整も終わってる」
カイトの問いかけにソラは飛翔機の情報をスマホ型の魔道具に読み込ませて確認する。というわけで、彼が行けるのを確認した所でカイト達は地面を蹴って虚空へと躍り出る。と、そうして舞い上がって早々にシャルロットが告げた。
「……昨日より命の匂いが強くなってるわ……魔物が多く現れるかもしれないから、注意しておきなさい」
「ふむ……原因は世界の修正による歪みの増大か?」
「でしょう……有り難くない話ではあるのだけれど」
カイトの確認に対して、シャルロットは死神としての感覚を鋭敏化してため息を吐く。現状この『原初の世界』の残滓はエネフィアに取り込まれつつある段階だ。
が、すぐにかつ一気に行われるわけではない。そんな事をしてしまえば『原初の世界』の残滓が砕け散る。なので緩やかに取り込もうとしていたのである。そこで『原初の世界』との様々な歪みが現れ、魔物が現れてしまうのであった。
「どっちからだ?」
「村の方面よ」
「となると……草原地帯か」
どうしたものかね。カイトは村の残骸が破壊される事は避けたい事もあり、少しだけどうするべきか考える。
「……ティナ。魔物の出現の可能性が高い。付近だという事だが……」
『ふむ……あまり有り難くないのう。当時の状況を知れる重要な史跡じゃ。喩え破損しておろうと、そしてお主という当時を知る者がおろうとな。アイナ』
『なんでしょう』
『さほど強大な魔物は出んじゃろうが……状況が状況じゃ。一旦調査を村の跡に変更じゃ。カイト、お主らも向かえ。まずは現状確認じゃ』
「オーライ」
『了解しました』
まずは近場から調査していこう。そんな予定で進めていたわけであるが、状況が変わったのなら話は別だ。というわけでカイトは予定を変更して村の跡を目指す事にする。そうして山の麓から十キロほど進んだ所で、村の跡が見えてきた。それに、ソラは不思議そうに首を傾げる。
「ふっつーの村だな。壊れてる以外は」
「そりゃ、普通の村だからな……アイナ。こっちも到着した。どこだ?」
『村の中央にあった建物です。一番破損具合が低かったので……』
「基本的な村の構造は今も昔もさほど変わらん。そこが結界の基点だ……世界崩壊の折り、結界からそこが一番影響が少なかったんだろう」
『みたいですね……が、結界そのものの構造はだめですね』
世界崩壊による法則の崩壊に影響されてしまったのでしょう。アイナディスはカイト達へとそんな推測を語る。というわけで、ひとまずカイト達は彼女らに合流するために崩落した村の中央付近に降り立つ。
「ふむ……懐かしいな。ここは」
「来た事あったのか?」
「何度かな……丁度あの教会に世話になってたんだ」
ソラの問いかけに、カイトは村の中央の建物を指差した。そこが目的地であり、この村で一番大きい建物だった。と、そんな教会の中からユリィが顔を出す。
「カイトー。シャルー。こっちこっち」
「おーう……とりあえず行くか」
ユリィの手招きに、カイト達もまた比較的崩壊を免れていた教会の大扉を開いて中へと入る。見た限り天井やらが一部崩壊している程度で、原型はまだまだ整っている様子だった。が、そんな教会の中に入ってソラがいぶかしげに首を傾げる。
「教会……だけど何も無いな」
「教会という形があるだけだ……宗教らしいものは存在していなかった」
「……なら何を祀ってたんだ?」
教会とは宗教施設だ。なのに『原初の世界』には宗教らしい物は何もなかったという。ソラにはならば何を祀っていたかわからなかったらしい。が、これは『原初の世界』ならではと言えた。
「何も祀ってない……ただ一般的な奴はここで世界と話をしたりしていた。神の代わりに世界の意思と対話するための場だったわけだ。まぁ、それもそんな多くはなかったから、雑談してる事の方が多かった……やってる事は今とさほど変わらないかな」
「なるほど……何時の世の中も悩んでる人の話を聞くのがお仕事、ってわけか」
『原初の世界』という世界が今よりずっと世界そのものと近しい世界である事はソラも理解していた。故にこそここがその世界達と話すための場だと言われれば、彼にもなんとなくではあるが納得出来たらしい。そんな彼の言葉に、カイトは笑う。
「だな……」
「ああ、カイト。来ましたね」
「アイナ……何か見付かったか?」
「一応、地下への階段ぐらいです。それも天井が崩落していた事、魔術が破損していた事で見付かっても当然という所でしたが」
「そうか」
どうやら結界の崩壊等と共に、本来なら隠されていたはずの地下への階段も露わになってしまっていたらしい。アイナディスがお立ち台の後ろを指し示す。と、そんな彼女の手には一冊の本が握られていた事に、カイトが気づいた。
「それは?」
「ああ、これはその机に置かれていた本です……読めなかったのですが」
「貸してくれ」
おそらく言語が古すぎた結果、翻訳の魔術が対応しきれないんだろう。カイトはそう言ってアイナディスから本を受け取る。そうして彼は一度目を閉じて、最古の自身と自身を同期させる。
「……ああ。これは『原初の世界』の文字だな。当時は言語が一つしかなかったおかげで、オレなら読めそうだ……って、思えばお前も読めたんじゃね?」
「読めるよ。読まなかっただけで」
「さいですか」
