第2368話 神葬の森 ――原初の世界――
クズハの故国であるエルアランの奥地にある『神葬の森』。そこの調査を依頼されたアイナディスが発見した新たな『転移門』の調査を依頼されたカイトは、シャムロックの申し出により<<偉大なる太陽>>に神気を与えるために同行したソラや、専門家として同行したティナらと共に『神葬の森』に生まれた原初の世界である『原初の世界』の残滓の調査を開始する。
そうして『原初の世界』へ繋がる『転移門』をくぐり抜けた一同を待っていたのは、至って普通の草原だった。
「草原……か。ふむ……問題はなさそうじゃな」
一応一度は破壊された世界だ。なので何が起きるかは未知数だったので警戒していたティナであったが、特に問題はなさそうだったので肩の力を抜いた。それに、他の一同もまた肩の力を抜く。そんな中でもカイトは少しだけ楽しそうだった。
「の、ようだ……うん。この風の匂い。懐かしい……かび臭いとか少し期待したんだがね。そんな事はなかったか」
「これが原初の匂い……風の匂いが違いますね……」
やはりハイ・エルフだ。この『原初の世界』の残滓の中に満ちる空気の違いがアイナディスには理解できたらしい。どこか神妙な面持ちだった。そしてここまでではなくとも、ソラにもなんとなくであるが空気の違いは理解できたらしい。
「なんか……少し違う? なんか動きにくいような……」
「世界が違うからだ。ここはエネフィアではない、と思った方が良い。魔力の質も違うし、法則そのものも異なる。勿論、法則と言っても物理法則や魔力の法則等とは違うがな。だから普通に魔術は使えるが、魔力の質が異なるからなにか妙にやり難い」
「へー……あんまり気持ち良いもんじゃないな、異世界転移っての……」
やはり動きにくい事がソラには少し違和感として拭えないらしい。顔を顰めながらも原因がわかったからか少しは気を取り直していた。なお、では他の面々にそういう様子があるか、というと実は無い。他の面々の場合は強すぎて影響を殆ど受けていなかったのだ。
が、こちらはこちらで感覚が鋭いがゆえに世界が異なる事を認識出来ていたので、結局は法則の異なる世界である事を認識出来ていた。それはさておき。手を握ったりして感覚を確かめるソラへとティナが告げる。
「ま、そこらは慣れるしかあるまい。こればかりは今後異なる世界を渡り歩こうと思えば永遠に付き纏う事じゃ」
「別に異世界を渡り歩こうなんて思ってないって」
「一応教えてあげるけど……地球とエネフィアは共に異世界だよ?」
「おう……だから?」
ユリィの指摘に対して、ソラはだからなんなのだ、と首を傾げる。こんなものは言われなくてもわかっている話だ。が、だからこそソラは妙な勘違いをしていたらしい。というわけで、どこか呆れ気味にカイトが指摘する。
「お前な……ナナミの件もあるから地球とエネフィアの往復俺も考えないと、って言ってただろ」
「おう……あ」
改めて言われてみて、ソラは自分にも永遠に付き纏う問題である事を理解したらしい。まだ最終的にどうするか、というのは見えていないが、今の所彼の考えではカイトと共に二つの世界を行き来して生活していこうと考えていた。となると必然として異世界を渡り歩く事になり、転移の度にこの違和感を感じねばならない可能性は非常に高かった。
「ってことは、異世界転移する度にこんな変な気分を味わうってわけか?」
「そうじゃのう。こればかりは永遠に無理じゃろ。ま、余らが特段気にしておらなんだのはこれが地球に帰還した際にそれが原因で体調を崩したからじゃ」
「まじで?」
「そうなるのはオレぐらいだ、そうだ。大半はお前みたいに少し気持ち悪いな、ぐらいにしかならんのだと。ま、オレ達もそこがあるから対処してるがね。お前ぐらいだとそこまで気にしなくて良いだろう」
仰天した様子で問いかけるソラに、カイトは辟易した様子で首を振る。これについては魔力保有量で影響の大きさが変わってくるらしい。それでいえば世界最高レベルの保有量であるカイトの影響が大きくても仕方がなかっただろう。
「強くなりすぎるってのも考えもの、ってわけか……」
「そういう事だ。何事もほどほどに、で十分だ。その点で言えばオレ……いや、お前らにとっては地球に帰れる分だけで十分ってわけだ」
「かねぇ……っ」
やはり辟易した様子のカイトに呑気な様子で同意したソラであったが、そんな彼が唐突に<<偉大なる太陽>>を抜き放つ。そして同様に――そしてそんな彼より数瞬先に――カイト達もまた各々の武器を抜き放っていた。そうして静まり返った場で、ティナが口を開く。
「カイト。余らには敵がどの程度かわからん……隊列は本気でやるぞ」
「オーライ……アイナ、シャル」
「「……」」
カイトの言葉を受け、彼と共に音もなくシャルロットが前列へ。同じく音もなくアイナディスが中列へ移動する。無論最後尾はティナで、ソラは何時でも離脱出来る様に僅かに距離を取りながら、上空へ逃げられる様に支度を行う。そうして全員が何時でも戦闘行動に入れる様に支度を整えて数分。誰も何も発する事のないまま、一陣の風が吹いた。
「「「っ!」」」
