第2366話 神葬の森 ――古き森にて――
エルフ達の国エルアランの奥地にあるという『神葬の森』。その『神葬の森』で新たに発見された『転移門』の調査をクズハの叔父であるスーリオンから依頼されたカイトは、アイナディスらと共に『神葬の森』へとやって来ていた。
そうして調査のための拠点を設営していたカイトであるが、そんな中で肌身に感じる感覚から今の『神葬の森』には更に奥にある『古の森』という領域に似た感じがあることを察知する。というわけで、彼は翌日の調査開始の前に件の『古の森』へとやって来ていた。
「おーい! 誰か居るかー! オレだ! カイトだ!」
『そんな大声を張り上げぬでも貴様の声なら『神葬の森』からでも聞こえておったわ』
『久方ぶりに姿を見せたと思ったら、相変わらず元気な男よ』
白く輝く『古の森』の奥から姿を見せたのは、真紅の目を持つ純白の巨大な大蛇と金色の目を持つ数メートルの巨大なフクロウだ。大蛇に至ってはもはや全容はどれほどかわからぬほどに巨大だった。どちらも既存の生態系に似た姿ではあったが、明らかに風格が違っていた。
とはいえ、そんな二体はカイトを見て笑みにも似た表情を浮かべており、彼の来訪を歓迎してくれている様子だった。そんな二体に、カイトも笑って手を挙げる。
「アダラにウルラか。久しぶりだ」
『うむ……それでこちらに来たのは見付かったという『転移門』に関する話だな?』
カイトの言葉に頷いたフクロウ――ウルラ――が問いかける。先に大蛇――アダラ――が告げていたが、彼らには『神葬の森』でカイト達が話していた言葉が聞こえていた。なので大凡の流れは把握しており、来るだろうこともわかっていたようだ。
「ああ。見付かったという『転移門』がこちらに繋がっているのであれば、必要なら閉ざすことも考えるが」
『ふむ……』
『あれか……』
カイトの言葉に二体の神獣はそれぞれ僅かに困ったような顔を浮かべる。そうしてそんなアダラはカイトへと問いかけた。
『カイト。今のお主なら、『神葬の森』の真実を語っても良いだろう』
「『神葬の森』の真実?」
言うまでも無い事であるが、神獣達はこの森に世界樹があった頃からここに居る。なのでこの森に関してであればシャムロック達より詳しく、なぜ『神葬の森』が『神葬の森』と言われているかも知っていた。それについてカイトも一度聞いたことがあったが、その際には今教えた所でわからぬから気にするな、と言われたのであった。
『うむ……貴様は原初の世界という物を理解しているな?』
「ああ……全ての世界のプロット。全ての世界が生まれる前に存在していたベータ版。ロールアウト前のテスト、とでも言う世界……今はもはや無き『原初の世界』」
『『原初の世界』……ゼロ番目の世界か。言い得て妙よな』
カイトの名付けた名にウルラが笑う。この世界に名はなかったのであるが、それだと困るのでカイトが即興で名付けた便宜上の名だった。とはいえ、これは言い得て妙だったらしく二体の神獣もこれで呼称することにした。そうして、ウルラが続けた。
『その『原初の世界』の残滓が流れ着く場こそ、『神葬の森』よ』
「『原初の世界』の残滓? だがあの世界は完全に消えたはずだ。オレの原初の記憶の中には確かに、あの世界が終わる瞬間が刻まれている」
少し目を閉じれば、それだけで全ての始まりの時が思い出せる。カイトはそこまで記憶を取り戻していればこそ、ウルラの言葉に訝しげだった。それにアダラが納得した様に笑う。
『やはり貴様は『原初の世界』の住人だったか』
「わかっていたのか?」
『そこに居ただろう者は『神葬の森』に立ち入ると決まってどこか不思議そうな顔をする……懐かしい、というような感じでな。貴様がそうであった様に。すぐに気の所為か、と思うが……我らはそうではないか、と思っていたのだ』
どうやら神獣達も確証を得ていたわけではないらしい。まぁ、確かに『原初の世界』のことを明白に認知している者は殆ど居ない。神獣達だって知識として知っていることはあれど、実際に居たわけではない者の方が圧倒的大多数だ。確証が得られなくても無理はなかった。そして言われてみれば、とカイトも納得する。
