第2353話 神葬の森 ――深き森――
冒険部専用の飛空艇購入の頭金とするべく大規模な遠征隊の受諾を決めたカイト率いる冒険部であったが、依頼の関係でユニオンへの申請が必要となる上に実際に受諾が可能かがわかるのが数日後とあって用意開始が可能なのも数日後となる。
というわけで、それを受けたカイトは依頼の申請結果やそこからの支度については瞬と桜に任せると、自身は<<偉大なる太陽>>の修繕のために参加させられる事になったソラを伴い、『神葬の森』にて発見された未踏破領域の調査隊へと参加していた。
そうして、一同を乗せた飛空艇の出発から一時間。飛空艇はエルフ達の国エルアランへと続く大規模な天然の『転移門』の前に移動していた。と、そんな天然の『転移門』を見たソラが苦い顔で呟いた。
「なんっかあんま良い思い出ないな……これってあれだろ? あのミニエーラの『転移門』と同じっちゃ同じだろ?」
「まぁ……そうだな。どうしても異空間に飛空艇で移動するとなると、こうやって同じ様な形になっちまう」
どうしてもブロンザイトの死を思い出すが故に苦い顔のソラの問いかけに、カイトは仕方がないと慣れてもらう事にしたようだ。そして実際、こればかりはこの方法しか無い以上慣れて貰うしかなかった。
「これについてはもう慣れてくれ、としか言えんよ。実際、他にも幾つもある異空間への移動方法は『転移門』一択だ。安定のため、規模拡大のため、こうやって大規模な施設を設置しているか否かぐらいしか差はない」
「そういや……ミニエーラの『転移門』は山をくり抜いて作ってたって話だけど、こいつはなんていうか輪っか? みたいな感じだな」
「あっちは隠蔽する必要があるから天然の構造を利用したんだろう。それに対してこっちは正式な移動のための『転移門』だ。安定こそを最優先として、破壊されない様に強固な構造と厳重な管理が可能な様にしている。出入りを守るのは皇国とエルアランの近衛兵だな」
一同が見守る前にあったのは、直径百メートルほどの巨大な輪だ。飛空艇を移動させられる様にしているのだから、これぐらいの規模になって当然だろう。と、そんな巨大な輪を潜る順番待ちをしているらしい飛空艇の集団に加わるのであるが、そこでふとソラが問いかける。
「そういや、昔からあったのか?」
「これか? いや、これは五十年ほど前に作られた比較的新しいものだ。元々の設計図はあったがな」
「ティナちゃんの?」
「言うまでもなく」
こういった明らかにぶっ飛んだ品の開発は基本的にはティナが行っている。なので今回もそうだとソラには察せられたようだ。とはいえ、これはそもそもティナが『転移門』に関しては第一人者だった事もあり、彼でなくても彼女の来歴を知るのであればわかる事ではあった。というわけで、彼はそこには詳しく言及せずこの『転移門』が作られた理由を語る。
「その昔、クズハが一度移動の最中に襲撃を受けた事があったらしい。マクダウェル領の話じゃなかったが……安全性を考え移動に飛空艇を使う事が提案され、ウチとの共同出資で作られたのがこれだ。だから本来はクズハ専用の通路なんだが……当人が交易の活性化を、という事で今じゃ普通の往来にも使われている。クズハもあっちにはあまり行かないしな」
「へー……」
恐らくその襲撃者達については聞く意味はないのだろうな。ソラは少し気になりながらも、マクダウェル家とエルフ達の勢力から狙われて逃げ切れるとは思えず口にはしなかった。
なお、襲撃者についてはクズハの腕を侮ったらしく、彼女当人により迎撃されていて問題はなかった。と、そんな事を話していると申請が進んでいく事になりあっという間にカイト達を乗せた飛空艇の通行許可が降りる事になった。
『マスター。これよりエルアランへの移動を開始します』
「頼む。移動後はそのまま進路西へ。王都からの案内が来ているはずだ。その後はその誘導に従え」
