第2371話 原初の残滓 ――痕跡――
クズハの故国であるエルアランの奥地にある『神葬の森』。そこに漂着した最古の世界にして全ての世界のプロトタイプとも言える『原初の世界』の残滓の調査を行っていたカイト達。そんな彼らであったが、その一方で拠点となる小屋の整理整頓と掃除を行っていたティナとソレイユが掃除の最中に見つけたのはどこかの異世界の者たちが作ったボイスレコーダーであった。
そんなボイスレコーダーに残されていた情報から『原初の世界』でのみ語られたという『創世真話』の存在を知った一同であったが、それへの興味を一旦振り払って周辺の調査を進めていた。と、その最中の事だ。ソラが興味深げにカイトへと問いかける。
「なぁ、カイト。なんでその『創世真話』ってのは『原初の世界』でしか語られなかったんだ?」
「単に語る意味がなかったから、って所が大きかっただろう。そもそも『原初の世界』そのものの存在を知っている奴が数少ない。かつてより世界達との距離が離れている、ってのも大きいかもしれんが」
「それってシャルロットさんとか知らないのか?」
一応、シャルロットは一つの神話における最高神の片割れだ。なので神話に関する大半の事を熟知しており、彼女が知らないのか気になる所だったようだ。が、そんな彼女は即座に首を振る。
「知らないわ……そもそも私達だってこの世界以外の世界の神話やらの話はわからないもの。それが私達より古い世界のルーツなんてわかりっこないわ」
「そんなもんっすか……」
やはり神様だからと全知全能というわけではないらしい。どこか不貞腐れた様子でシャルロットがそっぽを向く。これに、カイトが笑う。
「拗ねるなよ。『原初の世界』でだって知ってた奴の方が少ない。三桁届くか否かぐらいだろう。殊更興味を持たないと知らなくても良い話でもあったしな」
「でしょうね。知らなくとも生きていけるもの」
「そういうわけだな……だから知ってたのはオレの様に先生から教えを受けていた者や、あの不良魔術師とか知識の蒐集を行ってた奴ら極少数だ」
シャルロットの言葉に同意しつつ、カイトはだからこそとソラへと教えてやる。これに、ソラが納得した。
「確かに生きてけるもんな……ユリィちゃんはどっちだったんだ?」
「ああ、あいつは雑談してる中でオレが教えた」
「ん? ってことは、お前完全な原文知ってるのか?」
「いや……流石に完全な原文は知らん。大凡の流れはわかってる、という程度だ」
驚いた様子のソラの問いかけに、カイトは少し困った様に一つ頷いた。とはいえ、そんな彼が少しだけ苦笑する様に笑う。
「あれは早い話が世界達の苦労話だ。君達の住む世界を作るのにこんな苦労があってこんな事をしました、って塩梅のな。聞いて楽しい話じゃない」
「あ、世界達も愚痴るのか」
「世界なんてそんなものよ……一見するとわかりにくかろうと、彼らもまた感情を持つ。厄介かつ面倒な物ではあるけれど」
ソラの言葉にシャルロットが呆れる様にため息を吐く。というわけで、単なる苦労話と聞いてソラもほとんど興味を失ったようだ。
「まぁ、そうなら別にどうでもいっか……苦労話なんて聞いても面白くないだろうし」
「面白くはない……学者達は聞きたがるだろうけどな」
「酔狂なこって」
「それが学者だ」
ソラの言葉に言外に同意しながら、カイトは再度飛翔を開始する。彼にとって『創世真話』はどうでも良い話だ。そもそも興味はなかった。勿論、シャルロットは最初から興味がない。
なのでこの話はこれでお終いだった。というわけで、周囲を探索しながら安全確保を行っていくわけであるが、やはり結論としてはこれしかなかった。
「うーん……雑魚という括りに含めるには強いな。ソラ、お前も一回やってみてどうだ?」
「やっぱいつもより感覚が違うし、強いな……うん。でも<<偉大なる太陽>>の調子がいつもより良くなってるから、結局トントンっぽいけど」
『外の神気を吸収していたからだ。この中にも神気は相応に満ちている事も大きい』
「あー……確かに『原初の世界』は他の世界よりかなり神気が満ちている。『原初の世界』そのものが神気が比較的容易に利用出来る世界だった事もあるが」
『ふむ……先の修正の話か。確かに、世界の修正は本来は神の御業。それを人が代行せねばならんあたり、プロトタイプという言葉が相応しいだろう』
カイトの言葉を受けて、<<偉大なる太陽>>が道理を見て納得を示す。
「そういう事だな……が、幸か不幸かそのおかげで回復も早まる。調子、慣らしておけ」
「おう」
カイトの助言にソラは一つ頷いて、三人は再度宙へと舞い上がる。そうして、この日一日は周囲の状況の精査と歪みが強く表出しているエリアの修繕に務める事になるのだった。
さて『原初の世界』の残滓の調査一日目が終わり、暫く。一同は飛空艇に戻ると残留していた一葉ら三人娘やホタル達から現状を確認。ロルカンに初日の結果を告げ、大凡安全な可能性が高いものの魔物は出る事を告げていた。
『そうか……わかった。王都にはそう伝達しておこう。何か支援物資は必要か?』
「いや、今の所は必要ない。強いて言えば工作兵は隊列に含めておくべき、という所ぐらいか」
『倒壊した村だったか……確かに拠点を設けるのなら最適か。使ってくれても良かったのだが』
「人数が人数だ。使うには大きすぎる」
『そうだろうな』
カイトの言葉にロルカンも笑う。これは単なる冗談でしかなかったらしいし、カイトも艦隊の総司令にまでなった男が本気で言っているとは思えなかったので真剣には捉えていなかった。というわけで手早く報告を終わらせた彼は深く椅子に腰掛ける。