「なるほどね……言われてみれば確かにこの感じは懐かしい、という感じで良いのかもしれん。どこか洗練がまだ進んでいない、敢えて言えばバグを修正する余地のある空気……」
『なのだろう。我らにもわからんが……どことなくこの世界とは違う空気があることはわかる』
「ふむ……」
漂う気配は確かに、あの原初の世界を想起させる物ではあったらしい。カイトの胸にどこか複雑な想いが去来する。が、そんな彼は過去への郷愁を振り払うかの様に、首を振った。
「……いや、今は良いか。であれば、今回見付かった異空間は『原初の世界』の残滓ということなのか?」
『なのだろう。我らも見たわけではないので詳しくは言えぬのだが』
『が……貴様が来たというのであれば、それは即ちそうなのだろうとは思う』
「どういうことだ?」
ウルラの言葉に続けたアダラの言葉の意味を理解しかね、カイトは小首を傾げて問いかける。これに、アダラは物の道理を語った。
『世界にもまた自己再生能力があることは、今更言うまでもないだろう。それが働いているのだ』
「とどのつまり、散り散りになった『原初の世界』の残滓が惹かれ合って、どこか漂着した場所に集まろうとしている……ということか?」
『そういうことだ……厄介なこと、と思うか?』
僅かにしかめっ面のカイトにアダラが問いかける。これにカイトははっきりと頷いた。
「そりゃそうだろう。下手に世界の上に世界が上書きされれば、何が起きるかわかったもんじゃない。単なる上書きなら下の世界が消えるだけだが、事はそう単純じゃない。何が起きるかさっぱりだ……まさか、神獣達には何が起きるかわかっているのか? それなら対処法も聞いておきたいもんだが」
『まさか……我らにもわからぬよ。アダラにも、このウルラにもな。が、そうはなるまいという事ぐらいはわかる』
「ふむ……? なぜだ」
『世界を構築するにはあまりに断片的すぎるからよ。いや、小さすぎる、と言っても良いやもしれん。特に『原初の世界』であれば』
「なるほど……」
言われてみれば尤もだ。カイトはウルラの言葉に納得を示す。そうしてカイトが自身の推測を確かめるべく、神獣達へと推測を口にする。
「『原初の世界』はサイズで言えば最小の世界だ……そもそもテストとして動かすだけだから、最小で十分だし大きすぎて不具合が出ても困る。そしてすでに破棄された世界だ。ただでさえ最小の世界の残滓。どの世界を上書き出来るほどの力は残っていないか」
『そう、我らも考えている』
『ま、流石に我らだけの推測よ。更に詳しく調べたければ、稀代の魔女達の力を借りねばなるまい』
ウルラの言葉に続けて、アダラが笑ってティナ達の力を借りるべきだと助言する。これに、カイトが問いかけた。
「だろうな……その際は力を貸して貰えるか?」
『無論だ……我ら神獣は大精霊と共に歩む者』
『そして大精霊と共に歩む貴殿と共に歩む者……何時なりとも来るが良い。世界の危機に在りては我らも助力は惜しまぬ。必要とあらば、あの笛を使い我らに呼び掛けよ』
「あの笛ね……あまり笛は得意じゃないんだが」
カイトはかつて世界樹に呼ばれ入った時に世界樹を介して世界から授けられた特殊な笛を思い出す。それは世界樹の枝を世界側が加工して作った『世造魔道具』、もしくは『世造魔道具』と呼ばれる魔道具だった。
なお、その一つ下に星が作った『星造魔道具』、もしくは『世造魔道具』と呼ばれる物もあるのだが、こちらは得てして神様達が生まれながら保有している魔道具が多かった。とまぁ、それはさておき。カイトは件の笛を思い出しつつも気を取り直す。
「まぁ良い。とりあえず今なにかすぐにしないといけないわけじゃないだろう。『原初の世界』の残滓がどんな状態で、何が入っているか。それを調べてからの話だ」
『で、あろうな……そちらについては頼むが、なにかがあればまた来るが良い』
「ありがとう……じゃあ、もう戻るわ」
『『うむ』』