『イエス。移動後は進路西へ。王都からの案内を確認後、誘導に従います』
アイギスの復唱にカイトは一つ頷いて、そのまま飛空艇を『転移門』へと直進させる。そうして少しするとエルアランの飛空艇がカイト達と合流するわけであるが、そちら側から通信が入ってきた。
『マスター。案内の飛空艇より通信が入っています。どうされますか?』
「繋いでくれ。オレが来るとわかっている以上、オレの知り合いになるだろう」
『久しぶりだ、カイト殿。それにアイナディス殿にユスティーナ殿……いや、逐一挨拶していては時間が掛かるか。これ以上は省略させてくれ』
「まさかロルカン、か……?」
『そのまさか、だ。覚えていてくれてありがとう』
驚きを浮かべるカイトに、ロルカンと呼ばれた男性エルフがくすりと笑う。そんな彼に、カイトは驚きを混じえながらも笑ってはっきりと告げる。
「あんなクソ生意気なエルフを忘れるかよ。珍しすぎるわ。あの時新入りだったお前がまさか艦長か。いや、状況から見て艦隊の総司令官か?」
『ざっと三百年だ……真っ当に勤め上げれば小僧も司令官になる。運が良かった事もあるがな……最後のあいさつ回りの折り、隊長殿にご挨拶に来られて以来だろう。わからないのでは、と思っていたんだがな』
「お前の背に、隊長さんが居たのさ……そうでなきゃわからんかったさ。にしても、随分と板についたものだ。三百年前のお前に今のお前を見せれば魂消ていただろうな」
ロルカンというらしいエルフの男性は楽しげなカイトの言葉に僅かに笑みを浮かべる。まぁ、超長寿のエルフやハイ・エルフだ。三百年という月日を昨日の様に思っている者も少なくなく、しかしそれでも三百年という月日が長いと思わせるには十分な成長だった。が、それ故にこそロルカンは恥ずかしげだった。
『やめてくれ……実力も伴わない小僧が偉そうに威張っていただけだ。今なら、隊長同様にこの鉄拳で戒めただろう』
「ははは……その様子なら十分に艦隊の総司令と呼べるだけの風格はあるだろう」
新入りの時には見えなかった細やかな傷が付いた顔とがっしりとした体付きに、カイトは艦隊の総司令官たる威厳を見出す。そこには三百年を経ただけの歴史の積み重ねがあり、彼が決して新入りなぞではない事を如実に知らしめていた。そんな彼が、カイトへと伝える。
『それで、今回の周辺の警戒任務は我々が請け負う事になった。すでにフロド殿も合流されている……話すか?』
「いや、良い。あいつの仕事に手抜かりはないからな。邪魔をする必要はないし、必要に応じてあいつから連絡が入る。無論、こちらに今取り急ぎ伝える必要がある話があるわけでもない」
『そうか……言われていた通りだ』
どうやら先に合流していたフロドも同じ事を告げていたらしい。先の言葉通りの反応にロルカンは一つ頷いた。
『では、案内しよう……これから向かう場所の詳細は聞いているか?』
「聞いているが……再度確認させてくれ。未踏破領域が見付かった、という事だが」
『ああ。今回見付かった異空間への入り口は今までに発見されていた入り口から少し離れた場所にあった。数年前の調査では見付かっていなかったので、最近になり新たに生まれたか……邪神共の復活に共鳴して何かしらの封印が解かれる形で見付かったか。そのどちらかだ』
新たに生まれたのならそれはそれで良い。が、もし邪神の復活に合わせて現れたのであれば、それは面倒を引き起こしかねない。ロルカンはカイトへとそう告げる。
「それを調べるために、オレ達が来た。問題は無い戦力を整えている」
『と、聞いている……が、それ以上の戦力とも思うがな』
「さて……相手の戦力がどの程度かわからない以上、安易な判断は危険だ。十分な戦力で臨むべきだろう」