「さて……どうしたものかね」
「なんじゃ。何か気になる事でもあるか?」
「まぁ……無いといえば嘘になる。そこまで気にするほどの事か、と言われると首を振るが」
自身と共に報告に参加していたティナの問いかけに、カイトは少しだけ困ったような顔で肩を竦める。
「簡単な事であれば余が使い魔を飛ばして良いが」
「やめとけ。『原初の世界』はお前にとっても未知。下手を打って面倒が起きた方が厄介だ……それがわかってるからこそ、使い魔を動員してないんだろ」
「ま、そうじゃがの。が、それ故にこそ人員は限られる。そして時間ものう。であれば、そこらを天秤にかけるのは当然の話じゃろう。現状はお主らに付けておる数体のみ。更に数体であれば、余が常に保護しながらやる事も可能じゃろうしのう」
カイトの指摘に同意しながらも、ティナは可能は可能である事をはっきりと口にする。が、カイトは承諾しなかった。
「やめとけ……ここらは文明が中途半端な状態で放棄された世界だ。戦争も起きていたと聞いている……何が起きても不思議じゃない。使い魔の単独行動は避けろ」
「まぁ……お主がそう言うのであればそれで良かろう。が、確認せぬのも不足じゃぞ」
「それはわかってる……幸い、気になる場所は山中にある。道中さっと見てくるさ」
「であれば、まぁよかろう」
この様子だと気になる、というのは何かしら彼自身に由来する精神的な理由が大きいらしい。ティナはカイトの様子からそれを察する。というわけでこれ以上は突っ込んで聞かず、別の事を問いかける。
「で、カイト。先の『原初の世界』で語られた『創世真話』じゃが……一つ聞いておきたい。この神の片割れが、正真正銘の創世神で良いか?」
「ああ……全ての世界を作ろうと決めた、正真正銘の神だ」
「その創世神は今は何をしておる?」
「何を、ねぇ……さて、それはわからん。『創世真話』に神は自らの身を頒かつことで世界を創造したとある。つまり、お前やこの世の全てに創世神が宿っているとも言えるんだ」
ティナの問いかけに対して、カイトは先のボイスレコーダーに残っていなかった部分に言及する。
「なるほど……クトゥルフ神話のアザトースにも似ておるか」
「ああ……とはいえ、創世神がどうなっているかは『創世真話』にも記されていないんだ。どこかで全てを見ているかもしれないし、はたまたどこかで眠りに就いているかもしれない。こればかりは、世界達にさえわからないそうだ」
「ふむ……この世最大最後の謎になりそうじゃのう」
「だろうな」
少しだけ楽しげな様子を見せたティナに、カイトも楽しげに笑って同意する。これだけは、どうやっても探り様がないのだ。いや、もしかしたら遠い未来に誰かが見つけ出すのかもしれないが、少なくとも今の時点ではどうやっても誰もわからない話だった。勿論、どうやればそれを確かめられるのかという道筋なぞ爪の先ほども見えていなかった。と、そんなカイトに対してティナはもう一つ疑問だった事を問いかける。
「ま、そりゃ良い……それでもう一つ疑問じゃったんじゃが、確か神は二柱おると記されておったの。このもう片方の神は何をしておるんじゃ」
「わからん。というより、『創世真話』は創世神が世界達を作った後。世界達が今のシステムを構築する時のお話だ。ぶっちゃけると創世神ともう一柱の神については記載がほとんどなかったんだよ」
早い話が苦労話だ。カイトは先程と同じく『創世真話』が単なる世界達による苦労話だ、と吐き捨てる。これにティナは思わず肩を震わせた。
「くっ……くくくく……なるほど。言い得て妙じゃな。確かに数多創世神話なぞ神々がこうやって世界をつくりましたよ、と説く話じゃが……それを語ってどうする、と言われればそれまでじゃ。ぶっちゃければこんな苦労したよ、と言うだけじゃからのう」
「苦労して作ったんだから世界を大切にしましょう、と言いたいんだよ」
「そうじゃの……まぁ、それなら納得じゃ。確かに親がこうやって子を創った。その子らが頑張って世界を創った、というに過ぎんお話か。創世神が語られぬのなら、もう一柱もまた創世に関わりがないと書かれんわけかのう」
そもそも『創世真話』はあくまでも世界創造のお話だ。大本の大本を創った創世神やそれにもう一柱の神についてはあくまでも創造に関する部分で記されるだけで、この二柱の神が一体何だったのかというのさえ何もなかったらしかった。
「そういう事だな……で、もう一柱の神は創世そのものには関わりがほとんど無い。結果、語られないので誰も知らない、ってわけ」
「もうちょい、情報があればのう。いや、それで言えば創世神についてももっと情報が欲しいんじゃが」
「諦めろ……所詮は苦労話だ。実のある話があるなら聞かせてもらいたいもんだ」
「じゃのう……」
所詮は苦労話。容赦なく切り捨てるカイトに、ティナは『創世真話』に得られるものが無いと若干沈んだ様子でため息を吐いた。とはいえ、何ら一切得られるものが無いわけではない。故に、彼女は気を取り直した。
「いや、じゃがそれでも始まりに二柱の神がおった事がわかっただけ良い。この二柱の神が何者じゃったのか。それを解き明かせば、この世界を更に深く知る事も出来ようて」
「それは好きになさってください……迷惑の掛からない範囲でな」
「そうしよう」
カイトの注意に対して、ティナは一つ頷いた。というわけで、二人は会話を切り上げて通信室を後にして、明日からの探索に備える事にするのだった。
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