踵を返すカイトに対して、アダラもウルラも共に『古の森』の奥へと戻っていく。そうして、カイトは『神葬の森』の情報を手に入れて飛空艇へと戻っていくのだった。
さて『古の森』にて二体の神獣から『神葬の森』の情報を手に入れたカイトは、そのまま一直線に飛空艇へと戻るとその情報をすぐにティナ達と共有していた。
「と、いうわけだったらしい。確かに今にならないとオレでも理解はできんかったから、神獣達の言葉は正しいだろう。いや、そういうものと思うだけで、わかったつもりになれた、で終わったか」
「なるほどのう……確かに今の余であればその言葉が正しいと理解出来る」
カイトから『神葬の森』の真実を語られたティナであるが、かつて『もう一人のカイト』が拠点とした異空間を見れば、そして地球でベータテスト等の存在を知ればこそ『原初の世界』の存在に道理を見て納得出来たらしい。神獣達が言う通り、今だからこそはっきりこの言葉が正しいのだろうと受け入れる事が出来たようだ。というわけで、彼女は若干複雑な顔で告げる。
「ふむ……まぁ、邪神共との戦いでなにか優位に立てるわけではないのは残念じゃが、ひとまずそういう意味であれば安全とわかったのは良かろうて」
「では、ティナ……周囲の警戒を解かせますか?」
「いや、悪意ある存在という意味での安全性はのうなったが、かといって安全というわけではあるまい。そこはやはり調べねばなるまいな」
アイナディスの問いかけにティナは一つはっきりと首を振った。今の所わかったのはあくまでも『神葬の森』が元来は『原初の世界』の残滓が流れ着く場所だった事と、今回の異空間もその残滓が偶然――もしくはカイトの帰還に伴う必然――流れ着いた事による物である可能性が高いという二つだ。何が起きるか未知数の状態である事には変わり無かった。が、それでも状況が推移した以上、今と同じで良いとも言えなかった。故に彼女がアイナディスへと指示を出す。
「が……戦闘の芽がほぼ摘まれた事に違いはない。流石にその『原初の世界』とやらの残滓に乗って何かしらの生命体が来るとは思えぬ。艦隊の装備は戦闘用の物から空間の隔離を主眼とした物に変えた方が良いじゃろう。どちらかといえば侵食される事を警戒した方が良いじゃろうからのう」
「確かに、それはそうですか……わかりました。ロルカンの艦隊にはそう告げましょう」
「それが良かろう」
カイトによると、『原初の世界』で生きた人々は極悪人を除いてその全てが転生しているというのだ。その時点で生存者という存在が居る可能性が低く、戦闘の芽はないと思われた。とはいえ、これはあくまで推測だ。故にティナがカイトへと問いかける。
「カイト。改めて聞くが、『原初の世界』の生存者はおらぬと見て良いのじゃな?」
「ああ。『原初の世界』で転生を許されたのは極悪人以外。残った極悪人は一度魂を完全に解体されて素材に戻され、再利用されたと聞いている」
契約によりユリィ達と共に長い転生の道を辿ったカイトには残された極悪人達がどうなったか知るすべはなかったし興味もなかったのだが、大精霊達から今回の一件を受けて聞いておいたらしい。そして大精霊達からの情報だ。信用してよかった。
「ならばまぁ、大丈夫じゃろう。若干は気楽にやれよう。なんじゃ?」
「……えっと。一応聞いとこうかな、って」
「だから何じゃ?」
「とりあえず……調査はそのまま続行って事でオケ?」
「それで良い。今の話の大半理解できておらんじゃろうし、理解する意味はない。というより、やめとけ。下手に理解しようとすると逆に混乱して面倒を引き起こす。今聞いた話は総じて忘れておけ」
一応一人だけのけものにするのも、と参加させていたソラであるが、それ故に完全に理解不能で上の空という様子だった。というわけで彼は結論だけ確認しておく事にしたようだ。というわけで、それを最後に一同は一旦今日の調査を停止させて、ロルカン達の支度を待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




