第2367話 神葬の森 ――調査開始――
『神葬の森』の奥深くにある『古の森』。神獣達が住まう聖域でもあるそこへ赴いて調査の前に神獣達から話を聞いていたカイトであるが、そんな彼へと語られたのは『神葬の森』の真実。かつてカイトが暮らした原初の世界の残滓が流れ着く場所という内容であった。
それを受けてロルカン率いる艦隊の装備を変えさせるのに一日を費やしたカイト達であったが、到着から翌々日。アイナディスの確認した場所にある『転移門』の調査を開始していた。
「ふむ……『神葬の森』の『転移門』は何度か見たが……この『転移門』は一際古い感があるのう」
「今までのは違うかったのか?」
非常に興味深げなティナのつぶやきを聞いたソラが興味深げに問いかける。一応話によると『神葬の森』で見付かっているといういくつかの『転移門』はほぼ全てが、『原初の世界』の残滓に繋がっていたという。その内のいくつかはティナも見ていたのだ。そんな彼女はソラの問いかけに少しだけ過去を思い出す様にしつつも、頷いた。
「む? そうじゃな……ここからは推測になるが。恐らく漂着してから長い年月が経過した事でエネフィア側からの修正が働いたんじゃろう。余が見る事の出来た大凡全ての『転移門』はエネフィアに存在する他の異空間へ繋がる『転移門』と酷似した構造を持っておった」
「酷似……って事は完全には一致はしないんだろ? わかんなかったのか?」
「そりゃ、お主。いくらなんでも無理筋じゃ。『転移門』と一言で言うても完全に一致した物はこの世のどこにもない。始点も終点も違うんじゃから、当然じゃがのう。それが『原初の世界』の残滓じゃからそうなのか、それとも単なるその差なのかなぞ『原初の世界』の残滓と言われて統計を取らねばわからぬ事じゃ」
ソラの問いかけに対して、ティナは改めて道理を説く。というわけで彼の疑問を解決してから、彼女は改めて新たに漂着した『原初の世界』の残滓へと繋がる『転移門』を見た。
「ふむ……確かにこれは『転移門』というより世界に空いた穴じゃのう。いや、世界に空いた穴を修正するために『転移門』が生み出された、というても良いやもしれん」
「『原初の世界』の残滓が弾き出されて『転移門』が消滅する、という事は起きないでしょうか」
「ふむ……」
アイナディスの推測に対して、ティナは一度頭の中で思考する。が、しばらくして彼女は首を振った。
「おそらくは無いじゃろう」
「理由は?」
「第一に今までの結果から鑑みて、じゃな。これはまぁ、当然繋がっておる結果しか余らは知らぬので明白な答えとも言い難いが」
「であれば、第二は」
「『原初の世界』が原初の世界であるから、じゃな。カイトが言った『原初の世界』の内容……全ての世界の大本となった世界であるという事が正しいのであれば、このエネフィアもその『原初の世界』の流れを汲む物じゃ。ある程度の互換性がある。故に世界は異物として排除するより、自らの物として取り込む可能性は往々にしてありえよう」
アイナディスの問いかけに、ティナはいくつかの推測を語る。それらは大凡が彼女の推測である弾き出される事はない、という内容の補完をするもので、アイナディスも納得した。
「なるほど……確かにそういう事であれば可能性としてははじき出すより取り込む方が高そうですか」
「うむ……はじき出す場合はそれなりにエネルギーも使うじゃろうし、他の世界がどういう反応を示すかもわからん。やはり取り込んだ方が良いじゃろうて」
「どれぐらい掛かりそう、ですかね……」
「わからぬ……が、長い時は必要になろう」
はるか未来を見るように遠くを見るアイナディスの言葉に、ティナもまた同じような表情を浮かべため息を吐いた。と、そんな彼女であったが気を取り直して改めて『原初の世界』の残滓へ続く『転移門』の調査を再開するのだが、それと共に彼女はカイトへと問いかける。
「……カイト。このエネフィアに比べればあまり洗練されていない構造は『原初の世界』の物でやはり間違いないか?」
「ああ……確かにそうで間違いない。何十何百回と見た構造だ。忘れようがない。原初の頃……『原初の世界』だと魔法は割と使いやすかったんだ。バグが多かったからな。軽微なバグの修正も住人の仕事だった」
「私やった事ないけどね」
カイトの言葉にユリィが口を挟む。当然だが、仕事によってやる事は異なる。そして世界である以上、下手な修正をされては誰もが困るのだ。なので修正を専門にした職人が当時は居たらしく、カイト達の様に僻地で暮らすのでなければ基本は専門家達がやっていたらしい。
そして『原初の世界』における彼女は彼女の記憶が確かであれば、編集者の一人だったという。その専門ではなかった。そしてそれを聞いていたカイトが笑う。
「だろうな……ま、それはともかくとして。お前なら『原初の世界』の残滓が魔法の使いやすい場である事はわかるだろう」
「うむ……なんというかアップデート……バグ修正が何度と行われていない匂いがある。構造が甘い……そうか。なるほど……であれば、確かに納得じゃ……であれば……」
「どうした?」
唐突になにかを理解して『原初の世界』の残滓とエネフィアの境目をしきりに観察するティナに、カイトがいぶかしげに問いかける。これに、ティナが自身の推測を口にした。
「いや、当然の道理じゃと思うたのよ。今まで余も何度かこういった『原初の世界』が繋がったであろう異空間は見てきた。にもかかわらずなぜわからぬのか、とずっと考えておったんじゃが……」
