第2355話 神葬の森 ――神葬の森――
エルフ達の国にして本来はクズハが治める事になっているエルアランにある『神葬の森』というハイ・エルフ達さえ詳しくは知らない森の奥深くにて新たに発見されたという異空間への入り口。
時期的に見て邪神達の関係ではないか、と疑われた事もあり、カイトはクズハの代理でエルアランを治めているスーリオンの要請を受けその調査に乗り出していた。そうして『神葬の森』に降り立ったカイトであるが、そんな彼がまず行ったのは野営地の設営だった。
「飛空艇あるのに外に色々と置くのな。今回の活動の拠点、飛空艇だろ?」
「ああ、いや……これは全部結界だ。術式が異なるのをいくつも、という所か」
「結界? でもここ、魔物出ないんだよな? 何のために置くんだ?」
飛空艇の中での話で、ソラはティナから『神葬の森』では魔物は出現しないと聞いている。更には彼自身でさえキツイと言える神気だ。動物達も殆ど近寄らないと思われた。となると、この結界が何のためのものなのか。ソラにはわからなかった。
「『神葬の森』は感じているだろうが、神気が凄いんだ。これが魔導炉と反応して大爆発を起こされても叶わん。だから幾重にも神気を遮断する結界を展開して、魔導炉の暴走を防ぐわけだな」
「へー……あ、それで結界系の魔道具が多いのか」
「そういう事だな。幾重にも断層を張り巡らせて、入念に遮断するわけだ」
「……あ、それでここに殆ど飛空艇展開出来ないのか。こんな多重の結界なんて何個も出来ないもんな」
「そういう事だな」
自身の返答で大凡を察したソラに、カイトは一つ頷いた。というわけで実は中ではホタルが魔導炉をリアルタイムで制御してくれているらしく、結界の展開は早急に行わねばならないのであった。
「よし……結界の展開完了。一応、五重に展開してるが……このぐらいで大丈夫か?」
『そうじゃの。あまり多重に展開してもそれはそれで無駄になろう……ホタル、もう良いぞ』
カイトの報告を受けたティナがホタルへと告げて魔導炉のリアルタイムでの調整を終わらせる。そうして一通りの拠点の準備が整った所で、森の奥からアイナディスが現れた。
「戻りました」
「おう……どうだった?」
「やはり『転移門』は安定している様子です。内部から魔物が出て来る様子もなしですね」
アイナディスはカイト達が拠点の設置を行っている間、先行して新たに見付かった『転移門』の確認を行っていた。一応監視等が無い事から邪神の系譜に連なる拠点ではないのではないか、と考えられていたがあくまでも推測だ。安全確認は必須だった。
「そうか……そうなるとやはり本格的にハズレか」
「と見て良いのでしょう……邪気の類も一切感じられませんでした」
「か……ま、それならそれで楽な依頼になるから良いんだがね」
アイナディスの言葉にカイトは少しだけ肩の力を抜く。そうして彼は通信機を起動した。
「ソレイユ。見えてたと思うが、アイナが帰ってきた。そっちの警戒ももう解いて良いぞ」
『はーい。じゃあ、ユリィと一緒に晩ごはん作るねー』
「頼むわー。オレも作業終わったから飯作りに向かうわ」
『はーい』
当然の話であるが、アイナディスは一人で向かったが完全に一人で動いていたわけではない。ソレイユが全周囲の警戒を行っているわけであるが、彼女が常にアイナディスの姿を捉えていた。
が、それも戻ってきたことと結界が展開されたことで終わりとなり、夕食の支度に入るようだ。そしてカイトも外での作業が終わったため、中に戻ることにするのであるが、そんな彼がふと『転移門』がある方角を見据える。
「ふむ……」
「なにか気になることでも?」
「いや……微妙に空気の流れが違う様に感じないか? なんというか……古い?」
「古い?」
カイトの言葉にアイナディスは小首を傾げる。一応二人共『神葬の森』には何度か足を運んでおり、『転移門』が見つかる前の空気は覚えている。なのでアイナディスも確かに何時もと僅かに雰囲気が異なることはわからいではなかったが、古いという言葉はわかりかねたようだ。
「まぁ、確かに空気の流れがいつもと異なるのは私も感じますが……古い、というのはわかりかねます。単に『転移門』が未知の異空間と接続されたことで空気の流れが変化してしまっただけでは?」
「うーん……確かに、それはあるだろうが……なんというか、いつもの『神葬の森』に比べて深みがあるというか、もっともっと古い流れなんだ。『古の森』、覚えてるか?」
「無論です。このエネフィアで最古の森……この『神葬の森』の奥。全ての木々の発端にしてかつて世界樹のあった森ですね。気流や魔力流の関係で飛空艇でも侵入出来ない領域……それが?」
カイトの問いかけにアイナディスは一つ頷いた。これは『神葬の森』より更に奥。もはやエルフ達さえ滅多に立ち入らない領域のことだった。カイトも勿論アイナディスさえ数えるほどしか立ち入っておらず、数匹の神獣が守っていて立ち入ることも安々出来るわけではなかった。それを思い出したアイナディスに、カイトは告げる。
「ああ……そこの流れに似てる……似てないか?」