全員が一斉に地面を蹴って上空へと舞い上がる。そしてそれと同時に一同が立っていた地面を閃光が迸り、地面が大きくめくれ上がる。
「『飛竜』!? 今の、あいつか!?」
「見た目こそ『飛竜』じゃが、並の力ではない! 同一と見做せば痛い目に遭うぞ!」
閃光が迸った方向を見て声を上げたソラに対して、ティナが一同に注意を促す。と、宙へを舞い上がった一同へ、今度はいくつもの矢が迸る。
「っ! 地上もかよ!」
「カイト! お主らに『飛竜』は任せる! 余は地上の敵を掃討する!」
「あいよ! ソラ、お前は空中で待機! 矢は自分で防げよ!」
「あいよ!」
カイトの言葉にソラは周囲の警戒をしながら、自身の身を守る事に徹する。そしてそんな彼にも容赦なく矢は飛来する。
「っ……『ゴブリン・アーチャー』か……? だが、この威力は……」
『思考は後にしろ、小童。第三波が来る』
「っ」
自分の知る攻撃の威力より遥かに強い。ソラはその事実に困惑しながらも、それ故にこそ相手を雑魚と思わず自身で手出しはしない事にする。その一方、三体の『飛竜』の内一体と戦うカイトはというと、懐かしげだった。
「懐かしいねぇ……何百回と戦った相手だったんだが。こんな弱かったのか」
「私も強くなったなー。王都とかだとふつーに強敵認定されてたと思うんだけどねー」
どうやらこの二人にとってはいつもより少し強い『飛竜』も外の『飛竜』も一緒らしい。放たれる球状の<<竜の息吹>>を容易く切り裂いた。
「ま、あの当時は魂の蓄積は一切なかった……あの時代のオレ達に強敵に見えても、今のオレ達にはそうでもないのかもな」
「かな……カイト。仕込みは上々」
「あいさ」
ユリィの手から伸びる魔糸を目の端に捉え、カイトは刀から大剣へと持ち替える。そしてそれを見て、ユリィが彼の肩から降りて虚空に足を乗せて大型化。魔糸を一気に引っ張った。
「おいしょ!」
「はぁ!」
ユリィの膂力により猛烈な速度で引き寄せられる『飛竜』に向けて、カイトが気合一閃剣戟を放つ。と、どうやら過去を思い出しながら放ったからだろう。
少しだけ力み過ぎた様子で、『飛竜』は跡形もなく消し飛んでいた。それにユリィが目を丸くしながらも、僅かに呆れ顔で笑っていた。
「あらら……消し飛んじゃった」
「あ……しまった。強すぎた。捕獲するつもりはなかったから良いんだが……素材剥ぎ取ってでどれぐらい力に差があるか見たかったんだが」
「まぁ、三体居たからどれか一体ぐらいは……あー……」
「何?」
「ふぅ……」
どれか一体ぐらいは原型留めてるでしょ。そう言おうとしたユリィであったが、シャルロットは自身の死神としての権能で消滅させ、アイナディスはここが未知の場所である事からそれなりには本気で事にあたっていたらしい。それ故にこそ共に早々に片がついていたが、完全消滅という結果になっていた。というわけで、それを見た彼女が気を取り直す。
「……まぁ、良いんじゃない? 別にそこまで気にする意味がある事じゃないでしょ」
「それもそうだが……情報が欲しいのは欲しいからな。今後もそれなりに漂着する事があるだろうから」
「その時はその時で考えよう……どうせ言っても意味ないし」
「それもそうかね」
どうせ今考えた所で無駄。そんなユリィの指摘にカイトも僅かに苦い顔であったものの納得を示す。そもそももう消滅しているのに、今更言った所で後の祭りだった。というわけで気を取り直した二人は地上のゴブリン達を掃討していたティナを見る。
「ティナー。こっち終わったよー」
「うむ。こちらも終わった……まぁ、いつもより若干強くはあったが、別に余らは気にせねばならぬほどではなかったかのう」
どうやら『飛竜』だけでなく、下で群れを成していたゴブリン種もエネフィアで見掛けられるより数段上の戦闘力を持っていたらしい。ティナは少しだけ驚いた様子があった。そんな彼女に、カイトが提案する。
「一旦、ここから離れた方が良いだろう。今までは魔物が出ないものとして動かなかったが、出るなら話は別だ」
「そうじゃのう……どこかで腰を据えて一旦状況の確認を行いたいが……」
カイトの提案を受けたティナが周囲を見回してなにか丁度よい場所はないか確認する。そうして彼女は幾らかの候補を見繕い、カイトへと問いかけた。
「カイト。聞いておきたいが、『原初の世界』で気を付けるべき魔物はおるか?」
「何体かは居る……が、この崩壊後の残滓にそいつらが居るかは未知数だ」
「ふむ……草原で気を付けるべきは?」
「さっきの『飛竜』ぐらい……だな。それ以外になると滅多に出ないからそこまで気にする必要はないだろう。」
ティナの問いかけに、カイトは極僅かに残る記憶の残滓を手繰り寄せながら答える。そうしてその問答の後、ティナは少し離れた場所にあった雑木林を指差した。
「全員、一旦あの巨木の雑木林へと身を隠すぞ。一度状況の確認を行っておこう」
ティナの指示を受けて、一同が雑木林の方向へと移動する。そうして、一同は一旦その場で現状の確認と次の指針を固めるべく話し合いを行う事にするのだった。
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