ユリィの返答にカイトは肩を竦めつつも、改めて本の中身に視線を落とす。
「これは……日記か。だがこの字は……知らない物だ……最終ページはおそらく……ああ、やっぱり」
「何が書かれてるんですか?」
「終わりの日だ」
『日記……のう。カイト。最後の日に何があったか知りたい。こちらでは読めぬ。読み上げてくれ』
やはり遠隔で見ている上、翻訳の魔術も通用しないような文章だ。ティナにも如何ともし難く、それを受けたカイトが一つ頷いた。
「わかった……最後の日。今日、皆で新たな世界へと旅立つ事になります。新たな日々を迎える事を楽しくも思え、皆と別れねばならぬ事が辛くもある……結局、英雄王との戦争も終わらぬまま、あの子の罪が偽りだと晴らされる事もないままこの日が来てしまった。それを思えば、人類が迎える未来に一抹の不安がよぎる。だが、全てが過去となってしまえばそれも要らぬ心配なのかもしれない」
中身は最後の日に関する内容で、期待や不安。嘆き等思う事が記されていた。そうして、ある程度を読み上げたカイトは残りをさっと目を通すに留め、本を閉じた。
「……そんな所だな。大凡、未来への期待や不安等、ありきたりな内容だ。流石に最後の瞬間がどうなっているかまでは書かれていない。最後の一文は……皆が去っていく。私もまた去る時が来た。輝ける未来のあらんことを……そして貴女とまた会える事を。シャーリー」
『シャーリー。お主は知る名か?』
「いや……悪いが知らん。文体もそうだが、オレの知らない人物だ」
ティナの問いかけにカイトは一度記憶を手繰り、はっきりと首を振る。が、これにユリィが口を開いた。
「あ、私知ってるかも。正確には知ってる人を知ってる、って所だけど」
『ほう』
「多分、王都で修道女やってた人よ。ほら、最後の所で冤罪が云々って言われてたでしょ?」
「ああ……あの子の罪が偽りである事が明かされぬまま、の一文だな」
「それ。それ多分モル。あいつからシャーリーって修道女が居た事聞いてたのよ。どんくさい子だった、とかなんとか。でも字は結構きれいで几帳面な子だったって」
「あー……」
確かにユリィの指摘通り、几帳面な字で日記は記されていた。他にもかなり多岐に渡って記されている様子もあり、几帳面さがにじみ出ていた。と、そんな二人を含めた一同に、ティナが告げた。
『ふむ……ひとまずその日記帳だけでも回収しておいてくれ。カイト。おそらくお主、その教会とやらの構造を把握しておるな?』
「ああ……何回か寝泊まりさせてもらっている。比較的懇意にもさせて貰ってたから、プライベートエリアも案内してもらった事がある」
『そうか……うむ。ソラ、お主がその中で一番弱い。カイトの補佐として動け。それ以外の者は一旦外で結界等を展開し、魔物の襲撃に備えよ。余とソレイユも一旦そちらで合流しよう』
どうやらティナは村の防衛に重きを置く事にしたようだ。自身とソレイユもそちらに向かう事にしたらしい。というわけで、その指示に従ってカイトとソラが教会内部の探索。その他の面子は外に出て防衛戦の準備を行う事にする。そうして一同が去った後、カイトはソラと共に教会内部を動く事になった。と、そこでソラがふと問いかける。
「なんか思う所とかってあんのか?」
「無い……わけではないな。色々と有り過ぎてな」
なにかやっぱあったパターンか。カイトの顔に浮かぶ苦笑やら呆れやらが複雑に混じり合った苦い顔に、ソラはそれを察する。
なお、この時カイトは日記を改めて読み直し、自身が見知った修道女がかつての恩師や親友達が国を興す事になった際に共にそちらに渡った事を見たらしかった。それより前にシャーリーという修道女はここに居たそうだが、モルガンの冤罪を晴らすため彼女はこちらに残ったらしい。そんな二人が教会内部を歩く事少し。いくつかの小さめの個室が並んだ部屋にたどり着いた。
「ここが、プライベートエリアだ。一部崩落しているが……大凡は原型を留めているな」
「どうする? ツーマンセルで行くか?」
「いや……気配を読む限り魔物は居ない。というより、生命体は一切存在していないな。虫一匹な」
「そか……じゃあ、とりあえず別々の部屋を探すか。それと同じ本を探せば良いのか?」
「だろう……他にも見つかればどこかに纏めておけ。どうせ後で調査隊が回収に来る」
「おけ……終わったのは札掛けとくよ」
「ああ……通信機は常にオンにな」
「おう」
カイトの指示にソラは一つ頷いて、一番近くの部屋へと入る。札は冒険部でこういった遺跡の調査の際に使う札で、調査済みを示すためのものだった。
今回その予定はなかったが標準装備に含めていたのでそれを使おう、という判断だった。というわけで彼を横目にカイトは一番奥の部屋へと入る。
「ここは……」
どうやらこの部屋の主は知り合いだったらしい。カイトは机の上にあった花瓶を見て、僅かに目を細める。そして知り合いだったからだろう。彼は静かに頭を下げた。
「失礼します、シスター。部屋の掃除、させて貰います」
かつての知り合いに向けて、カイトは頭を下げてそう告げる。そうして、彼は少しだけ丁寧に部屋の片付けをする事になるのだった。
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