『か……とりあえず流石の我らも神が相手では如何ともし難い。そちらに専門家である貴殿らに依頼させて貰うのが最適、というのが元老院とスーリオン様のご判断だ。無論、これはクズハ様のご判断でもある』
「そうだな」
更に言えばオレの意見でもあるが。ロルカンの言葉にカイトはそう内心で付け加える。というわけでそこらの情報共有を行いながら、暫くの間両者の間で現状のすり合わせを行う事となる。
「そうか……特に邪気の類は漏れ出ていないか。ハズレの可能性は高そうだが……」
『それが分かれば、苦労しない』
「だわな」
ロルカンの言葉にカイトもまた肩を竦める。流石にそろそろ復活も近いのだ。兆候は各地で見受けられているし、そうなれば必然として今回発見された異空間でも何かしらの兆候があっても不思議はない。それがないという事は、というわけだった。と、そんな彼にシャルロット――流石に彼女を調査隊に含めない道理がなかった――が告げる。
「とはいえ、逆に完全に復活していればこそ敢えて邪気を抑えて誘い込む可能性もあるわ。油断は厳禁ね」
「ま、そうだがね……逆にそれならそれで有り難い。奴らの拠点を叩ける。一つぐらいは、奴らの拠点を叩いておきたい」
「有り難い、ね……」
そう言えるような戦士が居る事を喜ぶべきか、それともそれがかつての少年である事を知ればこそ諌めるべきか。シャルロットは僅かな苦笑を浮かべる。と、そんな彼女に対してロルカンは首を振る。
『その可能性は無いと願いたいがね……流石に我らの監視の目を掻い潜り頻繁に出入りされているというのは有り難くない』
「いや、その場合はその場合で有り難いさ……なにせ逆説的に言えば奴らも閉じられない出入り口を一つ手に入れられたってわけだからな。奴らが気づいていないならそれはそれで、って所で。先手を打てる」
『たったそれだけの兵力で先手を打つつもりなあたり、貴殿は何も変わられていない様子だ』
たったそれだけ。今回の調査隊の人数はおよそ十数人。小勢にも満たない勢力だ。それで敵の拠点を叩こうというのだから、最強の名が健在であると言わしめたのだろう。
「大人数だから有利や確実な手を打てる、と思うのは頂けないな。小勢の方が相手の油断も誘えるし、よしんばオレが来たと慌てて体制を整えるので、その程度しか想定していない事になる」
『もし貴殿が来る事を想定しているのであれば?』
「その時は真正面から叩き潰すのみだ」
『はぁ……』
それを出来てしまうのだから手に負えない。ロルカンはカイトの返答に首を振る。が、これにカイトは笑った。
「伊達にエネフィア最強にして最高戦力と言われるわけじゃない。並大抵の敵ならなんとかしてみせるし、今までオレが全力でやってどうにもならなかったのは一体だけだ。なんとかはしてみせるさ」
『その一体が出ない事を祈る』
「あっはははは。そうだな。そう願いたい……オレももう二度と奴とはやりたくないからな」
ロルカンのため息混じりの言葉にカイトもまたはっきりと明言する。このどうにもならなかった、というのはニャルラトホテプという神だ。流石は常識外の外なる神という所で、なんとカイトと互角に渡り合ったらしい。最後はすったもんだがあってカイトが勝利を収めたが、その後数ヶ月は怪我を押して行動する羽目になった、との事であった。
「いや、どうにせよまだ奴らが現れる兆候はないだろう……無い……よな。多分」
『何のことだかはわからんが……無いのなら無いのだろう』
「……そうだな。すまん。まぁ、恐らく出て来る時は向こうから接触があるだろう。通達無しはルール違反だ、との事だからな」
『そうか』
ここらの話はロルカンにはわからない話だ。故に彼はそう流すだけだった。そうして、少しの間そんな他愛ない話を混じえながらも実際の行動についての話を行って、しばらくの時間を過ごす事になるのだった。
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