それが理解できた。カイトの問いかけにティナはなにかを理解したらしく、どこか得心のいった様子で更に続ける。
「この『原初の世界』の残滓はまだまだバグだらけと言える。が、他のおそらく『原初の世界』の残滓ではそういった不具合は見付からぬ。というより、エネフィアと同じ構造じゃ。おそらくこちらの世界からデータのアップロードがされたんじゃろうて。うむ……ここらにはやはりデータの互換性の確認やらをやっとる感がある……この調子じゃと……ふぅむ……アイナ」
「あ、はい。なんでしょう」
「すまぬが急ぎ飛空艇へ戻り、定点観測用の装備を持ってきてくれ。ホタルに言えばすぐに出すはずじゃ」
「定点観測用の装備……ですか? ですが装備なら確か持ってきていたのでは?」
アイナディスはティナの指示に首を傾げる。
「あるにはある……が、この装備より更に上等な物を持ってきたい。可能なら一週間どころか年単位で観測データをリアルタイムで観測したいんじゃが……そのための使い魔を急ぎこしらえておるんじゃが、その間には定点観測を行わせておく」
「はぁ……」
この中では唯一ティナのみが学者だ。故に彼女が欲するのであれば必要なのだろう、と判断する。というわけで一瞬で彼女が消えて飛空艇へと戻っていった。それを尻目に、ティナが改めて『原初の世界』の残滓とのつなぎ目とでも言うべき接合部を観察する。
「にしても……お主の言う通り修正を可能としておるからか魔法が使いやすい様子じゃのう。当たり前といえば当たり前じゃが、こう見てみると感慨深い物がある。余らが生きるこの世界は無数の月日を経て世界達が数多改修を施してようやく出来上がったんじゃろうな」
「ああ……何千年何万年ではなく、何兆年……いや、もはやそんな人智の及ばぬ月日を掛けて細かなバグを虱潰しに潰していった結果が、この世界だ」
「むぅ……そう言われれば魔法とはなんとも冒涜的な物なんじゃろうかのう」
魔法とは世界を変えてしまう物だ。ここまで長い年月を掛けて作られた世界を変えてしまう事に対して、ティナは僅かな罪悪感を抱いたらしい。が、これにカイトが笑う。
「そうでもないだろう……本当にだめなら世界はその方法を残しちゃいない。魔法を残している時点で、世界もそれを許容してるのさ」
「そうかのう……ま、良いわ。どうせ使わねばならぬ時は使わねばならんのじゃからのう」
どうやらここらティナはドライというか、感情と理性を別物と捉えていたらしい。使わねばならないのなら使うだけ、と切り上げる。と、そんな事を話しながらしばらくすると、アイナディスが戻ってきた。
「これで良いですか?」
「うむ、すまん……ちゃっちゃと作業を済ませてしまうから、しばし待て」
どうせ今回は調査が目的で来ているのだ。なのでティナの作業はその目的に沿っており、誰も異論はなかった。というわけで定点観測のための装置一式を近くに設置した後、カイト達は改めて『原初の世界』の残滓へと向かい合う。
「よし。これで良いじゃろう」
「そうか……さて。じゃあ、オレとユリィにとっては懐かしの原初の世界への帰還か」
「まー、私達にそこまで思い入れあるわけじゃないけどねー」
「まーな」
「っと、その前に一個聞いて良い?」
今まで自身の飛翔機の練習に付き合っていたカイトに向けて、ソラが手を挙げる。これにカイトは手で先を促した。
「えっと……ちょっと話聞いてただけだけど、この先の……『原初の世界』? そんな世界の残滓とかなんだよな?」
「ああ……世界が今の世界を作る前に存在させていた原初の世界だな」
「で、今の話聞く限り構造とかが甘い、って話だけど……俺入って大丈夫か?」
どうやらソラはこの中の安全性について気になったようだ。確かにカイト達であれば平然と入って出てこれるだろう事は明白ではあったが、この中で圧倒的に弱い彼がどうかと言われれば気になる所ではあっただろう。しかしこれにカイトはなるほどと頷きながらも、首を振った。
「なるほど……確かにお前にそこらはわからんか。いや、これについては問題無い。そもそも構造が甘い、とか修正の余地がある、とか言っていたが……生存に関しちゃ問題ない。いや、問題が無いかどうか確認するために作られた世界が『原初の世界』なんだが……少なくともさっきのオレやユリィの話を聞いて、生きていなかった様に思うか?」
「ちな私については当時一切戦闘力ありませんでしたー」
カイトの問いかけに続けて、ユリィが笑いながらはっきりと明言する。勿論そうは言っても魔術は使えたので地球の様に一切の戦闘力が無いと言って戦えないわけではなかったが、それが当たり前であれば気にする意味もない。というわけで、ソラは一応の確認と問いかける。
「ってことは……大丈夫って事でオケなのか?」
「そうだな……今のお前より弱い奴が数百年か数千年か生活した事実はある。無論、注意が不要というわけではないが……そこまで注意する意味はないだろう」
「そか……オケ。すまん、腰を折った」
どうやらひとまずソラも納得出来たらしい。カイトに対して一つ頷いた。それにカイトも一つ頷いて、改めて一同は『原初の世界』の残滓へと繋がる『転移門』を通り抜けるのだった。
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