「言われてみれば……確かにこの流れは……それに似ていますね……」
カイトの指摘でようやくアイナディスも彼が言わんとする所を理解したらしい。遥か彼方を見据えながら、どこか納得した様に頷いた。
「まさかあそこと繋がったと?」
「かも、しれん。少なくとも相当古い領域の空気の流れだ」
「確かに……この空気の流れは僅かに太古の流れを含んでいる……原始的でおおらかな……」
「え、えーっと……どういうことなんだ?」
カイトにしてもアイナディスにしても完全に猛者達が持つだろう感覚での話をしており、ソラには一切理解が出来なかった。何より彼は『神葬の森』に来るのははじめてで、流れが何時もと違うと言われてもさっぱりだったことも大きかった。これにカイトは眉間のシワを解いて笑った。
「ああ、いや。すまん……この『神葬の森』の更に奥には数体の神獣達が守る『古の森』という領域があってな。飛空艇でも近付けない領域なんだが……そこの雰囲気に似た感じがここらに漂ってるんだ」
「その『古の森』? ってのは何なんだ?」
「この『神葬の森』の根っこ、みたいなものかな。森だって森として唐突に発生したわけじゃない。なにか一番はじめの親があって、そこからいくつもの子が生まれて森が出来上がる。その一番お母さんがあるのが、『古の森』というわけだ」
ソラの問いかけに、カイトはどうやらその『古の森』とやらがある方角を見ながら説明する。なお、説明は省かれたがこの親というのは世界樹にあたり、この木々は全てかつての世界樹の子にあたるそうだった。
「ま、ただこんな『結晶樹』の原木だ。数万年数億年を生きた木だ……もはや木というより木という概念。その森もまた森ではなく森という概念に近い。もはや森の神というに相応しいだけの神気を有しているから、近づくのは謂わば神に近づくに等しい。飛空艇でさえ近付けないし、こことは比較にならないほどの神気だ。生半可、どころかランクSでもトップクラスの猛者でないと立ち入るどころか近づくことさえ不可能だな」
「ここよりヤバいのか」
「ヤバいぞ……ぶっちゃければ『神葬の森』は『古の森』との緩衝地帯だ。ここでキツイようだったら、『古の森』になんて入ることは夢のまた夢だ」
どうやら『神葬の森』でさえヤバい自分は『古の森』はお目にかかることさえできそうにないらしい。ソラはカイトの言葉でそう察する。そんな彼へ、<<偉大なる太陽>>が告げた。
『『古の森』はエルネストも避けたほどの神域だ。立ち入らぬで良いのなら立ち入らぬ方が良い……あそこは格が違う』
「入ったこと、あるのか?」
『あるにはある……が、エルネストも一度だけだ。歴代の使い手達も似たようなものだ。その大半が、神獣達に用があり境目まで出向いた程度でしかない。中に入ったのは、エルネストの一度を含め歴代の使い手達を全て見ても両手の指もない』
「そんなか……」
一応、ソラは<<偉大なる太陽>>が作られてから数万年の月日が経過しており、その間数十人の使い手が居たことを彼から聞いている。その全てが今のソラとは比較にならない猛者達ばかりで、その彼らをして数えるほどしか立ち入っていないというのだ。これでソラにもはっきりヤバい領域なのだと理解できた。そんな彼に、カイトもまた同意する。
「だろうな……オレも用が無いと立ち入ろうとは思わん。アイナ、お前で何回だ?」
「今回の調査を含めで五回……ぐらいでしょう。神獣達に話を聞かねばなりませんでしたので……カイトは……」
「オレで十数回、かな。オレの場合は神獣達に会いに、という所も大きいからな」
「ですか」
基本大精霊に連なる者として神獣達には好意的に考えられているカイトだ。そして当人は圧倒的な世界最強だ。猛者でさえキツイと言われる『古の森』でも平然と活動が出来るため、特に気にせず立ち入れるようだ。そしてそれ故に、彼は殊更今の『神葬の森』の流れが『古の森』と似ていると感じられたのだった。そんな彼に、ソラが問いかけた。
「今の『神葬の森』はその『古の森』ってのに似てる、と」
「ああ……が、厳密には違う感じがある。そこらは調べてみないとだめだろう」
「ふーん……」
何がどう違うのかソラにはわからなかったが、カイトとアイナディスがそうだというのであればその可能性が高いのだろう。彼は二人の様子からそう納得する。というわけでそこらの話を繰り広げたわけであるが、そんな所に通信機が起動した。
『にぃー。晩ごはんの支度どうするのー?』
「あっと。悪い。ちょっと話し込んじまった。もう戻るよ」
『早くねー』
そもそもの話、作業はもう終わっているのだ。先程も戻る話をしていたはずで、ソレイユ達は待っていてくれたらしい。というより料理人ことカイトが居ないと晩ごはんの支度も何もあったものではない。
というわけで話を切り上げた三人は考えるのを後回しにすることにして、飛空艇に戻りこの日はしっかりと休養を取ることにするのだった。
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